どうしよう クレアの料理は 凶器かも
魔法を使わなくても、すべき仕事は意外と多い。
飲食店のチェーン展開の為の効率化もその一つだ。
ランチ営業も終わって休憩時間となっているクロエの店に足を向ける。
「エイジさん、いらっしゃい」
休憩時間だというのに下拵えに忙しそうだ。
「クロエ、話が有るんだが」
「話?クレアに関する苦情なら受け付けないわよ!」
テキパキと仕事をこなしながら冗談で返してくる。どうやら機嫌は良い様だ。
「祭りの会場に屋台を出す。各飲食店に協力を依頼しているんだが、ここには俺が言いに来た」
祭りには屋台が必要不可欠!
「屋台の料理って、ウチのとは全然違うけど?」
確かに。プロパンガスとか無いから屋台で火を使う事は殆ど無いし、火を使えたとしても火力が弱い。それはリサーチ済み。
「今回新たに提案したいのが、店で出しているハンバーグとは違う。ハンバーガーだ!」
「ハンバーガー?何それ?」
ハンバーガーに求められるのは、肉汁よりも分かり易い味と手軽さだ。
尤もハンバーガーは屋台というよりも、その後のチェーン展開を睨んだメニューだ。俺はハンバーガーの概要を説明する。
「エイジさんが言うのなら、それなりの物なんでしょ?1度試させて」
突っぱねられるかと思いきや、意外な反応だ。
クレアと結婚、つまりは義理の弟になった事が関係しているのだろうか?
「それじゃあ、賄いとして作るか!」
やっぱり実物を知っている人間が作らないとな。
厨房を借りて、実験を兼ねて賄いを作る事にした。
「ヨハン、人数分のパティを作れ!大きさはこの丸いパンと同じに、厚みはいつもの半分で作ってくれ!」
「畏まりました」
厨房で働くヨハンは、俺を殺しに来た暗殺者だったが、拘束の為に使った陰魔法が効き過ぎて俺に忠誠を誓っている。
今でこの店の従業員兼用心棒となり、良くやってくれている。
最近では野菜の下拵えも任されている。元暗殺者だけあって、ナイフ捌きは上手らしい。
「ヨハン、パティを焼くから、焼いたパティをお前の魔法で凍らせろ!」
「焼いて凍らせるのですか?」
「ああ、カチンコチンにな!」
ヨハンの魔法では熱々の物を凍らせる事は難しい様だ。見ていて焦れったい。
「こうやるんだ!」
これくらいの魔法は使える。冷凍のハンバーグなんて何度も見ているからイメージは簡単だ。
さて、今度はカチンコチンのパティを焼き上げる訳だが、冷凍の物をただ脳天気に焼くと表面が焦げるだけだし、1度焼いてあるのだから火は通っている。
そこで、蒸し焼きにする。
冷凍食品を料理する際に、高圧蒸気を使う事は大手チェーンでは普通らしい。バイトしていた友人から聞いた話だけど、今回それを真似してみる!
そして出来上がった物を製造者責任として試食してみる。
「失敗だ!」
大手チェーンのノウハウは見様見真似で何とか出来る物ではなかったか!
さて、如何するか。失敗したとは言いにくい。
「ソースは如何なさいますか?」
失敗したとは露程も知らないヨハンが暢気に聞いてきた。
「パンで挟むから濃いめに…」
そうだ!味を濃くして誤魔化そう!
レタスでも一緒に挟めば尚良し!
それから幾つ試作品を作っただろう。
食品ロス防止と失敗作の証拠隠滅で、俺が1口食べて失敗作だと判断した物の残りはヨハンが平らげた。
そのせいでヨハンの腹はカエルの様に膨らんでしまった!スマン。
「完成だ!ヨハン!」
「もう食べなくて良いのですね!」
結局は蒸し焼きを諦めた。それっぽい物は出来たが、高圧蒸気を作るには魔法が必要なので方針展開した。チェーン展開するのに、魔法が必要な料理なんて不向きだと気付くのが遅かったな。
火が強火でなくても、魔法が使えなくても誰でも作れるように油で揚げる事にした。
流石に衣を付けてメンチカツにはせずに、素揚げにしてハンバーグであることは分かる様にした。
賄いなので完成品は皆に試食してもらう。
「これはこれで美味しいです!」
微妙な褒められ方だが、不味くはないようだ。
「油で揚げるなんて想像もしませんでした」
苦し紛れだ!
この素揚げは形成肉のサイコロステーキからヒントを得た。肉の繋ぎから出る大量の油で最後には、焼いているのか揚げているのか分からなくなる、あの肉。
「手軽に食べられるのは良いわね」
クロエも、まぁ及第点と言った感じだ。切り出すなら今しかない!
「ヨハン、例の物を!」
腹を膨らませたヨハンが重たい動きで冷凍のパティを持って来た。
「このパティ、凍ってる?」
今までパティを冷やした事はあっても凍らせた事はない。クロエが驚くのも無理はなかった。
「クロエ、この凍らせたパティを使ってハンバーガー店をチェーン展開しようと思う」
「チェーン展開?」
チェーン店が分からない様子なので掻い摘まんで説明する。
「この店とは違うってスタンスなら反対はしないわ」
意外とあっさりだ。
「この近くに作って!似た物を出す店が欲しかったのよ」
「何故?」
「お客さんが多くて捌ききれないの!」
嬉しい悲鳴だ!
違いをアピールすれば棲み分けも可能だろう。
「今日はクレアに何か作ってもらって、家で軽く晩酌でもするから。それじゃ、また明日」
今日は大人しく帰ろう。新婚生活2日目だ!
「待って!」
目的は達成して店を出ようとする俺を、クロエが勢い良く呼び止める。
「?」
キョトンとする俺にクロエは深刻な表情を見せる。
何だ?
クロエは別室に俺を招き入れると、グッと正面に迫ってきた。
「エイジさん、これからも食事はここで食べて!絶対よ!」
「それはどういう意味?」
何が何だか分からない俺に、クロエは更に鬼気迫る顔で迫って両手で俺の両肩を掴んだ。
「クレアには料理をさせたらダメよ!絶対に!」
「なんでだよ!クロエ程じゃなくても、新妻の手料理って多少マズくても許される物だ!」
多少の失敗をフォローしながら食べる優しい夫、それを見て更に惚れる妻!良いシチュエーションだ!
「多少じゃないのよ!」
クロエは悲痛な叫びを上げた。あのクレアがまさかのメシマズ嫁?
「これから聞く事は絶対に墓場まで持って行って。約束よ」
クロエの迫力に俺は言葉が出せず、コクリと頷くだけだった。
「クレアは料理で人を殺した事が有るの!」




