第44話憂鬱な運動会:準備編
「はい。ちゃんと連絡のプリントをおうちの方に渡して下さいね」
あー。今年もやって来てしまった。
そう、わたしの恥が晒されてしまう、苦手な運動会が。去年は転けたんだよね。
お姉ちゃんは励ましてくれたけど、もうあんな皆の見てる前で走りたくないよぉ。
「雪空さん。去年の辛い思いは知ってますが、きちんと届けて下さいね。例年通りお母さんがお忙しいようなら、他のご家族の方やいつものメイドさんでもいいですからね」
見透かされてる。静先生、後生です。わたしを運動会に出さない選択肢はないですか。見てるだけとか。
応援くらいならするから。それかいっその事、運動会は中止になるとか。
いや、そうだ。滅びろ、運動会に体育祭に運動系のイベント。
その代わりに皆で同人誌即売会をやればいい。誰もが創作して来るんだ。それならわたしも密かに考案してる作品を具体的に形に出来るってものよ。
「ハルちゃん、どうせちゃんと休まないで来るんだから、覚悟決めた方がいいよ。変な事考えてないでさ。今年は時雨さんとかも来てくれて、賑やかになるんじゃないかな」
後ろの席からまふちゃんが気楽に言ってくれる。
「あー。それが嫌なの。時雨に格好悪い所なんか見せたくない。魔族に覚醒したなのに、これじゃヘタレ魔族だよ。そんなのいやー」
はははとまふちゃんと冴ちゃんが苦笑している。二人はそれなりに運動が出来るからいいですよーだ。わたしはホントに運動音痴なんだから。
しかしそれを拒絶して、プリントを隠し続けられるわたしではないので、素直にとぼとぼと帰ったら、んとぶっきらぼうに時雨に渡すのだった。
「あら、運動会。もうそんな時期ですか。これはお嬢さまの勇姿をカメラにバッチリ収めながら、この目にもバッチリ焼け付くように記憶にも残さなければ!」
あーあーあー。だからこうなるのがわかってたから、嫌なの。嫌なの。わたしが転ぶ所とか、映像にも写真にも残されたくない。
去年まではお姉ちゃんだから良かったし、氷雨さんはそんなに遜色ない場面だけお母さん用に写真だけ撮ってたけど、今年は何と言っても時雨である。
「ああ、その目は運動苦手だから来ないでとか、動画や写真は嫌だとか思ってらっしゃるんでしょう。いけませんよ、焚火様にも見せてあげなくてはいけませんし、後で見返した時に貴重な思い出になるんですから」
「絶対ならない!」
強く主張するも、これ後で氷雨さん達にも渡して置きますね、などと言う時雨。そして、ふっと覗いて来たソーニャさんが一言。
「ほう、これが噂に聞いていた運動会か。時雨も羨ましいだろうから、皆で楽しみに行きたいな。そうだ、保護者の参加競技とかもあるんだったな。何なら余が出てやっても構わんぞ」
うわー、またややこしい事しないで。あなたはわたしの家族じゃないんだけど。いや、将来的には家族なんだけど、今はまだ違うって言うか。
それでもそっか、時雨はずっと家で勉強してたから、行事には憧れがあるんだよね。ううん、それでも話はそれとは別。わたしには最悪の日なんだから。
「美味しいお弁当作って行きますよ。ご先祖様もティナさんも一緒に行きましょう。楽しみですねー」
「お姉ちゃんも忘れないでよ。あー、そんなんなら写真いらないようにお母さんも来られたらいいのに」
「そうですね。木の葉様を忘れてはいけません。それに焚火様も今年は都合がつくんじゃないですか。そろそろ一区切りつきそうって言ってましたよ」
ふーん、それならいいのかも。
「あ、でも個人的に動画は撮りたいですけど」
うん、君はやっぱりそう言うと思ってたよ。
もうこれはいつも通り何を言っても駄目なんだろう。精々、わたしの格好悪いシーンを記録に残すといい。
「そんな事言わないで下さい。お嬢さまはいつでも格好いいですよ。たとえ、運動が苦手でも」
「そんな呑気な事言って。去年は大勢の前で転けたんだよ?! どれだけ恥ずかしかったか。それに皆の足引っ張っちゃうしさ」
ああーと頭を抱えるわたし。しかし肩にポンと手を置いて大丈夫ですと言う時雨。
「そんな心配しなくていいんですよ、お嬢さま。他の誰が格好悪いと言おうが、わたしにとってはいつでもお嬢さまがナンバーワンです。転けたっていいじゃありませんか。そんなお嬢さまもちょっと怪我しないかは心配ですけど、素敵な一場面ですよ。応援してあげるじゃないですか。ね?」
うぅ。そんな優しくされても騙されないんだからね。どっちにしろ辛い時間なのは変わらないんだから。
しかも良く考えたら、ソーニャさん達が来るのは確定になってしまった様で、もう皆に駄目な所見られてしまうのか。
とりあえず夜にまた皆盛り上がるだろうから、それを静かに聞いている事にしよう。なんか今から嫌な予感もするんだけど。
「うん、今年はいけそう。あんまり蔑ろにしても駄目だしね。あー、木の葉の時はもっと暇はあったけど、段々ペースも落ちて来るし、そりゃ忙しいわ」
「べ、別にそんなに張り切らなくても、休んでてくれていいのに」
「いやいや、バッチリずってーんっていくとこ、見ちゃうよ。うちの子くらいだ、そんな貴重なカット見せてくれるのは。資料に使えるかも」
呆れた親ですよ。娘の恥もネタの一つだと思ってるんだから。
「もう! 今年は絶対転けない! お母さんにも時雨にも少しはいい所見せてやるんだから!」
「その意気ですお嬢さま。私はお嬢さまが活躍すると信じております!」
「はっはっは。私は失態を演じる方に百いいね押すね。小春の事は親の私がよーっくわかってる。私も同じだから本当にわかるんだよね。蛙の子は蛙だよ」
酷い! メイドよりも親が子供を信じてないなんて。と言っても、わたしも特訓してどうこうしようなんて気はないし、転けないように慎重に走るつもりなんだけど。
「そんな事言わないであげてお母さん。小春は張り切ってるんだから、応援してあげようよ。ま、まぁ可愛くても活躍の機会はそうないと思うけど」
お姉ちゃんまで! どうせお姉ちゃんと違って、わたしは優秀じゃないもん。鈍くさいもん。ビリケツになりますよーだ。
「ああ拗ねないで。私が言いたいのは小春の魅力は運動ではわからないと言う事なの。だからもっと小春が活躍出来る機会があればいいのに。あ、読書コンクールとかいい感じの賞とか貰ってたじゃない。あれは凄いわよ」
「ほほう。それはお嬢さまらしくて素敵です。やっぱり好きな事にはお嬢さまの才能も開花してしまうんですねぇ」
いやいや、今は運動会が目前に迫ってるんだから、いつもの読書の話はいいの。確かに夏休み終わって、読書感想文も提出はしたけどさ。
「なるほどなるほど。やはり家族は応援してやらにゃな。余も絶対に行く。焚火よ、皆で一緒に出かけようではないか。それで余を学校に案内しておくれ」
「はいはい。ソーニャちゃんも人間の行事は興味あるわよねぇ。でも保護者の出場は、木の葉と時雨に任して置きなさい。だから今回は氷雨もゆっくり見物出来るわよ」
パチンとお母さんは氷雨さんにウインクして、ニコリと笑う。
「そうですか。それは良かったです。あなたも暑さ対策をちゃんとして、体力消耗しないようにしないといけませんよ。連載漫画家にとって体力は資本ですからね」
「まーお堅いこと。ま、氷雨のそう言う杓子定規なとこも大好きだけどね」
ラブラブっぷりを見せてくれるお二人。
氷雨さんも表面は堅い表情を崩さないけど、ふっと視線逸らしながら恥ずかしがってたり、嬉しそうな気持ちが表れるのが隠せないのは、娘のわたしには痛いほどバッチリわかるのだ。
「じゃあ、お母さんが大変な事にならないように、私冷気で何とかするね。その為にこのシベリアン・カートゥルーがあると言っても過言じゃない。小春にも使ってあげるからね」
「お姉ちゃんもそれで消耗しないでよ。誰もが元気に終われないと意味ないんだから。結果なんてわたしはどうでも良くて、早く終わらないかなぁって思ってるくらいだし。見たいなら好きにすればいいけど」
「わー。小春のツンデレぶり久しぶりだー。何かって言うと、すぐ強がるのは変わらないわねぇ。そんな所がすっごく可愛くて仕方ないわ!」
むぎゅーっとされる。お姉ちゃんにそうされるのは嬉しいけど、そんなにわたしって意地っ張りだろうか。
いや、うん。確かにわたしって素直じゃないかも。中々照れがあって、素直に喜んだり出来ない性分だし。
「余がパペッツで全角度から撮影してやるから、その辺は安心しろ。皆、運動会はやはり生の目で楽しまにゃな。余は多視点の目であれこれやれるから、余の心配はせずとも良いぞ」
「それはありがたいですね。小春様の勇姿はやはりきちんとそのままの目で見たいですしね。あなたもそう思うでしょう、焚火様」
「そりゃあね。いつも氷雨に任せっきりだったから、ソーニャちゃんがやってくれるなら、大賛成も大賛成、本当に嬉しいったら。持つ物はフィクション的な能力のある家族ねぇ」
「うー。ご先祖様に嫉妬してしまいます。私ももっと優秀ならお嬢さまのお役に更に立てたと言うのに」
そんな過去の大魔族と張り合ってもしょうがないと思うけど。そう思ったのか、お母さんも笑って、時雨にこう言う。
「はは、面白いなぁ時雨は。大丈夫、時雨の出番は生徒との二人三脚だから。後、保護者のリレーにも出られるけど、どうする?」
「是非! それなら安心ですよ。お嬢さまと二人三脚・・・・・・えへへへへ・・・・・・」
何を想像してるんだろうか。邪な事考えてるんじゃないでしょうね。
どっちにしろ足引っ張るのはわたしなんだから、全ての競技で気が重いのよね。
「あー。私の分も残してて下さいよ時雨さん。お母さんもどっちかは私の出番でしょー。それを決めるのは小春なんだから」
ジッと皆でこちらを見て来る。え、それ今決める訳。
「えっとそれはどっちでもいいけど、とにかくわたしの遅いペースに合わせるのは忘れないでよ。只でさえノロいんだから、大人との歩調合わせるのだったら、更に気を遣って貰わないと困るわよ。子供の歩幅の方に合わせること! だから、それは二人でちゃんと相談して決めてよね」
こくこくと頷いて、がしりと手を握り合うお姉ちゃんと時雨。ホントにわたしの事だと、この二人仲いいのね。
「あ、でマルちゃんはどうすんの? なんか置き去りでさっきから会話に参加しないけどさ」
ん?と資料を閲覧していたマルちゃんがこちらを振り向く。あまり興味はなさそうだな。
「あー、それなら儂は色々家で作業しながら、ソーニャのパペッツにただ乗りする形で、遠隔で見るとしようかの。ソーニャよ、この忙しいのに血を分け与えてやっておるのだから、嫌とは言わせんぞ。儂の言う通りにせいよ」
「う。わ、わかったよ、マル。お主には大変助かっとるからな。忙しいのはホントだろうし、余の能力に目を乗せれば良い。ただ撮影のあれこれに文句は言うなよ。余はプロのカメラマンではないのだから」
「そんな野暮な事は言わんわい。見られればええし、ホームビデオなんぞそんなもんと聞いておるから、大して期待もしとらんしの」
そりゃあそうだ。素人の撮影がそんなに綺麗な物になるはずがないよね。
幾らカメラの性能が上がってると言っても。それにソーニャさんはパペッツで撮影するって言うんだから。ってそれはデジタル媒体に残せる物なのかな。
「ははは、ご主人、それは安心してくれ。しかし、マルの言い分は聞き捨てならんな。余も魔族の端くれ。必ず満足出来るクオリティで提供してやるわ!」
あー、またハードル上げて。そんな事言わないで、頑張りますってくらいでいいのに。ソーニャさんも負けず嫌いなんだから。
マルちゃんは案の定聞き流して、そんなに興味もなさそうだ。
そりゃ、他の惑星の子供のイベントになんて、文化的興味以外に何もないよね。
それなりに交流はあるけど、マルちゃんは道楽的ではあるものの、それほど他人の行動には頓着しない人だし。精々、資料として価値がある運動会である事を祈りますよ。
そう言う訳で、後は他の皆がじゃあ当日はどの位置に陣取ろうか、それならかなり早い時間にもう闘いは始まっているだの、お弁当はこれを入れろだの、飲み物はあれだだとか、喧々諤々やってるのを尻目に、わたしだけそんなのどうでもいいと言わんばかりに、静かに本を読んでいたのだった。
あー、密室殺人もあれこれ考えるのも大変だなぁとか思いながら、エレピにギターの速弾きは素晴らしいとか、そんな夜でありました。




