十話 『彼こそ 孤独と闘うものなれば』
「……」
男は、森の空気が変わるのを感じた。
魔物としての自分には邪悪に、勇者としての自分には懐かしく。
彼は無言で背負った大剣を構える。
さく、さく、と。一歩ずつだが確実に近づいてくる。
そして、彼の領域を踏みしめた者の正体は。
「君は……うん、人間じゃないのに勇者の聖気を纏っている。本物だね」
年若い、槍を手にした男が数人の仲間を連れて彼のもとへと歩み寄ってきた。
見たところあまり強そうには見えないが、特有の聖気こそ彼を強者たらしめている所以だろう。
彼は油断なく大剣を構えながら言う。
「……勇者か」
「そ。君と同じ、ね」
立派な拵えの鎧に、一眼で上等と分かる槍。そして傍らには一線級の仲間たちが十人以上。
ただのゴブリンに対しては、物々しすぎる準備だ。
「僕は、第三階位勇者――名は、名乗らなくてもいいかな」
「ああ、どうせ忘れる」
勇者。この王国において、どんな職業よりも憧れられて、羨ましがられる職業。
対するこちらは、ただのゴブリン。
いや、ただの、ではなかったか。
「つれないなあ。仮にも、同じ勇者だって言うのにさ」
そう。
緑肌の、醜悪なゴブリンである彼もまた、人々を救うはずの勇者だった。
「そんなことはどうでもいい。――何の用件だ」
「そんな威嚇しないでよ。君はゴブリンとはいえ第六階位――僕なんかよりよっぽど強いんだから」
そうは言いつつも、槍の勇者の顔から侮るような笑みは消えていなかった。
所詮は、ゴブリンだから。
ゴブリンとは、村人でも大人出れば単独で討伐できるほど弱い魔物。
勇者とはいえ、強くなったところで――というのが、彼らの見解だった。
そう彼らの見解について考えをまとめ終わると同時に、槍の勇者が口を開く。
「近頃、魔王復活の兆候が見られてね。有事の際、勇者という強力な存在が必要だ。……ということで、僕たちは遠路はるばる君のもとへ来たわけだよ」
「断る」
「理由を聞いても?」
そう言われることを見透かしていたかのように、槍の勇者は眉ひとつ動かさずそう問うてきた。
彼は、外套の奥の瞳を細く絞りながら言う。
「俺はゴブリンだからな。人間側にはつかん」
逆に、勇者だからという理由で魔物側にもつかない。
中立の立場というわけでもない。
ただ単に、興味がないのだ。
「じゃあそっか。仕方無いね。――この森の恐ろしいゴブリンは、僕が退治しました。そういう報告で」
そう言った途端、彼の仲間たちが躍りかかるように一匹のゴブリンに襲いかかった。
「力ある者、それが勇者。つまり、力なきゴブリンは勇者ではないよ」
揶揄するようにそう言って、槍の勇者は哄笑を上げる。
冒険者で言えば金色級以上に匹敵する仲間たちに襲われて、無事でいられるわけがない。
だが。
彼は流麗な動きで尽くをいなし、かわし、受け流す。
その場から半歩も動くことなく、彼はその攻撃のすべてを捌いて見せた。
そして、ぽつり。
「浅いな。考えが浅い。この程度で、ゴブリンを倒せると思ったか」
彼は、二、三歩ほど下がり槍の勇者とその仲間たち、その全てを視界に収めた。
「力ある者こそが勇者だとお前は言ったな」
おもむろに大剣を振りかぶる。その大剣は、お世辞にもいい状態とは言えない。
その溢れ出る闘気に、思わずその場の誰もが息を呑む。
男は、これが最後だと言わんばかりに言葉をつづけた。
「――違う。力なきものを守る者こそが、勇者だ」
そして、大剣が喝采にも似た唸りを上げる。
「――――ッッッ!?」
槍の勇者は、直撃していないにもかかわらず受け身を取ってしまう。
巻き起こった風に思わず目を瞑ってしまったことまでは覚えている。
「な、なんだこれは……!?」
だが、これが信じられるか?
自分たちは一瞬前まで森にいたはずだ。今では森が豆粒のようになっている。
「そ、空を飛んでいる!?」
いや、正確には飛ばされている、が正しいか。
そして、彼らの体は重力に引かれ地に落ちていく。
いくら勇者とはいえど、この高さから落ちて無事では済まないだろう。
「う、ぁぁぁぁあぁあああああっ」
ぐちゃり。
「……」
そんなつぶれた幻聴が聞こえたような気がして、彼は振り返る。
そこには、信用してくれる仲間など皆無。
「分かってる、ことだ。……俺は、ゴブリンなんだから」
彼の戦いは、いつも孤独だった。
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