リックとは 昭和の感覚 持つ男
ベッドで寝た訳ではないので身体は硬いが、何とか睡眠は取れた。
「おはようございます」
俺と、リック・レイスと名乗る若い男に付き合って店主も店で一緒に一晩を過ごしてくれた。
更に、朝食まで用意してくれている。
助けはしたが、店に泊めてくれた事は店主の厚意に他ならない。
受けた厚意は返さなければ!
昨夜の様な事がまた有るかも知れない。店用にゴーレムを1体進呈しておこう!
昨夜の様な輩にはウエイトレスの彼女ではなく、このゴーレムを最近流行の配膳ロボットの様に使っても良いかも知れない。
「おはようございます」
俺より遅れて起きてきたリック・レイスと名乗った男。
若くてイケメンなのは共通点だが、この名前だとそうなるのだろうか?
兎に角、お馴染みの方のリックに確認してみるか。
「おはよう。会ってもらいたい人がいるんだが、大丈夫か?」
「僕ですか?ええ、全然」
それじゃ、ご対面願おうかな。
折角だからあっちのリックにも予備知識無しで会ってもらおう。反応が見てみたい。
俺は店主に宿屋への使いを頼むと、用意してもらったパンとスクランブルエッグの朝食を頂く事にした。
謝礼として銀貨を渡そうとしたが受け取らない。
酔客を退けるって、そんなに感謝される事なのか?
「エイジ、ここで寝ていたの?」
暫く待つと、宿屋に泊まった面々がやって来た。
ミラはベッドも無い所で俺が寝ていた事に驚いていたが、寝られる所が有っただけ幸運だったと言いたい!
昨夜寝付く前に、宿が無い事を理由に花街にでも行けばよかったと少し思った事は内緒だ!
女房が居ない所って、ついつい羽を伸ばしたくなるんだよなぁ!
「エイジだけ宿に泊まれずに申し訳ありませんでした」
「いや良いんだ、リック。話し相手も居て、寂しくはなかったよ」
「話し相手?」
「あそこでこっちに背中を向けてソーセージを食べている奴だ。会わせたかったんだ。是非、挨拶してくれないか?」
そこで俺はもう1人のリックを指差す。お互いの顔は見えていない筈だ。
リックは軽く頷くと、颯爽ともう1人のリックに向かった。
「エイジの友人の、リック・レイスです」
「!」
もう1人のリックはソーセージが気管に入ったのか頻りに悶え、爽やかさは何処かへと消えた。
「ゴホッ!ゴホッ!」
「何をしている?」
えっ?
リックの顔付き、声が変わった!
悶えている男に蔑む様な視線をぶつけ、声を低く響かせるリックは普段の爽やかなリックではなかった。
「何故…貴方が此処に?」
ようやく収まったもう1人のリックは、何だか怯えているかの様だ。
「お前はまだ、リック・レイスを名乗る必要は無い」
何だか怖いな、リック。それっきりもう1人のリックは黙り込んでしまった。
「エイジ、この者はディックと申します。王宮魔術師の後輩です」
あれっ!俺に対しては、ニカッと笑ういつもの爽やかなリックに戻った!
後輩にこの態度って、何?
王宮魔術師団って、昭和の体育会系か!
「リック、王宮魔術師は連れて行かないんじゃなかったのか?」
「この者はまだ見習いです。僕の代わりになってもらおうと思って」
リックから事の真相を聞く。
リックが言うには、俺と一緒にリックという王宮魔術師が領都に入る事は伯爵家には筒抜けだ。
それを逆手に取って王宮魔術師のディックには偽リックとして俺と共に行動してもらい、俺が港を作っている間はリックが裏から証拠固めをする作戦だ。
でもそれならディックを別働隊にすれば良さそうだが、昨夜の事を考えると心許ない。
ディックでは自分の身を自分で守る事は難しいだろう。
リックもそれを分かっている様だ。
「それで何故、ディックは今からリックを名乗っているんだ?」
「そ、それはですね」
それを聞くだけなのにディックは何故か額に脂汗を滲ませ、しどろもどろになっている。
リックって怖い先輩なのか?
「重大な作戦ですので、早めに慣れておこうと思いまして」
まあいいや。ディックは悪い奴ではなさそうだ。
それにしても、リックとディック、似た名前だな!
「うっかり言い間違えても、誤魔化せるかと思いまして、後輩からディックを選びました」
なるほど、人選の理由はそれか!
不安も有るが、今日の昼には領都に着く筈だ。
領都に出発だ!




