酒場での 乱闘からの 出会いあり
「きゃっ!」
さて実際にどうやって情報を集めようかと思いつつ煮物を突いていると、先ほどのウエイトレスの悲鳴が聞こえてきた。
「俺たちは盗賊を退治に来てやったんだ!少しはサービスしろよ!」
見るからに酔っ払いの荒くれ者って感じの連中がウエイトレスのスカートをめくっているではないか!
くそ、ここからでは良く見えない!
「止めて下さい!」
「いいじゃねえか、皆見たがっているぜ!」
あっ、それは否定しないがこれは止めないとダメなやつだ。
荒くれ者は完全に酔っているし、そうでなくても話を聞くタイプではなさそうだ。
厨房から店主らしき男も出て来たが、簡単に殴り倒されてそのまま気絶した。
「女が欲しいのなら、その手の店に行け!」
店内に威勢の良い声が響き渡る。
そこには見るからにイケメンの剣士風の男が立っていた。
「何だてめえ!」
「悪党に名乗る名…」
ボゴッ!とした音と共にイケメン剣士が崩れ落ちる!
コイツらもせめて言い終わるまで殴るのを待ってやれば良いのに!
「なぁ姉ちゃん、俺たちと楽しもうぜ!」
気の利いた口説き文句は期待してないが、この手の輩の言葉って不快にしかならないな。
イケメン剣士を除いた他の客も、この状況を許している時点で共犯だ。
とばっちりくらい受けても文句は言うな。
「おい!何を見てやがる!」
「助けて!」
どの魔法使って排除しようかと思案していると、荒くれ者とウエイトレス、2人同時に目が合った。
この店、コイツの血で汚したら後で彼女が大変なんだろうな。
「ウォーターボール!」
俺はジェル状の水の玉を荒くれ者の顔面に当て、鼻と口を塞いだ。
今迄も何回か使っているが、このウォーターボールは当たった所に水の塊として留まる。
荒くれ者は懸命に剥がそうとするが術者以外には、塊になってはいるが水だ。
水を掴める訳も無い。
「大丈夫かい?」
「ありがとう…」
先ずは当然だがウエイトレスに駆け寄る。
まあよく見ればそれなりには色気が有り、ムッチリとした身体つきの男の目に付きそうな20代半ばくらいの女性だ。
「慣れっこなんだけど、今日のは少し強かったかな」
「この荒くれ者がか?」
「代官様が盗賊討伐を打ち出してまだ数日しか経ってないのに、領の内外からこの手の連中がよく来るわ」
「慣れっこって、俺が居なかったら如何するつもりだったんだ?」
「そん時はそん時よ!マスターだって今日はやられたけど結構強いのよ」
そこで倒れている人間を強いとはとてもじゃないが思えないのだが。
彼女はその楽観的な考え方を変えた方が良いかも。
あと職業も。また手を出される事は想像に難しくない。
「あんたも大丈夫か?」
「助けに入って助けられるとは、お恥ずかしい」
力及ばずとも、彼女を助けようとしたイケメン剣士風の男に手を差し延べてやる。
ハニカミは爽やかだが、君は爽やかになるよりも強くなった方が良いぞ!
「さて、そろそろか」
荒くれ者の呼吸を水で奪ってから2分程度経ったかな?
そろそろ解除してやらないと死んでしまう。
勿体ぶっててパチンと指を鳴らすと、ウォーターボールは只の水へと変わった。
「ヒァ、ハァハア」
その場で溺死しそうになった荒くれ者は目の焦点を合わせないまま、必死に呼吸をしている。
危なかったぁ。ウエイトレスともう少し話していたら殺す所だった!
「おい、これに懲りたら酒場では大人しくしておけ」
「うるさい!今は油断したが…」
やはり馬鹿か。
「なぁ、水で濡れたお前に何をすると思う?」
前に仕事で入った事がある、食肉加工所の業務用冷凍施設を思い出して氷結魔法を使う。
すぐに店内は防寒しないで入ると命に関わる、バナナで釘が打てる環境に早変わりだ!
左手で冷気を出しつつ、右手で結界を張りウエイトレスとイケメン剣士風とマスターは守ってやっている。
あとは死なない程度に凍えて反省しろ!
「ううっ…」
当たり前だが、結界外の全員が凍えている。
これで酔いも覚めて悪さもしなくなるだろう。
俺は再度指を鳴らして魔法を解除してやった。
「今の魔法で俺がほんの少しだけでもその気になればどうなるか、その悪い頭でも想像つくだろう?」
「はっ、はい…」
放心状態の荒くれ者はようやく力の差を理解出来たのか、力無く頷くだけだった。
冷気は収まっても髪や服は凍ったままだ。流石に懲りただろう。
「聞きたい事がある。お前が盗賊討伐に参加しようと思った理由は?」
「俺はここの代官の出した盗賊討伐の依頼を受けに行く冒険者です。えらい高額の依頼だったから飛び付いた訳で」
「お前がその依頼を聞いた場所と時間を教えろ!」
アルフレッドが冒険者に盗賊討伐を依頼?
アベニールで盗賊の話を俺から聞いてからにしては早過ぎる。
力の差を認めた荒くれ者は素直に話し出した。
隣り合わせる貴族の領地で活動する冒険者で、盗賊討伐の依頼を見て高額に釣られてやって来た。
依頼を見たのは3日前。その前日までその依頼は無かったらしい。
それじゃ本当に、ここ数日で盗賊討伐を本気で取り組み出した訳か。
それについては領都に行ってみてだな。
他の客は皆、それぞれの宿に帰った。
残った客は俺たち2人だけだ。
「今夜はどちらにお泊まりですか?」
「いや、宿屋がどこも満室でね」
繁華街に繰り出せば何かあるかと思いきや、よく考えればここにはサウナもネットカフェも無かった!
それじゃ俺、ネットカフェすら無い難民だ!
「良かったら、ここに泊まって下さい。ベッドはありませんが」
ようやく起き上がった店主からのお申し出だ。
他に当ても無いし、受け入れるとするか。硬い椅子で寝るのも俺は大丈夫だし。
「あの、僕もいいですか?僕も宿が無くて」
「大歓迎ですとも!」
そういう訳で、改めて2人して飲み直す。
「貴方は魔道士ですか?」
「ああ、君は剣士なのか?」
「剣は飾りです。魔法の方が得意ですが、恥ずかしながら強いとは言えません」
「そうなのか」
この場だけの付き合いだからな。あまり踏み入らない様にしよう。
「そうだ!僕と組みませんか?」
「いや、俺は冒険者じゃない。遠慮させてもらうよ」
「そうですか。お強いのにそれは残念です。気が変わったら是非!」
「ははは」
愛想笑いするしかない。
「リチャードです!」
「エイジ・ナガサキだ。アベニールではそこそこ名の知れた魔道士だ」
「そうですか!僕はこれでも貧乏貴族の3男坊で、見聞を広める旅の途中です」
何か聞いた事が有るな。
「リチャード、君は貴族の3男坊なのか?」
確かリックも子爵家の3男坊だったよな?
「はい、子爵家の3男坊です。もっと気軽に、リックと呼んで下さい」
「リック?」
「はい、リック・レイスです!」
このまま瞬間の俺はどんな表情なんだろう?
俺は差し出された右手を握る事が出来なかった。
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