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 数百年も打ち捨てられたその古城に、彼はいた。

 はるか昔、彼を滅ぼし眠らせた勇壮なる若者がいたのだったが、彼は死にはしなかった。

 彼はただ、眠っていたばかりである。

 以前は(おの)棲家(すみか)であったその城は、すっかり(さび)れて荒れはてていた。


 ある日、城の地下の奥深くで、彼はふっと目を覚ました。

 古めかしい形の棺桶の中からのろのろと起き上がると、彼は重い体をひきずって石造りの階段をのぼっていった。


──ワタシハ、ダレダ。


 わからぬ。

 彼は彼自身のことすら、もはや(おぼろ)にしか覚えていなかった。

 ただ何年も何年も前の(いにしえ)の頃、自分を不俱戴天の仇と見做(みな)して命を奪いに来た存在があったのは覚えていた。

 崩れかけた古城の窓から、四角い月明かりがさし込んでいる。薄青いその光の中で、彼は己が姿をやっと見た。


──ナンダ……コレハ。


 かの若者によってズタズタにされたはずの体躯は荒布を縫うようにして(つな)ぎ合わされ、醜い傷痕を晒していた。

 見覚えのない巨大な黒い手のひら。

 自分はこんな、醜い者ではなかったように思うのだが。

 いや、それもこれも、ただ自分の記憶違いなのかもしれなかった。


 彼は低く唸ったのみで、また重い体を引きずり、古城の奥へと消えていった。





「怖い……。怖いよ」


 青年は、半分泣きそうになりながら、うろうろと森を彷徨(さまよ)っている。

 唯一の頼りといえば、王太子の持つ長剣のみだ。それをしっかと胸に抱いて、青年は一歩一歩、踏みしめるように木々の間を渡り歩く。足もとの草は夜露に濡れて柔らかく、夜だけに独特の緑の匂いを立ちのぼらせている。

 空には満月があがっている。


──『国の王たるべき者は、まずは己に()たねばならぬ。(おの)が弱き精神(こころ)に克たねばならぬ』。


 それが、彼が幼いころから父王に耳にタコができるほど聞かされて来た言葉だった。

 そして事実、この王国で成人の儀を執り行ったその夜に、彼はこの森に放り出された。他国でどうかは知らないが、この国での成人年齢はかぞえの十七。


 この森の奥には、かつて廃城となった古い建物が存在している。ほんとか嘘か知らないが、そこで恐怖の魔物と勇壮なる剣士とが一騎打ちをし、剣士が勝利したらしい。が、凄絶な戦いの果て、残った魔力は人の体を蝕む種類のものだった。

 人々はやむなくその地を離れ、別の場所に新たな城を建てた。それが、今の王子の住処(すみか)である。

 父王のみならず、この国の王になるべき青年は、彼と同じこの「試練」を通ってから正式な王太子となってきた。

 目的は、ただひとつ。

 深夜、ひとりであの古城に向かい、城の奥深くに眠るという怪物がかつて落としたという巨大な爪を持ち帰ること。

 爪は当時の王の謁見の間の中央にある宝箱の中に存在している。毎回、事後に兵どもが昼間の時間を使ってそっともとに戻しにくるのだ。


(大丈夫……。大丈夫だ)


 王子はこくりと喉を鳴らした。

 彼は何より、こういう肝試しだの、夜の闇だの、そこに住まう化け物などといったものが苦手だった。いや、もはや大の苦手だった。血の通った野盗だの、牙をもつ獣だののほうが何十倍もマシである。

 それがどんな出自であるのか、何を思ってそこにいるのか。そういうことが皆目わからぬ存在が怖い。心胆から震えるように怖いのだ。そこに塗りこめられている、何者かの真っ黒な怨念といったようなものが。

 剣の腕は、それなりにある。物心のついたころから、城付きの武官の師範からみっちりと仕込まれてきたからだ。相手が血の通った生き物でさえあるならば、決して遅れをとるものではない。


(でもなあ……)


 思わず情けないため息がでる。

 その相手に、剣で切り裂くべき肉も骨もなかったら。

 べつに豪傑でもなんでもないただの人間である自分は、一体どうすればいいというのか。


 と、そこで王子の目の前が開けた。

 森が切れ、高くのぼったまんまるな月と、ばらまかれた砂のような星を背景に、その城は黒々とおどろおどろしい姿を晒して立っていた。


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