そう言えば 結婚式は まだだった
領都に行くに当たって、妻の不安は取り除いておきたい。それは妻帯者の勤めだ。
クレアを別室に連れ出した。
「クレア、俺はお前が危険に晒される事だけは絶対に避けたい!だけど俺は領都に行かなければならない!だから安全が担保されるまでクレアにはこの街に留まってもらいたいんだ。分かってくれ!」
我ながら熱く言ってみた。
だが言った内容に嘘偽りは無い。
「それは分かっているけど、あなたの足手纏いになりたくはないけど、私も行きたかった」
クレアの瞳は今にもこぼれ落ちそうなくらいの涙で
潤んでいる。
女の涙って厄介だ。折角の決心が鈍る。
どうしようかと思案していると、コンコンと誰かがドアをノックする。
「ちょっといい?」
ドアの向こうからはクロエの声が聞こえる。
この状況を変えられるのであれば大歓迎なのだが。
「夫婦の話し合いの場に悪いわね」
ツカツカと入って来たクロエはクレアの前に立つとその顔を見て、ハァと溜息を漏らす。
「やっぱりね。涙を拭いてこの手紙を読みなさい」
そう言うとクロエは手紙をクレアに渡そうとする。
あの手紙は何が書いてあるのだろ?
「姉さん…」
それだけ呟くとクレアは姉に言われた通りに涙を拭いてから、手紙を受け取り食い入る様に読み始めた。
「どうして言ってくれなかったの?」
手紙を読み終えたクレアはまだ潤みを残した瞳のまま、今度は一転して強い口調で抗議してくる。
あの手紙には何が書いてあるんだ?
「リックさんがあなたが領都に行く本当の理由を書いてくれた手紙なの。事業の領都進出が目的じゃなくて、あなたは義憤に駆られて盗賊を陰で操る悪者を成敗に行くとあるけど、本当?」
「まっ、まあな」
義憤に駆られてと言うよりも、成り行きなんだけどな。そんな事が言える訳も無い!
「しかも国王陛下から、偉大なる伝説の大魔道士シーナの再来と呼ばれるあなたへのご依頼だって」
同郷ではあるが、再来と呼ばれた事は無い。
リック、意外と脚色するな。
「エイジさんにしか出来ないってリックさんも言っていたわ」
クロエがフォローしてくれたのは意外だった。絶対にクレアの味方だと思っていた。
でもこれでクレアも収まりそうだ。
「なるべく早く戻ってきて…」
「当たり前だ。お前を放置なんか出来るものか!」
あとは無言で見つめ合う。
もう言葉なんか要らない!
クレアが潤んだ瞳を目蓋で隠す。
これはもうキスしないと嘘でしょ!
そう確信して唇を合わせようとした、その瞬間だった。
「オホン!私も居るんですけどね、お2人さん!」
「クロエ!」
「姉さん!」
「その先は自分の家でやって」
夫婦揃ってクロエの存在を忘れていた。
不機嫌なクロエの言葉に案の定、クレアは赤くなって俯いてしまった。
「ねぇエイジさん、私から提案が有るのだけど」
「提案?」
そんな妹を尻目にクロエが俺達に提案?
「クレアと結婚式を挙げて欲しいの」
「結婚の手続きなら、とっくに終わっているけど」
副市長のベンを立会人にして届け出は済んでいる。
それはクロエも承知の筈だが。
「それじゃなくて結婚式よ、結婚式!」
「結婚式?」
そう言えば結婚式は挙げていなかったな。挙げても挙げなくてもって感じだと思ったけど。
「教会で挙げて欲しいの」
「そりゃ構わないが、何故?」
そもそもこの世界の神様なんか知らない!
信者でなくても良いのかな?
「エイジさん、エイジさんの出身地はどうか分からないけど、この国では一夫多妻制が可能なの!でも結婚式を挙げられるのは第1夫人だけの特権なのよ!」
神様の前って平等じゃないんだ!
第2夫人とかって何か可哀想そうだな。
「エイジさんが領都で他の女に手を出した時の保険よ!その女は第1夫人にはなれなくなるわ!第1夫人は色々と有利なのよ!」
浮気前提で堂々と言い切るな!少しは信用しろ!
「姉さん、保険なんか掛けなくても大丈夫よ。私は信じているわ!」
嬉しい事言ってくれるな、妻よ。
「クレア、領都には早く行かなければならない。そして直ぐに帰るから、帰ったら結婚式を挙げよう」
「はい!」
クレアは再び瞳を潤ませながら、大きい声で答えた。
うん、この妻は俺を信じてくれている。
これで早く帰らなければならない理由が出来た。
約束は守る、これは日本では幼稚園以前に習う事だ。
そう言えば約束って言うか、何か制約が有ったのを忘れている気がする。
「あっ!」
ヨハンの時と同じだ!
また刺客を闇で包んで忘れてた!
ついでにワイバーンも!
しかも今回はヨハンの時よりも深い闇だ。今頃は廃人と廃竜になっているかも知れない。
ミラとリックの活躍で被害こそ出なかったが、街を空爆なんてした報いだ!
それに、今更末端の刺客から大した情報は得られないだろう。
そんな事よりも今はクレアとの時間を大事にしたかった。




