冷えてない ビールも美味い この酒場
食事が済んだら皆には宿屋に帰ってもらった。
リックと俺が一緒に居る所を見られたくないし、ディックには今日はゆっくりと寝てもらいたい。
そういう訳で今は俺が1人で襲撃される宿屋、金の鷲に向かっている。
まだ人通りもある時間だ。襲撃はもっと遅い時間だろうから、それまでは金の鷲が見える店で一杯引っ掛けながら待たせてもらおうか。
「いらっしゃい。空いている席に座って!」
まだ若い女性店員は敬語を使う事無くカウンター席への着席を促す。まぁ気にしてないから良いけど。
「これで適当な酒と肴を」
そう言って適当に銅貨をカウンターに置くと、カウンターの中の男は一瞥して何やら用意し始めた。
彼の背後の壁の向こう側が厨房なんだろう。振り向いて料理が出て来る穴から厨房に指示を出していた。
そして自分は樽から何かの酒をジョッキも注ぐと、それを俺の前に置いた。
これはビールなのか?
思えばこの世界に来て以来、ワインばかり飲んでいたなぁ。
冷蔵庫の無い世界のビールなんて飲む気にはなれなかったが、こうして出て来たのも何かの縁!
冷えていない事が当然のビールを飲んでみた。
「美味い」
思わず溜息の様に感想が漏れた。
元の世界でも欧州各所では冷蔵庫が発明される遥かに昔からビール文化が根付いているが、何とも言えないコクが有ってこれなら納得だ。
キンキンに冷えてはいないが、決してヌルい訳ではない。元の世界では常識の、キンキンに冷えているビールとは別の物だと思えば問題ない!
領都の高級店はイマイチだが、こういった酒場のレベルは侮りがたい。
暫く店員相手に領主の評判なんかを聞きながらチビリチビリと飲んでいたが、こうした所では予想通りネガティブな意見しか出てこない。
それも情報の1つだ。
それに肴も美味い。さっきの高級店より美味いんじゃないかと思った。
ついついビールの消費が増えたが、気が付けば表の人通りも少なくなってきた。そろそろか。
表からは一般人の姿は消え、それっぽい連中が集まって来た。
よく見れば中には昨日の荒くれ者もいるではないか!
それぞれ自分の武器を持ち寄っているが、彼らが相手するのって土整のゴーレムなんだよな。
ムチってゴーレムに効くのかな?
「私も参加しますが」
「!」
突然、背後から囁かれ、驚きの余り心臓が止まるんじゃないかと思った!
殺す気か!
そして酔いも一気に醒めた。
「脅かすなよ、ハリー」
「申し訳ありません。ですがもう集合時間です。私はエイジ様の助けになる様に仰せ付かってます。如何されますか?」
さすがだなリック。俺がしたい事を分かってハリーに伝えてくれた様だ。
「そうか。でもハリー、その前にこの魔道具を見てくれないか?」
魔道具としてハリーにスマホで録画した連中の顔を見せる。
「この襲撃を企てた奴はいたか?」
「はい。尾行していた4人の中の2人が盗賊退治に来た者達に襲撃を呼び掛けていました」
予想通りだ。
「他に何か言ってなかったか?」
「最上階の3階には盗賊の首領と幹部しか居ないから思いっ切りやれと」
こっちも予想通り。宿屋は客を売ったか。
競馬の予想もこう当たれば良いのだが。
「襲撃する連中は何人だ?」
「自分を除いて14名です」
「それじゃ、ハリーは最上階に行く前に何人かの意識を奪って3階には上がらせるな。残りが3階に行ったらゴーレムに反撃させて乱戦状態にする。ハリーはそのどさくさに紛れて顔を隠し、盗賊団の幹部に成り済ましてくれ」
「はい」
「残りを殺さない程度に痛め付けて、階段から2階に落としたら合図を出して脱出してくれ。それを見て俺が外から建物の3階全部を吹っ飛ばす!」
「はい」
「更に、立ち合いに来ているその2人の内の1人を捕らえる。お前にはかなり負担を掛けてしまうが、出来るか?」
俺の予想だが、ここまでの動きからしてハリーはきっとレイズ子爵家に仕える忍者みたいな、陰働きをする者なんだろう。
こういう時に頼りになる奴だ。
「問題有りません。しかし、建物の3階を吹き飛ばす理由は?」
「盗賊退治は派手な方が良いだろう。こっそりとやったら隠蔽されるかも知れないからな」
「もう一つお聞かせ下さい。捕らえるのは何故1人なのですか?」
「2人共捕まえたら、襲撃成功を奴等の上に報告する奴がいなくなってしまう」
明日、生きている俺をみてアルフレッドの側近の顔が歪む瞬間が見たい!




