第62話季節は巡る
時雨がわたしの家に来てから、まもなく一年が経とうとしている。一年だ。
それは大人にとってはあっという間なのだろうが、子供の一年は非常に濃密なのではないかと、様々な人が言うだろうけど、わたしにとってもそれは激動と言っていいくらいの一年だったはず。
最初に会った時と今ではどう変わったんだろう。単純に人間関係も変化していったし、引っ込み思案なわたしの交友関係も拡大されてしまった気がする。
第一にソーニャさん達と関わり合いになった事で、時雨だけじゃなくわたしまでもが、魔族的宿命を背負う事になってしまった。
それ自体は時雨と共に歩むと決めた時から苦ではないと思っているのだが、それによってますますわたしは静かには暮らせなくなってしまった様だ。
だが覚悟は必要だし、暮らしの変化を怖がってばかりいては、成長する機会すら失ってしまうかもしれない。
わたしは本の中から多大な影響と勉強させて貰う事柄を沢山受け取って来たが、それでもスピリットの事や自分の暮らしについては、もっと人と交わって吸収するべきものもあるはずだからだ。
だからこそ、静かに本を読んだり出来る時間は、しっかりと一定時間確保したい。
それがわたしにとって最重要の一つである事は間違いないと確信もしている。
時雨を見ていると、もう慣れ親しんだ家のように、何でもテキパキとこなしていて、わたしの家の仕事はオールマイティにやってのけている。
それどころか、最近はソーニャさんのお仕事なんかも手伝ったりしていて、その上でキチンとわたしの事も見てくれているのだから、感謝しかないくらいだ。
「ねえ、あのさ。そんなに何でも仕事が出来て、もうお日様を怖がらなくていいんならさ、わたしの家でいる必要ってあるのかな?」
ふとそんな疑問が口を出てしまう。また例の悪態に繋がってしまうのかもしれない。
「お、お嬢さま・・・・・・?! そ、それはクビって事ですか?」
「い、いやそうじゃなくて、時雨の方でわたしの世話なんかするより、もっと有意義な事があるんじゃないかと思って」
時雨は急に近づいて来て、わたしの手をギュッと握る。凄い圧を感じるかも。
「私にとってお嬢さまの傍にいられる事をほど、重大な仕事や生き甲斐など存在しません! だから今まで通りお嬢さまのメイドでいさせて頂きたいのです」
「う、うん。わかってる。わたしも時雨に傍にいて欲しいよ。それでももう一年も経つんだと思うと、時雨にばっかり甘えてるのも悪い気がして。ほら、もっと若い内から自立して生活出来るようにしておけ、とか言うでしょ」
「誰がそんな事を言うんですか。お嬢さまは充分何でも出来るお方です。その上で私がさせて頂いているのですから」
そ、そうかな。
わたし、まだ自分じゃ何も出来ない若輩者だよ?
「それじゃあ、まぁもっと料理とか家事の仕方とか、色々教えて貰うだけ貰わないとね。いや、それ以前にさ、わたしってさ、やっぱり態度とか悪いよね。それで一年付き合って来て、改善して欲しい事とかないのかなって」
不満など何もないと、首をぶるぶる振る時雨。よっぽどわたしが美化されてるのかもしれない。
「まぁそれでもいいんだけど、わたしこれからも時雨と一緒にいたいから、嫌な思いは極力させたくないし、変えていける事なら何でも言ってよね。ちゃんと時雨の悩みにも付き合いたいの。パートナーでしょ」
そうわたしが言うと、時雨はまたも感極まった風に、涙を流しながらわたしの手をより握りしめる。
ちょっと痛いんですけど。
「お嬢さまがそんなにお優しいのはいつもですけど、私の事もそんなに考えてくれているとは。そうです! お嬢さまはソーニャさんの活動にも好意的に接してくれてますし、皆に気を配るのも上手です。ほら、お嬢さまが自分で思う以上にお嬢さまに救われてる人は多いと思いますよ。お嬢さまのコンプレックスも解きほぐしてあげたいです!」
そう言われるとむず痒いなぁ。そんなに配慮が出来る心の広い人間だとは自分では思わないけど。
ってこれ毎回やり取りしてて同じ事思ってるけど。
「お嬢さまはメリハリがキチッとしていらっしゃるんですよ。グダグダにして置かないって言うか、ハッキリものが言える格好いいクールな性格なんです」
「それは褒めすぎよ! ・・・・・・でも時雨からはそう見えるのよね。じゃあ、これからはもっとちゃんと時雨のイメージに沿う様に、頑張って努力もしてみる。時雨に見合う素敵な大人になりたいからさ」
そう考えると、子供の期間は相当に長い気持ちでいっぱいだ。
早く時雨の隣に立てるように、大人になりたいけど、今だからこそ享受出来る子供の特権も勿論あって。
「時雨の事好きだから、早く大きくなりたい。でも時雨にもっと甘えてもいたい。時雨にわたしの弱い部分をずっと支えていて欲しい。だからわたしも時雨を支えたい。お互いが尊重出来る様なちゃんとキッチリした大人のカップルになりたいの。でもその為にはまだまだ駄目だから、わたしも変わらないといけないわよ。だってこの一年でそんなに変わったとは思えないもの」
そう言うわたしに、時雨はふふっと微笑んでくれる。いい言葉を授けてくれそうだ。
「それはご自分の事だから客観視しにくいって話ですよ。お嬢さまだって成長していますし、小学五年生になる子にしては出来すぎなくらいですよ。いつまででも甘えたい相手には甘えたっていいんですよ。成長と言えば、ほらお体だってこんなに」
なんかいやらしい手つきな気がしたので、咄嗟にガードする。
「もうっ。そうやって誤魔化すんだから。体の成長だってあるのはわかってるよ。別に時雨みたいな大人の体に早くなりたいとか言ってる訳じゃないんだから」
ああ、またも強がって、何か強く出てしまう癖。
「ふふ。そうですね。心身共にしっかりすくすくと成長しましょう。見守っていますよ。将来、立派になって私をもっと小春様といられる幸福を噛み締めさせて下さい」
そう言われると若干プレッシャーに感じるかもしれない。でもそれくらいの少しの重圧もないといけないわよね。
だってそれだけ期待されてるって事だし、でもそれだからと言って、わたし自身じゃなくなるようにって事じゃない。
わたしとして、しっかり確立されていて、それでその先に色々な精神的成長をしようって話なんだから。
よーし、頑張るぞーって気分になる。
そこでわたしは握られてる手を、握り返してから、時雨にキスを一つだけする。
「じゃあ、これからもよろしくね。時雨。わたし達ずっと一緒だよ。こんなに他人と一緒でいていいと思ったのは、まふちゃんとか冴ちゃん以外ないんだから。光栄に思ってよね!」
「ええ。よろしくお願いします。小春お嬢さま。わたしはいついかなる時でも、お嬢さまの味方ですので、その事を心にくっきりと刻んでいて頂けると嬉しいです」
そうして、わたし達は一年を経過しても変わらない関係で、そして変わっていく関係の中、また来る春を思うのだろう。
もっとも小春日和の冬にももっと沢山思い出を作りたい気持ちもあるのは、実は少しだけある秘密でもあるんだよね。
時雨に会うまでは、大人の女の人ってお姉ちゃんだけが理想だったけど、もっと違う形で素敵な女性がいる事も知ったし、それだからこそ惹かれていった。
この出会いを大事にして、また次にどんな出会いがあるかはわからないけど、その出会いの運命を大事にしていきたいと、強く思うのであった。
また魔族としてどう身を振らなければいけないかも、これから一緒に考えていきたいのだ。
そう、スピリットがある限り、能力者とはいいかどうかは別にして、出会ってしまうのだから。
さて、長く書いて来た作品がとりあえず、Web投稿の作品としては、初めて完結まで行きました。ある意味でまだ人生は続くと言う事から、この様なラストになりました。
勿論、まだまだやるべき話は残っていて、構想は一応朧気ながらあります。
これから小春達はスピリット能力の世界とどう関わるのか。ソーニャの共同組合はどう言う風になるのか。PFMは空気になったが、宇宙人ネタはこの先わたしの作品に何か登場するのか。またPFMの星間組織は今後何かアクションはあるか。魔族の話、など。
今後書くとしたら、恐らくは主人公を別に核として据えて、小春が高校生以上になっている姿で、物語の時間を進めて展開するのかな、と思っています。それ以前に他のキャラが、今執筆中の能力ものとは無縁であろう作品に主要キャラとしても出て来るのですが。
この作品では小春の自意識と、魔族と言う虐げられても来ながら、また人に害為す存在でもある属性ながら、純粋に生きているヒロイン達を、書いて来たつもりです。これからもこのメインストリームからは外れた人間像や、様々な人間の肖像を書いていきたいと思っています。
このシリーズの次は、また違うキャラの物語になりますが、小春達もどこかで必ず活躍させたいです。これからもよろしくお願いします。
BGM "We Can Work It Out" by The Beatles




