第59話訪問!パッセンジャー
どうやらわたしは、出雲ちゃん達に今日、パッセンジャーと言う校区外のアパートに連れて行かれるらしい。
何やら、お仲間と会う為とか。だから、今日は時雨も一緒だ。後、特別にまふちゃんにも同行して貰う事になった。
と言うより、わたしとしては先にそのフル・ハウスの会合に顔を出した方がいいんじゃないかとも思うのだけど、子供同士で先に会った方が何かといいと、調ちゃんが力説するので、それに負けてしまったと言う訳だ。
そう言えば、あまり気にしていなかったのだけど、あの衝撃の時から後になって、まふちゃんはわたしの角をよく触るようになった気がする。
別になんて事もないし、よくある漫画の話みたいにそこが性感帯になってるんでもないから、好きに触らせてるけど、どうもこの頃はそんなこんなでお気に入りポイントだとか。
「やはり仲良き事は美しき、ですねぇ」
「ごめんね、時雨さん。今日はハルちゃんの事、独占で」
「いえいえ、私は一緒に住まわせても貰っているんですし、色々お嬢さまからのサービスもありますから、全然構いませんよ」
この二人が仲がいいのは大変結構なのだけど。
わたしは時雨と手を繋いでもドキドキするが、まふちゃんでもまだドキドキとときめいている。
とにかく慣れると言う事が中々ないのだよなぁ。
って何だ、サービスって。と遅れたツッコミをするものの、笑うだけで意味深さを増すばかりで、ホントにわたしが何か変な事してるみたいじゃないのよ。
「それにしてもハルちゃん、その髪何とかしないとねぇ。前髪だけ白いのって絶対、意図的だと思われるよ。中学に入る時までに、対策考えないと。今は静先生だから見逃してくれてるけどさ」
そうなんだよね。突如として、こんな髪色になってしまい、伸びて来た物もその色なので、悩ましい話だ。
何かホントに何も弄らなくていい方策はないのかな。
「何だ。そんな事なら、わたしのオン・リフレクションで隠せるんじゃないですか?」
へぇ? そんな事出来るのかしら。影を作るだけの能力だと思っていたけど。
「強化して頂いて、かなり能力の応用も出来るんじゃないかと思いまして。それに一度つけたら、解除するまでそのままにも出来ますし」
ほぇぇ。それならかなり助かるなぁ。影をつけて、黒く見せるとかそんなのだろうか。
「そんな感じに思って貰えればいいです。見た目だけで言えば、黒く着色したのと同じ様になると思いますよ」
ほう。それはでかした。
「ありがと。じゃあ、今度学校行く時、やってみてね」
「はい。お嬢さまの役に立てるなんて、身に余る光栄です」
「良かったね、ハルちゃん。角は、まぁ隠さなくてもいっか」
ああ、角はもうしょうがない。こんなに出てるんだからね。
これから会いに行く茨さんと言う人は、そんなに目立たない角だそうだから、ちょっと羨ましいかも。
それにしても、わたし達が手を繋いでいるのも、素直に何も言わないで先を歩くあの二人も相当だ。
あんまりわたし達の事を探ろうとしていないし、出雲ちゃんだって慕ってくれてるのは同じだけど、前ほどあまりベタベタはして来ないし。
い、いや、それで寂しいとか思ってる訳ではないけど、でもあの二人はどんどん行動的になって、凄く遠くに行ってしまいそうな気さえする。
その点、わたしは身の回りさえ平和なら、なんかボケーッとしているし、呑気な人間かもしれない。魔族としての目的意欲も薄いしね。
それだけソーニャさん達が、町の事をあれこれちゃんとやってくれてるって信頼してるからかもしれないとは思う。
「ああ、この辺りを曲がった所ですね。確か、古いアパートがあったはずですよ。小さい物で二階建てだったんじゃないかな。今時、これくらいの規模の物が残ってるのは珍しいですよね」
時雨がそう言うので、道の角を曲がると、あああった。小さいボロアパートが。
これ、一応お風呂とトイレは各部屋についてるよね? まさか、お風呂もトイレも共用なんんて所じゃあ。それなら、わたしは絶対に住めないな。
「お。来たネ。待ってたヨ」
そう言って手を振るのは、背の高い髪を短く切り揃えている、外国の女の子。
金髪だ。ちょっとその綺麗さに見とれてしまう。顔もスタイルもやはり凄くいい。
この人が恐らく、ヴァイオレット・ムーンさんだろう。イギリス人らしいので、多分英語の発音も綺麗なんだろうな。
「こんちはー」
調ちゃんが軽く挨拶して、わたし達も会釈する。
「あ、えとわたし雪空小春です。吸血鬼、なのかな。こっちはメイドの三つ星時雨。この人も吸血鬼です。こっちは普通の子だけど、友達だから連れて来ちゃいました」
「蕪木真冬です。どうも突然押しかけてごめんなさい」
そうしていると、ひょこっと後ろから出て来た、長髪の前髪で少し目が隠れた女の子が。この人も多分わたし達より年上だよね。
「あ、あ、あの。わたし、大江茨っていいます。ヴァイちゃんにはいつも助けて貰ってるから、今日はわたしもついていようと思って」
「ささ、早く中に行こうヨ。ウチらの愛の巣に招待するヨ」
ちょっとギョッとしたのだけど、一瞬の間を置いて彼女がウィンクしたので、冗談だとわかった。
やはり変にセンセーショナルにも取れるジョークは止めて貰いたいな。
「もー、ヴァイちゃんったらー。そう言う冗談は止めてよ。ま、まだそんな関係じゃないでしょ。それに一緒に住んでるんじゃないったら」
「ハイハイ。イバラは言葉に気を遣い過ぎだヨ。皆、わかってくれてるカラ」
まだと言う所にわたしは引っ掛かるのだが、まぁ聞かない方がいいかと思って、黙ってついて行った。
部屋に入ると、ごく普通の一人暮らしの部屋だ。
壁にはポスターがあったり、観葉植物も置いていたりする。ポスターがイギリス人らしく海外アーティストのジャケットの物だったりするのがまたそれらしい。
例えば、エゴン・シーレの絵から影響受けたポージングのやつとか、それに文字の物を上から貼った物とか。
それから天使が煙草を咥えてるのとかもあるけど、やっぱりブリティッシュ・ロックに偏るもんなのかな。
「そう言えば、ヴァイさんの能力って、あの紅の人型のですよね」
調ちゃんは先に見ていたからそう言う。何でもそこから植物を生やす能力らしいけど。
「ああ。アレね、ウチいつも人に見せる時はああやって視覚化してるンだけど、ホントは植物出すだけの方が楽なんダ。ホラ、あそこに置いてるのも、ウチの能力アナザー・グリーン・ワールドで出した物だヨ」
ほう、そりゃあ凄い。と思うがよく見ると、普通の観葉植物ではない。食虫植物みたいな雰囲気が出ているけど。
「ああ、やっぱり気になるよネ。あれ、虫駆除するのに便利なんだヨ。何せボロいアパートだからサ」
はあ、なるほど。生活の知恵だ。スピリット能力をちゃんと使いこなしてる。
「ササ、座っテ座っテ。折角来てくれたんだから、まずはユックリしようヨ」
そう言って、皆で座るとチャイムが鳴る。
ヴァイオレットさんが出ている間、待っていると、しばらくしてからアルミ缶を持った眼鏡の女の人と一緒に戻って来た。あれはお酒の缶だ。
「やー、やってるね。色々楽しい子達が来て、お姉さんリフレッシュな気分になれるよ。と、そちらの方は引率? どうもご苦労様ですね」
「いえいえ。魔族同士の付き合いなので、私にも関係ありますから」
大人二人が何やら社交辞令的に仲良さげに歓談する。
「あ。またこんな時間からお酒飲んでるの、駄目じゃない。あれほど言ったのに」
お姉さんに向かって、茨さんが強く言う。まぁ、こんな時間に飲んでる場合ではないのは確かだけど。
「なによーもう、いいじゃないの別に。だってこれノンアルよ? 酔わなきゃいいのよ。そうやってちゃんと管理してるんだから。アルコールを飲むのは夜だけ」
「アオイちゃんはいつもグダグダに酔っ払うまで飲んじゃうから、イバラに怒られるんだヨ。だからウチは紅茶を飲めばいいって言ってるノニ。ほら、歌にもあるヨ。Have A Cuppa Teaって言うの。Alcoholって怖い曲だってあるンだから」
アオイと呼ばれた女性は嫌そうな顔をする。
「ふん。アル中にならなければ、幾ら不健康でも勝手に飲むんですよ。大人だからね。大体、お酒なんて健康に気をつけなきゃいけないんなら、一滴だって飲んだら脳とか体に害なんだから。知っててやってるんだから、自由なんですよーだ。健康志向なんてクソ食らえだ。それで食べたい物飲みたい物制限されるなら、勝手に早死にしますってんだ。楽しく飲めりゃあ、それが一番じゃないの。うん、若人よ」
「ハハ。そりゃあそうダ。パブとか行ったら盛り上がってるもんネ。でもやっぱりウチは、国柄かティーの方が美味しいと思うけどナ」
「そりゃ、子供だからだよ。ま、紅茶も嫌いじゃないけどね」
ああこうやって追及されるのはやんなるねぇ、とわたしに目配せして来るお姉さんだが、わたしはどう言ったらいいかわからない。
わたしも別にお酒を好む人が周りにいる訳じゃないから、あまりそう言う飲みたくなる神経って理解の外だし。
「ああ、紹介し遅れたね。私は六条葵。コミュニティに参加しようと思ってるから、先にヴァイオレットと茨ちゃんに行かせたんだけどね。ちなみに私はのっぺらぼうと夢魔の混血。ね、結構変でしょ。全然そんな風でもないし」
クイッと眼鏡を上げる仕草をする葵さん。はあ。葵さんはやはり妖怪らしい。このアパートの人は皆そうなんだろうか。
「ね、ね。葵さんは何かスピリットはないの? 見せて見せて」
調ちゃんがキラキラした目で問う。出雲ちゃんも同じ目をしてる気がするけど、似た者同士だなぁ。
「え? ああ、スピリットかぁ。まぁ、持ってるっちゃ持ってるけど、私のは視覚化するタイプのじゃないわよ。〈シスター・ミッドナイト〉って言うんだけど」
「アオイちゃんのは、夜中に他人の夢に潜り込める能力だヨ。夢魔の能力とおんなじだけど、こっちの力の方がすんなりいくんだっテ」
へぇ。そりゃあまたあまり意味のない様な能力だなぁ。夢魔のスピリットが夢に入るものとは。
「まぁ、夜中以降の陽の出てない時間って限定された物なんだけどね」
あー、かなり難しい感じだな。そんなに制限された能力なら使い勝手も悪かろうに。
「そ、そ。だから私、どうせ夜は寝てるし、力なんてほとんど使わないわよ。そりゃあ、ヴァイオレットみたいなんだったら便利でしょうけどね」
ふむ。そうか。便利な能力と不便な能力。自分では選べないものな。
「そう言えば、視覚化がどうこうって言ってたのは、あれ何なの? ボク初耳だけど」
そう調ちゃんが言うと、あらと言う顔をする葵さん。
「うん、そうね。そう言う話からしなきゃいけないか。あのねー、スピリットって言うのは、人間型の発露するタイプとか、色々形を取るのが主流でしょう」
うんうん。わたしにとってのSCCちゃんとかみたいなもんだな。
他の形って言うのは、調ちゃんなら鷹、出雲ちゃんならウサギのお面、とかかな。
「それからねぇ、そう言う形を取らないスピリットもあるんだな。単に能力を行使するだけ。私のもそうだし、まぁ本来のヴァイオレットのなんかもそうかな」
えーと、つまり能力だけが発現するタイプって事かな。
それなら時雨やソーニャさんもそうと言えるかも。仙さんの勝手に首位にフェロモンを振りまくスピリットなんかも連想される。
「大体が魂の形で決まるって言われてるんだけど、これがまぁ世界にはよくわからない様な色々なスピリットがあるから、一概にこうとは言えないのよねぇ。自分自身に変化があるタイプって言うのだって、あるって聞くし。ま、その辺の聴講はもっと詳しく知りたかったら、水晶さんにでも聞きなさいな」
グビッと缶ビール(ノンアルコール)を飲み干す葵さん。
「それとねぇ、あんまり人のスピリットを聞き回ってると、超能力ハラスメントだって言われるわよー」
え、と吃驚する一同。それ何、と言う顔。
「あはは、そうマジに受け取らなくてもいいわよ。単にそうやって能力の事聞いても、教えてくれない人もいるってだけの話。実際、暗殺に適した才能なら、みすみす自分から能力を吹聴なんてしないでしょう」
ああ、そうか。そう言う事ね。
そりゃあ、確かに自分のスピリットの詳細は隠していた方がいいとは思う。
それに言いたくない相手に迫るのは、確かにハラスメントだ。
「ああ、しかし平和な町だからなぁ。やっぱり八雲家の陣地だからなのかしら。ヤバい奴に狩られたって話も聞かないんだよなぁ」
でもまぁ、わたし達はカトレアさんみたいな人を知ってるんだけども。まぁ、あの人はある種のバグみたいなものだしなぁ。
そう言えば、だからマルちゃんみたいな宇宙人も流れ着いたと言えるのかな。異能の者やはぐれ者なんかが居着いちゃう町って感じで。
「おお。よく見たら、コハル、キミの角プリティーだヨ。触らせてくれるカナ」
およ、やっぱり皆気になるみたいだな。突然だったけど、わたしは別に構わないからニコニコしながら、触って貰おうとしたのだけど。
「だ、ダメです! ハルちゃんの角はわたしと時雨さんだけの物なんだから!」
あれ? 何気にまふちゃんが制止してしまった。
それだけわたしの角、気に入ってたの。と一瞬思ったが、違う。これ、嫉妬だ。誰にも触らせたくないんだ。
「あー、ゴメン。考えなしだったカモ。ウチ、そう言う雰囲気よくわかんなくてサ。ま、ウチもイバラはウチだけの物にしときたいから、一緒だネ」
そう言って、ヴァイオレットさんは納得してくれた。それを聞いた茨さんは恥ずかしがってるけど。
「もう、ヴァイちゃん。そう言う事、何にも考えないで言っちゃ駄目って言ってるのに」
「ま、二人は仲良しだもんね。お姉さんは、それに尊い気持ちが抑えられないわぁ。と、そんな事より、住人に会いに来たんなら、雲香さん達にも会って行けば。テラスの所にそろそろ来るんじゃないかしら。その後に水晶さんの所に押しかければいいでしょ」
そうやって葵さんに促されて、わたし達はテラスとやらに行く事になった。うーん、慌ただしいなぁ。
失礼ながらこんな小さいアパートにテラスがあるのも驚きだけど、そこがまたそれほど広くはないのに、くつろげそうな場所だった。
丸いテーブルが置いてあって、椅子が何脚かある。
そして、観葉植物。これもヴァイオレットさんの用意した物かな。
そこには先客がいて、それが先程言っていた雲香さんだろう。
車椅子に座った老女と、その老女を介護してると思しき短髪でクールに見える女性が一人。どちらが雲香さんだろう。
「やっほー、お婆チャン。会の人連れて来たヨ」
「ああ、ありがとうヴァイオレットちゃん。ふむふむ、あなた達、ね」
凄く鋭い目をしたお婆さんだ。なんか捕食生物に囚われたみたいな感じになってしまいそう。
車椅子に乗ってるって事は体が不自由だろうに、老人とは思えないほど現役感溢れる、凄くビリッとした空気を纏っている人だ。
とりあえず、わたし達は順に自己紹介していく。そうすると、お婆ちゃんも挨拶してくれる。
「ああ、ご丁寧にどうも。わたしは笠倉雲香。蜘蛛の妖怪だから、まぁ大抵の人には正体を知られたら嫌われるね」
「そんな、雲香お婆ちゃん。悲しい事言わないで。わたし達、仲間なんだから、お婆ちゃんの事大好きだよ」
自虐する雲香さんに茨さんは優しく応じる。
「ありがとう茨ちゃん。でも世間の人は蜘蛛が嫌いでねぇ。ねぇ、宝仙。どれだけわたしら若い頃から、抗争に巻き込まれて来て、その度に忌み嫌われたか」
「ええ。確かに雲香さんに適う者はいませんでしたが、まぁ面倒な火の粉は沢山降りかかって来ましたね。この町に住むあなた達にはそんな経験はそうないだろうけどね。そちらはどう?」
苦笑する宝仙さんと言う人。この人は犬山宝仙さんと言うフルネームで、狗属性らしい。そして、何気に時雨に振る。
「え、ええ。そうですね。確かに魔族とは生きにくい種族です。私の場合、陽の光を浴びられなかったので、外には夜しか出られませんでしたし、そうすると世間からは奇異の目で見られますしね」
「ほほほ。では、やはりスピリット能力が福音なのじゃないですかね。わたしはもう糸を張り巡らせるのに慣れすぎて、どこ行くのにも空間把握する癖が抜けなくて困るねぇ」
雲香さんが笑いながら、時雨を見る。「どうもこのご老人には全て見透かされてる気がしますよ、お嬢さま」と耳打ちして来るのだが、それすらもお見通しだろう。
「二人の能力は〈カブウェブズ・アンド・ストレインジ〉と〈ブラック・ドッグ〉ダヨ。名前しか教えてくれなくて、色々探ってるんだけどネ、全然尻尾を出さないンダ」
ほほほ、とクールに躱す雲香さん。何となくネーミングと妖怪の属性から、推して知るべしってな感じもするけど。
「はは。雲香さんの凄さは隠してた方がいいだろうけど、私なんかただ犬の形態になるだけだからね。妖怪の属性と同じだけど、これで妖怪の犬なんで跳躍力とかは上がるとかそんなのだけだよ」
「えー、素敵じゃないですか。ボクのホークウィンドとどっちが可愛いかなぁ」
「ふふん。わたくしのウォッチャー・オブ・ザ・スカイズのウサギさんの方が可愛いですわよ」
何故、君らはそこで張り合うのか。それも可愛さで競ってる所がまぁ微笑ましいっちゃそうなんだけど。
「しかしまぁ、あんまり味方でも連携して戦うんでなければ、吹聴して回らん方がいいだろうねぇ。わたしも今はこんなんだけど、昔は秘密を知られて危うい時もあったから、ちゃんと能力は自分でどう使うか考えないとね」
なるほど年期の違いを感じる言葉だ。
「ね、言ったでしょ。能力はベラベラ話すなって。それだから水晶さんなんか、本名も教えてくれないのよ。能力も秘密だけど、ちょっとあの魔女さんも秘密主義過ぎるわよね」
葵さんがここぞとばかりに加勢する。
うーん、そうか。頭をもう少し使って、相手との駆け引きをしながら戦うと言うのは、そんなに秘密にしないと難しいのか。
「おう、そうさね。あんたら、水晶さんとこにも行っといで」
いやー、まぁ今日は挨拶だけとは言え、ホントに慌ただしい。
時雨はまだ宝仙さんと話したそうだったので、わたしが突っついて連絡先を聞くように促しておいた。
勿論、わたしは人見知りでもあるので、交渉は時雨が直接。
時雨は無事に連絡先を交換していたけど、これから仲良くなれる人が増えたら、わたしとしても嬉しいな。
だから、この頃は意識的にカトレアさんとかと話をしていても、嫉妬して何かしないように気をつけてる。
時雨には青春時代が失われてるってコンプレックスもあるだろうから、色々楽しめる事はやらせてあげたい。ふふ、わたしもちょっと変わったでしょう。
さて、管理人室、である。ここにイディオット・水晶さんと言う、へんちくりんな名前の人が住んでいる。
一体、本名なのか芸名なのか。
占いなどもやる魔女さんだとかで、幾つなのかも不明とは、ヴァイオレットさんの言だ。まぁ、女性に年齢は聞くまい。
「水晶さーん。ヴァイオレットだヨ。予定通り回って来たから、入れテ~」
そうチャイムも押さないでヴァイオレットさんが言い、横で呆れた様な仕草を見せる茨さん。
しかしそれでも独りでに扉は開き、中からいらっしゃいと声が聞こえる。
「おじゃましますだヨ」
「お邪魔します。って入っていいのかな」
わたしはそうこぼしながら、中に入っていく。
奥に行くと、扉があり、そこの先にいるようだ。どうもここは、管理人室だからか、他の家とは構造は違うみたい。
「ふふ、いらっしゃい。今日はあの子達がいないから、魔族だけでの会合ね。こっちにいらっしゃい」
あのいつも皆がイメージする、魔女の帽子を被った女の人が一人、椅子に座っている。
水晶玉が空中に浮かんでいて、なんか雰囲気たっぷりだ。
左目の下に泣きぼくろがあるのが、その怪しい魅力を底上げしている気もする。
ふんふん、と入っていった面々を見つめて、水晶玉を覗いてから、
「はいはい。はあはあ。うん。大体、あなた達の情報はわかったわ。どこでも座って、どうぞ」
「えー。何々今の。ボクのホークウィンドでもあんなにすぐに、何も情報もなく出来ないのに」
驚いている調ちゃんに水晶さんはウィンクをし、
「あらあら。あなたのスピリットでも鍛えようと使いようによっては、もっと使用の幅は広がるはずよ」
うん。まぁ、何らかのスピリットではなく、魔術の作用でやってるんだろう。
そうでなければ、何かが出たはずだ。まさか、水晶玉がスピリットだなんて事もないだろうし。
水晶さんはわたしと時雨を見て、うふふと笑ってから、
「あなた達がソーニャさんの所の? ふーん、可愛らしいのはあの吸血鬼さん譲りかしらね」
「ご先祖様を知ってるんですか?」
時雨が身を乗り出しそうな勢いで聞く。
「まぁ、噂では、ね。結構知ってるその筋の人は多いと思うわよ」
はー、ソーニャさんってそんなに有名人なんだ。
でも千年以上も前でしょ、活動してたのって。まさか、その頃から生きてる人って、そんなにゴロゴロいるのかしら。
「あはは。まぁ、そんな凄い猛者も沢山いるけどね。伝説として知ってる子が多いんじゃないかな。私もそうだもの。各地を転々としてたら、ヨーロッパの機関の構成員とかに話は聞くわよ。日本でも色々やってたって話は聞くけど、あまりにも伝聞の情報は少ないわねぇ。封印されてたからって言うのもあるだろうけど」
うーん。ソーニャさんのヨーロッパでの活動か。
色々聞かせて貰ってたけど、そこまであれこれ外に伝わってるくらいのものだったとは。
「それよりサ、水晶さん。ウチらはこれで皆に対面させてあげた訳だけど。フル・ハウスって所に入っていいんだヨネ?」
今までで一番真剣そのものって感じの瞳で、ヴァイオレットさんは水晶さんを見つめる。
「なーに。そんなにあの会に入れ込んじゃったの。まぁ、皆あそこに顔を出したり出来ないと思うけど、好きにやっていいなら、入ってもいいわよ。牧村さんも関わってくれてるし、別に心配事もないでしょう」
「あ、そう言えば、会員には色々と会誌って言うか、お便りを発行するらしいんで、これから追々活動内容も決まっていくと思いますよ。あまり、生産的にどうこうしようって会でもないとは思いますが」
時雨がフォローを入れる。
そっか。ソーニャさん、最近パソコンと睨めっこしてたっけ。大分使い慣れたみたいだけど、結構あの人順応するんだよなぁ。
「別に会費がいらないって言ってるんだし、町の魔族が団結出来るならいい事じゃない。私は賛成よ。飲み会なんかあったら、私には持って来いだし。へへへ」
葵さんが舌なめずりをする。それにもうと茨さんが突っついて怒っている。
「そうね。この町は色々と受け入れて来た町。機関の構成員だって、支配の手を伸ばさないようにあれこれ画策して、独立して魔族が平和に暮らす事が出来てるのですからね」
水晶さんの発言は驚きだ。じゃあ、カトレアさんのはホントにバグだったのかな。
機関の人達は、本来この町の魔族には手出し無用なんだろうか。それとも何か凄い統括者みたいな人がいるから、怖くて手が出せないとか?
「ああ、ふふ小春ちゃん。そうじゃないのよ。そりゃあ、まぁとてつもない能力者はどこにだっているものだし。ただ、ここは凄く受容度が広いから、ホントに色んな魔族が居着いてるの。そのユートピアを壊す様な活動をしてたら、色々とマズいんでしょうね。人間に敵対する勢力と戦うので精一杯って事情も嘘じゃないでしょうけど」
そっか。虚実機関には彼らなりの行動原理があって、その敵は多いんだ。
何だかホントに謎に包まれてる組織だけど、少なくとも民衆をなぶり殺しにするとかはなさそう。
悪い魔族とかそんなのと戦ってるって事なんだろうな。怪しい組織に変わりはないんだけど。
「それじゃあ、はい。小春ちゃんにお仕事任せちゃおうかな」
「え? 一体、何ですか」
わたしが首を傾げていると、水晶さんは帽子の中から一枚の紙を取り出す。
それをこちらに渡して来るので受け取るのだが、ああ普通に名刺だ。
「それに連絡先とか書いてるから、ソーニャさんに渡してね。是非直でお会いしたいって。そうねぇ。〈デイ・トリッパー〉で話し合いなんかしたいなーって、伝えておいてくれるかな」
デイ・トリッパーとは確か、待ち合わせなんかにも使われる喫茶店だ。
結構、いい紅茶が飲めるとか聞いたけど、子供なので行った事はない。
コーヒーもホントに美味しいのよ、とか前にお母さんが言ってた記憶が朧気ながらある。
「わかりました。そう伝えます。ソーニャさんって子供の姿ですけど、あんまり気にしないであげて下さいね。それをどうこう言うと、実は怒るんですよ」
「ふふ、わかってる。子供の姿の魔族は結構見て来てるから、彼らの反応はわかってるつもりよ。私もおばさんだとかお婆さんだとか言われたら嫌だしね。ね、結構若いでしょ? 若作りだなんて思わないでね」
そ、そんなと、どう返したらいいか戸惑っていると、くしゃくしゃと髪を撫でて、白い所も見て、ふふこれは凄く強い魔力の発露だわ、とつぶやいていた。
「ヨーシ。じゃあ、今日は宴会だヨ。皆でパーッとやっちゃオウ。水晶さんのおごりダー」
ああ、そう言えば実はそんな手はずだったんだっけ。時雨も手伝いますとか言ってる。
だからと言って、この後わたし達がお酒を飲んだりはしなかったし、葵さんも自分で言っていたように、そんなにぐでんぐでんに酔うでもなく、普通に楽しく会話してたから、ギリギリの所で踏みとどまっていたんだろう。
わたしは聞かれたら答えてはいたけど、時雨みたいに宝仙さんと話すでもなく、まふちゃんと二人で話していたりしたし、ヴァイオレットさんは始終明るくて、後で帰って来た様子の他の入居者(魔族ではないがスピリット使いらしい)の人と特に仲良くやっていて、そこに茨さんも入っていたが、今までの見ていた顔とまた違った感じもあったので、人とは様々な顔を持つのだなと、しみじみと思っていたのだった。




