第9話わたし、お姉さまになっちゃった
本当に何故か知らないけど、学校に行く時にふっと時雨が何もアクション起こさずに静かになった。
それは全然いいんだけど、裏で何か企んでるんじゃないかと疑ってる。別にわたしは部屋に見られてマズい物を隠してる訳じゃないから、そう言う心配はしてないけど。
さて、今日はまた厄介な子に付きまとわれるようになった話のいきさつを語ってみようと思う。これには結構難儀している。
いや本気で嫌がっているとも言えないかもしれないけど、学校でのまふちゃんと冴ちゃんとの平和な時間を乱されるのが、わたしは困るのであって、それはわたしを呑気な気分から危ない世界に連れて行く事だからだ。
渡り廊下で移動している時だったのだけど、そこでうずくまっている子がいたので、慌てて駆け寄ったの。
ってそれは当然の成り行きだと思うでしょ。わたしじゃなくても、助けようとしたと思う。
「どうしたの、大丈夫? 保健室に行かなくちゃ」
そう言って、まふちゃんと冴ちゃんには先に行って貰う事にして、肩を貸してよろよろと保健室まで歩いて行った訳だけど、これがもたれかかり具合が凄かったから、体重も軽ければ非力なわたしには大変だった。
やっぱり二人に協力して貰えば良かったかなと思っている間に、何とかかんとか保健室までたどり着く。
一応これは危ないからと思って、先生に相談しようと思ったのだけど、生憎不在であって、こう言うハプニングの時は大抵そうなんだよと漫画なんかの経験上思うわたしであった。
それでしょうがないから、ベッドに連れて行って、寝かしてあげると、ちょいちょいと手招きされた。
うん?と近くに寄ったら、グイッと引っ張られて、体勢逆転。
いや、何この急展開とかちょっと余裕がその時あったのは、まさか小学生同士で何もないと高をくくっていたからだが、それがこの子の発言で急にわたしは青ざめる事になる。
「ああ、もう我慢が出来ませんわ。貴方、いい匂いしていらっしゃいますわね。血液パックを飲むのを忘れてたので、もう限界です。美味しそうな貴方のを頂きますわ」
は?ってなもんですよ。この子はあろう事か血を吸うと言っているのだ。
まさか、こんな近くにまた吸血鬼がいるとは思わなかったじゃない。
そうだ、わたしは時雨だけにしか許していないのにって思った時はもう後の祭り。ガブリと歯を突き立てられてしまうので、ううっと身じろぎするしかない。
しかも何じゃこりゃ。痛い! 時雨ほど上手く吸えないのか、かなりグイグイ来てるのはお腹が空いてるからなのか。
うわぁ、これが本当に捕食される瞬間かぁと、またも呑気に思ってしまったが、若干それより腹立たしさの方が強かったと思う。
って言うか、このむず痒い微妙な感覚が、もしかして時雨がやってる気持ち良くさせるのと一緒? ふざけないで。
「ああ~。凄すぎます! 貴方は最高の味を持っていらっしゃいますわね。ああ、血液を頂き誠にありがとうございます、そしてごちそうさまでした。この機会に仲良くなれれば・・・・・・」
ふるふるとわたしは震えるけど、こいつまだ馬乗りになってやがる。だから、わたしは突き飛ばして、怒りを露わにする。そうしないと時雨の時と同じでつけあがりそうだから。
「馬鹿にしないで。よくもわたしの大切な血を吸ってくれたわね。血液は大事な人にしか吸わせないって決めているんだから。それにあわよくばって気持ちで、何回も吸血するんでしょう。せっかく助けてあげたのに、何よこんな事して!」
そうやって剣幕を強めて迫ると、おろおろとする女の子。大分打たれ弱いな、こいつ。それに吸われた直後なのに脱力感とかに襲われないぞ?
「あわわわ、すみませんすみません。あまりにも貴方様が極上の甘いフェロモンを出しているものだから、吸血鬼としては手を出さずにはいられないかったんですの。いつもはマズいメイドの血か、互助組合から買っている血液パックで不満が溜まっていまして・・・・・・。あら? それより今貴方、他に血を吸わせる相手がいるみたいな事おっしゃいまして?」
「うっ。別にそれはどうでもいいでしょう。それよりアンタ、どうしてくれるつもりよ。牛乳でも奢って貰わないと気が済まないわよ」
そうやって叱り飛ばすと、ふるふると震えている。今更泣いてもわめいてももう遅いわよ。わたしは怒ったんだからね。と思っていたら予想外の展開に突入してしまった。
「あ、ああ。貴方様はこんなにも正しくわたくしを叱って下さるのですわね。何と言う運命でしょう。貴方はわたくしの運命の相手です。お名前を教えて頂けませんか。先に名乗って置きますと、わたくしの名は八雲出雲ですわ。お見知りおきを」
やけに丁寧な子だな。そんなに言われると、少し気圧されてしまう。ここがわたしの押しに弱い所なのかな。
「ああ、わたしは雪空小春。四年生だけど、あなたは?」
「三年生ですわ! では小春お姉さまと呼ばせて下さいな。わたくしは、貴方様に尽くす事を誓いますわ。何も血を吸わせてくれとは言いません。わたくしをお傍に置いて頂けるだけで・・・・・・!」
何だか召使いにでもなりそうな言葉のチョイスだなぁ。しかもさっきメイドとか言ってたから、この子自身が結構な家柄なんじゃないの?
それがわたしみたいなのに、こんな態度でいいのかな。でも年下に慕われるのは悪い気がしないけどさ。
「いやー、でも悪いでしょう。それに血は吸わせる相手を決めてるから、駄目だよ。遊んであげるくらいはいいけど、わたしいつも本読んでるだけだし、そんなに遊びなんか知らないよ。ゲームとかにも詳しくないし。だから、まふちゃんと冴ちゃんくらいしか相手してくれないんだし」
グッとベッドの上に立ち上がる出雲ちゃん。何だか生き生きして来たな。さっきの反省態度はどこへ行った。
「いいえ。わたくしは小春お姉さまと一緒にいられるだけで満足ですわ。しかし、その吸血鬼が小春お姉さまの心を射止めた相手なのですね。くぅ~、憎らしいですわ。その立ち位置にはわたくしがつきたかった。もっと出会うのが早ければ。これも学年が違うのが定めなのでしょうか」
うーん。思い込みの強い子なのかな、出雲ちゃんって。大体、時雨はそんなんじゃないし、出雲ちゃんだってそんなのに立候補されても、その、困る。
「いやいや、別に恋人とかそんなんじゃないから。ただあまりにもしつこくてそれで行きがかり上仕方なくなんであって」
手を取る出雲ちゃん。力籠もってる感じに握ってるよ。かなり凄い思い込みが感じられる。
「わかりました。わたくしが小春お姉さまをお守り致します。その吸血鬼に困っているのでしょう。ふふふ、わたくしをただの吸血鬼の子供と思わない事ですよ。む。そこに何かいます!」
何やらウサギのお面みたいなのが浮かんでから、何もないと思われた空間にビームみたいなのを放射した。
そうすると、パラパラと落ちる物体が。あれは小さいドローンみたいなのか? 大分改造してある気配だけど、まさか、もしや、あいつがって事?
そうだとしたら、一連の行動にも納得がいくし、きつくお仕置きでもしなくちゃいけないかも。こんな見つけ肉小型のカメラで撮影してたなんて。
「どうです、小春お姉さま。わたくしの〈ウォッチャー・オブ・ザ・スカイズ〉は、どんな動く物でも探知して、破壊しつくします。この能力があれば、小春お姉さまを痴漢だろうと何だろうと魔の手からお救い出来ますよ。それにわたくしは、吸血鬼と言っても、ハイデイライトウォーカーなので、陽の光なんてへっちゃらですよ。その辺の吸血鬼とは違うのです!」
うーむ、頼もしい。と一瞬感心してしまったわたしだが、ちょっと待って欲しい。
あのメイドにお仕置きするのは、わたしの手で足りてるし、そんな危ない力に頼る気は更々ないんだけど。って、それスピリット能力じゃん。やっぱり引力だ!
「ウサギみたいな可愛い顔して、ビームって凄いねぇ。でもそんなのに頼らなくても、わたしだけで対応出来るし、いいようにされてるとかじゃないから。うん。出雲ちゃんとは仲良くしてもいいけど、そっちにはノータッチでお願いね」
そう言うと話を聞いていたのか、出雲ちゃんは感激の目でまた語りかけて来る。
「何と。小春お姉さまはこれが見えますか! やはりお姉さまは違う人です。違いがわかるお人です。いいでしょう。わたくしに相応しいシュヴェスターとなれますわ。わたくしを妹として可愛がって下さいね」
そう言うとベッドから降りて、ヒラヒラと手を振ってから、風のように去って行った。
・・・・・・一体何だったんだ、あれは。何も言わずに行っちゃったけど、この後またあんな風に纏わり付いて来るんだろうか。
あ。牛乳はどうなったんだ。いいやつじゃないと、承知しないぞ。
放課後になって、まふちゃんと冴ちゃんと帰ろうとしていたら、わたし達の教室に出雲ちゃんがやって来た。
ああやっぱり来るかとわたしは思っていたが、事情を知らない二人はポカンとしている。
「お迎えにあがりましたわ、小春お姉さま。さあ、そのメイドに宣戦布告をしに行きましょう」
「あー、やっぱりそれするんだ。別にどっちでもいいけど。って言うか、牛乳忘れないでよね」
念を押すわたし。やはり何かを失ってしまった感じでもあるので、その償いはさせないといけないと思うのだ。それが牛乳だと言うのは安すぎる気もするんだけど。
「ええ、勿論。コーヒー牛乳でもイチゴ牛乳でも、フルーツ牛乳だっても何でも献上致しますわ。何ならヨーグルトも差し上げます。腸内環境が良くなりますわよ」
変な所で気が回るなぁ。それだけの牛乳天国なら許してもいいと少し思ってしまう。でも無闇に時雨と対立して欲しくないんだよなぁ。
「ねえ、この子気分悪そうにしてた子じゃないの。いつの間に仲良くなったの?」
まふちゃんが疑わしそうな目でわたしを見る。うう、違うんだよ、まふちゃん。
別にそんなに仲良くなった訳でもなくて、血の美味しさと叱りつけた事で勝手に崇拝されてるだけなの。わたしはまふちゃん達の方が好きだったら。
「ほほほ。わたくし達は姉妹の契りを結んだのですわ。あれからメイドに交友関係は調べさせました。貴方は蕪木先輩ですね。で、そちらは枯野先輩」
「せ、先輩!」
今度はまた冴ちゃんが感激している。まだそんな呼称に喜びを感じる年じゃないだろうに、そんなに後輩から先輩呼びで呼ばれるのが嬉しいのだろうか。
「ふ、我は貴様の様な謙譲の意識を大事にする者には、サービスをする所存だぞ。さ、先輩ってもっと言って」
そんな冴ちゃんを出雲ちゃんは無視して、まふちゃんとニッコリとしながら向かい合う。
何だかまふちゃんの顔が険しいけど、微妙に一触即発みたいな雰囲気で怖い。
あれ? まふちゃんっていつも穏やかで皆と仲良く出来るいい子なのに、どうして出雲ちゃんにはこんなに険悪な表情をしてるのかな。
確かに出雲ちゃんはちょっと思い込みの激しい変わった子だけど。
「あなたがどれだけアタックしても、ハルちゃんとはわたしの方が仲良しの友達だもん。ほら、帰ろ、ハルちゃん」
そう言って腕を絡めて来るまふちゃん。いやー、何だか恥ずかしいですな。
こんな事されても嫌じゃないのは、やっぱりまふちゃんだからなんだよね。だってまふちゃんって超絶に可愛いし柔らかいし。
ってこれじゃもしかして、わたしも時雨と同じ穴の狢なのか。
「むむむ。そうですか。貴方とはライバルな訳ですね。小春お姉さまを愛する者同士、親しく出来るかと思いましたが、やはり無理のようですわね。しかし、お姉さまへの献身的な愛の度合いはわたくしも負けませんことよ。何て言ったって、わたくしには小春お姉さまをお守りする強大な力があるんですもの。おほほほほ」
ううーと真っ赤になって、ギュッと強くくっつくまふちゃん。うん、これ何だか修羅場みたいだ。皆仲良く友達にはなれないのかな。
大体、愛の話にまで飛躍するのはどう言う訳なのか。そしてわたしはグイッと引っ張られて、おとととよろける。
「ハルちゃんは真面目だから、あなたみたいなプライドの高そうな子には、優しくはしても靡かないんだから。さ、ハルちゃん、早く行こうよ。冴ちゃんも何してるの」
わたし達は、まふちゃんに引きずられて教室の外に出て、どんどんと進んでいく。冴ちゃんは逆に頭の後ろで手を組んで、にやついている。こいつ、この状況を楽しんでやがる。
しかし校門を出て歩いて行っても、まだまだ出雲ちゃんはついて来る。そうして、二人と別れる道の角に来ても、まだついて来る気配だったので、まふちゃんは一喝。
「ちゃんと家に帰ってから、他の子の家に遊びに行かないといけないんだよ。ランドセルだって持ち歩く訳にはいかないでしょ」
そう言って鼻息荒くしていると、やはり出雲ちゃんは勝ち誇ったみたいな顔をする。この子はバシッと強く言うと弱気になると思うのだが、変に自信がある時は強気に出るな。
「ふふふ。それなら、こうすれば解決ですわ。カリスマ・フライデイ! カモン」
「は、お嬢さま」
一瞬でどこから現れたのか、メイド服姿の外国人さんが出現した。この綺麗な人が出雲ちゃんのメイドさんかぁ。時雨とは大違いで羨ましいかも。や、まぁ時雨にはそれなりに満足はしてるとは言え。
「ランドセルを家まで持って帰って頂戴。わたくしは小春お姉さまとの愛の巣に行って参りますわ!」
静かに首を縦に振って、ランドセルを受け取るカリスマさん。ってこの人、変な名前だけど、明らかに偽名臭い。
それともペンネームとかリングネームみたいなのかな。いや、いつから君との愛の巣になったんだって方に、もっとツッコミを入れるべきなのか。
「承知しました。あまり行き過ぎた行為をして、相手方に迷惑をかけないようにして下さいね。お嬢さまの暴走ぶりには、いつも手を焼かされるのですから」
なるほど、わたしはメイドに手を焼いているけど、この人は主人に手を焼いている訳か。確かに出雲ちゃんって、結構女王様みたいな気質があると思うし。
「ごほん。と、とにかく。これで何も問題はないのですわ。それでは、蕪木先輩に枯野先輩、ごきげんよう。さあ、小春お姉さま。これからはわたくしとの蜜月の時間ですのよ」
どこでそんな言葉を覚えて来るんだか。って言うか、わたしは帰ったら一人で静かに本を読みたいんだが。
それでなくても、昨日修羅場を乗り越えたお母さんが起きてグダグダしてるだろう事実にげんなりしているのに。
「一度帰宅しないと駄目って言ってるでしょう。もう」
「ふふーん。そんな規律、聞く耳持ちませんわ。貴方達は、人形相手にキスの練習でもしてなさいな。ほら、行きましょうお姉さま」
うーん、これじゃ後味が悪すぎると思って、わたしはまふちゃんに手でごめんのポーズをしてから、おもむろにウインクを不器用にしてみたのである。
そうすると、何かを察してくれたのか、まふちゃんは少し上気しながらこくりと頷いてくれたので、うん多分通じてるよね。
しかしこうまで粘着的に姉妹関係を迫られたら、時雨に何とか対処法でも考えて貰わないとなぁ。
鍵を開けて家に入ると、いつも素早く出迎えをする時雨がいない。後ろで出雲ちゃんがお邪魔しますわとか言ってるけど、何も言わずに靴を脱いで居間に向かう。
「ああー、あのドローン高かったのよぉ。普段接触が少ないから、写真くらい撮らせてくれてもいいわよねぇ」
「全くです。奥様の意見に私は全面的に賛成致します。しかし、あれは事故みたいなものです。お嬢さまには新しいご学友が出来たみたいですから、それを寧ろ喜ぶべきですね」
何だか不穏な会話が聞こえて来る。アンタらグルだったんか。お母さんが娘の成長記録として、いっぱい写真が欲しいのはわかるけど、それならあんな隠し撮りみたいな行為に及ばなくてもいいのに。
「時雨! やっぱりアンタ企み事をしてたのね。道理で大人しく学校に行かせてくれると思ったら」
「おや、お帰りなさいませお嬢さま。今はちょっと奥様の相手に忙しいので、冷蔵庫からおやつは勝手に取って頂ければと」
グラスの飲み物をグイッと飲み干すお母さん。あれ、ワインみたいに見えるけど、グレープの炭酸だ。
そうやって酔っ払った気分を味わいたいけど、お酒は駄目だから家には調理用にしか置いてないの、わたし知ってる。
「あら、その子がお友達かしら。見ない顔ね。真冬ちゃんにべったりだった頃からは、成長してるって事ね。感心感心」
あんまりそう言う恥ずかしい昔の事は言わないで欲しいのよね。いつの話を持ち出してるんだか。
そりゃあ昔は引っ込み思案だったわたしは、まふちゃんの後ろに隠れたりして、まふちゃん一筋みたいな所があったけど。
「お初にお目にかかれて光栄ですわ。お義母様。わたくし小春お姉さまと姉妹の契りを結んだ、八雲出雲と申します」
こらこらさっきからそれ公言してるけど、わたしはそれ認めた訳じゃないからね。大体、昔の女子校じゃないんだから、何だよ姉妹って。
姉妹ならわたしは既に木の葉お姉ちゃんがいるから間に合ってるんだよ。まぁ、妹の方が出来るのは面白いとは思う気持ちもあるんだけど。
「なるほどなるほど。お嬢さまはやはり罪作りな魔性の女ですね。周りの女性をメロメロにしてしまう、怪しい魅力があるのです」
変な持ち上げをする時雨。どうしてこんな地味な女の子に皆入れあげるんだか。
そもそも眼鏡かけてる段階で、巷ではダサいとか言われて、多くの女子がコンタクトに大人はしてるんじゃないのか。
わたしは眼鏡を譲る気はないし、別にちやほやされたい訳でもないんだけどなぁ。
「わかりますか! 小春お姉さまはいい匂いもするし、美味な血の味は極上なのですわ。それにキチンと叱る事も出来る優しさを持ってらっしゃいます。真に人の為を思って、真心の籠もったお付き合いをして下さる方ですの。敵ながらよく理解していますわね」
「ふふ、ロリ×ロリも尊いですねぇ。真冬様とのカップリングは王道な幼馴染み百合ですが、押しかけ女房とタジタジな先輩の百合もまた美味しいかと。ああ、それを撮影させて頂ければ・・・・・・」
「は?」
若干出雲ちゃんが引いてる。そうなのだ。
時雨は自分もわたしにどうこうしたい欲望もあるのだけど、わたしが他の女の子と仲睦まじくしているのを見ても、それを養分として萌え狂っている、真の意味での萌え馬鹿なのだ。
カプ厨なら、自分が介入するのは御法度なのはわかってないのか、と突っ込む人がいそうだけど、それは色々な関係性を保持したい煩悩が炸裂しているのだろうと思われる。
「そう言えば、お嬢さまは私には、他の子の血は吸っちゃいけないって仰られたのに、自分は他の子に吸わせるんですね。意地悪なお嬢さまも、また素敵ですが」
「別に好きで吸わせた訳じゃないわよ。いきなり勝手に吸血して来たんだから。これからは絶対に、血を吸っていいのはアンタだけだってば。それは心配しないで」
プイッとしながらソファーに座るわたし。時雨と出雲ちゃんの二人が可愛い~とか言ってるのはこの際無視無視。
「へえー。本当に吸血鬼とかスピリット能力なんて物があるのねぇ。漫画のネタに出来ないかしら。吸血百合って流行ってると認識してるんだけど」
「もうお母さんまで何言ってるの。描いてるジャンルが違うでしょ。無理矢理ラブコメ要素みたいなの入れたら不自然だって」
描きたい内容が山のように溢れてる人なので、常に創作の事に意識がいくお母さんなので、もう周辺の事情をネタにされるのは慣れっこなんだけど。
「それなら、日常おねロリ漫画なんか描いてもいいかもしれないわね。いっちょもう一つ連載させて貰えないか相談しようかしら。読み切りでやろうかしら。いや、同人誌で出してもいいわね。それなら十八禁もいけるし」
こらこらこら小学生の前でそんな話をするんじゃありません。大体、おねロリで十八禁とか危なすぎるだろうに。自分の娘でそんな妄想が出来るって言うのが信じられない。
眼鏡の奥がキラリと光って、もう手がつけられないようになるまで一歩手前だ。お母さんは、いつもこうなのだから、堪らない。
「そんなに描きすぎたら体壊しちゃうでしょ。いい加減、セーブして仕事しなよ。って言うか、娘を妄想材料に使わないで」
「おっとごめんね、小春。今日は一日フリーだから構ってあげられるけど、どうしようか。お友達も来てるんだし、何か描いてあげよっか」
すぐ絵の話に持っていこうとする。ほら、出雲ちゃんがかなり引いてるじゃない。時雨も何か言ったらどうなの。
「いやー、しかし本当に小春お嬢さまは愛されてますねぇ。出雲様も仲良くしてあげて下さいね」
「うっ。それは勿論ですけど、いいですか。わたくしはいつの日か、貴方から小春お姉さまを取り戻してみせますわ。今は、貴方が小春お姉さまの心を占めているみたいですけれど、わたくしには若さがあるんですからね」
「何と! お嬢さまはそれほどまでに、私に夢中だったんですか。ああー、罪ですねぇ。美人なお姉さんと言うのは、それだけで少女を惑わしてしまうんですね」
「違うから! 出雲ちゃんも変な誤解しないで。わたしが一番好きなのは後にも先にも、木の葉お姉ちゃんだけよ。お姉ちゃんの優しくて聡明で何でも出来て、それでいていい匂いだし妹を愛してくれる心なんて最高過ぎるわ!」
「ああ、そう言えばアンタ木の葉にゾッコンなのは昔からね。シスコンもここまでいくと、端からはキモいくらいじゃないかねぇ」
お母さんの露骨な指摘に、何気に時雨が同意する。
「お嬢さまは、年上好きな所ありますからね。大人に憧れる年頃なんでしょう」
「何ですって?!」
ガガーンとショックを受けている出雲ちゃん。
年上好きだと言うのは、勝手な想像なんだけど、別に出雲ちゃんに芽があるともわたしも思ってないから、フォローした方がいいのか悩むなぁ。
「くっ。いいでしょう。お姉さまに年下の可愛い妹の良さをじっくりと時間を掛けて、伝授して差し上げますわ。わたくしの愛はこんな事では折れないのですわ~!」
ああ、本当に思い込んだら猪突猛進って感じだなぁ。何だか先が心配になるよ。
騙されたいしないかとか。まぁ、好きになったのがわたしで良かったって事なのかな。
しかしわたしの平穏はどこにいったんだ。静かに本が読みたいって言ってるだろうに。
そう言うわたしの求めがあるので、やいのやいの言ってる三人は勝手に盛り上がらせておいて、わたしは文庫本をランドセルから取り出して、もう放っておいて読む事にする。
ちょうど最後の話で、水戸黄門が悪人になってやりたい放題して、お代官様は何も悪くないからそれを取り締まって、黄門様の首が切られるとか言う、無茶苦茶パンクな話が面白いから夢中で読んでいた所だったんだから。
ってこの本もう終わるな。次はどうしようか、とか考えて最後まで読んでいく。
「そうかー。小春は大分時雨に懐いてるって、時雨には聞いてたけど、大分フランクに関係性が出来上がってて安心したよ。これも時雨のやり方が上手いんだな。小春は人見知りするから、いつも木の葉や真冬ちゃんの後ろに引っ付いてたっけ。冴子ちゃんとかとも付き合うようになって、段々いい傾向になったもんだよ。それにこんな後輩まで手なずけて」
「はい。お嬢さまの身心の健康はお守り致しますよ。ただ、ちょっとだけご褒美を下さるお嬢さまがとても愛おしいのは、お許し頂けたら嬉しいですが」
「ああ、はいはい。お姉さん好きな小春だからいいよいいよ。アンタもその代わり、ちゃんと大きくなっても面倒見てあげてね。それならちゃんと健康に気をつけるなら、血を吸うのは構わないから。でもポイと捨てたら承知しないよ」
「それは心得ておりますとも。愛しのお嬢さまは何より大切にする所存です。いつまでもお仕えさせて頂きますとも」
「ふん。貴方みたいな不完全な吸血鬼よりも、このハイデイライトウォーカーたるわたくしの方が小春お姉さまには相応しいですわよ。おばさんなんか相手にしてどうするって言うんですか。若くてピチピチなわたくしの方が、絶対に可愛がり甲斐がありますわ」
「うん、小春は人気者だ。でもあの子受け体質だから、出雲ちゃんが攻めないと、中々進展しないぞ?」
おい、聞こえてますよ、お母様? って言うか、その子は最初からグイグイ来てるでしょうに。
「はい、お義母様。肝に銘じますわ。わたくしの魅力で、必ずや小春お姉さまをメロメロにしてみせます」
だから誰がお義母様か。アンタはうちに嫁いで来たんかい。もう知らんから、勝手にやってくれ。
そんな事より、こんなアホな会話を聞かされたからか、早くお姉ちゃんに会って癒やされたいよ。早く帰って来て~、木の葉お姉ちゃーん。
ところでやっぱり時雨は、遊んでいるのか知らないけど、出雲ちゃんの対策を考えてくれるなんて希望天気観測には繋がらず、一緒になって擬似姉妹百合も最高などと言っているので、全く頼りにならないメイドだこと。
因みに、マルちゃんはと言うと、騒がしいのも気にせず、ずっとお母さんの漫画を次々に読んでいた。
お母さんの公認を得て、何だか打ち解けたので、お母さんが自分の漫画を薦めていたからなのだけど。
しかし、これだけ泰然と自分の世界に没入出来るマルちゃんは、わたしとしては尊敬してしまうのであった。