二話 『喋れるゴブリン』
二本目です! どうぞ!
「……」
イレーネの問いにそう答えた彼は、しばらく迷う素振りを見せた後イレーネに手を差し伸べた。
イレーネは男の手を掴み、立ち上がらせてもらった。
「あ、ありがとうござい……!?」
そう感謝を伝えようとするも、驚きに言葉を詰まらせてしまう。
男の腕。
痩せていて、不健康そうな見た目で、そして緑色。確かに先程ちらりと見えたゴブリンの腕は、見間違いではなかったのだ。
「こ、これは……?」
「……」
男は、分かっていたというようにため息をつく。
その問答を、何度繰り返したかというように。
「あんたの思うとおり、俺はゴブリンだ。だが、そこらのゴブリンと一緒にしないでほしい」
諦めているように、その先に続く未来が見えているというように彼はつづけた。
「俺は言葉もしゃべれるし、ゴブリン共のように見境なく殺したりしない。あんたら人間と、ちょっと見た目が違うだけだ」
どことなく孤独を感じさせる口調で、彼は言った。
確かに、とイレーネは考えてみる。ゴブリンは、人を襲うから恐れられているはずだ。それなら、人を襲わないゴブリンなら――なんと呼べばいいのだろう。
「……」
「……っ!」
男が徐に手を伸ばすと、イレーネは小さく悲鳴を漏らして後ずさってしまう。
「……ぁ、ご、ごめんなさい!」
伸ばされたままの腕を見て、自分がいかに愚かな行動をしたか自覚した。
恩人に触れられることすら、怯えてしまうなんて。
「……お前が悪いわけじゃない。それじゃあな」
最後にそうとだけ言い残して、男は踵を返した。さくさくと、木の葉を踏みしめて遠ざかる。
「……」
自分が一緒にいると、やはり怖がらせてしまうのだ。そんな諦念を抱えて。
「そこの小川を真っ直ぐに下ると、やがて街に着く。あんたほどの魔法の使い手なら、冒険者として食っていくことができるだろう。……また、ゴブリンに襲われないようにな」
言うべきことはもう何もないというように、男はイレーネから遠ざかっていく。
男が木の葉を踏みしめる音だけが異様に大きく響いて、イレーネは例えようもない不安に襲われた。
このままあの人を見逃したら、絶対に後悔するのではないか。そんな不安だった。
なにより――、この暗い森を、街に着くまでの間とはいえ一人で歩けるものか。
「あ、あの!」
「……?」
イレーネが大きく声を張り上げる。
男は振り返り、胡乱下にこちらを見つめた。外套の奥にある瞳が、イレーネの瞳とぶつかった気がした。
「私もいっしょに連れて行って、もらえませんか!?」
頭を下げて懇願する。
無礼な願いだというのは自分でも理解していた。
助けてもらったくせに勝手に恐れて、そのくせやっぱりいっしょに行かせてくれと頼んでいるのだ。
「……ぅっ」
これで無礼なわけがない。イレーネは自分の浅ましさを責めるあまり、思わず涙を流してしまった。
一秒、二秒。時間が流れていく。
「……はぁ」
男も女性の涙には弱いのか、観念したようにため息をついた。
そして、一歩だけイレーネに近づき男は告げた。
「少々手狭だが……家に案内する」
彼は冷たく、それでもどことなく優しさを感じさせる声音でイレーネを許した。
それは恐怖に震えるイレーネを安心させようとしているかのようで、思わず別の意味で涙が溢れそうになってしまった。
「……! あ、ありがとうございます!」
涙を流す代わりに、イレーネは再び頭を下げる。
「……ついてこい」
男はそれをつまらなそうに一瞥すると、さっさと行ってしまった。
イレーネもそれを慌てて追いかけ、暗い森の中を二人で歩くのだった。
――これが二人の、最初の出会いだった。
よろしければブクマ、評価の方お願いします!