第52話ティナって凄い?
そろそろティナにも固有のスピリットがないと、いつまでも余の物を又借りと言うのも格好が悪いだろう。
いや、そりゃあな? 余のファンタスマゴリアを貸してやる方が、そりゃあ便利なのはわかる。
その為の余らだけの特殊な関係なのだ。普通だったら他人のスピリットは絶対に使えんからな。
じゃが、現代社会でそうそうスピリットが必要でもないようだし、ティナはティナでなんか楽しくやっておる。この家でも凄く打ち解けておる様だし。
だから余はティナをパペッツで観察した。
これはまぁ、ご主人にはまたも内密なのだが、ティナにだけ使うのだからいいだろう。
そうすると、何やらあやつ、ご母堂の手伝いをしていたそうだ。
「ああ、ホント、ティナちゃんが細かい作業手伝ってくれるから、助かるわー。トーン貼りとか背景とか結構面倒なのよね。氷雨にも色々手伝わせるけど、あっちは影とか付けるのなんかやソフトの管理とかもやって貰ってるし」
ふむ。漫画の制作か。そんなにティナが器用だったとは。
うん? そうか、凄く便利に造ったんだったな、余は。有能な配下にしたくて、そう言う能力値にしたんだった。
それをまさか、余にではなく、他の人間に対して貢献しているとは。
「はい。これで何か欲しい物買ってね。間違ってもご主人様に貢いじゃ駄目よ」
「はーい。マスターはお金持ってますから、全然その心配はいりませんよー。あたしはこれで可愛い鉛筆とか買おうかなー」
「おお! いいわね。鉛筆かー。結構私も使うから鉛筆には愛着があるなー。よし、今度一緒に文房具屋に行こうじゃないの」
「わーい」
す、凄く仲良くなっとる・・・・・・。
こんなにティナが人心掌握術に長けておるとは。呑気な雰囲気を出しながらやるじゃないか、あやつ。
それから、今度は時雨の場合である。
「いやー、家族が増えて来ると買い出しも大変なので、荷物持つの手伝って頂けるとありがたいですよ。お嬢さまは気まぐれなので、ついて来てくれる時と本に没頭していらっしゃる時がありますからね」
「おやすいごようです! マスターに頑丈に造って貰ったので、凄く使い勝手のいい配下ですよー」
「ははは。私もじゃあ配下の一人ですかね。ご先祖様には感謝ですね。はい、これチョコレートです。作ったのを冷蔵庫で冷やして置いてたんです。ご先祖様と食べて下さいね」
な、なんと。こっちでも凄く頼られて、和気藹々としている。
こ、これではもしかすると余より信用されているかもしれんではないか。
しかもチョコは確かに余も食べたので、貰ったのはホントの様だ。うむ、あれは美味かった。
次。木の葉のケース。
「ありがとうー、ティナちゃん。急いで書いてたレポートの誤字脱字とか校正お願いしちゃって悪かったわね。あれ発表に必要だったし、時間もなかったから、ホントに助かったわ」
「いえいえー。暇ですので、読むくらいは出来ますよー。グランドマスターの小春さんから色々学ばせて貰ってるので、結構読む力はついて来てますしー」
「そっかそっか。ティナちゃんはめきめき今学習してるって訳か。じゃあこの辺の日本語関係の本を何冊か上げよっかな。もっと日本語を好きになってくれると嬉しいな」
お、お、お。またも何か頼られておる。
こやつの人心掌握術はどこまで凄いんじゃ。余はそんなに頼りにされる事ないぞ。
魔力の問題の時くらいしか呼ばれんし。それでティナは、しばらく本を熱心に立て続けに読んでおったのか。
そして小春に対しては。
「あー、大分お疲れですねー。肩揉んであげましょー、小春さん。グランドマスターである小春さんにはご奉仕しますー」
「え? いいのかな。・・・・・・ありがとう、じゃお願い。・・・・・・ん、あ、気持ちいいな。うん、そこ。あー、結構力あって効く~。しかも上手。うん、すっきりしたかも」
「どういたしましてー。いつでもお呼び下さい。ご主人様」
「・・・・・・はぁ、そう呼ばれるのも何だか悪くないわね。じゃあそうね。今夜はデザートをわたしの分一つ上げるわ」
「おー。それはかたじけないですー。思わぬプレゼントですねー」
む。む。む。ご主人まで丸め込まれている。ティナのこれはどうした事か。
ただ親切にしてるだけとも見えるが、何かがある気がして仕方がないぞ、余は。
これはどうにかして、探りを入れてみんとな。
どうやら最近は、ティナのやつ、焚火の手伝いをしているからか、漫画を読む事が多くなっている。今も居間で熱心に読んでおる。
しかし、百合漫画とはいい時代になったのう。
余の時代じゃそんなジャンルは、大衆文化には全くなかったからのう。大体、宗教弾圧とか激しかったし。
「のう。少しは余に構わんか。どうだ、面白いのかその漫画は」
「ほえ? あー、これお母さまが以前連載されていた物ですよー。かなり色々なの描いてらっしゃる様で、ずっと連載している長編の傍ら、あれこれ百合作品を描いてるそうなんですー」
ふーん。余も読んでみようかな、じゃあ。とか思ってしまう。
ティナがあんなに面白そうに読んでいる事だし。ん? 何だろうか、微妙に違和感が。
「ほらー、マスターもそんなに拗ねないで下さいねー。いつでも言ってくれたら、よしよしでも撫で撫ででも、いやらしい事でも、いいようにしてあげますからねー。時々はゆっくりさせて下さいねー」
のんびりした声音で、ギュッとしながら絶妙に余をあやすかの様に可愛がるティナ。
う、何じゃろう。こんなに安らぐ気持ちになるのは、ほんに不思議だ。
幾らなんでも、昔にパートナーに優しくされた時でもこんな気持ちにはならんかったのに。もっと根源を癒やされる様な、こう・・・・・・。
「微笑ましいね。ベストカップルって感じ。いや、姉妹と言ってもいいかも」
「な?! お嬢さま、ベストカップルは私達なのでは?!」
外野が好きに言っとるが、なんか気にならん。ティナの包容力は凄まじい。
これは体験した者にしか絶対にわからんが、ストレスが消えていくと言うか、神経の緊張が解けていく様な感じなのだ。
「しかし、ソーニャさんにティナさんかー。ティナさんってホントに優しくて、いいお姉ちゃんって感じもするよねぇ。わたしもお姉ちゃんがもう一人増えたのか、妹が増えたのか、判断には迷うけど、ティナさんで良かったって思うもん」
「お嬢さま?! 姉の様に慕って貰えるポジションは、私の物ではないのですか? ああ、お嬢さまが籠絡されていく・・・・・・。しかし、ことティナさん相手では怒る気になれません。ティナさんなら、全人類がティナさんの優しさに触れて軟化するべきだと思いますし」
「ねー。ティナさんって全て丸め込んでしまうと言うか、ある意味ソーニャさんと相性がいいのかなぁ。とにかく人を落ち着かせるのがとてつもなく上手いって思う」
「そうですね。お嬢さまはいつだって私を至福にさせて下さいますが、ティナさんは一服の清涼剤になってくれますね。心が忙しいご先祖様にはちょうどいいかもしれません」
な、なんと、やはりこやつら骨抜きにされておる。
いやいや、待て。そう考えると、この二人の言動からしたら、余もか?! 余もティナに無条件降伏しておると言いたいのか?!
ちょっとそれはいかんぞ! 余の威厳はどこに行くんじゃ。
余に威厳など最初からないと、昔からF・Fの奴は言っておったが、今は余は二つの家系の長になっておるのだぞ。
それがパートナーであり家来でもあるティナに、何一つドシンと構えられんとな。
それは異議あり!と言わざるを得んぞ。
だって、余はホントに大魔族で大吸血鬼で凄い夢魔なのだから・・・・・・なのだから・・・・・・だから。ホントだぞ。
余はしょっちゅう泣くと言われるが、確かに余は打たれ弱い。しかし、やる時はやれる女なんだから。弱くても強くこれまで生きて来た実績があるのだよ。
それを、それをだなぁ。こんなにメロメロにされて、どうすればいいんじゃあああ!
ティナが可愛すぎる上に、余のお母さんかってくらい、甘えさせてくれるんだもん!
お母さんなんてもうどれくらい思い出さんかったかわからんくらいだぞ?!
余の一族など、とうに滅んでいるだろうし。下級魔族では生きるのに厳しかろうし。
う、うむ? そうだ、何かおかしいと思っていたのだ。ファンタスマゴリアで分析してやる。見ておれ、ティナよ。お主を丸裸にしてくれるわ。わははははははは!
「そこに座ってくれんか、ティナよ」
余は椅子にティナを座らせて、パペッツの監視の目を隅々まで行き渡らせる。
操り人形に搭載されたカメラの目がどこも見逃すまいと、ジーッとティナをスキャンしていく。
「あのー、マースター。何ですか?これ。凄く見られてて、変な感じなんですけどー」
「我慢してくれ。お主、なんか最近変化がある様な、周りからの態度なのか、余には変な気がしてならんのだ。自分で違いを感じんか?」
えー?と首を傾げるティナ。うむ、その姿も愛らしい。愛らしいのだが。
「そうですねー。ちょっとだけ、皆さん優しくなったよーな。うーん、でも最初から優しい人ばかりですしー」
ハッキリせんのう。しかし、そこはポイントなのかのう。
スキャンがしばらくすると済む。その結果が出て来ると、驚きの物が映し出されていた。
「おいおい。これは心の投影か? この寒暖計みたいな計りは」
ピヨピヨと不思議な音を立てて、揺れ動いている。
それが余を見つめる目が浮き出ると、ビビビっとメーターが動く。何だ何だ。
「あー、何だかティナがどんどん可愛く愛らしく、抱きしめてしまいたい欲求に駆られるぞ。これはどうした事だ」
むむむ。ギュッとしてしまうではないか。
そうすると、ティナもこっちを柔らかく手の中に収めるので、心地いい快楽に浸ってしまう。
「ハッ。待てよ。これはこいつの仕業じゃないか。心を支配するのかもしれん。それももしかして敵意を無くさせるのか? しかも自動的に発動している?」
そうだとすると、凄い能力だぞ。敵と戦わずに敵の戦意を喪失させられるんだからな。
そうだ。あのご主人だってティナには抵抗しないではないか。ふふふ、いいぞいいぞ。ティナは凄い。余の味方につければ、最高の環境が手に入る。
「マスター? 悪巧みはダメですよー? もっとみんなと仲良くしましょーよー」
そ、そうか。そうだな。それもそうだ。
ティナには悪意など、これっぽっちもないから、こんな能力が発現したのだろう。して、それなら。
「能力名を付けてやらねばならんな。大体の一族の人間の能力は、余が命名してるんだぞ。時雨のも名付けてやったわい」
「? どうゆー事ですか? あたしには良くわからないですけどー」
「う、うむ。これは心の内部でだけ見える形か。意識して使っている訳ではないんだな。まぁ、いい。お主のスピリット能力は、簡単に言えばだな、お主がこうして欲しいなと思えば、相手はそうしてくれる才能だ。他人から好意を寄せられるのをコントロール出来る。優しくして貰い放題だぞ!」
?とまだあまり理解してない風の顔のティナ。ええい、もどかしいな。
「つまりお主は意図せずにだよ、他人とすぐに仲良くなれると考えて貰えればええ。悪意を消失させられるんだから、嫌な人間はそう相手にせずに済むんじゃないか」
「うーん。皆さんが優しく接して下さるって事でいいんですかー? おかずを一つくれるとか」
「そう!それ! お主には皆メロメロになってしまうんじゃよ。ま、まぁお主は既に余のものだがな。誰にもやらんよ? しかし、家族やコミュニティの人間と交流を深める事は悪い事ではない。だから、お主は平和に暮らせるって訳じゃい」
ふむふむ、と頷いているがホントにわかっておるのかのう。
まぁ、しかしそうか、それで誰もがティナにほにゃほにゃになっているんだな。
余はこれから、少しばかりティナが他人と接しているのを見て、嫉妬せねばならんかもしれん訳か。ふ、ふふ、それは問題ない。
余ほど大らかな人間なら、そんな醜い気持ちは克服してしまえるのだ。それに、ティナは余にべったりなのはいつも通りだしな。はははは。
「よし、じゃあ名前だ。そうだな。ピース・オブ・マインド、としよう。余のファンタスマゴリアを使ってくれても構わんが、まぁお主もあまり戦闘の技能を覚えんでもいいだろう。余と繋がっておるんだから、いつでもコンピューターがダウンロードするみたいに、余の戦闘技術を共有出来るはずだしな」
むんず、と胸を張る余だが、子供体型の為、やはり威厳はあまりない。
「マスターはやっぱり凄いですねー。あたしもマスターのお世話、もっと頑張りますねー。マスターがもっと快適に過ごせるように、何かしてあげなくっちゃ」
何と健気なやつじゃ。
こんな優しいパートナーと直に接する事が出来るなんて、封印が解けたのがようやく実感出来て来たわい。
「と言う訳で、聞かれたらそれとなく答えてしまうだろうが、一応余とお主の秘密だからな。ご主人辺りが、また余に文句言うかもしれんし」
「了解でーす。どうせ目に見せられる物じゃないですし、変に探るのはマスターくらいのものでしょーしね」
う、うぐ。そう言われると堪ったもんではないな。
それにしても余はこれでティナを丸裸にしてやれただろうか。余の役に結局積極的には立たんから、解析しても何もこれから変化はないんじゃないか。
ああ! 当初の余の計画は水の泡に。ティナにもなんだか毒気が抜かれてしまって、どうでも良くなってしまったしのう。
「とにかく、無闇に発動して、強制的にほんわかさせるのは控える様に。余だってお主にいつだって全面降伏しているばかりじゃないんだからな」
「んー? あんまり言ってる事がわからないですけどー、マスターはいつだって凄いですよー」
「ハッハッハ。称えよ! 称えよ! 余がこの一族の長なのだからな」
「それにこんなに可愛いんですもんねー」
「わー。こら。もっと敬意と言うもんをだなー」
ティナはあまり理解していないのか、無邪気に抱きついて来る。
ふむ、しかしこれくらい呑気なやつがパートナーの方が、ストレスはなくていいのか。余も長年の疲れを解消したいしなぁ。




