六話 『銀色の硬貨』
昨日彼が言ったとおり、小川に沿って歩いていると二時間ほどで街が見えてきた。
「……」
イレーネは前を歩く彼に気取られないように彼の背中を見つめた。家を出てからから何も言葉を発さずにここまで来てしまった。
なんとか会話の話題を見つけられないか――そう考えるイレーネをあざ笑うかのように、別れの時間はすぐに来た。
「ここでいいな」
「えっ?」
彼がおもむろにそんな声を出し、急に立ち止まる。イレーネが不思議そうに彼を見上げていると、彼は振り返り、街を指差した。
「ここからは一人で行け。俺が近づくと厄介なことになる」
「……はい」
有無を言わせないその迫力に、イレーネは目を伏せて返事をするしかなかった。
ゴブリンである彼が人の街に近づくことのリスクは、考えるまでもない。ないのだが、イレーネはどこか納得しきれないでいた。
「じゃあな」
「あ、あのっ!」
彼が踵を返して去ろうとしたので、イレーネは慌てて彼を呼びとめた。
「……?」
胡乱下なその視線に、イレーネは怯えながらも言葉を紡ぐ。
「助けてもらってありがとうございました! このお礼は、いつか必ず……!」
「……」
頭を下げながら感謝を伝えるイレーネに彼は一度だけ息を吐き、再び歩き始めてしまった。
「必要ない」
最後に、そんな言葉だけを残して。
「……」
イレーネは、彼の後ろ姿が消えるまで見送った後、町に視線を向ける。
「行こう」
そう決めたイレーネは、街に向けての一歩を踏み出した。
* * *
街へ着いたイレーネは、冒険者ギルドを探してあちらこちらへと歩きまわっていた。
「えーと……」
まずは生活費を稼ぐべく、冒険者になることを決めたのだ。
冒険者になれば、依頼をこなして金を得ることができる。ギルドに所属することで身元も証明してもらえるし、一石二鳥だ。
運よく、冒険者ギルドはすぐに見つけることができた。
その中に入れば、荒くれ者たちが昼間から酒のジョッキを傾けている。
「……嫌な視線」
イレーネに注がれる不躾な視線をかわしながら、彼女はなんとか受付までたどり着いた。
「冒険者登録をしたいのですが」
「ああ、登録ですね! では、この用紙に名前などを記入してください」
差し出された用紙に、イレーネはさらさらと名前、生年月日、特技などを書き込んでいく。
「それにしても、エルフの女性が一人旅なんて珍しいですね!」
「ええ、まあそれはいろいろ事情がありまして……」
イレーネは言葉を濁しながら、記入し終わった用紙を受付嬢に返す。
「イレーネさん……おお、基本四属性の魔法はすべて使えるんですか? これは将来有望ですね」
「ええ……。一応、エルフですので」
癖のように、イレーネが自分の長耳に触れる。エルフはもともと、これくらいできて当然なのだ。
――出来損ないが。
「どうかしましたか?」
「あ……いえ、なんでもないです」
一瞬だけ嫌な記憶が頭をよぎり、イレーネは顔をしかめた。
そんなことなど知らない受付嬢は、にこやかにこう言った。
「では、登録料銀貨一枚をいただきます!」
「え?」
イレーネが問い返すと、受付嬢は不思議そうに頬に手をあてた。
「登録料が必要になりますが……もしかして持っていませんか?」
「す、すみません! ちょっと探してみます!」
その場にしゃがみこみ、イレーネは自分の道具袋をあさり始めた。
「あ……」
見慣れない小袋を見つけたので、開いて見ると。
じゃらじゃらと音を立てる十数枚の硬貨と、四角く折られた一枚の紙が。
紙には、乱雑な文字で。
『これも遺品だが、気にせず使え』
とだけ書かれていた。
「……!」
「だ、大丈夫ですか!? な、泣かれても困るんですけど……!」
思わずこらえきれなくなり、イレーネは小さく嗚咽を漏らした。
イレーネは硬貨たちのうち銀色の一枚を取り出し、カウンターにそっと置いた。
――いつか、この借りは必ず返そう。
そう決めて、イレーネは微笑んで言った。
「これで。登録、お願いします」
しばらく主人公不在の話が続きますが、一時的にです! そこからすぐに主人公活躍しますよ!
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