第46話魔から魔へ
代休があるのはいいんだけど、体が痛いのはどうにかならないかなぁ。凄く遅くに起きて、時雨にご飯を作って貰う。ってもう昼過ぎだ。
何故に時雨さんはいつも規則正しく起きられるのでしょうか。わたしが特別駄目なんじゃないよね? 皆絶対、朝起きるの辛いと思う。
炊き込みご飯を食べていると、何やらソーニャさんと時雨は喋っている。わたしは聞こえるので聞いているけど、少し聞き耳立ててる感じ。
「ほう。それではかなり夢のコントロールが出来る様になって来たって訳か」
「はい。お嬢さまの夢なんかも以前に比べて随分、傍で見ている事が出来る様になりましたし、自分の夢の中でも自由に見たい夢とか、体験が出来るんですよ」
何だか不穏な言葉が聞こえた。覗き見じゃないですかね。でもしばらく黙っていよう。
「うむ。明晰夢も見られるし、波長を感じ取れる相手なら、夢の中に侵入して深層意識をコントロール出来るのも我らの特徴だな。あ、後吸血鬼要素をもっと発揮すれば、コウモリみたいな翼を出して飛べるんだが、これはもう少し訓練も力もいるかもな」
「そうですね。まだそれは出来ないです。牙とかの出し入れとかも自由になって来たので、かなり嬉しいんですが」
「ちょっと待って。前半のわたしの夢のプライバシーについては置いておくとしても、アンタ達って吸血鬼なのよね? 聞いてたら、前からちょっと不思議だったけど、その特徴夢魔みたいな感じなんだけど。どう言う事?」
ああ、それは言ってなかったなと言う顔で、二人が顔を見合わせている。
「うん。それは確かにちゃんと話して置かないといかんよな。余の出自に関係するのだがな」
その話、長いんだろうか。
「いいから聞け。余の昔の事、気になるだろ?」
そりゃあ気にならないって言ったら嘘になるけど。
「じゃあいいか。う、うん、ごほん。ええか、余はな、元々何でもない普通の魔族の血を引く少女だったんだ」
普通の少女は魔族じゃないと思うけど、まぁいいや。
「その一族は実はそんなにいい家系でもなく、低級悪魔とかの部類だったんだ。しかしな、ある日から余には夢魔の様な能力が目覚めて、そこから色々夢を徘徊して、力をつけておった。だから、実は契約事項を交わして、魂を抜いてしまうなんて芸当も出来るんだぞ」
ははあ。世が世なら人類の脅威、それも西洋世界では許されざる存在なのか。
「そうして、一族とも離れて、迫害を逃れながら、栄養のありそうな人間に淫夢を見せて、魔力を奪って力をどんどんつけていたんだな。魔力量もそんな事をしている内に、凄く底が深くなって、高位の魔族と同じくらいになって来ていた。と言っても、余は女性専門でしか狙わなかったから、そんなに荒らし回ってた訳でもないし、その時は出来るだけ追っ手も殺したりなんかもしておらんかったよ」
うーん。そんな修業時代がソーニャさんにもあったのか。一つ疑問なのは、それって幾つくらいの時なんだろうか。
「ははは。もう記憶も朧気だが、その時の余は生きるのに必死だったと言っても、お主くらいの年頃だったかのう。しかしだな、そう言ってもエクスキューショナーとかの類の力も相当なものだった。今の時代より昔の方が、その方面の奇蹟に近い魔物退治の能力を持った人間は多かったし、強かったんじゃないかな」
「あの、その時ご先祖様はまだファンタスマゴリアの力は持ってなかったんですか?」
これは時雨の質問。それも確かに気になるよね。
「うむうむ。そうだなぁ、余がファンタスマゴリアの力に目覚めたのはいつ頃だったか。かなり封印される間近だった気がするのう。話を戻すと、そんな異端の我らは襲われる事が割とあったので、ある時瀕死の重傷を負ってしまって、絶体絶命になったんだ」
え、それって狩られる寸前って事だよね。怖いなぁ。
「そうしてもうここまでか、とそんなに重くも深刻にも考える暇もなく、あっさり呑み込もうとしておったら、いつまで経ってもそいつはトドメをささん。で、恐る恐る目を開けると、そこにはそのエクスキューショナーの死体と、フード付きマントを羽織っておる漆黒の少女の姿があった」
漆黒の少女。その少女は長く後ろに垂らした黒髪に、闇の深さの様な黒目だったと言う。そして黒い目なのに怪しく赤く光ったのだとか。
「で、そいつが運動能力とかの限界値的にもスペックがまだまだ魔族にしては低いわたしの為に、吸血鬼の特性を付与してくれたんだ。あいつは命の恩人だな」
いや意味がわからない。吸血鬼にされたって言うのでも、それって噛まれてなった、って訳じゃないよね。
「そう。そいつはこの世の魔の理を司る、特殊な存在だった。その後現れるローリン・ストーンなんかと同じ様な、カウンター的存在だな」
うーむ。能力を与えてくれる、超越者みたいな感じなんだろうか。
「そう捉えてもおかしくはないな。その名をフィンガープリント・ファイルと言う。彼女を知る者は皆、隠語としてF・Fと呼んでいた」
何だか凄い事になって来た。
と言うか、ちょっと聞いてるだけでもソーニャさんの人生、凄絶じゃないか。
「今から思えば、夢魔の能力もそいつの仕業だったのかもしれんな。で、余はそれから大分、戦いやすくなった。吸血鬼のスペックを使いこなすのにも時間は掛かったが、それ以上に魔族として、配下を作れるほどにまで成長出来たのだ。配下は、実は夢に侵入する能力で、色々細工をしながら増やしていったのだがな」
「それで私達にも吸血鬼の力が受け継がれているんですね。夢魔の力も」
「ああ、しかし人間との抗争は苛烈を極めた。党派制も嫌っていた余の様な魔族は、結束して戦うのもファミリーだけでやっていたのでな。そこである禁忌の研究をしていた奴らのローリン・ストーンの開発が耳に入って来た。それに接触して、かなりヤバい状況にもなったな。ファミリーがもうちょっとで全滅してしまう所で、再編するのも大変だったぞ」
ふーむ。そんな怪しい人達の影響が今もまだあるんだなぁ。
「そうやって、完成していたローリン・ストーンに触れた余は、かなり血なまぐさい地下室で殺されそうになっていた時、不意に目覚めたのだ。そう、ファンタスマゴリアの力にな。昔はローリン・ストーンの恩恵を受けた時に、発熱なんて伴わなかったが、これはもしかしたら余が魔族であったのと関係しているかもしれん」
システムが違っていたのか、ソーニャさんが特殊だったか、どっちかって事ね。
「で、だ。余はそこでファミリー再編を、人造人間の要領で、沢山作る事で補った。ファンタスマゴリアの力を最大限に活用した訳だ。しかし、魔族として使える奴を数体作るレベルになるにも、かなりの時間が必要だった為、かなり辛い山ごもりで身を隠しながらだったりな。その先にそのファミリー達で、子孫を作って行ったのだが、これは余が封印された為に、断絶されて、以後は人間の中に溶け込める方法を探すしかなくなった。何しろ、女ばかりの所帯だったから、余がおらんと身ごもる事も出来んからな」
うわあ。かなりきついなぁ。
そんな時代にレズビアンのコミュニティーめいた物を作っていたソーニャさんにも感心するって言うか、凄く尊敬してしまいそうだけど。
「しかし、スピリット能力と言う物は、とんでもない能力者を作り出してしまうんだよなぁ。余も流石にあいつには参った。魔族を封印するのに特化した変な奴がいたんでな。これは人間の魔力干渉でやれるレベルじゃない物凄い磁場を作り出していた。その時期にはもう大魔族と言ってもいい域に達していた余を封印したのだからな。そうして余、ソーニャ・アストラルは封印されて、この一族が大事に保管してくれていた水晶玉から、アドバイスしたり相手をして貰ったりして、再起を図っておったのだ。この水晶の余と共に逃げ出すのも、それはもう一つの物語が出来るほど過酷な展開があるんだぞ。色々スピリット能力やら、吸血鬼の能力で乗り切っていった訳だがな」
「ああ、それが一族に代々伝わる水晶だったんですね。最初、その姿が映った時は吃驚しましたよ。今の恰好じゃなくて大人だったんで、この家に来た時、その姿の面影と母の連絡がなければ、何事かと思いましたし。でも長い時を経て、やっと封印空間から出られて、ホントに良かったですよ」
ああ、ホントにこの人達苦労してるな。
それはわたしが人工授精で生まれた子供だから、父親の顔を知らないとか、寂しい辛い子供時代だとか、そんな事を言うのも憚られるかの様な、それはもうめちゃんこヤバい出自の重みを背負ってるんだから。
ホントにそれにわたしは加わってもいいんだろうか。仲間になれる?
「はっはっは。そう身構えんでもええよ、ご主人。余の事を愛でてくれれば、皆ファミリーだ。それに余はこれからも子孫を作らないといかんし、それにはティナとの間の創造だけではいかんから、お主らにも協力して貰わんといかんしな。なに、余がいてこその百合妊娠だぞ。iPS細胞とか、生殖にどれだけ実用化されるかもまだわからんだろ」
そんな専門用語使われてもな。どこで百合妊娠なんて言葉覚えたのかしら。
「この家の蔵書やネットの知識だ。色々、ネットやら現代の常識についても学んでおるのだぞ。余らの王国を大きくする為にもな」
ははあ、そうですか。まぁ、それはいいけど。
とっくに冷めちゃったご飯の残りを食べてしまうと、それで夢のコントロールの話じゃなかったっけ、と修正してあげる。わたしが聞いてしまったのが初めだったしね。
「おう、そうだった。時雨にその話をしていたんだったな」
で、夢のコントロールの話だっけ。わたしも食べ終わって、片付けてから、お茶を飲みながら聞く。
「いいか。お主らよ。夢をコントロール出来ると言うのは、見たい夢が見られるとか、それだけの欲望充足で終わる話ではないんだからな。ここを良く聞くんだぞ」
はあ。でも見たい夢って魅力的な部分だとは思う。現実で出来ない事とかしてみたいじゃない。
ねえ?と時雨を見つめる。
「そうですね・・・・・・。お嬢さまは無意識に結構甘々な夢見られてますしね・・・・・・。私ももっと現実であんな風にお嬢さまに甘えられたら、して欲しい事何でもしてあげますのに」
「待って?! やっぱり覗いてるのね?! 別にああ言う事を四六時中したい訳じゃないから! 大体あんな態度、絶対わたし無理だし・・・・・・」
ああああー。あんな夢こんな夢、わたしの記憶にない夢もじっくりバッチリ閲覧されてたなんて。
そりゃあ、夢はコントロールしたい。わたしにもホントに出来るの?
「どうせエロい夢でも見てたんだろ。最近の子供はほんに進んでおるなぁ。余の時代はそれどころじゃなかったって言うか、そんな欲望をバンバン抱く余裕すらなかったからな」
う。それはかなり可哀想だ。でも昔ってそんなものなのかな。って言うか、エロい夢ではない!
「ははは。恥ずかしがらんでもええ。時雨も理解しておるよ。少しご主人の欲深さを受け止めかねておる様ではあるがな」
むぅぅ。そんなに欲望の塊だって言うのかしら。絶対、違うと思う。
「まぁそれはいいとして、コントロールするとどう言ういい事があるか。余が言いたいのはこれだ。ちゃんと管理する事で、精神状態を健康に保てて、欲望だってもう少し制御出来ると思われるぞ」
なるほどなるほど。イライラしたり落ち込んだ時とかに、癒やされる様な作用を夢で変えてやれば、ストレスを軽減出来るって訳か。
「それ前から言ってましたよね。母とかもやってたみたいですけど、正直どうすればいいのかあんまりわかってないんですよ、私も」
「ふふん。これは小説とか漫画を作る奴の方が、実は上手く出来るんじゃないかと思うんだがな。なに、簡単な話だ。映画を撮るみたいに、自分の夢をプロデュースするんだ。余はだから発想は貧困だが、その中で自分の夢を色々弄るテクニックは身につけたんだからな。いやー、だからファンタスマゴリアに慣れるのも早かったぞ。夢魔で良かった」
やっぱり見たい夢を見るんじゃない。どうさっきのと違うのか。
って言うか、現実でも好きな様に出来るのある意味羨ましいな。
「いや、欲望ばかりでそれをやるのでは、そう上手くいかんと言うんだ。夢の支配者にならんとな。それこそ誰かから魔力を奪うくらいにな」
うーん。許可貰って魔力を頂くくらいならまだしも、誰彼構わず強奪するのは感心しないな。それなら時雨と分け合うとかしたいし。
「お、お嬢さまに吸っていただけるなら、もっと夢を活用してもいいかもしれません! ってご先祖様、お嬢さまも自由に夢を行き来出来る様になるんですか?」
「うむ、そうだな。余が思うに時雨達にも失われている角がご主人に生えたんだから、それくらい練習すれば出来ると思うぞ。まぁ、大体が余も力をつけたと言っても、しっぽもないほど外見もままならんレベルの一族だったんだ。そこからどれだけ大魔族になるのに、余が苦労したか・・・・・・。お主らにももっと恩恵がもたらされれば、ほんに良かったのだが」
「いや、それは別にいいよ。この時代、危ない人と戦う事もそうないでしょ。カトレアさんみたいな異端狩りの機関もあるみたいだから、自衛能力は最低限必要だけど、こっちも暴れるんじゃないんだし、ヒッソリ暮らすのに支障はないと思うな。と言うか夢の事、もっと何とかしてよ。時雨といつも明晰的に一緒にいたいし」
欲望ダダ漏れである。それにもう少しスピリット能力を工夫したら、わたし達ってかなり有利に戦えるとわたしは思うのよね。
「それなら紋様を描いて、実践してみるか。他の人間の夢に侵入するレベルまでは使いこなせるに越した事はないからな」
「お嬢さまが普段見てる夢は、いけませんよ。アレよりもう少しマイルドにしましょう。私の身が持ちません」
普段わたしどんな夢見てるの。時々いい気分で目が覚めたり、変な興奮が残ってるのは、そう言う訳なの?
でもまぁ、もう少しここの所の変な状態から落ち着くんなら、もう何でもいいや。
そうやって話が決まると、ソーニャさんが能力でわたしのお腹に、六芒星を描いてから、真ん中に器用にドクロマークをデザインしていく。
何ですか、こんな変な模様お腹にマーキングされて、ホントに消えるんでしょうね。
「よし、完了だ。じゃあ寝るぞ!」
起きた所では寝られません。
と言うツッコミを時雨と二人でして、とりあえず夜になるのを待つ事にした。以下、続きは次で。




