宿屋にて 寝床難民 ここに在り
「ハリー、すまないが今から見てきてくれないか」
「はっ!」
リックはハリーの方へ首だけ向けて、さも当然の様に言い放った。
それが余りにも自然なので普段からのハリーの苦労が窺い知れる。
「ここからレイス子爵領は近いのか?」
「馬を乗り継げば片道3日くらいでしょうか」
この質問にはディックが答えてくれた。
が、ちょっと待て!
ちょっと見てこいって言う距離じゃないぞ!
「リック、少し良いか?」
俺は思った事をリックに言ってみた。
前から思っていたがリックは下の者、後輩のディックや従者のハリー、王宮魔術師としては地方の役人達に対しての態度が厳しい。
それ以外の者への、爽やかな貴公子の様な態度とは真逆と言っても良いだろう。
貴族はそうなのかは知らないが、このままだとナチュラルなパワハラになりそうだから友人として注意しておく。
「エイジ、それは誤解です。厳しく見えるかも知れませんがそれは期待と信頼の裏返しなんですよ」
やっぱり俺には爽やか!
そんなもんなのか?
「兎も角、ハリーは明日からに備えて今晩はゆっくりと休んでもらおう。適度な休息が無ければ良い成果は上げられない」
「了解しました。ハリー、そういう訳だ」
結局ハリーは明日の朝食後に改めてミーティングをしてから出る事になった。
もしも俺が公爵だったらこうする!って言う仮定の話で誰かに害が及ぶ事はなるべく避けたかった。
これで今夜はお開きだ。
今日こそはベッドで寝られる!
意気揚々と自分の部屋に戻ると、誰か居る?
「お帰りなさいませ、旦那様!」
ご主人様!なら完璧だったのだが、それっぽい台詞でローラが迎えてくれた。
シングルベッドにはアリとリサが並んで寝ている。
そうだった!俺の部屋にはコイツらが居たんだ!
「この2人をベッドに寝かせたらお前は何処に寝るんだ?」
「アリとリサは床で寝かせます。当然私も。どうか旦那様はベッドでお休み下さい」
「女子供にそんな事をさせるくらいなら、俺が床で寝る!」
「いいえ。それでしたら2人はこのままベッドで寝させます。私が硬い床の上で寝ますので、旦那様は私の上でお休み下さい」
少し想像してしまった。ローラの上になっている自分を。
寝られるか!
柔らかそうな肉布団だけに余計に眠れそうにない!
「ローラ、お前は椅子か何処かで適当に休め。俺は他の部屋に転がり込む」
リックかディックの部屋にでも世話になるか。多分だけど嫌とは言わないだろう。
俺は自分の部屋を後にしてリックの部屋に向かう。
コンコンとドアを幾らノックしても返事が無い。
そうだった。リックは寝たら絶対に起きない奴だった!
ディックに期待したが、ディックもそこはリックと同様だった。
王宮魔術師ってそんな奴等の集まりなのか?
女将ももう寝ているだろうから、部屋の追加も難しいだろう。
仕方ない。1回戻って考えよう。
「お帰りなさいませ。旦那様!」
それ、さっき聞いた。
ローラにはアリとリサはこのままにしておきたい旨を告げると、ローラもニッコリ頷く。
「旦那様、申し訳ございません」
ローラは恐縮しているが仕方ない。
ローラは部屋の椅子に座って、俺は床に横になって寝る事になった。
別にローラに椅子を譲ったと言うよりも、座って寝るとエコノミークラス症候群になりやすいからだ!
不健康な生活を送るオッサンは血液がドロドロだと予想されるので、まだ若いローラに椅子に座る権利を譲渡してフルフラットで寝たい。
うーん。フローリングの床で寝た事が無かったせいか良く眠れない。
ローラに目をやると、どうやら寝ている様だ。
こうなると何だか人間性を試されている様で、益々眠れない。
眠れないと色々と考えてしまう。
エリクソン伯爵領で行われていた盗賊行為は、公爵やそれに与する他の貴族の領地でも同様に行われていたのだろうか?
何の為に?
軍資金を得る為?
でも確か録音内容を聞くと、女を安く売っているって言っていたな。安く売るメリットって何だろ?
それに隣国と陸続きなのだから、港を新たに作ってまで船で運ばなくても良さそうな物だが。
あぁ、考えるとどんどん目が冴えてしまう。
また眠れなくなっちゃう!




