第53話冬が嫌いだったけど、好きになってあげてもいいわよ(準備編)
夏が来れば冬が来る。
余も封印が解けたので、初めてこの国の四季と言う物を体感しているのだが、想像以上に人間だったら辛いんだろうな、と思われる気候だ。
昔の人間はエアコンだの何だのなくても、そこまで辛そうではなかったから、恐らくこれが昨今やたらと言われておる異常気象なのだろう。
それにしてもハロウィンは傑作だった。
余の知っている祭りとは大分違っているのは、最早この国ではご愛嬌、だ。もう慣れたよなぁ。
とにかく皆、仮装をしてパーティーをしたので、それなりに非日常の楽しみがあったのだが、やはり小春ご主人が渋ったのだ。
今まではしていなかったのでしてみたいと、真冬達は言っていたのだが、そんな訳わからない物は断固御免だとご主人だけは頑なだった。
のだが、時雨が色々な衣装を作って、皆が着ている所を見ると、堪らなくなったのか知らんが、ついにご主人も仮装をしてしまったのだ。
吸血鬼が何の仮装をするんだと思われるかもしれんが、余はその牙を武器に狼人間に扮して見た。
ティナはその薄着をやめる気はない様で―しかも寒くはないのだそうだ。
ま、余も異能の者なので寒くはないが―かなり際どい包帯のミイラをやっていた。マミーとか言うんだったかな。
時雨はメイド服を改造した吸血鬼だった。吸血メイドに相応しいとでも言えばいいかのう。
カチューシャがあの死んだ者のアレになっていたのだが、時雨は日本式に攻めているみたいだった。果たしてそれは本当に吸血鬼に留まっているのかは謎だ。
しかし我が子孫ながら、やはりプロポーションが良いのをバッチリ見せつけておった。
ご主人はそれが気が気でない風だったが、皆がおるので傍目には冷静を装うのに必死だったかな。
肝心のご主人は、魔女の風貌だった。これなら露出も少ないしいいと踏んだのだろう。
悪魔の仮想をしていた冴子が、ご主人のその黒い帽子にいたく羨ましそうな眼差しを向けていたな。
真冬はと言えば、赤ずきんだった。これならあまり変に思われる事もなく、童話がモチーフだから普通そうだと言うのが理由だそうな。
出雲達は何やら、自分の家で大パーティーがあると言うので、歯ぎしりしながらそちらに参加したとか。
調はどうやらゾンビとかをやって驚かせようとしているみたいだったな。
やれやれ、付き合う乙音の気持ちを察すると大変だろうなぁ。
まぁ、それはいい。余もそうやって結構面白おかしく過ごしていた。
マルだけは変わらず、同じ様な生活を続けておったが、まぁもうこいつが没頭している調査を、他の者は気にせずにそれぞれの生活をしていた。
そして、何事もつつがなく季節が変わり、時雨は氷雨から聞きながら、衣替えの服などを入れ替えるのに忙しそうだったのを余は知っている。
あれは確かにしんどいだろう。余の様にファンタスマゴリアでどうとでもなるのは、ほんに便利だと実感する。
人間はそれに特別暑いだとか寒いだとかを感じるそうだしな。
で、だ。その寒くなった季節と言うのが、何ともいかんらしい。ご主人にとっては、だが。
「ああー、寒い寒い。早く炬燵炬燵。と、その前にあー、手洗いうがいだ」
こんな風に冬になると毎日やたらうるさく声をあげながら帰って来る。
今時は学校でも暖房だとか色々充実する手はずを整えつつあるはずだが、やはり行き帰りが堪えられんくらい辛いのだろうか。
「今、温かい飲み物入れますね。ココアがいいんじゃないでしょうか」
時雨はその小春の世話に忙しい。夏は結構放置してても良かったのだが、冬は相当あれではうるさそうだ。
「ああーもう、炬燵だけじゃなくて暖房ももっとあったかくしてよー」
「そうは言いましても、あまり温度を上げるとボーッとしてしまいますよ。炬燵で寝るのも良くないですし。後、頭寒足熱とか言いませんかね」
「ご託はいいの! 動きたくないし。炬燵でゴロゴロ本読むもーん。それからミカン! 食べさせてよ。手が汚れるの嫌なのよね」
「はいはい。お待ち下さいね。今剥きますから」
何とも我が儘放題ではないのか、これ。って言うか、ミカンくらい自分で剥いて食え。時雨は文旦とかも剥いて容器に入れておると言うのに。
いやしかし、このミカンだの文旦だの柑橘類はほんに旨いのう。レモンなんかも酸っぱいが、色々用途もあるし、紅茶に入れたりするのがまたいいのだ。
余は気に入った。ご主人もこう言うのをよく食べているよなぁ。
「はい、どうぞ。お嬢さま」
「うん。あーん。・・・・・・うん、美味しいね。もう一口」
この光景だけ見ていると、甘い恋人のじゃれ合いに見えるのだが、これが毎日飲み物がなくなっても、すかさず温かい物を時雨が入れるのだから、こんな甘え方は別の意味の甘えではあるまいか。
ご主人ときたら、トイレに行くのも面倒がって、ちょっとの間我慢してから行きよるんだから。
何やらご主人は、マルコ・ポーロがフビライ・ハーンに、見て来た都市の様子を語ると言う小説を読みながら、まるで動こうとせずに、しかも時雨は嬉しそうに言う事をただ聞いていた。
・・・・・・太っても知らんぞ。と言うか、その本は勝手な妄想で語りまくる、ホラ話が面白い小説なんだから、そんなに信用する目で読んではいかんのではないか。
いや、余もあまりあの本は面白さがよくわからんかったのだが。
としては、その全集に収まっている、別の作者の変な小説の方が面白かったかも。謎が深まって何だかわからん話だったし。
そう言う小春を見ていて、これは本当に時雨がいないと、どうにもならなくなってしまっているなぁと思う。
それだけゾッコンに惚れ込んでいるのだし、それはそれでいい事なのだが、離れてしまう事も時にあるかもしれんのだから、少しは自立して生きられる様にはして置いて欲しいものだ。
だがそんなご主人も、時々この頃はカレンダーなどを見ていて溜め息を吐いている。
それが何なのか、あまり余はわからなかったので、パペッツの能力で色々観察する事にした。
夜の油断している時なら、何かしらのアクションがあるかとも思ったのだが、そうでもない様子。
「うー。寒い寒い寒いよー。靴下穿いて寝るから!」
「まぁ、そこまで寒いんなら仕方ないですかね。それにしても、分厚く着て寝るんですね」
「だって寒いもん。時雨は寒くないの?」
「うーん。以前より大分楽にはなってますかねぇ。これも吸血鬼の能力が高まったせいでしょうか」
そう。吸血鬼は寒さにも暑さにも強くなれるはずなのだが。
中途半端な覚醒なのか、小春ご主人はやたら寒がりなのだ。冷え性の女性も多いと聞くし、その部類だろうか。
だからか、いつも以上に布団の中に入って、時雨に引っ付くご主人。それを抱きしめながら、時雨は優しく声を掛ける。
「小春お嬢さま。何か最近考え事してるみたいですけど、何か悩みでもあるんですか。あ、もしかして背の事ですか。大丈夫ですよ。小さいお嬢さまもとても可愛いですので」
「そ、そんなの別にどうだっていいでしょ。背だってまだ大きくなるもん。・・・・・・別に悩みって訳じゃないけど、色々わたしも考える事はあるのよ」
「そうですか。ふふ。思春期ですねー」
「そう言うのじゃないったら!」
「はい、そうでしたね。じゃあ、寝ましょうか。おやすみなさい、小春お嬢さま」
「うん。おやすみ・・・・・・」
これでは何もわからん。
時雨は何か察している様だから、明日になってから聞いてみた方が良さそうだ。これ以上の展開は、うむ、まだ秘密な様だな。




