ワイバーン 王都に向けて 飛び立てず
「これはどういう事でしょうか?」
リックが領都防衛隊を率いて来た時、四天王の残り3人は即席の熱湯風呂でしっかりとボイルされていた。
この熱湯風呂、実は土火水風の4属性魔法を使った拘りの熱湯風呂。
先ずは土魔法で穴を掘り、そこに水と火の魔法で熱湯風呂の完成!
後はコイツら全員を押すだけだが、こうなると風魔法も使いたい。そこで、魔法で吹かせた強風でコイツらの背中を押すことにしてコンプリート!
「押すなよ!」と言われなかった事が残念だが、そこは異世界なので仕方ないか。
テレビの熱湯風呂は50度くらいで、低温火傷するギリギリの温度に設定してあるそうだ。それに倣ってこの熱湯風呂もそれくらいをイメージしたので、あの3人も死んではいない筈だ。のぼせているだけだと思う。
「なるほど。それでは生きている者からは情報を聞きましょう。それで、あの者は?」
あの者と呼ばれたのは未だに大地の槍を尻に挿している自称筆頭魔術師。
微妙に足が着かないから抜け出せないでいる。ジタバタすると更に悪くなるからだろう、静かになった。
でもまぁ抜けた所で誰がアイツの尻の穴なんて治療するんだ?
そんな奇特な治癒魔法使いは居ないだろう。とは言え、このままと言う訳にもいかない。
「リック、どうせならアイツから聞き出そう」
つまり、情報と引き換えに抜いてやるのだ。
これなら一石二鳥!
白状しないのなら、この大地の槍をドリルにでも変えてやる!
俺はパーティー仕様のゴーレムを使い、取り敢えず1度抜いてやる。
「おい、これから公爵軍について質問するが、正直に白状しないとどうなるか判っているんだろうな?」
まさか自分の得意技で脅されるとは思っていなかったであろうが、これが実力差と言うものだ。
「判った。何でも言う」
観念して怯えた様な口調のコイツから、色々と聞けた。
それによると、元々ランバート王国との国境付近で動いていた公爵軍はここに居た軍勢だけで、本体は最初から王都に向かっている。
その数はここで領都を囲んでいた軍勢の10倍程の2万人に達する。
領都を囲んでいたのって、2千人だったのね。
「その2万人が王都に着くのは何日後だ?」
「陸軍と鉢合わせになる事を避けて進軍するのでルートを選びながら進軍する。最短ルートは通らねぇ。それでも急いでいるからあと5日もあれば着く!」
「そうか」
「話したから、いいだろ?ケツを治療出来る奴を呼んでくれ!」
「それは無理!条件は抜いてやる事だろ?」
俺もリックもコイツの尻の穴を診る趣味は無いし、領都の医者だってさっきまで領都を攻めていた奴を診療する義理は無い。
日本では医者は患者を選べない。だから、「死ねばいいのに」と皆に思われている犯罪者でも病院で治療を受けられるが、ここは異世界。
誰もコイツを治す事は無いだろう。
「リック、一休みしたらさっきの村に戻ってミラとディックを連れて来よう。そしてリック、今晩はすまんが泊めてくれ。明日の出発でもワイバーンなら公爵軍に追いつける筈だ!」
王都に先回りして公爵軍を待ち構えるもヨシ!追い付いて殲滅させるもヨシ!
2万人は多いけど。
いずれにせよ今晩はリックの実家、領主であるレイス子爵のお屋敷の客間のフカフカベッドで寝られる筈だ!
リックの実家ってどんなだろ?
やっぱり家族も美形なんだろうか?
「休む前に先ずはミラたちを迎えに行きましょう」
リックの表情が強張っている様に見える。
まさか屋敷に泊めたくないのかな?
食事はご馳走なんて言わない。酒と適当に摘まめる物で十分でございます!
ディックは兎も角、ミラだって居るから嫌とは言わないだろう。
「判った。リックは領都防衛隊を率いての残処理を頼む。俺はミラとディックを迎えに行ってくるよ」
「お願いします」
御者に手を振りワイバーンを呼び寄せようとした正にその時だった。
炎の矢!
ワイバーンが何処からか飛んで来た炎に、その身を焼かれる!
炎の矢がワイバーンの首に刺さったかと思えば、次の瞬間には全身を炎で包む!
炎が飛んで来た方へ振り返ると赤マントの男がヨロヨロと立ち上がっていた。
「これでお前たちは公爵軍に追い付けまい!」
それが奴の最後の言葉だった。
言い終えた瞬間には俺の放った炎に包まれていた。
「エイジ、今ワイバーンを失う訳にはいきません!全てが手遅れになってしまいます!」
リックに言われなくても判っている!
ワイバーンに駆け寄ると先ず水だ!火が消えるまで水を掛ける!
「火は消えたぞ!」
「後は治癒魔法です!」
火は消えたものの、黒焦げになり動かないワイバーンに近付くと俺とリックは一縷の望みを掛けて治癒魔法を使う。
焦げ臭さなんてどうでも良い!動いてくれ!
「エイジ、もう…無理です」
数分間、2人で治癒魔法を掛けたが黒焦げのワイバーンが動く事はなかった。
「即死だったのでしょう。残念ながら死んだ者に治癒魔法の効果はありません」
椎名さんの魔導書にも、甦生は出来ない旨が書いてあった。だから自分は死ぬな、仲間は死なせるなと書いてあった。
飛んで行けないとなると公爵軍より先に王都へは着けない。
王都の手前で迎え撃つ事も、追い付いて殲滅させる事も不可能となり、王都が公爵軍の手に堕ちる事は確実になった。
こう言う状況を、詰んだと言うのか。




