改めて 思ったリックは 謎だらけ
ミラの治癒魔法でワイバーンの傷はすっかり癒え、先程まで横たわっていた事が嘘の様に元気ハツラツだ。
このワイバーンには操る者以外は1人しか乗れないそうな。
「俺が行くしかないだろう!」
本当はこんな奴に乗りたくはないが、危険を伴うので俺が1番適任だろう。
仮に落ちたとしても強い風圧を地面に向ければ何とかなりそうな気がする。
「ダメよ!エイジはこの子に嫌われているわ!」
いやミラ、俺に限らずリックも嫌われてたぞ!
「私が行くわ!」
「それは危険です。僕が行きますよ」
この流れだとまだ乗ると言っていないディックが、「じゃあ私が」と手を挙げて「どうぞ」となるのがお約束だが、この世界にはそれは無かった!
それに俺やリックが近付こうとするや否やワイバーンは全身を使って拒否を訴えた。
予想通りだが横たわっていた時でも厄介だったのに、元気になった今となっては手が付けられない。
「仕方ない。ミラ、頼めるか?」
「もちろん!2匹を此処に連れて来れば良いの?」
「ああ。今から出れば夕暮れ迄にはアベニールに着くだろう。そうすれば明朝にアベニールを飛び立てば午前中に此処に着く筈だ。それまでここで待っている」
ワイバーンの到着を待たずにレイス領に出発する選択肢もあったが、途中で合流となると厄介そうなので確実性重視でワイバーンを待つ事にした。
それはリックも了承済みだ。
「それじゃ、行ってくるわね!」
元気な声でそう言い残してミラを乗せたワイバーンは大空へと消えて行った。
空に上がる事を微塵も恐怖には思っていない様で、その声は愉しげでもあった。
そして残された俺達は出来る事をするしかない。
そう思った直後だった。
「こちらでしたか!」
何も考えてなさそうな声がした。声の主はトニーが港建設に必要な測量を依頼していた担当の役人だ。
彼は事情が分かっていない。
未だに俺達は港建設の為にこの領都に来たと思っている。
「魔道士様がいらっしゃっていると聞いて探しました。今日はトニーさんは一緒ではないのですか?」
「部屋に籠もって測量報告書を首を長くして待っているぞ!」
「それではお届けに参ります。あの、トニーさんのお嬢さんもトニーさんとご一緒ですか?」
こっちはエリス目当てか!
幹部連中はミラだったし、領都にはこんな男しか居ないのか?
結局は俺が報告書を預かりトニーに渡す事にした。
エリスに会うついでにトニーに渡すつもりだったこの役人は心底残念がっていたが、それは仕方ない。
今は緊急時なので、別に今じゃなくても良いイベントは控えさせてもらう。
港建設の優先度はグッと下がったから、彼にまたの機会が訪れるかは不明だけど。
さて、今度こそ今すべき言葉を考えてみた。
「リック、市場に行こう。ディックと手分けして数日間ならもつ食べ物と服を買っておくんだ!レイス領の領民の中には着のみ着のままで焼き出されている人だっているかも知れない!」
「ここで買ってレイス領に運ぶと?」
「現地ではあらゆる物が不足しているだろうから、物が豊富なここで買っておこう!」
平和な日本で生まれ育ったので戦時下の事は良く判らないが、天災で避難した人々の事が頭を横切った。
大勢の人が困っている時の支援は多い程良いに決まっている。
「ちなみにリック、レイス子爵家の軍事力は?」
「国境に面していますがレイス領の軍事力など微々たる物です。ランバート王国がその気になれば一溜まりも無いでしょう」
リックがまた苦々しい表情になってしまった!
「もしレイス領の防衛が破られたらランバート軍はどうするか?」
俺の問いには2人とも黙ってしまった。
仮定の話で正解が無いし、有ってはいけない事だが重要な事だ。軽々しく語れない。
「恐らくですが、レイス領を占拠した状態での国同士による講和交渉に入るのではないかと」
ディックが恐る恐るといった感じで考えを述べる。
今までもエリクソン領との国境で紛争を毎年していて、最早年中行事となっているが、国同士の全面戦争はランバート王国だって避けたいのか、局地的な紛争より大きくはならない。
停戦なり講和は可能だと思っている。
「エイジ大丈夫ですか?」
突然リックが真顔と言うか神妙な面持ちで聞いてきた。
「何が?」
突然聞かれても何の事なのか判る筈も無い。
「ランバート王国との講和交渉は僕が行きます」
リックは確かにレイス子爵家の3男だが、講和交渉出来る権限有るのか?
政府の閣僚でもなく、王宮魔術師なのに!
「問題はトルーマン公爵軍と北のスティード王国の侵攻です。王国陸軍が王都を出発した頃ですから、そろそろ北からスティード王国が侵攻始めます」
「その一報を聞き、残った兵力を北に向けて空になった王都を公爵軍が占拠する手筈だったよな?」
リック、何故に今頃になってそんな敵の作戦のお復習いを?
「各場面でエイジの魔法が頼りです!」
「改まって、どうした?」
「ランバート軍を黙らせて講和交渉のテーブルに着かせるには圧倒的な力を見せ付ける必要があります。それはエイジの魔法しかありません!」
「それに、その後だってスティード王国を追い払ったり、公爵軍を壊滅させるには当代随一の魔道士にしか出来ません」
リックに続いてディックまで、どうしたんだ?
「実は僕にはエイジに言っていない事が有ります」
「それはお互い様だろ」
いつになくどうしたんだ?
「国がこの様な危機を迎えエイジに協力を仰ぐのに、僕が真実を語らぬ事が不実であると思いました。そこで」
「言わなくていい!」
俺はぶっきら棒に吐き捨てると市場に向かって強引に歩き出した。
リックに語られたら俺も言わなきゃならなくなる。
今では当代随一の魔道士なんて呼ばれているが実は魔道士でも何でもなくて、ブラック企業の社畜だったなんて言えない!




