第48話サイコ・キラーの恐怖
ちょっと言いにくい感じで、わたしと時雨の夢修行は続いている。
少しずつ慣れて来たら、体も徐々に楽になっていて、現実生活でも利点があって嬉しいんだけど、それでも今はどれだけ甘えてるかとかは言わないで置きたい。
まふちゃんの夢には時々入ると、圧倒されるばかりなので、タジタジなわたし。でもまふちゃんが嫌いになるなんて事はない。
寧ろ、違う側面を見られる喜びから、もっとまふちゃんが好きになる。ただ全てをドンとこいと受け止められるかは、まだ自信がないのだけど。
それはそうと、わたしが教室で昼休みに、本が紹介される漫画でネタ的にじゃんけんだかなんだかとか紹介されてた、どうして西洋社会が支配的な状況を作れたかの科学的な分析などもしている本を読んでいると、出雲ちゃんと調ちゃんが何やら今日は真面目な顔でやって来た。乙音ちゃんも勿論一緒だ。
「お姉さま、ちょっと調の話を聞いてやって下さいまし」
「姐さん。ボクら随分歩み寄ったんです。ボクの野望に出雲も協力してくれるらしくて」
何だろうか。野望? また変な事に巻き込もうってんじゃないだろうな。
わたしはアメリカ大陸になかった病気を西洋人が持ち込んだ、なんて内容に興奮していたのに、妙に気を削がれた気分だ。
「ああ、お姉さま、また本読んでらしたから、邪魔してしまいましたわね。しかし、お姉さまにも手伝って貰いたいんですのよ」
「うーん。何か嫌な予感がするんだけど、まぁ話は聞こうか」
こくりと頷く二人。わたしは遺憾ながら、本を閉じて姿勢を出雲ちゃん達に向ける。
後ろで乙音ちゃんがいいのかなぁ、と呟いている。やはり乙音ちゃんは気遣いがしっかり出来る子だ。
「それがですね、姐さん。出雲も自分が前に立つより、ボクが引っ張っていく方がいいって言うんで、ボク、ホントにお婆さまに直訴して、ボクを後継者にして貰えないか頼んでみようと思うんです」
「別にわたくしは負けを認めた訳ではないですわよ。スピリット能力ももっと鍛えなくてはいけませんし、わたくしには別の活躍の仕方があるのでは、って考えてただけですから」
なるほど、分家と本家でどうだとか言ってたね。揉めてたのはそれが元じゃなかったっけ。じゃあ、それを本格的に家に働きかけて解消しようって言うんだ。
「そうなんです。ボクのホークウィンドも色々役に立つと思いますし。だから大人が秘密にしている、書斎の奥が知りたいんです!」
はい? 何ですかそれ。秘密の部屋でもあるのかな。
そんなのを沢山作る設計士の建てた館の話なら知ってるけど、そこまで隠されてる訳でもないから、その存在を知ってるんだよね。
じゃあ、何が問題なのかな。場所がわからないんじゃなさそうだし、書斎の奥ならそこに行けばいいのでは。
「それが書斎には入ってはいけないって言われていて。鍵が掛かっていますし、何か不吉な事が起きそうな予感もしますし」
うーむ。ますますわからない。鍵なら開ければいいし、不吉な予感とは何だろう。呪われてるとか?
「呪われてるなら、皆が被害受けてますよ、姐さん。そうじゃなくて、あの奥には八雲家の秘密が隠されてるんじゃないかって話ですよ。あれはお婆さまの後ろめたい事か、家を繁栄させる秘策があるに違いないんです」
「なるほど。じゃあ鍵をちょろまかして、侵入するしかなさそうだね。で、それが何でわたしにも協力を頼むになるの」
うーんと腕を組んで悩ましそうにする二人。え、何なのもう。
「その、何か危ない事が起こった時の為に、姐さんの能力があれば助かるなって思って。逃げるだけなら乙音のブレインストームで充分なんですけど、戦いになった時に強い人がいてくれた方が心強いなって」
えー。バトルさせるの。嫌だよわたし。時雨にも心配かけたくないしさ。
三人もいれば何とかなるんじゃないの。って言うか、家の事情で誰とバトルするんだか。
「お願いですわお姉さま。魔力がもっと安定する様なお薬も差し上げますから」
いや、そんな怪しい薬いらないよ。
いやいや、でもそう言うのに効果があったりするのかも。漫画なんかでもマッドなキャラが作る特効薬は大概効くし。
「書斎の中に隠し通路があって、その奥に何か八雲家の秘密があるって言うんだね。その過程で危ない目に遭うかもしれない、と。で、それを曝けば、何かいい事でもあるの」
「そうです、姐さん! それは多分、吸血鬼として強く生きていくパワーアップの素材なんですよ。もしかしたらボクもその力の恩恵を受けられるかもしれない。もう吸血鬼として適応力がないなんて言わせない」
「調を助けてあげて欲しいんです。お姉さまなら吸血鬼である事の困難さもメリットもお分かりでしょう。わたくし達の家系も感染するタイプの吸血鬼ではありませんので、危険はないのです。だから調にももっと力を付けさせたいのですわ。わたくしももっと強くならねばいけませんが」
はあ。なんか押しに弱いのは相変わらずだし、そうやって受け身でいきたいって言ってたのはわたしだもんね。
うん。困ってる子は放っては置けないか。
「いいよ。出雲ちゃんの家に行けばいいんだよね。その変わり、ちゃんと準備はしてよね。鍵もあらかじめ予備を作るとか、盗んでからにするとか、色々書斎に忍び込む為の方法は、君達で考える事」
「ありがとうございます、姐さん。出雲もありがとな。ボク、皆に感謝されるいい当主になるんで、サポートお願いしますよ。貢献はちゃんとしますからね」
はいはい。姐さんをこき使うとはとんだ妹分だ。
まぁ、そんな拘りはわたしにはないけどね。よし、じゃあその日は一応、わたしも時雨に遊びに行くとか言っておかなきゃな。
一転して夢の中である。ワンダーランド・イン・ドリームワールド、とでも言ってしまおうか。これではあまりに子供っぽすぎるかな。
傍らには時雨とSCCちゃん。やっぱり精神パワーのコントロールとか鍛錬って、イメージの世界での方が捗るって言うか、力つけられるし。
「あのー、今日はいつもみたいに甘えて来ないんですか? あのお嬢さま、リアルと違う態度ですっごく可愛いんですけど」
「それは今は封印よ。でも理由は聞かないで。わたしは今、もっとストーン・コールド・クレイジーを使いこなす必要があるの。時雨で実験させて貰うわよ」
「へ?」
ポカンとしている時雨を放っておいて、わたしはSCCちゃんに目配せする。
「行くわよ、ストーン・コールド・クレイジー。凝固と解放!」
「ハイ。了解デス」
SCCちゃんはスッと時雨の間合いに入って、小さい体なのに、ふわっと持ち上げて、投げ上げる。ヒラヒラ揺れるスカートが、下の露出度の多い黒い下着を垣間見せて、目に毒だ。
雪女の着物姿のSCCちゃんとは対照的だ。
しかし、こうしてると吸血鬼としての能力が上がると信じて、時雨はやっているんだから仕方がない。
そして空中でピタっと固定する。そこに固まる時雨。
多分、身動きが取れないはずだ。落ちて来もしないし、それ以上に浮かんでいく事もない。
「え?え? これ、どうされてるんですか。お嬢さまー、全然動けないんですけどー」
もしかしたらホントは、夢の中って事でスピリット能力にも、なんかイメージの力で対抗出来るのかもしれないけど、これはこっちが能力的にも上回ってるんだろうな。
「よし、そのままにしといてね、SCCちゃん。こうやってっと」
わたしはそこで凝固の力を使いながら、時雨の元に向かう。
一歩一歩、空中を踏みしめながら。書店員さんの恰好した能力者が、向かって来る光景はちょっとシュールなのかも。
「す、凄いですお嬢さま。そんな空中散歩みたいな事も出来るなんて。お嬢さまの能力って、そんな事も出来るんですか。流石に便利過ぎませんかね」
そうして、別に本気で殺す気でやってるんじゃないんだし、悪戯心で悪い事を少しだけする。
「ひやっ? な、何ですか。お嬢さま~。つ、冷たいですー」
ふふふ。SCCちゃんの凝固は気体を固める事も出来るのだ。
だから、それを利用して、氷の手を作って、自在に操る。
「あっ。胸の中に手を入れちゃ駄目ですよっ。あっ、でもこの冷たい感触でされるの、新しい何かが目覚めそうです。そ、そうです、お嬢さまにして貰える事なら、何でもご褒美ではないですか。いい、いいですよ、お嬢さま!」
流石にこんなんで感じられても困るので、即座に落としてやった。
ドスンと言う音が聞こえて、イタタタと言う声も聞いてから、大量のとげとげの氷をバラ撒いてやる。
「あいたたたっ!? お嬢さま?! 酷いですよ、何でこんな事するんですか。ってこのちくちくする痛み、全然治まらないんですけど? もう氷は消えてるのにー」
これは僥倖。実験は成功したみたいだ。
相手が痛みを感じている間に、その部分を凝固してやれば、痛い感覚だけが持続するんだな。これは相手の戦闘意欲を減退させるのに有効だよ、いやっほう。
「アノー、小春サン。コレデハ、時雨サンが気ノ毒デスヨ。恋人のヤッテイイ横暴ではアリマセン。ヤルナラ、何カの人形トカにスレバイイノデはナイデスカ」
ああ、そうか。
でもちょっと困ってる時雨を見るのもわたし快感なのよね。本来の欲望とは違う邪さが出てしまいそう。Sっ気がもしかしてあるのかな。
こんな時雨もまた可愛いとでも言うのか。でもまぁ、確かに可哀想だよね、と傍に駆け寄る。
「ごめんごめん。でも中々幾つかの試みは出来そうだってわかったから、収穫はあったよ、ありがと時雨。はい、解放して置いたから」
「あ、確かに痛みが消えました。お嬢さまー、何企んでるんですか。危ない事はしないで下さいよ。私、ちょっと心配です」
うーん。やっぱりこんな顔されたら、隠しきれるか不安になっちゃいそうだよ。
でも何でもかんでもおんぶに抱っこは嫌だから、自分だけでやりたい事もあるんだよ、って所を出していきたい。出雲ちゃん達と約束したしね。
「はいはい。子供には内緒の秘密もあるんだよ。わたしだって乙女なんだからね。だから詮索しないでよ。大丈夫だから。よしよし、いい子いい子」
「お嬢さま?! こ、これは立場逆転プレイですか! いい、いいです、これ。お嬢さまったら、知らない内に立派なお姉さんになられてしまったのですね・・・・・・!」
座り込んでいる時雨にギュッとして頭を撫でたら、これだもんなぁ。
如何なる行為でも、わたしがする事なら、喜んで快楽に変えてしまいそうで、こちらはこちらでこの欲望の深さを、わたしは受け止め切れるのか心配だよ、ホント。
「とにかく、冷気とか固体化とか、心身の停止とか、出来る事は増えて来たね、SCCちゃん。わたしにもっと力があれば、頻繁に時間停止とかも出来る様になるんだろうけど。これはいざって時だけにしとかないとね。まぁ、一緒に徐々に成長して行こっか」
「ハイ。コレナラ急ナ襲撃ニモ対応出来ソウデスヨ。こんとろーるシテ完璧に操ルのはモット能力の向上に努メナケレバイケマセンガネ」
うんうん。ま、とりあえず今の段階では、他に三人もいるんだし、これでいいだろう。
一応、覚醒時も少しずつトレーニングして、本番まで備えて置こうかな。時雨には何気ない風を装っているのを忘れないで。
どうやら準備が出来たみたいなので、決行する事になった。
とりあえず書斎の奥の部屋か何かを確認するのを最優先するって事で、他の事はまだ今は曝かない様にしたんだとか。
一応、四人もいるんだから、大丈夫だと思うけど、出雲ちゃんの家って未知数だし、出雲ちゃん自身もへっぽこだとは言っても、ハイデイライトウォーカーだと言う自己申告もあるし、それなりの家系なんだよね。お金持ちだし。
前に家に行った時は、全然家の人に会わなかったから、運動会の時が初対面だったけど、そんなにおかしな人はいなかったと思うんだけどな。
でも何かそれだけの秘密は隠しているのが確定だそうなので、その辺は心していなければね。
「今日は実はカリスマは用事があるとかで、カトレアもどこかに出かけていますから、好都合なのですわ。厄介な相手で嗅ぎ回りそうな人間は、今はいないって事ですのよ」
「ああ、カトレアさんってまだしばらく、時雨の料理教室に通ってるよね。熱心にやってるみたいだし、そうすぐには帰って来ないでしょ」
「そう、そうなのですわ。カトレアの料理は日に日に美味しくなるので、あの方の担当の日がどんどん楽しみになるんですの。でも料理人の休みの日にしかないので、それはそれで残念なのですが。勿論、その分おやつの時間などは沢山作ってくれますわ」
脱線。しかし、遊びに来た体なので、出雲ちゃんの部屋でしばらく話しているのだよね。すぐに行動に移ったら怪しいし。
「しっかしこの家、ホントに広いよなぁ。ボクらの家とは大違いだ。なぁ乙音?」
「う、うん。でもわたし達の家もそれなりの面積はあると思うよ・・・・・・。出雲ちゃんほどではなくても、わたし達も恵まれてるとは思うし」
「そっかぁ。確かに姐さんの家なんかは、決行狭い感じだもんな」
ほっといて欲しい。
こちとら、親が売れっ子とは言え漫画家だし、それに母子家庭なんで、そんな由緒ある家柄と一緒にしないで欲しい。
そう言えば、時雨はソーニャさんの家系だけど、どんな家に住んでたのかな。
実家が裕福だとも聞いてないけど、貧乏で苦しんでた訳でもなさそうだし。
そうすると、ソーニャさんはそれなりに地位のある吸血鬼だとしても、子孫達は一から自分らの地固めはしたんじゃないのかな。
だったらそれなりに苦労はしたんだろうな。
尤も、ソーニャさんも裏から株の売り買いとかで儲けてた様だけど。
「そろそろいいでしょうか、お姉さま。わたくし、うずうずして堪らないですわ」
「ボクも高ぶって来てますよ、姐さん。分析はボクに任せて下さい」
「あ、あの・・・・・・。わたしも役に立つかわからないですけど、身を隠すくらいなら、皆の分も出来ますので」
三者三様に思う所がある様だ。
それなら、もう行こうか。わたしはさっさと終わらせたい気分なので、手早く済ませてしまいたいし。
「うん、じゃあ書斎に案内してくれるかな、出雲ちゃん」
「お任せ下さい。この家の間取りなら熟知しておりますのでね」
胸を張る出雲ちゃんだが、そりゃあ自分の家なんだから当然ではないだろうか。
とにかく大人数だとあれなので、わたしと乙音ちゃんはブレインストームで隠れながら行く事にした。
どうやら基本的には相手の目を見ておく必要がある能力だけど、隠密用のジャミングしての隠れる機能もあるらしい。
これは気配が鋭い人なら感づかれる類なんだとか。
「ほら、ここですわ」
おお、もう着いたのか。見ると、そんなに広い訳もない通路の先に書斎はあった。
と言っても書斎は凄く広そうな部屋である。
これに加えてどこかに書庫もちゃんと置いてあるんだろうなぁ。羨ましいなぁ、などと思う次第。
「ようし、鍵はボクが開ける。出雲、一緒に来いよ」
「言われなくても、ここはわたくしの家なので、ご一緒しますわ」
そうして、そこで鍵を開けようと鍵穴に二人が差し込んだ時に、何かが出現して、そして。
「な?! これは・・・・・・。二人が!」
「ハッ・・・・・・! あら、ここは・・・・・・?」
「出雲の部屋の・・・・・・ベッド、か?」
二人が気がついたのは、出雲の部屋であり、それは少し書斎から離れた場所だった。
一体、どうしてこんな場所にと、最初は少し戸惑いがあったのだが、段々記憶が戻って来た二人は、その時の状況を思い出す。
「そうですわ、何やら化け物みたいな筋肉剥き出しみたいなのに引き摺られて」
「そうそう、あいつの力強すぎて、ボクらの力ではどうする事も出来なかったな。姐さん達は大丈夫かな。乙音の能力で逃げられるかもしれないけど」
「でもまだここに送り込まれたりしてませんので、戦ってるんじゃないかしら。そうだとしたら、もう引っ張られないように気をつけて、わたくし達も応戦に駆けつけなくては」
「う、うん。そうだな。ボク、ちょっとの間に分析してみたんだけど、あれ多分この家を守ってるスピリットだよ。あそこから離れれば攻撃して来ない代わりに、あそこに近づけば攻撃される」
うーん。と出雲は考え込んでしまう。そんな自動的に発動する物が、あの書斎に前からあったかしら、と。
「しかしあの書斎には入った事はあるでしょう。あんな物が通せんぼしているなんて聞いてませんわよ」
「もしかしたら何らかの条件で攻撃して来るのかも。ボクらは書斎の奥に行こうって目論みがあっただろ。それが原因じゃないかな」
「と言う事は、やはり書斎の奥に何かを隠しているって事ですのね。ますます怪しい。突破してやりたくなりますわね」
こくんと頷く調。気持ちは二人とも同じな様だ。
「そう言う事。お婆さまの秘密を握れば、ボクらにも主導権がやって来るかもしれない。絶対にボクがいた方がこの家に有益だって、大人にわからせてやるんだ」
「じゃあ、早く行きましょう。こんな所でグズグズしている暇はありませんわよ。わたくしの部屋は、くつろぎの為の場所です。戦うのなら、気を引き締めて出て行かなくては」
「オッケー。姐さんに限って負ける事はないだろうけど、ボクらがいた方が絶対に有利だからね」
そうして、二人は早速部屋から出て、またも遠回りなのを厭わずに、書斎へと向かうのだった。
「こ、これは・・・・・・! 凄い力だよ。SCCちゃん!」
SCCちゃんでわたしは出て来た筋肉、いや筋繊維剥き出しの化け物を、バコっと強く殴りつける。
そうすると飛んでいくのだけど、気はこれで休まらない。多分、こんなので決着はつかない。
扉の方に近寄って行くと、またもスッと素早い動きで、こちらを捕まえようとして来る。
それに対して、わたしは吸血鬼のスペックを得た事で、運動神経は尚も悪いのであまり気は進まないのではあるが、出来るだけ素早く躱しながら、SCCちゃんに頼ってバンバンと拳で攻撃していく。
ガシガシガシとそれを受け止める相手。
しかし、それでどうなるかと言うと、下に引き摺られそうになると思ったので、固定される前に上にジャンプする。それで凝固で空中に固定。
「あ、あの・・・・・・。小春先輩。あれ、多分ですけど、媛子お婆ちゃんの〈サイコ・キラー〉ってスピリットだと思います。噂でお婆ちゃんの能力はちょっとだけ聞いた事ありましたから」
後ろで隠れながら、おずおずと乙音ちゃんが教えてくれる。
確かそのお婆ちゃんって当主のお婆ちゃんだっけ。偉い人だ。
じゃあ、やっぱり何かを守ってるのかな。
「凝固でガチンと固メテ、ヤッテミマショウ」
そう言って、SCCちゃんは相手を凝固させようとする。
そうすると、相手はガキンと固まるのだが、その隙を見て空中から鍵を差し込む。ちゃんと事前に鍵を拾うのを忘れないで。
と、その時。
〈逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ〉
と言う囁き声が聞こえて来て、何だと思っていると、後ろから急に万力の様な力でギリギリと掴まれる。
「う、うわっ! こ、こいつは。さっき下で固めたのに・・・・・・!」
チラッと見ると、そこにはもうサイコ・キラーの姿はない。
な、なんで?!
一瞬で移動したって言うの。鍵は差し込めたけど、回せてない。
そして、こいつはあの部屋に侵入しようとする限り、ずっとこのパワーで追って来る。
「あ、あわわ・・・・・・。駄目です、小春先輩。お婆ちゃんには勝てませんよぉ。逃げましょう」
「冗談。やられっぱなしじゃ、ソーニャさん達に会わせる顔がないよ」
SCCちゃんをこちらも呼び寄せて、空中でやり合う。相手を凝固で固めてから、解放の力でボンっと後ろに飛ぶ。書斎からは遠のいたけど、こればかりは仕方がない。
ひゅうっと周りも気にしながらだけど、凝固の力で周りの空気を固める。氷を作るのだ。
それで固まっている割と大きな物をシュッと投げつける。
しかしもうそこにはそのサイコ・キラーはいなかった。
「またなの? あの出雲ちゃん達をどこかにやった能力で、自在に移動してるって訳なのかな。そうだとしたら、この屋敷内だけで発揮される能力。だからか、こんなにパワーも強いのに、明確な意志もなく自動的に襲って来るのは」
「こ、小春先輩。わたしのブレインストームで姿を消します。それでその間に」
「オッケー、ありがと乙音ちゃん。それなら書斎に入れるかも。念の為乙音ちゃんはそこにいて」
乙音ちゃんは消えた相手の目を事前に見ていたからか、スッと消してくれたんだと思う。
何となくだけど、能力が発揮されているのが感覚としてわかる。
「これで・・・・・・!」
慎重に空中散歩しながら、奥へと進む。もう少しって所でまた、あの声が。
〈逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ〉
「むっ。後ろからまた来た! こいつめっ、こんなに返り討ちにしても無意味だって言うの?!」
バンバンバンと攻撃しても、今度は少し後方に飛んだだけで、全く効いていない様子。
こ、これじゃあ、ジリ貧だ。
考えるんだ。SCCちゃんは凝固の力。それを有効に活用して。
有効に? わたし凝固の力を色々試してはいたつもりだったけど、何一つ応用出来てなかったんじゃ。
固めて空中を歩く事と、お姉ちゃんを参考に大気を固める事くらい。
時空の操作はまだ不慣れだし、消耗し過ぎてあまり頻繁に使えない。
そうか時空を止めて入ってしまえば。・・・・・・いや、それだと駄目だ。中にまで追って来て攻撃されたら、今度こそ万事休すだ。
うぅぅ。どうすれば。SCCちゃん何か案はないのと、横を伺うけど。
「凝固を何カ別の形に転化サセルシカナイノデハナイデショウカ。相手にバカリ使ウノではナク」
相手に使っても確かに何回でもケロッと復活しちゃうもんね。
でもそれじゃあ、自分に使う? 自分を固めた所で動けなくなるだけじゃないの。それとも何か防御に使うとか?
あっ、そうか。全身を凝固の力で覆えばいいんだ。それで相手の触らせる余地をなくせば。
良し、それなら、とSCCちゃんを使って、そのコーティングを急いで始める。
勿論、SCCちゃんにも施して。雪女の着物もわたしのラフな服装も、何やら白い物の膜みたいなのが張っている。
〈逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ〉
またもあの声が聞こえて、恐らくと思わないでも当たり前の様に、後ろから不意を突こうと襲いかかって来る。
うん、来るなら来い。
ガチャッと言うみたいに何かの壁に阻まれて、サイコ・キラーはわたし達を掴めない。幾ら万力でも相手に触れられなければ意味がない。
「い、いける。姿を隠しても何故か正確に位置を把握して襲って来たのに、こうすればこっちは安全だよ」
SCCちゃんに攻撃を命じる。
「ストーン・コールド・クレイジー! あいつをガチガチに固めてやって!」
「ハイ! 動ケナイクライにバッチリ固メマスヨ。概念に作用スル感ジデ」
バシャーンとロックするかの如く、サイコ・キラーを足止めする。
こっちに触れられないと言っても、纏わり付いて来るのはうっとおしいもんね。
スピリットの概念ごと凝固してやれば、もうそこから動けないだろう。
「これで行けるんじゃない。乙音ちゃん」
「は、はい。小春先輩、流石です。強いです・・・・・・! ・・・・・・あ、う、後ろ・・・・・・」
乙音ちゃんの恐怖に歪んだ声色で、わたしもゆるんでいた気持ちがまた張り詰める。
ま、まさか。幾ら何でももうこれ以上はないでしょ・・・・・・。
見ると気持ち悪いくらいに筋繊維剥き出しのサイコ・キラーがこちらをギュッと捕まえる。
いや、待って。まだ触れられてない、触れられてないよ。なのになんで動けないの。何が捕まってるのよ、これ。
「う、嘘。こんなのって、SCCちゃんがここまでやってもやられるの。これじゃあ確かに難攻不落は当然。誰もこの奥に入れないよ・・・・・・!」
「せ、先輩! わ、わたしどうすれば・・・・・・」
乙音ちゃんは隠密行動には向いているけど、こんなバトルがガツンと行われてる状況ではどうしようもないだろう。
ブレインストームにもまだ何か使い道はあるのかもしれないけど、今はそんなアイデアもないし、ここでゲームオーバーか。
「ほほほ。概念に作用する攻撃を仕掛けて来るとは、出雲の友達は愉快な子だね。だが、概念攻撃はアンタだけの専売特許じゃないよ」
声がする。凛としたシャンとした声。老齢に達しているのに、まだ力は衰えていない様な。それもあまり敵意は感じない。
「ほほ。儂の所まで伝わるほど、こんなにハッスルする子がおるとはの。乙音や、調や出雲も一緒だったんだろう。そろそろこちらに向かって来る頃か」
「あ、あ、お婆ちゃん。ごめんなさい・・・・・・」
くしゃっと笑うお婆ちゃん。えと、確か媛子さんだったか。
確かに運動会で見覚えのある、矍鑠としたまだお若い力のありそうなお婆ちゃんだ。
違う言葉で言えば、一体幾つなのかよくわからない。それよりも乙音ちゃんがいるの、気づかれてる。
「いいんだよ。入るなと言われたら入りたくなる。それが人情だ。だからこその儂のサイコ・キラーだからね」
ふと気づくともう攻撃は止んでいる。ああ、わたし自由になってる。
「あの方の事を探られる時期が来ると思っていたよ。出雲にも話さないといけないね。とりあえず、アンタ。今日の所は引っ込んでくれないかい」
「え、わたし、ですか。ええ、別に構いませんけど、それって事はまたの機会に皆を入れてくれるんですか」
ふふ、と不敵にまた笑う媛子さん。
「そうさねえ。あの方と相談して、だね。何やらアンタの身内にも関係があるそうだから、ちょっと時間を空けさせて欲しい。何、悪い様にはしないよ。おや、二人も来たね」
駆け寄って来る出雲ちゃんと調ちゃん。若干焦っていたみたいだ。
「お姉さま、無事ですか? あ、お婆さま」
「ホントだ。お婆さま! ボクにこの家の大事な部分をもっと担える様にして下さい。ボク、出雲と相談したんです。出雲はサポートの方が絶対に向いてます!」
調ちゃんがいきなりお婆ちゃんに直訴する。・・・・・・大丈夫かなぁ。
「ふむ。調や、覚悟はあるのかえ?」
ジロッと睨まれて、少し怯む調ちゃんだけで臆さずに向かっていく。
「当たり前だよ。ボクは分析の能力があるんだ。やれる事は沢山ある。八雲家にも悪い様にはならないはずだよ。此花家ともっと協力して下さいよ」
ふむふむ、と頷いている媛子さん。何やら思案しているが、これはいけるのかも。
「お願いです、お婆さま。わたくしだけでは八雲家の全てを背負う事は出来ません。調にも協力して貰わないと」
「ははは。そう気負わなくても聞こえてるさね、出雲や。勿論、アンタの適応力の低さを考えたら、これからは閉鎖的にやっていたら立ち行かないのはわかっていたさ。しかし、それなら調に出雲も、アンタにも色々勉強はして貰わなくちゃいけないよ。能力だけじゃなくて、ちゃんと身になる学問もだ」
う、と出雲ちゃんは怯む。でも二人とも目は真っ直ぐ媛子さんを見ている。
「それが出来るなら、考えよう。儂もそろそろ違う展開があると思っていたから、あの方にも助言を仰ごうかと思っていた所さ。だから、そこの娘さんの一族も交えて、改めて席を設けよう。それで今日はお開きにして、書斎の件は一先ず忘れておくれ」
あの方って一体と言う疑問は誰も発せられなかった。媛子さんの威圧感が何も今は言わせない雰囲気を持っていたからだ。
だから、わたし達はこくりと頷いて、黙るしかなかった。
「とりあえず皆に食事を今日は振る舞おうか。うむ、それがいいさね。後で家まで送らせるから、今日は夕食を食べていっとくれ。今日は何やらカトレアが張り切っていた事だしね」
そう言って去ろうとするのを調ちゃんが遮る。まだ何かと言う顔をする媛子さん。
「ボク、頑張ります。八雲家を盛り上げますから!」
「わ、わたしも調ちゃんを助けられるように頑張ります。だから、調ちゃんの覚悟は認めてあげて下さい」
乙音ちゃんも精一杯、プルプル震えながら言葉を紡ぐ。
それにニコリと笑って、片手を上げてからまた媛子さんは去って行く。
有無を言わせぬ力に押し切られて、わたし達はそれから出雲ちゃんの部屋で釈然としないまま待機していた。
勿論、食事は美味しかったけど、カトレアさんは時雨に習って随分上達したんだなぁ。
でも確かに誠意は示してくれるみたいだし、調ちゃん達に合図したのは、あれ本物だろうと思う。
でもこれからどうなるんだろう。ソーニャさん達とも関係があるって言うのもよくわからないし。
とにかくとっても疲れたから、今日は帰ったらゆっくりカンタベリー・ロックでも聴いてリラックスしようっと。




