第5話小春萌えの人達とイメチェンってどうなのかなってな話
「お嬢さまー。ふふふ。じゃーん。ほら、言っていたお洋服ですよ。早速着て頂けますよね」
数日するともう完成していた。何たる早業。そして、何故そんなに素早く着ないといけない。
「それはもう、木の葉様にも写真を送るように言われておりますので。お嬢さまのお可愛らしいお姿は、一刻も早く目に焼き付けたいですし、保存しなくては」
うーん、じゃあ着るとするか。そうやって、この白のレースをふんだんにあしらって、ヒラヒラしてる妙にメルヘンチックな衣装。これわたしに似合うかなぁ。
「もちろんですとも。アリスみたいに可愛いですよ」
アリスって誰だ。まさか、昔にやり込めた女の子じゃないでしょうね。しかも外国人かよ。
「違いますよー。不思議の国のアリスですって。ちょっとあの衣装からアレンジを加えて、よりヒラヒラ成分を増してみました。いやー、まさかお嬢さまに嫉妬されるとは」
「そんなんじゃないって。・・・・・・って言うか、着替えるから部屋から出て行ってよ」
「ああん。お着替えをお手伝いさせてくれてもよろしいのでは? あっあっ、わかりましたよ。妄想だけで我慢します」
ぐいぐい押して行って、わたしは時雨を追い出してから、着替えていく。って言うか、妄想して、どんな姿を想像してんだか。
しかし新しい服って、何だか恥ずかしくもあり、凄く嬉しい気持ちもある。誰かに服を作って貰うのって、こんなにテンション上がるものだったんだ。それが喩え、あんなメイドでもね。
「いいよ。入って」
ちょっと恥じ入りながら、モジモジしてわたしが着た所を時雨に見せると、時雨はもう溢れんばかりに拍手をする。そして、シャッターを切っていく。
「ブラボー! 幾らなんでも天使すぎます! これは木の葉様も喜んで下さるでしょう。ああ! わたしのお嬢さま! 時雨はもうメロメロです」
あちこちの角度から次々に写真を撮影していくメイド。まぁ、撮影会も悪い気はしないかな。まさか、わたしなんかがアイドルになる訳もないから、いい気分ではあるし。
「さて、じゃあこれでいい気分になったので、私は買い物に行って来ますね。お嬢さまはおくつろぎ下さい」
うん、いや、散々振っておいて写真も撮って、そんなにあっさりと終わる、普通。ちょっとわたしはむくれてしまう。
「じゃあ、今日はわたしもついて行く。いいでしょ。着替えないといけないから、待っててよ」
そうして、脱ぐ為にまた追い出そうとしたら、こんな挑発をされた。
「ハッ。まさか、お嬢さま。その格好でお出かけされないんですか? そんな格好で出歩いたら、街の人達を魅了してしまいますもんね。ええ、私だけの目に保存しておきましょう」
むっ。そんなに言うなら、いいじゃない。これで行ってやるわよ。アンタだけのわたしじゃないのよ。
「冗談じゃないわ。このまま、行く。別に恥ずかしい格好じゃないもん」
言ってから、時雨がニコニコしているのを見て、しまった嵌められた、って思った時にはもう後の祭り。
どうしよ、こんなヒラヒラの格好して外に行くなんて、冴ちゃんじゃあるまいし、わたしなんかがこんなの似合わないよぉ。
・・・・・・。・・・・・・・・・・・・。いや、やっぱり恥ずかしすぎる。
こんな格好で出歩いてたら注目されるし、そもそもこの横にはメイドがいるしで、そりゃあ視線が注がれるよ。本当に嫌だなぁ。注目されるのって、大の苦手なのに。
大勢から視姦されてるみたい。まぁ、子供を性的に見る人ばかりじゃないだろうけど、こいつみたいなのもいるしねぇ。ああ、冴ちゃんのせいで難しい言葉とか変な言葉が蓄積されていく。
「ねえ。買い物が済んだら即行で帰るからね」
「おや、そこまで恥ずかしがらなくてもよろしいのに。お嬢さまは、大変奥ゆかしいんですね」
そう言うんじゃないけど、人見知りはするし、目立つのは嫌いだし、そんな人間がこんな格好してどうしろと。
うん、そりゃあ時雨の作ってくれた服は素敵だよ。だから、それを着られるのも嬉しいし、それが可愛いって言ってくれたのも嬉しかった。でもそれとこれとは話が違うでしょ。
真っ赤になって俯いて、買い物をさっさと済まして、と言ってもこいつについて行ってるだけなので、本当にわたしが必要なのかと疑問に思ったので、荷物を持たせて貰おうとしてみた。
「ん。持つから」
「いけません。主人に荷物持ちをさせるなんて。重くもないですし、私がちゃんと持ちますから」
ああ、そう言うだろうと思った。
「わたしが持ちたいの。この服のお礼って事じゃ駄目なの?」
少し潤んだ瞳になっていたのか、時雨は何だか感極まった様な顔をしている。
「そ、そんな涙目で見上げられると、どこかおかしくなりそうです。お嬢さま、それは反則ですよ。お友達にそんな真似はしてはいけません。私だから良かったのですよ!」
うん、アンタに見せる方がヤバいって今わかった。でもしょうがないじゃない。素直に好意を示すのって慣れないんだもん。
「とにかく、貸して。半分ならいいでしょ」
「そうですね・・・・・・。それならお願いしましょうか。こんなの氷雨さんに見られたら、何て言われてしまうか」
半分の袋を持つ。どちらもエコバッグを使っているのは、最近の買い物事情では、ビニール袋はお金を出さないとくれない所もあるので、大分周知されて持つ人も増えたと思う。
それで氷雨さんが持ち運びに便利な手提げを持たせてくれているので、それをしっかりと時雨も覚えていて持っているのだ。
「あれ、ハルちゃん。お買い物?」
へ? まさか、この声はまふちゃん? ま、まさかね。と思い、振り返ってみると、そこには純朴な美少女まふちゃんが。
どこから調達したのか、蛙とウサギがどうかしているシャツを着ている。鳥獣戯画のパロディかな。相変わらず、センスが変だ。
今のわたしにそんな事言う権利はないのだけども。って言うか、スカートにもその柄が入ってますよ、お嬢さん。
「あ、あはは。久しぶり。元気にしてた? わたしは毎日、本ばっかり読んでゴロゴロしてたなぁ、あははは」
「わー。ハルちゃん、可愛いね。そんな服、今まで見た事ないよ。プレゼント?」
やはりそこに気づいてしまったか。当たり前だけども、スルーされるはずもなく。
「そ、それは・・・・・・。べ、別にわたしになんか似合わないけど、作ってくれたから着てるの。まふちゃんとかの方が、もっと可愛く着こなすと思うな。うん、わたしじゃ着られてるって感じだ」
ちょっとテンパって無茶苦茶言ってる気がするけど、どうにも自分を卑下してしまう癖は直らない。だって、ホントにわたしって可愛くないんだもの。
「そんな事ないよ! すっごく素敵! 今までのハルちゃんからまた別の扉が開けたみたい。やっぱりもっとお洒落とかもしてみるのがいいよ。男子の言う事なんて気にしないでさ。ハルちゃんはとっても可愛いと思うな」
「わかりますか! お嬢さまの素材を活かすには、どんなお洋服でも良いのですが、初回はこの様なメルヘン仕様がいいかと存じまして。そして、ほらお嬢さま。お嬢さまの萌えポイントをキチンとわかってくれる方は、他にもちゃんといるじゃありませんか!」
うん、そうですね。わたしは信じないぞ。二人ともお世辞で言ってるんだ。それにまふちゃんは混乱してるし。
「え、えと? あなたは?」
ハッとして、時雨はピチッと姿勢を正して、自己紹介をする。
「はい。私は小春お嬢さま専属メイドになりました。三つ星時雨と申します。蕪木真冬様ですね。お嬢さまの数少ないご友人は、キチンと把握しております。共にお嬢さまをもっとキュートにしていきましょう」
「こら! 何でまふちゃんの名前を知ってる。それに少ないとは何だ、少ないとは。そりゃあ、ホントに少ないけどさ。そんな直球に言う事ないじゃん。なんか悪いか」
何を言ってるのかわたしも混乱して来たな。多分、氷雨さんが何でもかんでもデータを提供したんだろう。わたしのプライバシーはいずこ。プリーズ・カム・バック・わたしの自由。
「失礼しました。ただ、お嬢さまの事なら何でも知っておきたいのです。ほら、もう体の隅々まで把握している訳ですしね。ぽっ」
「採寸しただけでしょ! 変な含み持たせないで。ほら、まふちゃんが戸惑ってるじゃない。誤解を与える様なコメントは差し控えなさいよ」
そう思ってまふちゃんを見ると、初めはキョトンとしていたのだけど、次第に笑顔でわたし達を見つめているではないですか。どう言う事? これのどこに笑う要素が。
「何だか、ハルちゃんちょっと今までより元気になったみたい。いいメイドさんがついてくれて良かったね。今までは、家でも寂しいって言ってたもんね」
なっ。ここでそんな暴露しないでよ、まふちゃん。いや、実際そうなんだけど、こいつにそんなの聞かせたくない。
「いや、別にそんなんじゃないって。まふちゃんに会えて嬉しいの。こんなの別にどうって事ないんだから」
チラッと時雨の方を見ると、ニコニコ笑顔だ。くっ、眩しいほどいい顔するじゃない。
「お嬢さま、そこまで私を信頼してくれているとは。ええ! 私でしたら、いつでもお傍におります。お嬢さまに決して寂しい思いはさせませんとも。木の葉様の分も、焚火様の分も、纏めて私に甘えてくれていいんですからね。お姉さんに任せなさい、って名言があるでしょう」
どこの名言よ。漫画かなんかの引用だろうなぁ。こう言うのもユーモアって言うんだろうか。
とにかく、この恥ずかしい格好をまふちゃんに見られて、わたしは死にそうに顔から火が出ていた。
「じゃあ、わたしももう帰るよ。またね、ハルちゃん。メイドさんも、えっと時雨さん、今日はありがとうございました。お陰でいい物見られちゃった」
ルンルンと機嫌良さそうに向こうに行くまふちゃん。ああ、まふちゃんと時雨の気分を良くする為に、わたしと言う尊い犠牲があった事を忘れないで欲しい。
「ささ、私達も早く帰りましょう。もう木の葉様もご帰宅されているでしょうし」
うん、そうね。お姉ちゃんを待たせちゃいけないわ。そんな訳で、お姉ちゃんの事を考えて気を紛らわせて、この服を着ている事実を忘却の彼方に去らせようとして、わたしは時雨について帰って来た。
ああ! ドサクサに紛れて、この女手繋いでる! それで恥ずかしさはまた上昇したのだけど、抗議するに仕切れなくて、黙って手を引かれて帰宅した。
あれ、本当にわたし、これだと子供っぽいよ。子供扱いされて怒るべきなのか、それとも別の意味を読み取ってドン引きすべきなのか、しばし迷ってしまう。
ああ、買い物の手提げをわたしが持たなかったら、時雨は両手が塞がってこんな事態にもならなかったのか。こう言うのを墓穴を掘るとか言うのかな。
「はぁー、可愛すぎ! あ、こっち向いて。はい、そこでこうポーズを取ってみて。我が妹ながら、流石に天使すぎて褒める言葉が見つからないくらいよ。時雨さん、ナイス!」
えーと。お姉ちゃんはどうしちゃったのか。時々、わたしの事になると我を忘れてる気がするけど、どうも今日はおかしいな。
大体、時雨が写真は送ったんじゃないの。あちこちの角度から撮影して、更にポーズまで要求されてる。ま、お姉ちゃんの頼みなら時雨と違って、わたしは嫌がりませんけどね。
「これならあの動物パジャマなんかも似合うんじゃないかしら。ハッ、そうよ。どうして今まであの子に、あんなに地味なままでいさせていたの、木の葉。もしかして、人気者になってしまったら、私の可愛い小春じゃなくなってしまうから? ああ、それは何て罪深い行為だったのかしら。そんなのは本当の好意とは言えないわ。小春には好きに可愛くさせてあげなきゃ」
あれは心の声がダダ漏れてるのかな。何故だろうか、時雨だとキモいと思うのも、お姉ちゃんならもっとわたしを求めてくれてもいいよ、ってな気分になるのは。
それは、わたしがお姉ちゃんを愛しているから。と言う事は、当然ながら時雨には愛は芽生えていないんだ。良かった良かった。
「それならば、どんな形か概要さえ教えて頂ければ、私がお作りしますよ。そうすれば、どんな格好でもお嬢さまは素敵にコーディネートされて、夜もお可愛らしいそのお姿は、一層素晴らしくなるかと」
「そうね。お願いしようかしら。こんなのなんだけど・・・・・・」
お姉ちゃんがスマホで画面を見せている。それ、わたしは着るの決定なの? 別に普通に地味なパジャマでいいのになぁ。
そんなにわたしを可愛く変えたいんだろうか。別に悪い気がするって訳じゃないけど、あんまり乗り気じゃないのよね。
あ、なんかがっしりと手を握り合って、通じ合ってる。ちょっとジェラシー感じちゃう。お姉ちゃんはわたしのなんだから、勝手に仲良くならないでよ。
「いいから、早くご飯の用意してよ。もう着替えるよ」
ああ後生な、とか二人が言ってるのを無視して、さっさとシャツとズボンに穿き替えちゃう。
休みの日だとどうしてもスカートってあまり穿かなかったりするなぁ。別に外に出る時も、意識して穿いて行くんじゃないけど、ちょっとはまふちゃんとかに可愛く見られたいと、心底では思ってるのかも。
着替えを済ませると、わたしはあの二人を急かす言葉だけかけておいて、待ってる間暇だし本でも読む事にした。
変に背伸びした本読んでも怒られたりしないし、結構好きにお母さんのコレクションとか借りたり、図書館では児童館だけじゃなく、大人用の館の本も借りたりする。
実際に、一つのカードだけでどちらも借りられるし、申請さえすれば、ネットから予約して連絡をメールで貰ったりも出来るから便利なもんだ。
図書館のホームページでログインすれば、順番待ちがどれくらいなのかもわかるしね。今は何故か文庫もあるのに、ハードカバー二段組みで、マジックリアリズム三代記の話を読んでたりする。
これが結構、根気いる展開で、徐々に伏線が張られたりするんだけど、緊張感たっぷりでいて且つ不思議な事も起きるから面白い。
でも後から考えると、後半の展開はかなり辛いんだよね。大作だけに疲労感もあるし。でもそう言う読書が堪らなく楽しいから、わたしって結局は積極的にクラスには馴染まずに隅の方で大人しくしてる子なんだけど。
そう思えば、どうして冴ちゃんと付き合うようになったのか。あの子も仲間外れにされたり、理解されないからかと思うけど、わたしだって彼女に理解されてないかもしれないし、冴ちゃんの事をわたしも本来の意味では理解してないのかもしれない。
じゃあ、何で一緒にいるのかと言えば、それは傍にいて心地いいからだ。遠慮がいらないし、そのユーモラスな話し言葉はわたしを癒やしもする。
まふちゃんも冴ちゃんの奇天烈さを気に入ってるようだし、我々三人はとても上手くやっていると思う。
ここまで言って来て、電話が掛かって来たので、出る。掛けて来たのは、その冴ちゃんだ。
「もしもし、冴ちゃん?」
「しばらくぶりだな、小春。我は真冬が御身を目撃したと拝聴して、その頓狂な外見に大層喜悦している声色を受領し、我も刮目して目にしたいと思う次第だ」
もう広がってるのか。まふちゃんも口が早い。いや、あの嬉しさには誰かにその感動を伝えなくてはならないと言う所まで含まれていたんだな。で、何だって。君も見たいと言うのかね。
「うーん、じゃあ写真送ろうか。まふちゃんにも送ってあげようか。でも別に面白いもんでもないよ。冴ちゃんの服の方が、いつもわたしの今日のみたいに凄いからね。あ、じゃあさ。冴ちゃんの写真も頂戴よ」
「ふむ。承知した。我の正装を画像化して、貴殿に送信するとしよう。しかし普段の家の衣装は、そう易々とは公開する事は憚られるので、その旨は了承願いたい」
うん、わかったよ。じゃあ、そう言う事で。
切ってから、ああじゃああの二人にわたしにも送って貰わないとなと思考が巡る。
そして、今の会話を聞いて貰えればわかるように、冴ちゃんと言う子は、真に奇妙な言い回しで話す子供なのだ。どんだけ辞書引いて、言葉を調べたんだってくらい、妙に日常には使わない漢語を多様する癖がある。
それで、結局は何言ってんのかわかんねーとか言われて、仲間に入れてくれないグループばかりなのだ。
その点わたし達は、冴ちゃんの言葉は勉強にもなるし、わからない時はそれどう言う意味?とか聞けば、実は普通に解説してくれたりするし、または自分でもよくわかってない言い回しをしている時は、巧みに言い逃れようとする性質があるので、そこにはあまり突っ込まないでいるのはまぁ少し苦労する。
しかし、あの二人はどうしてんだと思って、廊下に戻って見れば、
「これがあの時の写真でしょ。で、これがまたあの時の・・・・・・」
「ほほう。やはりご家族ならではの秘蔵写真が沢山ありますね! 是非幾つかを私にも譲って頂けませんか」
「ええ、いいわよ。その代わり、普段の小春を沢山記録して欲しいの。で、わたしに送って下さらないかしら」
「勿論ですとも。その光り輝くばかりのお嬢さまを記録しないのは罪悪と言うもの。謹んでその任務、引き受けさせて頂きます」
まだやってた。それも昔の写真をどうだこうだと。もう、そう言うのは自由時間にやって頂戴よ。まぁ、それもまた新たな迷惑を生むんじゃないかと懸念はあるんだけど。
「ああもう。早くご飯にしようってば。その為に買い物に行ったんでしょ」
「そうでした。では、もうしばらくお待ち下さい。腕によりをかけて、下ごしらえをそんなに時間を掛けてしなくても、美味しい物を作る事も出来るのを見せて差し上げますから」
とにかく、この二人は相性抜群なようで、やはりわたしはジェラシーを感じているのだった。
でも、やはりその後出て来た食事は大変美味しかったので、文句を言ったり考えるのを忘れてしまって、その後は何も変な行為に及ばれる事もなく、普通にお風呂も過ごせて、快適に就寝に着けたので、お姉ちゃんと時雨の密会には気づいていたものの、あまり考えないでその晩は寝てしまったのだった。