三話 『紳士なゴブリン』
どうぞ!
森を歩くこと数分。
「ここだ」
少し開けた場所に出ると、目の前に木造の大きくはないがしっかりとした拵えの家があった。
この家を一人で作ったのだろうか。イレーネがそんな驚きをもっていると、どうかしたのかと男が問うてくる。
「どうした。早くこい」
「あ、は、はい!」
家の中は更に驚きの内装だった。
ベッドだってあるし、窓にはカーテンも取り付けられている。森に住む狩人の家を奪ったといわれても納得してしまいそうな出来だった。
「す、凄い……! これを一人で?」
「ああ。仲間はいないからな」
「あ……ごめんなさい」
やや突き放したような言い方。イレーネは自分が彼の触れられたくない部分に触れたことを悟ってしまった。
「……」
イレーネが下を向いていると、男はまたため息をついた。
「俺は少し外で作業をしてくる。それまで眠るなり休むなりしておくといい」
「私も手伝います!」
「必要ない」
男はイレーネにソファに寝かせて毛布をかけてやると、さっさと家の外に出ていってしまった。
一人取り残されたイレーネは、毛布をぎゅっと握りしめる。
「あ……、いいにおい」
ふわりとした優しげな匂いが身を包む。ゴブリンが使っていたものだなんて考えられなかったし、考える余裕もなかった。
疲れ切った体に、毛布の温かさは着実に侵入してイレーネを夢の世界に誘った。
* * *
「ん……」
イレーネが目覚めると、真上に男がいた。
「わっ、ごめんなさい! 寝ちゃってました!」
「いや、いい。寝ろと言ったのは俺だからな」
男は室内でも外套を脱いでいなかった。恐らく、ゴブリンに襲われたばかりのイレーネに対する配慮だろう。
男が徐に、イレーネにタオルを渡してきた。
「え……?」
戸惑うイレーネに、男はしたり顔で頷く。そして、家の外を指差してこういった。
「風呂に入って来い。汚れを落とせば、落ち込んだ気分も幾らかマシになるだろう」
「い、いいんですか?」
「よくなかったらタオルなんて渡していない」
フンと息を吐き、男はイレーネを外に追いやった。
外に追い出されたイレーネは、家の裏側に回ってみた。
「すごい……」
するとそこには、簡易的だが熱いお湯が張られた風呂が湯気を上げていた。
恐らく、男はこの風呂の準備をするために先ほど家の外に出たのだ。イレーネに気取らせないように、自然に。
申し訳なさ以前に、感謝がイレーネの胸を一杯にする。
男の優しさと風呂に入れることに感動しながらそこに近寄り、しきりのカーテンをさっと閉める。
「はぁ……」
そのまま汚れた衣服を脱ぎはじめ、一糸まとわぬ姿になって風呂にはいる。
疲れ切って冷えた体に、熱いお湯は隅々まで沁みわたる。思わず至福の声が漏れ出るが、仕方無いだろう。
だが、そこでカーテンの奥から足音がした。
「……」
「えっ!?」
男の息遣いが聞こえる。
イレーネは顔面を蒼白にさせた。
やはり、優しいとは言ってもゴブリンはゴブリン。裸の女を前にして、襲う事しか能のないケダモノになり下がるのか――。
そんなイレーネの想像は、彼の声によって遮られた。
「着替えは、ここにおいておく」
「へっ!?」
「なんだ」
「いえ……なんでもないです」
紳士的なゴブリンの対応に、イレーネは思わず自分の浅ましさを恥じた。なんだ、襲われるとは。恩人に対して申し訳ないと思わないのか。
「……」
そのまま彼の足音は遠ざかって行った。
イレーネは、ぶくぶくと泡を立てながら真っ赤になった顔で。
家に戻ってみると、男はソファに座ってくつろぎながら大剣の整備をしていた。
「お風呂……いただきました」
「ああ。すまないな、着替え、もっとマシなものがあればよかったんだが」
「いえ、それは全然……でもこの服、どこで手に入れたんですか?」
「遺品だ」
「え?」
聞こえなかったと耳に手を当てるイレーネに、男はこともなげに答える。
「この森で死んだ冒険者の、遺品だ」
パチパチと、暖炉の薪が弾ける音がした。
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