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四話 『命は大事に』

一本目です!



 かちゃかちゃと食器を控えめに打ち鳴らす音がする。目の前には、外套を脱がないまま食事を続ける男の姿があり、自分の前にも温かそうな食事が出されていた。


 イレーネは硬い表情で、そのスープに映る自分を見つめていた。


「……」


 男は黙ったまま食事を進めていたが、対面のイレーネが食事に手を伸ばさないことを不審に思ったのか声をかけてくる。


「安心しろ、毒などは入れていない」

「いえ……、それは分かっています。いただきます」


 イレーネがフォークを手に取り、肉料理を一息に飲みこむと、男は感心したような声を洩らした。


「ワインなどはないが、これで我慢してくれ」


 男はそのままの勢いで、イレーネのグラスに水を注いでやった。澄んだ水は、恐らく汲みたてだ。


「あ、ありがとうございます。それにしても、料理も達者なんですね」

「素材がいいだけだ。この森は少し実力があれば食うには困らない」

 

 こともなげに言ってのけるが、この森は新米冒険者殺しと名高い森だ。その中で何日も何週間も何か月も生き抜くには、よほどの実力が必要に違いない。


 加えて、これほどの家を一人で建てたというのだ。


 温かい食事をとったことで心が柔らかくなったのか、イレーネはほろりと思ったことを口に出してしまう。


「多芸なんですね。人間なんか、目じゃないくらい」

「……そうか」


 少し男の声のトーンが下がり、イレーネは慌ててフォローする。


「べ、別に、あなたが人間らしくないと言っているわけでは!」

「いや、いい。自分が特異な存在であることは理解している」


 それからしばらく二人ともなにも発さないまま食事は粛々と進められた。


 いまだ緊張した様子のイレーネに見かねたのか、男は自分から話題を振ってきた。


「……こんな夜にこの森に一人とは、よっぽどの事情があるのか?」

「事情、ですか」


 言葉少なくイレーネは問われた言葉を反芻する。

 

 イレーネは、自分の耳――人間より長く伸びたエルフの耳に触れてみせた。


「私がエルフだというのは、もうご存知ですよね」

「ああ」

「ここよりはるか東に、エルフが集まるエルフの森があるのですが……わけあって追い出されてしまいまして」


 イレーネは引きつった笑みを浮かべていた。頭の中を、あの森で過ごした日々が駆け巡る。


 走馬灯のように浮かび上がるのは、悪い思い出ばかりだった。


「……悪いことを聞いたな」


 男はまったくトーンを変えずに謝罪する。


「いえ、助けてもらった身ですから」

「……そういうわけにもいかない。お前も、俺に聞きたいことがあったら聞くといい」


 義理堅くそう口にする男に、イレーネは思わず笑ってしまった。


 笑顔を浮かべたのも随分と久し振りで、イレーネは弾んだ気持ちになっていた。


「じゃあ、そうですね……」


 目の前の心優しい、そしてどこか変なゴブリンを見つめる。彼は、イレーネの問いを待って食事の手を止めていた。



 もっと彼のことを知りたい。



 そう思ったのは、ゴブリンに対する人間としては異端、男に対する女の感情としてはひどく常識的なものだった。


「どうして、人間に優しくしてくれるんですか? あなたは、ゴブリンで……人間の敵であるはずなのに」


 そう問うと、彼はそんなことを考えたこともなかったというように息を詰まらせた。


 少しばかり考えて、それでも答えは出なかったのか彼は嘆息混じりに答えた。


「別に、人間だから優しくしてるわけじゃない。ゴブリンが人間になぶられていたら、俺はゴブリンを助ける」


 ろくに知った仲でもないのに、イレーネはなぜか彼らしいと思ってしまった。


「でも、理由としては……一つだけ、覚えているものがある」

「なんですか?」


 興味しんしんと言ったようにイレーネが身を乗り出す。


 彼は、水で唇を濡らしながら答える。



「命は大事に。俺の師匠からの教えだ」



 

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