②ハタハタの雑煮
第二話、投稿します。
君はどんなモノを食した事があるか。
必要以上に身分不相応な山海の珍味を食したか。
或いはまだ見ぬ未経験の味に驚愕したか。
人はモノを食い生きる。
ただそれだけの為に生きて何時か死ぬ。
ただそれだけの為に食べるのだ。
しかし、人は飽きる生き物である。毎日同じじゃあ、つまらんぞ?
たまには好奇心の赴くままに、食してみないか?
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稲村某は元東京都民であった。今は由縁有って関東北部在住なのだが、とにかく新婚時代までは東京に住んでいたのだ。 しかし、我が嫁御は東京の暮らしにいまいち馴染めず、引っ越した当初は家から余り外出せず、謂わば引き籠り状態であった。
そんな折、買い物でスーパーへやって来た二人は鮮魚売場で【ハタハタ】を見つけたのだが、嫁御は【ハタハタ】を良く知らなかった。
「これ、どうやって食べるの?」
ガチ東北人の間に生まれた稲村某は、両親がたまに買ってきて、焼いて食べた一夜干しがまた格別だった事を思い出しながら、良く焼いて食べれば頭から全部食える旨い魚だ、と答えた。
正月前の時期であったので、只焼いて食うのも芸がない、どうせなら出汁にするのも良かろうと思い、告げてみる。
「焼いて食っても旨いけれど、雑煮の出汁にするのも乙なモノらしいぞ」
すると嫁御は怪訝な顔をしながら、
「え~? 焼いて食べてみたいんだけど。……でも、あんたが作るならいいけど」
と、期待半分諦め半分(当時の稲村某は只の下手の横好きな料理技術しかなかった)で承諾した。
こうして言質は取れたのだから、容赦無くそして徹底的に拘ろう、若き新婚の稲村某はそう思ったのである。
さて、相手は魚だ。しかも生きていない。楽勝である。
包丁で内臓を取り除き、じっくりと素焼きにする。こうすれば頭から食べられる。そうして焼き枯らしたハタハタを鍋に入れて、コトコトと二十分程加熱すると……黄金色の出汁が出る。
灰汁を含んだ泡を掬い取り、根菜とネギを入れて柔らかく煮込んだ後、酒と醤油で味を整えて、焼いた餅を入れた。
「……出来たの? うわっ!? 何これ美味しそう!!」
嫁御のストレートな感想に気を良くしながら、日本酒を燗付けし、椀に取り分けて、
さぁ、食してみようか。
まず、汁を味わってみる。
単純な分、灰汁を除き雑味を排した出汁は濃厚なハタハタの旨味のみ。しかし、根菜の淡い甘味と風味と合わさると、これぞ和食の醍醐味、と誉めたくなる。
だがしかし、これは雑煮である。香ばしく焼き上げた餅が出汁の風味を取り込んで、口の中で十分な弾力を発しながら各々の味を柔らかく繋ぎ合わせて調和させてくれる。
気を落ち着かせる為に、熱燗を一口含んでから箸を持ち直し、汁に沈んだハタハタを掴み上げる。
なんと、持ち上げただけで骨と身が別れてしまう程、身離れする柔らかさ! だが、もしかするとダシが出切ってスカスカで味気無い身になっているのでは? と危惧しながら口へと運ぶと、見事に裏切られた! その乳白色の身は未だ魚としての魅力的なプリプリとした弾力に富み、その上ハタハタ特有の脂と旨味をしっかりと残していたのだ。
「これ……美味しいねぇ~! ハタハタって雑煮に限るよ!」
嫁御は岩手県民から称賛と異議を同時に受けそうな感想を述べながら、しかし旨い旨いと雑煮を平らげていく。
しかし、単純に焼いて食べるよりも、出汁の旨味がここまで料理を引き立てるとは……頭を付けたまま焼き上げたのが良かったのか?
こうして二人であっという間に雑煮を食べ終わった我が家では、ハタハタは鍋の具としての確固たる地位を確保したのだが……、
あれから幾年月過ぎたのだろうか、それ以来、今日までハタハタの雑煮は作っていない。
しかし、嫁御は今でもハタハタを見る度に「また作ってよ、ハタハタの雑煮!」と嬉しそうに言うのだから、旨かった記憶は容易に忘れられないのだろう。
如何でしたか? 次回の投稿をお楽しみに!