悪企み 獲らぬ聖女の 皮算用
宿屋の狭い1室に大の男が4人も入ると流石に快適とは言い難い。
生真面目に毎晩摂取しているアルコールを今日は控え、食事はサッサと済ませてある。
こんな事、健康診断の前日以外では初めてかも知れない!
夜なのに珍しく酒を飲まない俺を見てミラは、
「何処か悪いの?治そうか?」
なんて心配してくれたが、酒を飲んで思考力や判断力を鈍らせたくない。
今日の夜は長くなりそうだ。
「その魔道具で過去の会話が聞けるのですね?」
リックとハリーは不思議そうにICレコーダーを覗き込む。
俺とリックとハリーが会話を聞き、ディックが速記する。
後で会話の内容を考える時に文字として目で見た方が、改めて耳で聞くよりも速いからだ。
俺はそれを後で日本語で何かに書き写そう。
「それじゃ、始めるぞ!」
俺の右手人差し指で、応接室の会話が再生された。
いざ始まるといよいよ皆それぞれに目を大きくしてレコーダーを凝視する。
注目されると操作1つにも緊張するが、それはリック達も同じだ。俺はご期待通りにアルフレッドの怒鳴り声からスタートさせた。
「どういう事だ!金貨400枚が代官所の名前を出しただけで…」
「恐らくはアルフレッド様に敬意を表されたのでしょう」
アルフレッドの言葉が途中で遮られた?
部下がそんな事して許されるのか?
「お前達、代官の名前で何かしているのではないのか?どうなんだ!」
「滅相もございません。我等一同、滅私奉公、粉骨砕身の想いでお仕えしております」
「我等の忠誠、お疑いになるとは」
「アルフレッド様、悲しゅうございます!」
ムキになってカッカしているアルフレッドと、楽しむ様に躱す家臣団、っていう感じを受けた。
これはアルフレッドに此奴らの攻略は難しいな。
「追って沙汰を出す。それまでここで待ってろ!」
バタンとアルフレッドが荒々しく出て行く音がした。
これだけで少なくともアルフレッドが如何に部下に手玉に取られているのかが分かった。
アルフレッドが出て行ったと言う事は、ここからが本番だ。
「おい、あまり揶揄うなよ」
「お互い様だろ」
あの連中の全員がアルフレッドにそういう態度なんだな。
「それにしてもあの魔道士と王宮魔術師は邪魔だな。始末したんじゃなかったのか?」
「その筈だったんだがな。始末させた連中も口封じして真相は闇の中だ」
「そんな連中じゃ当てにならないか」
やっぱりな。
「下級役人1名が行方不明だ」
俺が闇魔法で捕らえた奴だな。
「名誉の殉職か?」
「さあな。兎に角、あの魔道士は邪魔だが1度失敗している。手出しなんか出来やしない」
「さっさと港を作らせて帰ってもらうか?」
「いや、王宮魔術師にも目を付けられてる。むしろこっちが厄介だな」
俺よりもディックの方が厄介か?
「金貨400枚っていう事は、どうせ気に入った娼婦を身請けでもしたんだろ?」
「それにあの証文を使うとは、物好きと言うか、恥知らずと言うべきか」
「アイツ、スケベそうな顔していたからな!」
ここで全員揃って笑いやがった!
否定はしないが、ムカつく!
「そう言えば、あの魔道士が連れていた女がいただろう?」
「ああ、あの上玉か!」
「あれは特上品だな!」
ミラの事だな。
ハッキリ言ってミラは目立つ。
数え切れない程の女を商品として扱っていても、やはりミラは特上か。
「あの女を手に入れようぜ。あれは相当な値段になるに違いないぞ」
「あんな特上品は見た事がない。売るよりも俺が」
「いや、俺だな!」
手に入れてもいないミラを取り合うなよ!
「お前ら落ち着け。売るのは勿体ない」
暫くの間、ミラをああしたいとか、こうしたいとかの妄想が飛び交う中で、それを制する落ち着いた声がした。
「そうか、女を売るのはお前の担当だったな、バローズ」
この声が娼館で宜しく言ってくれと頼まれたバローズか。
ある程度の見る目は有るが惜しいな。
ミラは聖女に何らかの関わりが有ると思われる女だ。
それを思うと此奴らはさっきから無礼過ぎるぞ。
「いいか、盗賊として攫って来させた女は基本的に海外に売り、孤児院育ちは領内で娼婦にしていたがあんな特上品は見た事がない!」
売り方に違いを持たせていたのか。だから孤児院育ちのローラは領都で娼婦になった訳か。
「仕入れに経費が掛かっていない分、国の内外に女を安く売れたが、あれは安くは売れない。バランスが崩れるんだよ!」
なるほど、安売り業者では手に余る最高級品は捌けないっていう事か。
「じゃ、俺の妾に」
「バカ言うな。献上するんだよ!」
「誰に?伯爵か?」
自分達の雇い主である伯爵をオヤジ呼ばわりか!
「いや、公爵閣下だな!」
公爵だと?
伯爵が黒幕ではなくて、まだ上がいるのか?
「いや、待てバローズ。公爵閣下でも勿体ない」
「それじゃ誰なら?」
まだ上がいるのか?
どうでも良いがコイツら、さっき厄介だと言っていた俺がミラの傍に居る事を忘れて妄想しているのか?
「ゲイリー様だ。半月後に王国海軍とエリクソン軍の演習の御視察に参られる。あの女を視界に入れてしまえばこっちの物だ」
ゲイリーって誰か知らないけど、この後はお約束の高笑いだった。
悪企みって何故これで締めるのだろう?
「ゲイリー様ってまさか…」
リックは力無く呟き、ディックは無言を貫く。
「リック、ゲイリーって知っているのか?」
「ええ」
それだけ呟くと押し黙ってしまった。
レコーダーから流れる高笑いとは対照的に、こちらの空気は重くなっていった。




