第38話吸血少女、暴走する
きゃー!と言う叫び声が聞こえたので、余は何だ何じゃと、トーストを咀嚼しながら、声が聞こえたご主人の部屋に向かう。
確か、あそこでは時雨が看病していたはずだが。
「何事だ。余は朝のくつろぎの一時も貰えんのか、って?!」
そこでは恐らく元気になったんだろう。小春ご主人が時雨に乗っかっていて、あろう事か首に噛み付いている所だった。
「・・・・・・何してるんだ、お主ら」
「ご先祖様、ぼんやりしてる場合じゃないですよ! お嬢さまから牙が生えてるんです。吸血鬼になっちゃったんじゃないんですか! どうしましょう」
「ふふ。大人しくしなよ、時雨。ちゅーっと吸ってあげるからさ」
「い、いけませんお嬢さま。私の血など吸ったら、戻れなくなってしまいます。ですから・・・・・・あっ。吸わないで、あっあっ。こんなに変な感じになるんですね、ああっ」
何とまぁ、おかしな話もあるもんだ。
恐らく余達の力が流入した為に、一時的に暗黒化とでも言うのか、ご主人が吸血鬼化しておるんだろう。これやっぱ戻さんとヤバいよな。
「止めて下さいー! こんな危ないお嬢さまなんて、危険過ぎますよー」
うーん、これくらいやんちゃな方が子供はいい気もするが、それでは時雨が持たんか。
と言っても、どうやって戻せばいいやら。発散してれば勝手に戻るんじゃないかとも思うんだが。
「そんな事言わないで、必死に考えて下さいよー。んあぁっ、お嬢さまぁ、吸った所舐めちゃ駄目ですぅ!」
何だか楽しくやっとる様にしか見えんが、これはでも被害が広がる事も懸念されるのか。所構わず吸い散らかしたらヤバいもんな。
ダークご主人ってでも微妙におもろい。パジャマがいつの間にか黒くなってるし、余にしかない角が生えとる。大分適性があったのかもしれんな。
それとも一気に魔力量が増えて、今度はこっちが制御出来ん感じなのかも。まったく、ご主人みたいな不安定な魔の適正の奴には困ったもんじゃ。
「とりあえず、ご主人よ。居間に行かんか。食事にしよう。余も食事中だったんだよ。それから諸々考えんか」
「んー? ソーニャさんも美味しそうだねぇ。ティナさんがやってくれてるみたいなの、わたしもやってあげようかー?」
「な?! 何だ、それは。ティナの行為について云々するのは、まだ子供には早い。幾らご主人と言えども、年長者の言う通りに・・・・・・ふぁっ?!」
空中に浮かんで固定された様に動けん事態になった。は、これはまさかご主人の能力。
と思ったら、そこには黒くなった着物姿のSCCがいた。
「スミマセン。小春サンの命令には逆ラエマセン。痛クはシナイノデ、チョットノ間失礼シマス」
凝固と流動だか何だかの能力らしいが、詳しくはちゃんと見てなかった為か、余もよくわかってなかった。
それが今、ふわっと余の体がご主人の近くに引き寄せられていく。
「わー。余を食べても美味しくない。風紀上もよろしくないし、同意のない性行為はいかんと最近騒がしいだろう。余はティナにしか体は許したくないのじゃー!」
バタバタしようとしても体が動かない。完全にコントロールは黒小春に。
いかん、力を持った悪戯ご主人がこれほど驚異だとは。
「ちょっと吸ってみるだけだってば。エッチな事されると思った? スケベなソーニャさん。ほら、ほんのちょびっと頂戴。じゅる」
ふぁああ。舐められただけでこの感じ。恐らく魔力も乗せてやっとるこいつ。
一体、いつの間にこんな凄いやり方を身につけたんだ。これもダーク化した恩恵なのか? お、恐ろしい娘っ子だ。
「結構上手く吸えるんだよ。出雲ちゃんなんかよりずっとね。ソーニャさんみたいな熟練者には及ばないかもしれないけど、ちょくちょく練習させてね」
がぶっと噛まれる。痛みは全然なく、寧ろ気持ちいい。
気持ち良すぎて意識がどうにかなってしまいそうで、余はティナに意識の片隅で済まなく思っていた。
ああ、すまん。こんな快楽に負けてしまう余は、確かにご主人の言うようにエッチな魔族だ。
し、しかし、それが好きな訳じゃない。断じて違う。ティナよ、許してくれ。
「もー遅いと思ったらこんな所でお楽しみですかー。ファンタスマゴリアの力で何とかしましょうよー、マスター」
「ティ、ティナか。余はしかし動けんのだ。! そうだ、お主は余の分身みたいなもんだ。ファンタスマゴリアの力を共有出来るんではないか。それならティナが何とかしてくれ。ご主人を取り押さえてくれーい」
涙目の余。決して快楽の果てに涙を流している訳ではない。ティナの助けに感動しておるのだ。この娘とも段々絆が出来て来たんだなぁ。
「しょうがないですねー。こうですかー? えい、エアー・カット!」
何やら叫んだティナ。
そうすると、一気にご主人を組み敷いた空気の塊みたいな物が見える。
おお、そう使ったかと感嘆している間に、余の体も自由になっていた。ティナも空間の力を有効に使うとは、中々考えたもんだ。
「はあはあ、何と恐ろしいんじゃ。敵にはしたくないのう。おい、ご主人。ちょっと大人しくせいよ。元に戻すの考えてやるからな」
ティナと一緒に余のファンタスマゴリアで、紐を取り出してグルグル巻きにする。
時雨は今も呆然としている様で、能力的にもまぁ役に立たんからいいんだが、その場でジッとして呟いていた。
「ああ、お嬢さま。あんまり反抗期みたいな事はしないで下さい。そりゃあ、反抗期ならそれを受け止めますけど、あまりにもおイタが過ぎますよ。血なら時々吸っていいですから、以前の優しいお嬢さまに戻って下さいー!」
涙目である。こっちが泣きたいわい。
とにかく居間に引っ張っていく。
ティナが何とも頼もしく見えて、余はもしかして余の王国再建もかなり近くなっておるのではないかと思ったが、口には出さんで静かに部屋を後にしたのだった。
「あー、じゃあとりあえず、どう言う感じか話してみてくれんか」
「えー? すっごく気持ち爽やかだよぉー。ねー、もう何にもしないから、これ離してくれていいんじゃないかなぁ」
うーん、危険はないのか。いや、しかし油断は禁物。
魔族は非常に狡猾な奴もいたからのう。ご主人は味方ではあるんだが、今は暴走状態だから何するかわからんし。
「いや駄目だ。もうしばらく反省して、ちゃんと余の言う事聞いて、元に戻る努力をしてからだ。って何しとるんだ、お主?!」
いきなり黒SCCが余の角を触って来た。や、やめてぇ。余、そこ弱いんだから。
「あー、それあたしだけの楽しみなのにー。ご主人様、あたしのマスター取っちゃやーですよー」
ティナよ、君も変な事を暴露するんじゃない。
余のこの角が性感帯で、それを触って貰って気持ち良くされてるみたいじゃないか。ただ敏感で弱いだけなんだから、勘違いするなよ。
「アア、スミマセンスミマセン。ワタシの意志ではナイノデス。小春サンは相当すとれすデ弱ッテイタンデ、勘弁シテアゲテ下サイ。小春サン、チョットトリアエズ落チ着キマショウ。ソンナ事シテルト、時雨サンに嫌ワレチャイマスヨ」
何気に説教はするSCC。うん、言ってやれ言ってやれ。
しかし、それには堪えないご主人。ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
うっ、何だか余は段々恐ろしくなって来たぞ。ええい、怖れるな。相手は縛られている身ではないか。
「だいじょーぶ。わたしが皆の支配者だよ。これまで散々気を遣ってあげてたんだから、わたしだって少しくらい我が儘したっていいよね。知ってるんだよ、ソーニャさん。まだあの能力で、わたし達の事見てたんでしょ? ね、白状した方がいいよ」
そうなんですか?と不審げな目で見る時雨。
あーあー見つかっちゃいましたね、と言う目で見るティナ。誰も余を哀れんでくれない。これが自業自得ってやつか。
「いやいや、あれはそう。セキュリティだよ。余のパペッツは、それこそ家中に放ってあるんだからな。動画を撮ったりして、真冬とかに売りつけようとか、これっぽっちも考えてないぞ」
「語るに落ちるとはこの事ですね。これじゃあお嬢さまの事怒れないじゃないですか。まだそんな事やってたんですか? セキュリティなら、ちゃんとした所にも焚火様が頼んでいるんですから、問題ないんですよ。ご先祖様のは自分の楽しみの為だけでしょう。もう、困りましたね」
ニコニコしているご主人に、呆れ顔の時雨。擁護出来ませんと目を逸らすティナ。
ティナぁ、お主は余の味方じゃなかったんかい。
「マスター、やっぱり駄目な魔族です。悪巧みするにしても、身内にやっちゃ、基本的には駄目ですよね。もっと有意義な能力の使い方すればいいのに・・・・・・」
そ、そんな事言ったって、そんなん現代社会でどう余の才能を発揮すればええか、なんにもわからんもん。
力で支配する時代じゃないし、流石に全盛期の力があっても、核兵器持ちの国とやり合おうとは思わんぞ。
そんなんと戦ったら、一発で力使い果たしてしまうわい。
「と、とにかくご主人は機嫌が直ったら、元の純朴な子供に戻れ。な? 時雨が心配しとるぞ」
ちらと時雨を見ると、ここぞとばかりに時雨も便乗して頷く。
「そうです、お嬢さま。流石にそんな角アリ黒い恰好で、学校に行けませんよね。浮いちゃいますよ。先生にも何て注意されるか」
「そんな心配しなくていーの。わたしが元気になって、喜んでくれると思ったのに、時雨もそう言う態度取るんだ。別にいーよ。わたしはこんなに時雨に何でもしてあげようと思ってるのにさ。今の状態だったら、もっと時雨に力を分けてあげられるのに」
ガーンと言う効果音が鳴った様な衝撃を受ける時雨。おいおい子孫よ、そんなにお主はチョロいのか。
「そ、そうだったんですか。お嬢さまの優しさに感服しました! それなら私もお嬢さまの寛大さを受け入れます。お嬢さまが強くなれば、私も強くなれるんですよね、そうでした。なーんだ、何も問題なかったんですね」
「そうだよ。だからこれ解いてよ」
「はい!」
いや待て待て。そんな適当な理屈あるか。
ご主人を魔の領域に引き込まんように解決を図ったんだろうが。それをどうして、引きずり込む様な真似を。
「なーに? ソーニャさんは、わたしが魔族の仲間入りしたら困るの。そっかー、わたしの方がソーニャさんより強いから、威厳がなくなって焦ってるんだー。でも大丈夫、長老としてちゃーんと敬ってあげるからね」
「何で婆さん扱いなんじゃ?! 余はそう言う事を言っとるんじゃない。魔族になるにはそれ相応の覚悟が必要だろう。それをこんなにあっさり取り込まれてどうする。今に闇に呑まれてしまうぞ」
余が反論すると、ジッと見つめられる。な、なんかおかしい事言ったか、余。
「別にそれくらい覚悟はしてるよ。時雨と一緒に生きていこうと思って、ソーニャさんとかともそれなりに付き合っていこうと思ってるんだからね、わたし。だから魔族の仲間に入れて貰えるんなら、喜んでなるよ。時雨の役に立ちたいもん」
「お、お嬢さま~! お嬢さまはダーク化しても、やはりお優しい天使みたいなお方です! 一生付いて行きます! 私の生きがいであり、世界を照らしてくれる光です!」
ああ、もう大分やられておるな、余の子孫は。
しかし、そこまで覚悟があるとは言っても、やはり家族の者にどう申し開きしたらいいものか。
余が怒られるんじゃないだろうか。それに真冬達にはどう言うんだ。
「それはちゃんとわたしから言うし。まふちゃんには、血を吸ってあげたりすれば、それなりに満足してくれるでしょ。お姉ちゃんもわたしが力つけて喜ぶと思うな」
あれ、そんなあっさり軽く終わる話なんか、これ。
真冬は確かに受け入れそうだが、社会はそう簡単におかしな人間じゃないもんを受け入れんぞ。弾かれるぞ。
それで余らがどれほど苦労して来たか。それとも今はそうじゃないとでも言うんか。いや、絶対まだまだ世の中変わっておらん。
「そんな事言っても、元に戻るやり方なんて知らないんでしょ? それに元に戻ったら、また力不足で困った事になっちゃうよ。それなら今のままでいいでしょ。わたしも段々コントロール出来て来たから、ほら普通な感じでしょ。さ、ほどいて!」
う、かなりきつい。強権的だ。
しかし、余はそれに逆らう気力もなく、しゅるしゅるしゅると紐の戒めを解除する。
「うん、これでご飯食べられるね。時雨ー、ベーコンエッグが食べたいなー」
「はい、ただいま! 今、美味しい料理を作りますからね。あ、じゃあ明日からは学校に行けますよね」
「勿論、まふちゃん達には、ちゃんとメッセージ送っとくから。時雨はそんなに心配しないで」
ああ、暴君が誕生してしまった。
余は最凶で最強だったはずなのに、どうしてこんなに落ちぶれてしまったんだ。ああ。
涙を流しそうになりながら俯いていると、ティナが頭を優しく撫でてくれた。
「だいじょーぶです。マスターは偉いですよ、あんなに優しい意見が言えて。マスターにはあたしがいるじゃないですか、いつでも凄い所を見せて下さいね? あたし、マスターが大好きです!」
うぅっ。この娘の天真爛漫な笑顔にどれだけ癒やされているか。
余は角をピコピコ動かしながら、ティナにギュッと抱きつくのだった。
べ、別に余が甘えて悪い事はないだろう?
しかし今まで言及しなかったが、ご主人の髪の色が一部灰色になっていて、メッシュが入った様な感じになっておるが、あれほんに学校で何も言われんのだろうな。
余はそっちも心配だ。生活指導で絞られたりせんだろうか。
まぁ、そんなのは余には関係ない事か。今は、このティナの温もりに励まされていよう。
ほほほ、余を労ってくれるパートナーがいてくれて、ほんに良かった。




