⑫しもつかれ
地域ネタですが、知らない方も「へー、そーゆー料理があるんだ」程度にお楽しみください。
君はどんなモノを食した事があるか。
必要以上に身分不相応な山海の珍味を食したか。
或いはまだ見ぬ未経験の味に驚愕したか。
人はモノを食い生きる。
ただそれだけの為に生きて何時か死ぬ。
ただそれだけの為に食べるのだ。
しかし、人は飽きる生き物である。毎日同じじゃあ、つまらんぞ?
たまには好奇心の赴くままに、食してみないか?
……でも、他の地域の方から見れば理解出来ないモノだって、良く有るんだがね。
……まさか、これを題材に小説を書く日が来るとは……と、仰々しい書き出しは無しにして、サクサク進行していきましょう!!
まず、知らない皆様に、【しもつかれ】とは何かを説明しなきゃならん。で、手抜きすればネット検索して出てきた情報を列挙すれば事足りるんだけど、これは純文学ジャンルなのである。と、言う訳で……キッチリでカッチリと説明します!
古の頃より板東の北を下野と呼び、人々は暮らしてきた。乏しい流通経路を通じて稀有な海産物が食卓に上がるのは、年神様を奉る正月位の時代。
塩引鮭の頭を焼き干して刻み、鬼卸し(ギザギザに切れ目を入れた竹板を並べた目の粗い卸し板)で摺り卸した大根と人参を油揚、そして節分の福豆と共に煮て、味付け時に寒仕込みの酒粕を加えて仕上げとする、郷土料理が作られるようになった。
時は進み、那須御用邸に参られた昭和天皇が、地元の料理として赤飯と共に振る舞われ此れを食した事から、世に広まったとされる。
……知らない人にとっては全然判らん話だろうけれど、天皇陛下が食べた、ってだけで俄然脚光を浴びる事は暫し見受けられる訳で、少なからぬ人の目に触れるようになった【しもつかれ】。
でも、うん……ビジュアル的に結構ハードな見た目。ついでに食味もパッとしない。いや、地元民以外からは「ゲ○だろ?」とか「酔っ払いがケンカした後によくある奴」とか言われる。つまり、一般ウケする要素は……皆無である。
味? ……焼き鮭と酒粕と大根と人参と豆と油揚に、塩と醤油を垂らした味。もう、それしか言い様が無い。
しかも具材が没個性なモノばかりなので、食べても印象はボンヤリ。唯一、酒粕が異彩を放つのだけど、大抵は嫌いなヒトが悶絶する程度で、平気なヒトも殆んどは「何故入れたの?」と不思議がるのが精々だろう。
稲村某も東京から嫁御の郷里に引っ越した年、初めて食べたが「……食えるが、旨くはないな」と思うだけ。飯に載せて掻っ込むような味付けでも無いし、正直……好きにはなれなかった。
だがしかし!! 俺はこの下野に骨を埋める覚悟でやって来たのだ!! しもつかれが怖くて赤飯が食えるか!! (地元民のご馳走は大体が赤飯とマグロの赤身)
よ~し! 少しでも旨くなるように手を尽くして作ってみるか!!
そう決意した稲村某の足元で、まだ小さかった娘(二歳)が「パパ、マメちょーだい!」とモミジのような手を出したので、年の数だけ呉れてやった。ポリポリと味の無い豆を食べる娘。変な嗜好である。
さて、先ずは【しもつかれ】の欠点を無くしていくとしよう。
①生臭い。
これの原因は塩引鮭の頭だろうから、徹底的に焼き枯らして、圧力鍋で煮る。骨まで食べられる柔らかさになれば、歯に当たる不快感も軽減されるだろう。
②酒粕が美味しくない。
これは仕方がない。量を考えて最小限にし、煮詰めて臭みを無くすしかない。ついでに野菜から出るアクも徹底的に除去し、淡泊な味わいを目指す。
③見た目が宜しくない。
……稲村某は考えた。具材が同じ粒子の大きさだと、混ざって混沌とした様相になるのだから、煮込みベースは徹底的に煮詰めてペースト状にし、新たに卸した野菜を後入れして食感と見た目のアクセントとしよう。豆は……圧力鍋で煮て柔らかくしよう。
……こうして手を尽くして作り上げた【しもつかれ】。台所を二時間半占拠して完成させた力作である。見た目は……まぁ、しもつかれにしか見えない。
さて、それでは嫁御と食してみよう。
……臭みは全く無い。まず、一口。
口の中で渾然一体となる様々な具材のハーモニー。煎った豆の香ばしさは、焼いた鮭の頭から出る風味と相まって……うん、普通のマメである。ついでに焼き鮭も、焼き鮭である。それ以上では、無い。
次は野菜達。トロリとした煮詰めた大根と人参に、後入れした同類のザクザクとした食感が……ん? ……そうでもない。いや、普通に柔らかい野菜だ。歯応えは何処に行った?
酒粕は少な目なので、娘も安心して食べられるのだが……だから、何故に豆ばっかり取って食べるんだよ!! 豆ばかり食うな!!
だが、拙いスプーン捌きで豆を口に入れて、もむもむと噛み締めていた娘が、満面の笑顔でこう言った。
「マメ、おいひいね!!」
……そっか、そりゃ~よかったね。お前さんがマメ好きなのはよく判ったよ。
ちなみに嫁御は完食して一言、
「まあ、不味くはないわ……うん、丁寧に作った感じじゃない?」
つまり、旨いって事だろ? 素直になれよ、素直にさ……。
それから二度程作ったが、野菜が凶作になった冬以来、今は作っていない。いつかまた、材料が安く手に入ったら作ってみても悪くないだろう。
ただ、真夏に食べる代物じゃない事は、確かである。
知ってるヒトには身元バレしそうな内容でしたね。ではまた!!




