第60話ソーニャさん、それってデートですね、な話である様なそうでもない様な
連絡先の所にメールを入れたら、写真とプロフィールが付いていた。
何でも名前はイディオット・水晶と言うらしい。ふざけとるんかと思うが、これでも歴とした魔女で、占い師としての芸名だそうな。
それらしく装う為か、それ風の帽子まで被っとる。
と言うか、まぁ嘘は言うとらんだろうし、その後フル・ハウスの方にも皆登録されたので、疑う訳じゃないが、どうして余と話したいのだろう。
懐疑的な気分にはなったが、一応余も写真とプロフィールを送信する。
ソーニャ・アストラルってやっぱりカタカナの方がいいのかの。それともちゃんとSonja Astralと綴って置くのがいいか。
一頻り悩んだ後、どちらも併記する事にして、送信したのである。
そうこうしてやり取りする内に、〈デイ・トリッパー〉なる喫茶店で会おうと言う事になった。
ちょっとこれに余は、あまりそんな場に出ないからか緊張してしまう。まだ現代の人間界に慣れておらんと言えば、笑われるだろうか。
「あー。マスター。密会のやり取りだー。あたしがいるのに、女の人と会うんですかー」
ひょこっと後ろからティナがくっつきながら、画面を見つめて来る。少々ギクッとするんだが。
しかし人聞きの悪い事を言うなと思ったが、ふと閃いて、余は言葉を口にする。
「なぁ、ティナよ。余はまだ人との関係を構築するのに難があってな。良ければお主もついて来てくれんか? それなら、怪しい密会ではないとわかるだろう?」
くりっとティナの瞳が輝く。どうやら嬉しいらしい。
「おおー。マスター。奥手なマスターがあたしにデートのお誘いですか。それならいいですよー。その代わりに、ちゃんと外で通用するお洋服、用意して下さいね」
ティナの言葉に一瞬たじろぐ。どこまでもデートと結びつけようと言うのか、と。
しかし、ティナにも色々体験させてやりたいし、それが余と一緒なのも余にとっても嬉しき事だ。
だから喫茶店デートと言ってもいいかもしれん。
大体、余はデートなんてどうすればいいのか知らんし、現代事情にはティナは輪をかけて疎いのは言わずもがなだ。
「よ、よし。それなら、デートだ。余もファッションには疎いから、お揃いの服にしよう。普通に長袖の上にセーター、服はデニムのパンツでええかな。後、ちゃんと温かそうなコート。ちゃんと溶け込まんといかんだろ。幾ら寒くないと言っても」
「わー、素敵。マスターのお勧めコーデ、ですね」
う、うむ。コーデと言えるのかはわからんが、とにかく張り切ってしまいそうだ。
時雨に頼めばもっと上等な物が出て来るだろうが、ここは余のファンタスマゴリアで余の創造力が及ぶ限りの仕事をしなくてはならんな。
それからは、余は色々なホームページとかを見て、服をとりあえず完成させた。
ティナは、喫茶店の定番メニューなんかを眺めたり、〈デイ・トリッパー〉の評判なんかを見ていたり、そこでの好評を博しているメニューは何かを調べてくれていた。
まぁ、楽しむ為だけに行くんじゃないんだが。
その日は、小春も学校だし、時雨も仕事があるからと、余はカードと現金を持って、ティナと一緒に出かける事になった。
時雨も可愛くていいですねとか何とか色々と褒めてくれたのだが、余はちょっと子供が急にお洒落した気分で、恥ずかしくてあまりちゃんと聞いてなかったかもしれん。
しかし、だ。目的地に向かう途上で思ったのだが。
そう、ティナが手を繋いでくれてるのは、非常にいい事であるはずだ。だが、であるぞ。
「なあ、ティナよ。これでは親子連れが散歩してる様にしか見えんのじゃないか。余の方が年長者なのに、こんなんでは子供がヤンママと出掛けてるだけではないか」
「えー。そんなの気にしてたんですかー、マスター。別にマスターなら大人の姿にもなれるのに、訳あってそのままの姿でいるんですよねー。じゃあ、いいじゃないですかー。あたしは恋人気分でルンルンですよー」
む。確かに余は、あまり大人の姿を取りたがらない。それは大昔からそうだった。
舐められるとわかっていても、そうやって自分のありのままを誇りに思って、戦い抜いて来たんだから。
やるとするなら、夢の中でだけだ。
あちらでは色々と別の姿を取るのも楽しく感じられるから。だから、それを他人の目などと考えるべきではないな。
ティナがこんなに優しく手を握っていてくれるんだから。それだけで、この先の事への緊張も幾分か和らぐ。
「ほらー、あれじゃないですか。看板が掛かってます。アルファベットで書いてますねー。えっと、お店に入ったらコートを脱ぐ、だったかなー」
ふむ。ティナはティナで、外でどうすればいいのかを予習して来て、実際に試すのだから、また別の緊張があるやもしれん。
余も年長者なんだから、ティナに何かしてやれればいいが、余はホントに色々問題があるんだよ。会合は皆仲間だからいいんだしな。
席に着いて、早速ティナは二人分の紅茶とパンケーキを頼んでいるらしかった。紅茶はオレンジペコだとか。うん、別に余もそれでいいか。
「マスター。待ち合わせの間って、結構わくわくしますけど、ドキドキして来ますね。えへへ」
「そ、そうだな。うん、あまりどう言う立ち位置かわからん相手と会うのは、やはりいつになっても慣れんな。まぁ、会にも参加してくれるんだから、もう仲間のはずなんだが。しかし、本来の名を明かさんと言うのは、何か変な勘ぐりをしてしまってなぁ」
そうこうして、注文の品を待ち、それがついに来るって段階で、待ち人が来た。
写真にあったように、魔女の帽子を被り、ロングコートを羽織りながら、化粧っ気はそれほどないものの、ルージュが美しく唇には引かれている。
うーむ。余らとは違う、大人って感じだ。
余もなぁ。そんなのに憧れる時期はあったが、そんな事しても、実戦に明け暮れてたから、そう言うのはホントに無駄だったんだものなぁ。
「あら、早いですね、ソーニャさん。付き添いの子を連れて来たのは懸命ですわね。慎重に行動するのは、私達の世界では常識ですもの」
うん? この女、余がティナを戦闘要員に連れて来たと思っておるのか。
別に余は初めて会う人と差しで話すのは怖いから、ティナに一緒に来て貰っただけなんだが。
「あら。緊張していらっしゃいますか。歴戦の吸血鬼ともあろうお方が。別に何も敵意はないんですから、大丈夫ですよ、そんなに汗をかかなくても」
まぁ、そうなのだが。余も少し圧倒される時はある。
この水晶と言う魔女、物凄い様な底知れぬほどの力を上手く隠しておる。
それにかなりの年月を生きて来た様な風格もあって、余よりも余裕が感じられる。これが実際の世界で活動をしたか、封印空間で燻っていた差、なのかもしれん。
「ああ、私はコーヒーでも頂こうかしら。濃いブラックが好きなのよ。ふふ」
「わー。大人だー。そんな苦いのが好きなんて、すごーい」
そう無邪気に言うティナに対して、水晶はまた微笑み、お見通しである事を暗に伝える言葉で語る。
「そうね、まだ小さな子供には早いかもしれないわね。と言っても、大人でも辛いのや苦いのが苦手な人もいるし、それだから大人だとかそうじゃないとか、そんな決めつけは良くないわよ。その人間がどれだけ成熟しているのかは、話をして相手への対応でわかって来るものだから」
ほえーと言っている、ティナを余所に、余も何だか少しほぐれて来た感じで、でも不器用に問う。
「で、用件はなんなのだ。余や媛子が立ち上げたフル・ハウスに参加してくれるって事でいいのだよな。あの会は別に営利的な目的もないし、町内での互助会みたいなもんだから、そう警戒するもんでもないと思うが」
「ええ、それには喜んでアパートの住人一同参加させて頂きますわ。レディ・ソーニャ。私の話と言うのは、そう言う動きが出た事で、色々と激動の時が訪れると、そう視えたものですからね」
ふむ。
占いと言うのは、一般的な人間のやる占星術なんかは、一定の法則に基づいて、答えを提示するだけではあるが、この魔女にはそうじゃない本物の吉兆が視えるのだろう。
掲げている水晶を通して、様々な事象を見るのだろうて。
勿論、未来は不確定な為に、絶対的な予言など神に近い存在でも出来やしない。
だが、可能性の問題として、朧気な予兆や象徴を読み取る事は出来ると聞く。
「それは、この町の魔族が危機に晒される、と言う意味でか」
こんな事を突然言うのだから、それなりに覚悟を持てと言いたいのだろうな。
余はまた血で血を洗う時代を思い出して、ゾクッとしてしまい、そう不安感を抱いていると、ティナが下でまたも優しく包み込むように手を握ってくれている。
「そう、そうね。魔族にとっても、何かしらの危機はある、と思うわ。機関も動いてこの町に来るかもしれないし、何らかの対立に巻き込まれて、火種がここに広がる危険もある。でも、それだけでもなくて、スピリット使いが集まる気配もしているの。そして、新たなスピリット使いを生む何かの研究が、どこかで為されているのが、この水晶に視えたものだから」
コホンと一息する水晶とやら。どうでもいいが、店では帽子を取っており、その豊かな黒髪が異様に美しくて魅入られてしまいそうになる。
髪はかなり長いのに、不思議に下ろしながらも前髪にはかかっていないし。
そして、年齢不詳。若い身なりだが、相当老獪な感じも受けるし。
「何かの実験が始まっているのは、もしかしたら反・虚実機関の仕業かもしれないし、虚実機関の中で色々あるのかもしれない。一枚岩じゃないのはご存知の通りね。でも古の伝承が大きな災いの元になるとあって、これを今一生懸命に調べてるんです。遥か昔の魔女がまた何かを起こすのかもしれないと、私は同じ魔女として危惧があるんですよ」
「魔女、だと。悪魔の衆が動き出しているのかもしれんぞ、それは。しかし、教会の手が及びにくい国では、結構そう言うエージェントが張っていて、魔物狩りなども盛んだと言うし。この地で何らかの組織にせよ、好き勝手させんようにはしたいとは思うが、どうしても後手に回らざるを得んしなぁ」
「そうです。だから、ローリン・ストーンを模した何かを突き止めねばなりません。ここしばらく、幾つかの場所でスピリット能力者ではないかと言う、色々な目撃例がありましてね」
「擬似的なローリン・ストーンだと。さながら、〈ライク・ア・ローリン・ストーン〉とでも言うのかな。そこに暗躍している何者かがいる、か。それは確かに小春達に安心して生活して貰うのに、色々マズいわなぁ。面倒な事に、そう言う現象に首を突っ込みたがる人間も身内にいるから、小春や時雨が巻き込まれんとも限らんし」
「ええ。ですから、色々と調べたり、何かを見ようとしているんです。そちらでも何かわかったら、会合などの場で話題にして頂きたいですわね。虚実機関を壊滅させられる組織なんてないとは思いますが、あの巨大な組織はあちこちで反乱分子を生み出していたりもするし、先程ソーニャさんが仰られた、悪魔による動きもありますし、魔に属する者で本当に悪意を持って、世界を破滅に繋げようとする輩もいますから」
「そうだな。良い魔族ばかりでもないのは、教会も我々を良しとする所もあれば、異端審問を密かにやっている所もあると聞くのと同じか。吸血鬼も人に仇なす相当ヤバい奴もおるもんなぁ。一度、何だったかの階級がある吸血鬼の一角とやり合った時は、かなり余もギリギリだったよ」
「えー。マスター、そんな強い人と戦ってたんだ。それって、ちゃんと一対一ですか?」
「ん? あー、あれはそんなフェアなもんではなかったよ。お供の魔族が一人いたんだが、生き残ったのは余だけだったし、相手はそりゃあ一人で何人分もの生命があるみたいな、非常識なヤバい奴だった。ああ言う、規格外の化け物を狩って回る部署はホントに機関や教会の中でも大変よなぁ」
「そう言うのを総称して固有吸血界十七柱と、魔術師組合なんかは呼んでましたっけ。安息同盟なんかもそれとの戦いをメインにしていた様ですが。ソーニャさんが危険視しているそれらや、それを作り出す事もする者がいる悪魔八人衆なんかも、いつこの町の何かに目を付けるかわかりませんからね。スピリット能力や魔力は、色々利用もしやすいですから」
ふうむ。
そうやって名称で言われたら、色々とまとめられていて、簡単にしてしまいそうだが、あれらは欠員が出来たら、一定期間経てば補充もすると聞くし、まぁ人間と魔物との戦いはいたちごっこ的側面もあるんだよな。
害虫駆除と同じにしては、また嫌がる者もおるだろうが。
余も人間の味方したり、人間に闇討ちされたり、もう色々嫌な話を思い出して、それがまだ続いてると思うと、この平和な町の生活を守らねばとも思って、奮い立つ気持ちとうんざりした気持ちで複雑な気分だ。
ずっと握ってくれているティナの手も汗ばんでいる様で、余なんかショックが大きいからか、ぐしょぐしょではないかな。
ティナに不快に思わせてはいかんとも思うが、手を離したくもないし、ずっとこうしていて欲しいとも思う。
「とにかくスピリット使いに目を光らせましょう。後、会合でソーニャさんの目で見た事を、ちゃんと考えてみるなりですね」
「ああ、パペッツで町は見ていられる。しかし、あんまりプライバシーな場は立ち入らんぞ。外の景観に表れる所だけだ。対処が出来る人材を確保もしないといかんかもしれんし、機関の中でちゃんと魔族の味方をして、迷惑にならんように治安を守れるエージェントを派遣出来んか、時雨からカトレアに上へ相談する様言ってはおくが」
そうか。虚実機関と共闘する場合もあるか。それも統制の取れた場所で。
カトレアがあんまりにも適当に自由が許されていたから、案外今はフラジャイルの制御も行き届いていない様だが。
「ええ。ありがとうございます。私も旅行が趣味なので、各地に行った時、情報は集めますね。本来ならあまり町から離れないのがいいのかもしれませんけど」
「いや、構わんよ。様々な地方で、どんな風に事が起こっているか、調査するフィールドワークも必要だろう」
そうして、ブラックコーヒーを口に含んで、飲み干す水晶。その手に持つ水晶玉には何が映るのか。立ち上がり、帽子を被る魔女。
「それじゃあ、後は二人でごゆっくり。デートも兼ねるなんて、なんて素敵でしょうね。私も見ててロマンチックな気分になりますわ。ごきげんよう、ソーニャさん、クリスティーナさん」
そう言い、勘定をして去って行った訳だが、うーむと我らは顔を見合わせる。
「とにかく、パンケーキ全部食べましょー。これさっきから美味しいのに、話がむつかしくて、あんまり味わって食べられなかったんですよねー」
む。ああ、そうか。さっきから怪訝な顔しながら、口に運んでいたのはそれか。
しかし、それなら余の手を握っていたのは、さぞ食べにくかったろうに。
「なら、もう手を離してくれていいぞ。すまんな。ありがとう、ティナ。余はこれからファミリーと共に生きていきたいから、この地でずっと暮らして来たが。世界が繋がってしまった世の中では、どこにいても争いの種はやって来るのだな。さあ、食べよう。余もこのパンケーキと言うの、時雨が作ってくれるのでは大分好きなんじゃ」
「わーい。マスター、それなら、はい、あーん。食べさせてあげますよー」
「あー、そんな恥ずかしい事。……あむっ。うむ。やはり美味しい。おいおい、紅茶も味わって飲むんだぞ」
「はーい」
無邪気なティナに戻ってくれたようで、何よりだ。
とにかく、今からは帰るまでデートを楽しむとするか。
で、本来のデートってどんな風にするんだろうな。
小春と時雨のそれも一般的ではなかったようだし。




