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九話 『女三人の夜』



 目覚めたイレーネを最初に襲ったのは、形容しがたいほどの頭痛だった。


「あ、頭が……割れる……」


 ぐらぐらと揺れ続ける視界の中、イレーネはなんとか水を飲んで気分を落ち着けた。


 窓を開けてみると、もう太陽は真上に上っていた。


 昨日はコレットに付き合わされて酒をたらふく飲まされたらしいが、如何せん記憶がない。


 昨日から同じ部屋で寝泊まりすることになったコレットとネシスはいまだに眠っている。


 コレットが大の字になり、その腕を枕にするようにしてネシスが小さくなっている。


「ふふ……」


 本当に仲がいいのだなと思いつつ、イレーネはもう一杯水を飲んだ。

 

 幾らか気分も落ち着いてきたので、コレットとネシスを起こすことにした。


「コレットさん、ネシスさん。もうお昼ですよ、起きましょうよ」


「……ぐぅ」

「……起きた。昨日はコレットのせいで大変だった」

「ネシスさん、おはようございます」

「うん、おはよう」


 さきほどまでの爆睡ぶりが嘘のように、ノーモーションでネシスが瞳を開ける。


 だが、コレットはまだ起きそうにもない。


 イレーネが困っていると、ネシスはお手本を見せてやるとコレットの耳元に近づいた。


「早く起きろこの絶壁」

「だぁれが絶壁だグラァ!」

 

 どうやらコレットは眠っていても絶壁というワードには反応するらしい。


 跳ね起きたコレットは、欠伸をしながら不思議そうに首を傾げる。


「お、おおイレーネ。なんかさっきアタシのことを絶壁って呼ぶ声が聞こえたんだが……」

「や、やだなあコレットさん。まだ夢見てるんですか?」

「うーん……夢、か?」


 釈然としない様子でコレットが顔を洗い始める。


「それで、今日はどうするんですか? 魔物を狩るにしても、もうお昼ですしあまり遠出はできませんよ?」

「でも、金がないのも事実なんだよなあ」


 と、コレットが悩んだ様子を見せる。


 イレーネにはあの心優しいゴブリンに貰った幾ばくかの金があるが、できるだけ使わないと決めたので、今は金欠だ。


「そんなにかねが欲しいなら清掃のバイトでもすればいい」

「それは冒険者としてどうなのか……」


 腕組みをするコレット。


 だが、腕組みをしても強調される胸がない彼女に、ネシスがぼそりと呟く。


「胸がないのは、女としてどうなのか……」

「おうネシス。さっきの絶壁ってやっぱお前だよな? ん? 殺されてえのか?」

「私は悪くない。イレーネに言えと言われた」

「へっ!?」


 さりげなくこちらのせいにしてくるネシスに、コレットは簡単に騙されてしまう。


 鋭い眼光が、イレーネを射抜いた。


「イレーネェ……」


 謝ってもただでは済ませてくれなさそうなコレット。


 ネシスは、コレットの死角で面白そうに笑いをこらえている。イレーネは、ネシスは先輩だが後で二、三発殴らせてもらおうと心に決めた。


 イレーネはわたわたと手を振りながら話題を変えようと試みた。


「そ、そうだ! 今日はもう仕事しないで仲を深めるためになにかお話しませんか!?」


 我ながらファインプレーな話題逸らしだとイレーネが内心ガッツポーズをする。


 しかし、コレットの反応は思わしくない。


「お話ぃ?」

「ですです! わ、私気になるなぁ、コレットさんの恋愛話とか! ほら、コレットさん経験豊富そうじゃないですか!?」


 苦し紛れに放った一言に、コレットが目を輝かせる。


「あ、分かっちまう? そうそう、経験豊富なのよアタシは! やっぱイレーネは話が分かるな!」


 肩を豪快に叩かれながら、イレーネはほっと息をつく。


 どうやら、大剣で叩き斬られずには済みそうだ。


「じゃあ私から話してやるか! ほら、お前らもっと近くに寄れよ!」

「は、はい」


 ノリノリになったコレットと対比して、ネシスの表情はひどく青ざめている。


「ね、ネシスさん? どうかしたんですか?」


 これは普通じゃないとイレーネはそっとどうかしたのか問う。


「ど、どうもこうもない。コレットの恋愛話は、すごく長くて、とてもつまらない」


 ポーカーフェイスの彼女をここまで言わせるのだ、よほどなのだろう。


「ん? どうかしたか?」


 そうとは知らず、コレットは至極楽しそうだった。


「はぁ……」


 どうやら自分は選択を間違えたらしいとため息をつく。


 

 夜は、まだ始まったばかりだった。



 

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