第6話吸血行為、お試しでどうかしら
ふふふふ。わたしはこの時を待っていた。出不精で非社交的な人間なのにおかしいと笑うなかれ。
そう。学校が始まれば、時雨と常日頃から一緒にいないで済む。そして、まふちゃんや冴ちゃんに会えるのだ。
いつも通りに時雨が起こしてくれて起きると、朝ご飯はパンを食べる。これまたイチゴジャムが最高なので、お姉ちゃんと一緒にそれを愛用する事にした。
お姉ちゃんはまだゆっくりでいいらしいから、わたしは宿題をちゃんと入れたかもう一度確認して、出て行く準備をする。
テレビでは星占いなんかやってるけど、あれにはあまり興味がない。だって、そんな運勢がどうとか聞いた所で、避けられないならどうしようもないではないか。
アドバイスだって、別に具体的な回避方法を伝授してくれる訳でもないのに、もしそれが本当に信じられるとしても、避けられない不幸を知らされていい気分じゃない。
そして、わたしは根がネガティブな器質なので、占いなんかは悪い方に取ってしまうのだ。いい結果でもどこか警戒してしまっている自分が。
時雨は用事をしながら、お嬢さまと私の星座の相性は最高ですね、とかほざいてる。大体、そんな相互の恋愛運なんかやってないってば。
それで朝は慌ただしく時間が過ぎていく。
お母さんがもう一緒にご飯を食べないのは、日常茶飯なので慣れたけど、お姉ちゃんだけじゃなくて、時雨と言う一緒にいてくれる人がいるのは、やはり面倒に思っていてもありがたいものだ。
氷雨さんもお母さんの世話で忙しいので、これは性格に目を瞑れば英断と言えるわね。
さて、と時間になったので出かけようとすると、時雨が当然のようについて来ようとする。
「あのね、何のつもり?」
念の為、確認もしないといけないし、聞いてみる。
「何がって何ですか。おかしな事でも?」
「だから、ついて来ないでって言ってんの。これから平和な学校なのに。ああ、わたし今までで一番学校が待ち遠しかったんだから。アンタみたいな変態と離れられてね。さあ、さっさと家の中に戻った。玄関からしっしっ」
「そうですか。ふふ。それではいってらっしゃいませ、お嬢さま」
いやにあっさりと引き下がったな。まぁいいか。こんなアホに構ってないで、さっさと行こう。
学校の道を歩いて行くと、大体同じ様なポイントで毎日まふちゃんと会う。それで今日もピッタリ遭遇する。
「おはよう、ハルちゃん」
「おはよう、まふちゃん」
まふちゃんは今日も独特のセンスの服をお召しになっておられる。ドクロの形のデザインだ。しかも、セザンヌの絵の様な角度で書かれた物で、妙にリアルな気もしてビビってしまう。
某スラッシュメタルバンドのジャケットなんかも思い出したりして、ああこう言う趣味の人っているんだなと、もう一度まふちゃんを見て実感を得る。
だからと言って、どうこうって訳じゃないのだけど、どうも妙な気がするんだよね。
「もうこの間の服は着ないんだね。ちょっと残念」
あー、あれか。あれは可愛いけど、普段着には出来ない。それもわたしみたいな地味な女子が着て行ったら何て言って騒がれるか。
「あんなの学校には着て行けないよ。ああ言うのが許されるのは、冴ちゃんみたいな子だけだって。着替えの時とか面倒だしさ」
うん、と素直に聞いてくれる。ここら辺がまふちゃんはあの馬鹿とは違うので、ホントに頼もしい。
「でもスカートは穿いてくれてるんだね。もしかして、わたしがそんなのが好きって言ったから? って馬鹿馬鹿、わたしったら自惚れすぎだよね。ホント、一人で自爆しておかしいったら」
わたしはまふちゃんのその言葉を強く否定して、自分の気持ちを伝えたくて、ぶるぶると首を振る。ランドセルまで揺れるようだ。
「ううん。まふちゃんがさ、あんまり派手じゃないスカートなら似合うって言ってくれたし、ミニじゃないのも小学生らしいでしょ。それにちょっとは可愛いのも嫌いじゃないしさ。まふちゃんには少しでも良く見られたいし」
ぱあっと輝いた顔をするまふちゃん。ヤバい。この笑顔の為なら何でも出来そう。美少女って得だなぁ。とてつもなく素敵指数高いよ、マジで。
それにわたしとんでもなく、今恥ずかしいセリフを言ってしまったんではないかと思うんだけど。
「う、うん。うん。じゃ、じゃあさ、この間見かけた蛇のマークのティーシャツなんてどうかな。ウロボロスって言うらしいけど」
うっ。ちょっとこう言う風に切り出されたら困る。それは絶対に可愛くない。
動物なら、もっとワンちゃんとかうさちゃんとか、そんなのじゃない普通。それが蛇とは、変化球を投げて来るなぁ。内角抉るキレキレのカミソリシュートだよ。
「うーん、それはまぁ考えてみるね。自分でも色々可愛いのないかとか調べてるんだけど、多分言えばあのメイドが作ってくれるし」
ハッ。しまった。何故わたしは自分からあの女の話題をしてしまったのか。
それにあの女なら、何も言わずともキュートな柄を見繕って、仕立て上げるのは訳ないだろうから、すぐにぼんやりしている内に出て来るだろう。それもわたしの好みを把握して。
「そっかぁ。メイドさんの見立てなら間違いはなさそうだね。ハルちゃんをどうすれば可愛く出来るかは、わたしより知ってそうだし。わたしって時々おかしいって言われるから、自分のセンスを押しつけたら駄目ってよく怒られるんだ。ごめんね、ハルちゃん」
「う、ううん。嬉しいよ、その気持ちは。まふちゃんの意見も参考にさせて貰うね」
ちょっと心にもない事も言ってしまうが、大まかにはわたしはホントにまふちゃんの気持ちは嬉しいのだ。
まふちゃんは、いつもわたしの事を見ていてくれるし、適確に褒めてくれて、わたしの自信のないのをカバーしてくれてるようだし。
そう言う意味でちょっとフォローをしておかないとって思ったから、こんな事を言ってみる。
「でもまふちゃんって、ホントに何着ても可愛く映えるからいいなぁ。あの変態に近づかせたら駄目だと悟るくらい、もうキュンってなるほど可愛いんだから」
わたしはこれを自然に言ったまでである。他意はない。
しかし、どう解釈したのか、それとも時雨の事を言った発言は聞いてなかったのか、ただ只管わたしの褒め言葉に恥じ入っていた。
「あ、あの、ありがとう。そんなに面と向かって言われたら恥ずかしいなぁ。でも、そんな風に思ってくれてるの、凄く嬉しい。ハルちゃんに言われたら、一番嬉しいもん。こっちもキュンってなっちゃう」
ははは。それは良かった。そんな事を言って、逆に普通に会話するのが難しくなって、お見合いする人みたいに黙ったままで下駄箱まで来てしまった。
とにかく早く冴ちゃんに会いたいなと思って、二人とも気持ちは一緒なのか、足早に教室に向かったのだった。
そうして教室の戸を開けると、冴ちゃんは教卓に腰をもたれかけて、手を額に当ててこっちを不遜に見つめている。
スタンバってたのかな。ご苦労な事で、そう言う冴ちゃんの仕込みは嫌いじゃない。
それにいつも通りの、彼女曰く正装のゴスっぽい衣装は、これ普通に先生に怒られないのも奇跡だけど、ホントに冴ちゃんは似合ってしまうのだから感嘆するしかない。
皆、素材がいい。わたしはだからコンプレックスにもなるんだけど。
「ふふふ。小春、真冬よ。悠久の時を経て、再びまみえた事を言祝ごうではないか。我々の魂は接続されているが故に、我は君たちを忘却した記憶はないがな。そして、小春。先日の君にとっては珍奇な衣装は、誠に見事と言うほかなかったぞ。我は感心した。めちゃんこめんこいではないか!」
最後装うの出来てないぞー。しかし、何でまぁこのわたしの周りの人には、こうもあれが好評なのか。
冴ちゃんは自分と対比させて喜んでいるんだろうか。とにかく釘は刺して置かないと。
「それはいいけど、絶対に他の子に送ったら駄目だからね。特に男子とか絶対ノー!」
「ふむ、それはいい。我には連絡を取る男子の交際相手など皆無だからな。しかし、あれはどう言う経緯で着用したのだ」
むっ。それを突っ込まれるとは。いい具合に何も聞いて来なかったから、意識に上っていないと思ってたのに。
「あれはね、ハルちゃんの新しいメイドさんが作ったんだって。凄い有能そうな人だったよ。ハルちゃんもとっても懐いてるし」
懐いてってあれがどう見たらそう見えるの、まふちゃん。あんな阿呆と仲良くするんだったら、ずっと君らとわちゃわちゃしてたいよ。そんなに言うなら、あいつの危ない所を教えてやろうと悪い気持ちになる。
「あのね、あいつはとっても危険な奴なの。とにかく変態だし、血を吸うし」
「血を吸う?」
二人がハモった。あ、これは暴露しちゃマズかったっけ。変態には食いつかないんですか、お二人さん。
ロリコンなんて見た事ないから当然の反応なのかも。しかし引っ込みつかないから、わたしは勢いで秘密を共有したくもあったし、言ってしまう。
「だからね、あいつは変な能力で昼間も歩けるけど、吸血鬼なの。すっごい変な力で、気持ち良くしといて血をちゅーって吸っちゃうの。それでわたしの血がいたくお気に入りで」
「何それ、吸血されたい! 我はその召使いに邂逅してみたいぞ。その官能の手腕とやらも気になるし。わくわくわくわく」
あー、そりゃあ冴ちゃんの反応はこうか。ではまふちゃんはどうか。
「いいなぁ、そんなのわたしも羨ましい」
え? 意外。もっと怖がるかと思ったけど。
「だって、ハルちゃんの血なんて絶対に吸血鬼なら美味しいよ。そんな関係になれるなんて、いいなぁ、やってみたい」
そっちか。そうかそうか、君は逆に吸血鬼に憧れてしまうのね。それも君はわたしを餌食にするのを所望するのか。
「あ、別に食べ物にしたいとかじゃないの。そのそんなのって何だか秘密の関係で、凄く仲良しって気がするから。でもちょっとイケない事してるみたい・・・・・・」
だよねぇ。だからまふちゃんは期待してるんだろうか。それも大分大人びてるけど、そんないいもんではないと断言しておきたい。
気持ちのいいのはちょっとの間だけなんだから。そんなのに騙されてホイホイ食い物にされて堪りますかって。
「よし。今日赴こう。小春、いいな。その召使いに我は興味津々だ。師匠のように崇めてもいいくらいだ。それはそれは耽美な成人なのだろう。会いたい、会いたい。だから行っていいでしょ?」
だから最後素が出てるって。この子時々興奮したら、演技を忘れるんだから。それでまふちゃんを見てみると、ふんふんと頷いている。やはりこれは確定?
別に暇もあるだろうし、わたしは今日の午後から学校もない事だから丁度いいとは思うけど。でもこれバラしちゃった事、怒られないかなぁ。
一旦二人とも家に帰って、お昼を食べてからウチに来る事になったので、わたしは先に帰ってその旨告げてようと、玄関開けると正座して時雨が待っていた。図ったようにいるな。謀ってないだろうな。
「おかえりなさいませ、お嬢さま。お昼にしましょうか」
「うん、ただいま。あ、そうそう。今日は後で友達が来るからそのつもりでいてね」
「はい。真冬様と冴子様ですね。キチンと三人分のおやつを用意する準備はしておりますよ」
うん? 何故君がそれを知ってる?
「そ、それはお嬢さまの事でしたら、電撃に打たれたようにビビッと何でもわかるんですよ。それとも私のシラナイ事をお嬢さまが教えて下さるんですかー」
「いかがわしい言い方しないで! ・・・・・・怪しい。何か、隠してるでしょう。怒らないから言ってみなさいよ」
途端に目を逸らした。やっぱり何かやましい事をしてたんだな。
「何の事やら。わたしは色々準備してたんで忙しかったんですよ」
「い・い・な・さ・い!」
「こ、怖い! 怒らないって言ったばかりなのに。しかし、お嬢さまのその眼力。怖いですが、流石です。叱られるのも何だか凄く気持ち良くなってしまいそうです」
これはもっとしっかり厳しさを見せた方がいいかな。こんな阿呆な事言う元気がまだあるようだから。
「早く言わないと、もう血を吸わせてあげないわよ。この間も気持ち良さそうに吸ってたわよね。あんなにいい血液を持ってるのは、わたしだけって言ってなかったかなぁ」
「ああ! 言います言います。そ、そのう。実は小型のドローンでお嬢さまの様子を撮影してたんです。それで記録に残そうと」
「何ですって?!」
わたしは少し目が吊り上がってたかもしれない。大分、怒りの女の子になって、可愛くないと言われそうだ。
「いえ、そんなお嬢さまも素敵です。お仕置きはどうされますか?」
「期待の目で見ないでったら。で、盗撮してどうしようとしてたの。ただ、それを眺めたかっただけなの。ハッ。まさか、年頃の少女がいっぱいいるから?」
「ギクリ」
やっぱり。わたしが一番とか言っておいて、あちこちの女の子を物色してたって訳。これじゃあ、今日もあの二人をこいつに会わせるの心配だな。
「いえ、別にどんな可愛い子がいるかって思ってたんじゃないんです。ほとんどお嬢さまばかり映してますし。それで、お嬢さまの友人などの会話を聞いてて知ってたってだけで」
あ。じゃあ、あの事バラした事も知ってるのか。こっちが告白する手間は省けたけど、やっぱりヤバかったよね。怒ってる場合じゃないよ、わたしが怒られる立場じゃん。
「あの、勝手に秘密を教えちゃってごめんなさい。・・・・・・怒ってる、よね?」
少し反省の色があるから、わたしは途端に弱気になってしまう。大人には上手く立ち回って来たように思うから、悪さをして怒られるのって慣れてなくて、ちょっと怖いんだ。それに今までその事忘れて、怒ってたのが恥ずかしい。
「キューンと来ちゃいます。お嬢さまのしおらしい姿なんて貴重です! 何、私は怒ってなどいませんよ。第一、その女の子達は血を提供してくれると言うじゃないですか。じゅるり」
涎は拭け。ちょっとでも気にしたわたしは馬鹿だったみたいな返し方しないで欲しいなぁ。もうちょっとわたし達の間にある関係を大事にして貰えないものか。
「ああ、お嬢さまは自分から言ってしまった事に、罪悪感もありましょうが、それで秘密である事が終わってしまうのが残念に思ってらっしゃるんですね。大丈夫です! 私達の秘密の関係は大っぴらになっても、幾らでも継続出来ます。エッチな事をしてるんじゃないんですからね」
ああ、語る語る。別にアンタの事意識してるって言うんじゃないって言ってるのに。それより手洗いして来ないと。
そうして、まだ悶えてる時雨は放っておいて、手洗いうがいをしてから、用意してくれるのを待って、本を読んでいたのである。
今日は学校でも鈍器の様なと言われたけれど、まだ上には上がいると言っておいたのだ。
体の成長を止めた男の戦時中における変な生き様が、またこれが饒舌にいかがわしいわたしには理解出来ない部分がある様な内容も伴いながら、どんどん戦争の危険さや醜悪さも展開しながら、それを一人で話している、なんて本で正直しんどい内容だ。
一冊の個人全集版を図書館で借りて来て読んでいるから、文庫だと三冊になるのに一つに纏まっているせいか、二段組みでも相当持つのも重かったりするんだな、これが。
ダラッと本を読んでいたら、すぐに時間になったのか、チャイムが鳴ってわたしは玄関に向かう。
いつでも原稿やってるのか何してるのかわからないお母さんが出る事はなく、時雨と一緒に玄関に立つ事になる。
「ごきげんよう。小春、邪魔するぞ。やや、その御仁が吸血鬼なる女史かな」
「お邪魔します。冴ちゃん、あんまりじろじろ見たら駄目だよぉ」
ごきげんようと来た。まぁ、別にそんな習慣はないけど、悪い気分ではないし、逆に本当にお嬢さまになった気分でいいかも。恥ずかしくて、同じようには返せないけど。
「ようこそお越し下さいました。私が小春お嬢さまのメイドの三つ星時雨です。ケーキと紅茶をご用意しておりますので、ゆっくりしていって下さいませ」
中々体面は繕えているな。これなら安心して、って訳にもいかないか。吸血行為を冴ちゃんは所望だもんな。
「是非、貴君に我の内に流れる血潮を摂取して頂きたいのだ。どれだけ甘美なのかと、小春にこれでもかと言うくらいに教授されたのでな」
「ははあ。お嬢さま、あれだけ反発しておいて、やっぱりいい気分になってたんじゃないですか。そんなに気持ち良かったんなら、あの気分にだけしてあげてもいいんですよ。その成分を流し込めばいいんですから」
「おお! それは素晴らしい。是非とも小春に奉仕してやってくれ」
アンタら絶対変態的だよ。冴ちゃんまでそんなのだとは。まふちゃんをチラッと流し見ると、やはりこちらは少し緊張しているようだ。
「わ、わたしはいいかな。小春ちゃんにも悪いし、何だか怖いし。それにそう言うのってちょっとエッチな気がするし」
「おや、そうですか。真冬様は大人ですね。その中毒性と危険と甘美が隣り合わせなのをよくわかっておいでです。さて、お嬢さまのお部屋に行きますか?」
「いや、居間でいいよ。幸い、お母さんも仕事してるから静かにしてればいいだろうし、それに何よりわたしの部屋で変な事されたくないし。アンタのアレ、大分ヤバいもんね」
「早く早く。待ちきれないぞ。お姉さん」
またもや本音ダダ漏れな冴ちゃん。そんなに吸血行為が演技派には大事なのかな。あれ、結構わたしも未だに慣れなくてまだ怖い所もあるんだけど。
「はい、ただいま。まずお菓子の用意をしてしまいますね」
時雨が準備をしている間、冴ちゃんはかなりそわそわしていた。相当に気が急いているらしい。わたしとまふちゃんは苦笑して、友人の奇行を眺めている。
「お待たせしました。どうぞ、召し上がって下さい。お嬢さまも美味しいと思いますので、褒めてくれていいんですよ」
だ、誰がっ。でもまず一口食べてみようと思い、チョコレートケーキを一口運ぶと、何これ美味しすぎってな味わい。どんだけ有能なの。こんな美味しいケーキを作るだなんて。
「あ、アンタ。これ、買って来たんじゃないわよね。凄く美味しい。やるじゃない」
「ホントだ。とっても甘くてチョコの味が絶妙」
紅茶はレモンの絞った物をわたしのには入れてくれていて、先ほど実は三人にどんな味のチョイスがいいか聞いていたのだ。その辺も抜かりなくて流石だ。
「紅茶も美味しい。いいなぁ、ハルちゃん。こんな凄いメイドさんがいて」
「えー、そうかな。別にそんなに自慢する様な奴じゃないと思うけど。えへへ」
何だか自分が褒められたみたいに照れくさい。メイドの賞賛は主の手柄ではないだろうか。頭をかきかき、わたしはついまふちゃんに恐縮してしまう。
「お嬢さま! それほどまでに私の事を考えていてくれるとは。素晴らしきお計らい! こんな風でいいんでしたら、幾らでもお作り致します」
「おい。早く吸ってはくれぬのか。我は待機し疲れたぞ」
そう言えばケーキにも紅茶にも手をつけずに、彼女は只管待っていたんだっけ。律儀な事だ。そして奇特な事だ。血を吸われるよりケーキの方が、どれだけ至福に浸れるか。
「では、優しくさせて頂きますね。腕を出して下さい」
「こうか?」
腕を捲る冴ちゃん。肌が白いから、綺麗に見えるので、わたしはそれに見とれてしまう。そして、その腕に時雨がカプッといく。
あ、何か嫌な気分。あれはわたしだけにしていい事な様な気がして来た。そうよ、主なんだから、わたしだけがあいつにご褒美をあげていいはず。
それを誰でもかんでも吸って、節操ってもんを知らないのかしら。そうして少しメラメラしてるわたしを、まふちゃんがおろおろしながら気遣ってくれる。
「あ、あれは試しにやってるだけだから、ハルちゃん落ち着いて。メイドさんはハルちゃんのメイドさんだよ」
あっとか言って何か人のそう言う声を聞くと妙に恥ずかしいが、まふちゃんが手を握ってくれたので、スッと落ち着く事が出来た。
そうだ、あんなアホは別にわたしがそんなに気にする事もないんだ。ああ、まふちゃんの手、柔らかくて好きだなぁ。
美少女に接近されてるのは、時雨じゃないけど、ちょっといい気分。どうだ、これが子供同士の特権なのだ。
そんな風にして、時雨に優越感を持っている間に、もう終わったようだ。
「あ、あ。何これ、すっごい。気持ちいぃ。ヤバいよ、これ。小春ぅ。お主、この様な危険な情事を四六時中しているのか。大人だ。階段上ってらっしゃる・・・・・・」
いや、なんか尊敬されてるみたいだけど、あれわたしもそんなに好きじゃないからね。気持ちいいけど、あそこまで変になるほどなのか。
ひょっとして、わたしもあんなに乱れてるのかな。ちょっと羞恥の気持ちが強くなって来た。やだ。あれ、吸ってる時雨にはバッチリ見られちゃうじゃない。
「それではお楽しみ頂いた所でなんですが、これはこれからお嬢さまだけにさせて欲しいのです。やはり吸血行為とは大事な物。忠誠を誓った方にのみ、してあげたいと思うのですが」
あ、あー。そうか。それならそうしなさいよ。そうしたらいいじゃない。
「何だか混乱してるよハルちゃん。嬉しいんでしょ。ちょっと妬けちゃうな」
ギュッと手が強く握られて、ハッと我に返る。まふちゃんからしたら、大事な友達を取られたとかそんな感じなのかな。
そうだとしたら、そう言うのとは大分違うんだから、まふちゃんも落ち着いて安心して欲しい。
「大丈夫。わたし、まふちゃんの方が好きだから、あんな奴のものになんかならないよ。まふちゃんと仲良くしてる方が楽しいもん」
手を握り返して、ジッと見つめると、今度はまふちゃんは真っ赤になって俯いてしまう。恥ずかしいのだろう。わたしも今ならわかる気がする。
「少女同士の友愛。素晴らしいです。これほど貴重なシーンはまたとありません。撮影しなくては!」
このアホは何でもいいんかい。ちょっとは悔しがるかと思ったけど、全然堪えてないな。しかも早速撮影に入ってるし。
そして、冴ちゃんはまだ恍惚としている。おーい、はよ帰ってこーい。
二人が帰って、ちょっとわたしは不機嫌だった。終始チヤホヤされてご満悦だった時雨にだ。
まふちゃんもあまりツッコミを入れなかったし、冴ちゃんはどこにそう思ったか、何だか異様に感心してしまったらしく、服装などのアドバイスなんかも貰っていた。作って貰おうとか思ってるんじゃないだろうな。
夕食でわたしがむくれながら、美味しいご飯を黙々食べていると、お姉ちゃんと時雨がこそこそ話しているのが聞こえる。いや、聞こえてるから。一緒にご飯食べてるんだから、そんなにこそこそしなくていいのに。
「どうしたのかしら、小春。今日は何だか機嫌が悪くて、お姉ちゃん怖いわ」
「それが、今日お友達がいらして、お帰りになられてからずっとああなのです。何がいけなかったんでしょう」
「ああ、それは小春ってば、時雨さんをお友達に取られたくないんですよ。何だかんだで子供の扱い上手いんでしょうね、時雨さんは。だからとても懐かれてるんですよ。それがお友達にも大人気なもので、自分のメイドなのにとか思ってるんでしょう。優しい子ですから、すぐに機嫌を直してくれますよ」
「そうだといいのですが。後でちゃんと話してみないといけませんね」
「頑張って下さい。小春とあれだけ仲良しになれるのは羨ましいですけど、あの子の事はまだまだ私の方が良く知ってるつもりですから、相談には乗りますよ」
「ありがとうございます。大変励みになりました。木の葉様ももう少しアプローチをすれば、もっと仲良し姉妹になれるのでは?」
「いえ! 私の事をあの子は理想化してるきらいがありますから、それを壊さないようにしないといけないんです。がっかりされたくないですから。だから、ちょっと愛情の欲望を見せるくらいにしておかないと」
お姉ちゃん、もっとグイグイ来てくれたら、わたしはほいほいお姉ちゃんになら乗りますよ。
大体、そんなに人間が理想通りの完璧な人だなんて思ってないし。まぁ、それでもお姉ちゃんは時雨よりも素敵な女性だけどね。
ご飯を食べ終わって、ぼんやりしていると、時雨が寄って来た。何だか主人に見捨てられた犬みたいで、どこか寂しそうに見えてこっちは少し罪悪感。
「すみませんでした。もっと配慮しておくべきでしたね。吸血行為など他の方に軽々しくするべきではなかったのです」
「い、いいって。結局、わたしだけにしかしないって事にしたんでしょ。それより冴ちゃんを食いつかせちゃったのはわたしなんだから、元はわたしが悪いのよ。だから、さ。今、わたしの血を吸ってよ・・・・・・」
「よろしいのですか?」
いつになく冷静な顔の時雨は、相当綺麗なお姉さんに見えて、わたしはドキッとする。
「いい。いいから。わたしの方が美味しい血だって事、証明してやるんだから。って言うか、冴ちゃんの血はどうだったの?」
ふふ、と微笑する時雨。何よ、その笑いは。
「それは美味しゅうございましたけど、お嬢さまの血の方がわたしには思い入れがあって、そちらの方がより私の嗜好に合っています。お嬢さまと言うだけで、私は無条件に素晴らしく感じてしまうのですね」
うう。それ真面目な顔で言われたら、余計に恥ずかしいなぁ。ホントにドキドキして来ちゃいそう。
「じゃ、じゃあ、早く吸ってよ。気持ちいいのもホントは嫌な訳じゃないから・・・・・・」
「わかりました。では、早速。今日は指にしてみましょうか」
そう言って、時雨はわたしの人差し指をペロペロと舐め始めた。
「やっ。そんなに指舐めないでったらぁ」
黙ってそのまま弄ぶ彼女。その後、飛び切りの甘美な感覚がやって来て、その後に吸われてるのがわかって、すぐに済んだ。
冴ちゃんみたいな感じやすさではないけど、わたしも大分変な顔をしてるかもしれない。涎が垂れるのを時雨が拭いてくれる。今日のわたしはされるがままだ。
「あ、あのさ。ふう。今日、もし良かったら、お風呂一緒に入らない? また背中洗って欲しいんだけど・・・・・・」
その場の勢いでとんでもない事を言ってしまったかもしれない。でも、何だか今は気を許してしまう雰囲気なのだ。
だって今の彼女は、とても大人びていて、凄く知的に見えて、それがメイド服と相まって素晴らしく清楚な理想的なお姉さんなの。
こんな振る舞いされたら、ちょっと気が変になるのは、わたしと言う人格を考えれば当然な気がする。
「いいですよ。お嬢さまの成長も見られますし、お嬢さまのお体を綺麗にする仕事を私にさせて頂けるなら、誠心誠意努めるつもりですよ。さあ、牛乳でも飲みますか、小春様」
あ、お嬢さまじゃなくて、小春ってそのままで呼んでくれた。ちょっと今のは不意打ち過ぎて、感激なのか驚愕なのかわからない。ごちゃごちゃした気持ちになってしまう。
でもそれを処理出来ないまま、わたしはうんとしおらしく頷いてしまう。
「ああ、そうだ。あの事はちゃんと小春お嬢さまとの秘密にしておきましたけど、良かったんですよね」
あ、またお嬢さまに戻っちゃった。でも、まいっか。
「それって、スピリット能力の事だよね。あれは確かにわたし達だけの秘密だよね。それなら、その秘密だけ守るようにしよっか。何かわたし達だけで共有するものがあったらいいよね」
「ええ。もしかしたらお嬢さまも能力が発現しているのが見えるのなら、能力が現れるかもしれませんし」
まっさかー。でもちょっと期待しちゃう。あんなので自分だけの能力って、そう言う漫画読んでた時から憧れてたんだ。
わたし、変な技とかは漫画読んでも使いたいなって思った事ないのに、固有能力とかのアイデンティティに関わる特殊な才能って言うのは憧れちゃうのかも。
「はい。どうぞ、いい牛乳ですから、新鮮ですし美味しいですよ。牛乳好きなお嬢さまが気に入ってるブランドの物です」
ああ、そんな所まで調べているんだ。よろしい、よくわたしの好みがわかってる。
ゴクッと飲むとやはり美味しい。牛乳とはいい物だ。体の栄養も取れるし、骨にもいい。
それでわたしはグビグビと飲んでしまって、ふうと一息つく。そうすると、タオルで時雨が口を拭ってくれる。
この人、本当に細かい配慮が行き届いてるから、無碍に嫌えなくて、それでこんなに静かに傍にいられたら、こっちが好きになってしまいそうなほど、美人だし肌も綺麗だし、とても頼りになるメイドなんだよね。
「じゃ、じゃあ。もうちょっとしたらお風呂入ろ。洗って貰う代わりに、わたしも背中洗ってあげる。ね、時雨さん?」
そうして、わたしはちょっと後から考えると顔から火が出そうなほど、恥ずかしいセリフを語っていたし、大分気を許したように見えていたかもしれない。
だからちょっとサービスがあるのは、わたしは忘れられないけど、忘れるようにしたい。
だってこの日だけは、時雨は本当に優しいお姉さんで、お風呂でも粗相はしなかったし、とてもいい時間を過ごす事が出来た。
何だか次の日に元に戻っていたので、その時間が嘘か夢なのかと思うほど、夢幻的な淡い理想的な素敵すぎる時空間だったように思う。