第35話危険な能力。お嬢さまに近づかないで下さい!
いつもの様に暑い中、買い出しに行って、帰る所。
お嬢さまは暑いのが嫌で、体力もないし、この時期は一緒には行きたくないのだとか。
それで私はある人を見かけてしまったのです。何て事でしょう。あの人と、こんな場所で会うなんて。
嫌な予感もしたので、そそくさとその場から足早に立ち去ろうとする私。
しかしそれが悪い方に作用してしまったのか、その人は目ざとく私を見つけます。
「おや、時雨ちゃんじゃないかい。その格好、凄く似合っていて可愛いよ」
・・・・・・何故この服装で、それも私は昔から結構成長しているのに、わかったのだろうか。それがあの人の女性への配慮なのかもしれない。
「お日様の下に出られるようになったんだね。良かった。どこかのお屋敷にお勤めかい」
この気さくな女性は、大島仙さん。容姿端麗で、まるで宝塚の男役俳優みたいにイケメンなお方。
そして、ある能力のせいで、様々な女性を虜にしてしまう厄介な方なので、なるべく過去の事は忘れて関わり合いになりたくないのだけど。
「ちょっとついて行っていいかい。どんなご主人様の所にいるか、興味があってね。君ともどこかで話をしたいと思うしね」
しかしここで断っても恐らく無駄だろう。
今は私はオン・リフレクションの恩恵で、ある程度はガード出来ているけれど、この人の手に掛かればどんな女性も言う通りにさせられてしまうのだから。
「わかりました。許可がありましたら、ですけどね。メイドって言っても、普通の家ですよ。そんな大豪邸に住む方達ではありませんから」
そう言い、私は前を歩こうとしたら、ひょいと荷物を私から奪い取る仙さん。
ああ、やはりこう言う所がコロッといかされてしまう要素になり得るんだな。
いえいえ、しかし今の私はお嬢さまの物。こんな女たらしの様な人に参らされる訳にはいきません。うーん、でも家にあげるのは不安ですねぇ。
玄関の鍵を開けて入ると、パタパタとお嬢さまが駆け寄って来ます。そんなに私の事を待っていてくれたんでしょうか。
そのパタパタとする愛らしさも含めて、真にお嬢さまの健気さが私の胸を打ちます。
「時雨。おかえり。荷物持つよ」
ああ、何と優しいお方でしょうか。そう言うお嬢さまに素直に荷物を渡す私。
しかしそこにお嬢さまは、いつもと違う異物をしっかり見つけます。
「あれ、その人誰? って! よく見たら、凄く格好いい!」
あああああ! お、お嬢さまが! そんな反応するなんて。
今までそんな風にミーハーな反応なんて私は見た事なかったのに。やはりイケメン女子には皆弱いのか。
いや、能力のせいだ。うう、憎いです。私のお嬢さまを。
「君がこの家の子かな。私は時雨の昔の知り合いで、大島仙って言うんだ。可愛らしいお嬢さん、よろしくね」
「は、はい。あ、案内しますね。どうぞこちらへ。どうしよう、何か用意しなくちゃ」
完全に舞い上がってます。うわーん、こんなお嬢さまは私にも見せてくれないのに。どうやってあんな事が私に出来ますでしょうか。
仕方なく、少し遅れて居間へ向かうと、そこでは何やら黄色い声が複数行き会っていました。
「お主! とんでもなく美形だな。よ、余を良ければ抱いては貰えぬか。懸想してしまったんだ。それか余の配下に・・・・・・」
「あー、マスター! あたしと言う者がありながら。そんな人にクラクラして、クイックセックスなんてしちゃいけませんよー」
「あはは。お子様にも愛されてしまうのは、私の罪だね。でももっと大人の関係になりたければ、成長するのを待たなければ。ね、お嬢さん」
微妙にご先祖様が子供に間違えられるのはいつもの事だけれど、それでも納得しないご先祖様は暴挙に出る。
「ほ、ほら。余は大人だ。こんなに美貌でスタイルもええぞ。これなら、ええだろ」
あまり育っていない胸を反らすのですが、そう言うのはあまり人前ではしないで欲しい。事情を知ってる仙さんだからって如何な物か。
「なるほどなぁ。君は時雨の関係者だね。でもそうだな、そんなに積極的な子と一夜を共にするのは魅力的だが、お連れさんがお怒りの様だし、私は今日は寄らせて貰っただけなんで、遠慮させて頂くよ」
「そ、そんなー! こんなに格好いいおなごはそうそうおらんから、唾つけとこうと思うたのに」
「マスターぁ? 後でお仕置きですよ。ほら、小春さんも何か言って下さい」
「はわー、格好いいなぁ。宝塚の舞台見てるみたい・・・・・・。はっ。今、お茶の用意しますね」
「ああ、可愛いお嬢さん。小春と言うのかい。お構いはしなくていいんだけどね」
むー、どうした物でしょうか。
お嬢さまを小春と呼び捨てにする仙さんにもムッと来ますが、お嬢さまがいつものツンオーラなど一欠片も出さずに、あんなにデレデレになるなんて。ショックです・・・・・・。
「あれ、どうしたんです? 何だか皆の様子がおかしいですけど」
ああ、まともな方が一人! 傍に来た真冬様が怪訝そうに、様子を聞いて来ます。
「それがあの人は、ああ言う魅力を振りまく、スピリット能力〈スウィート・エモーション〉の持ち主なんです。自分では制御出来ないらしくて、あれで私も昔は参ってました。あれ、でも真冬様には効かないんですね。何ででしょう」
「もしかして、今の時雨さんと一緒で、強烈に好きな相手がいると効かないとかなんじゃないですか。上書きするまでにはならないとか」
うーん、それだとお嬢さまがあんなにメロメロになっているのは何故なのか。理解に苦しみます。
「それは、ハルちゃんは時雨さんとわたしの間で揺れてるからじゃないですか。今一つ規範の逸脱を呑み込めてないみたいですし」
ああ、そうか。それで。
ご先祖様もまだそこまでティナさんにメロメロって訳でもないって事なのかもしれません。
「ハッ。お嬢さま! ストーン・コールド・クレイジーの能力で、その方の魔の波動から身を守って下さい。いつまでもそんなお嬢さまを見るのは忍びないです」
「へ? 今忙しいんだから黙っててよ。すいませんね、気の利かない人ばかりで」
そうやって冷たくあしらわれる私。しかし、ストーン・コールド・クレイジーは現れているようで、その子供の雪女さんに私は頼みます。
「あの、お嬢さまをお守り下さい。私も今の真冬様の説明と、とりあえず気休めにオン・リフレクションで防いでいますけど、あなたの力がないとお嬢さまは骨抜きにされてしまいます」
こくりと頷いてくれる、お嬢さまのスピリット。
「了解シマシタ。小春サンは確カに心配デスネ。アノ方のすぴりっと能力は、相当に危険度の高イ代物ト判断シマシタ。コレ以上被害が大キクナル前に、コノ空間内デの影響を最小限にシテミヨウと思イマス」
ひゅうと冷たい風が吹いたと思ったら、ストーン・コールド・クレイジーさんは手をかざして、凝固の能力を使います。
そうすると、お嬢さまははっと我に返ったようになります。ご先祖様はまだほにゃっているみたいですが。
「あれ? わたし、今どうしてたっけ。あ、そうだ。これ、暑い中よく来てくれました。コーヒー牛乳くらいしかありませんけど」
そう言ってテーブルに置くと、ちょこちょこと私達の方に来るお嬢さま。頭を下げる。
ああ、そんな事されなくてもいいのに。
「ごめん。あんなに馬鹿な事しちゃって。他の人にフラフラされたら、嫌だってわたしはちゃんとわかってるはずなのに。SCCちゃんも助けてくれてありがとね。それにしても、あの人が時雨の初恋の人? ははぁ、ライバルだ。でも凄く整った顔だし、幾つなのか見た目ではわかんないなぁ」
謝りながら、痛い所を突いて来るお嬢さま。
でも隠す事でもないし、あの人が来た時から隠し通せるとも思っていません。
「ええ、そうですね。あの人には随分困らせられました。あの通り、女たらしなものですから。それにちゃんと女性には優しいんだから始末に負えません。それでどれだけ苦い思いをしながら、あの能力にやられて来たか・・・・・・」
「酷い言い草だね、時雨ちゃん。私達の美しい思い出を忘れてしまったのかい? ああ、でも君も割と物わかりはいいのに、私に甘えてくれる子だったね。それに能力に困っているのは、私も同じさ。これでどれだけの女の子を虜にしてしまう事か。ああ、美しさはそれだけで罪だね」
終始この調子だから、もうこっちはへとへとになっちゃいます。
それでも少しお嬢さまが見とれてるみたいな顔をしているので、ジーッとお嬢さまをジト目で見つめてしまいます。
見ると真冬様も何か面白くない様子。お嬢さまの腕を取って、警戒感を露わにしています。
「とにかく、ハルちゃんはわたしと時雨さんのものなんだから、手は出さないで下さいね。それにもう時雨さんはあなたのものじゃありませんから」
「おやおや、きついお嬢さんだ。わかっているよ、私は一つ所には止まれない異邦人。あちこちと行く当てもなく彷徨うだけさ。さあ、だからそちらのお嬢さんも時雨の事をそんなに嫉妬で怒らないでおくれ」
「へ? わ、わたしは別にそんな。怒ってるのはまふちゃんで。し、時雨が過去にどんな人を好きでいようが、わたしには関係ないですから!」
ああ、少しいつもの感じをお嬢さまが取り戻してくれて嬉しいです。
お嬢さまがわたしにそんな態度を取る時は、本当は気にしてるけど別にそんなフリをしないでいようって時です。
そして、ちゃんと今の私はお嬢さま一筋だと言う事をわかっていて、信頼がそこにちゃんとある、そんな新しい態度の取り方だと私にはわかります。
これなら少しその容姿に見とれていても、ふにゃふにゃにされる心配はないでしょうか。
「それはともかく、時雨。折角来てくれたんだから、時雨のお客さんでしょ。ちゃんともてなしてあげたら?」
お嬢さまはそんな事を言います。私はあまり気が乗らないのですけど、確かにそれは理に適った事ですし、失礼な態度をこの家に来た人に取る訳にはいきません。仕方なく、この仙さんを加えたお茶会をする事になってしまいました。
とりあえず今日の分のおやつをテーブルに出します。本当はお嬢さま達の分しかないのですけど、仕方がないので分量を調節します。
その為一人の量は減るので、お嬢さまには申し訳ない気持ち。
「やあ、ありがとう。そう言えば君は料理が得意だったね。家庭教師をしていた時も、色々と終わった後に振る舞ってくれたっけ。そう、お菓子も美味しいのが出て来ていたね」
そうやって微笑みかけてくれる仙さん。その笑顔に私はふっと引き寄せられそうになってしまいます。
おかしいな、もう私の心は仙さんに向いていないはずなのに。
「時雨はホントに何でも美味しく作るんですよ。家族揃って助かってるんです。それに過剰なほどに優しいし」
「ふふ。そうだね。時雨ちゃんは傷ついた心を持っているが故に、他人には心底から優しくするんだよ。それに外に出歩ける様になったみたいで、本当に良かった」
「それはね、能力のおかげなんです。日光を上手く逸らしているとかで」
ああ、それは秘密だったのでは。しかし、仙さん相手にはまぁ事情も話して置かないといけないか。それにもっと共有している物はお嬢さまとの間にあるのだし。
「そうだ。時雨ちゃんは今血を吸ったりするかい? 吸血鬼なのに血を吸うのを嫌がって、中々体が成長しないとお母さまが嘆いておられたけれど」
「え? 時雨って昔、そんな風だったんですか。今は時々凄く上手に吸いますけど。あ、色々話が聞きたいです。お話してくれますか」
何やらお嬢さまと仙さんで盛り上がっている。
ちょっと嫉妬してしまうけど、私の話で花が咲いているのだし、良しとしなくちゃいけないのでしょうか。
まぁ、お嬢さまが通常の状態に戻っているのは、ホッとする事ですが。でも、昔の事を知られるのは恥ずかしい気持ちもありますしね。
そうやって話をしていて、お嬢さまは眼鏡の奥をキラキラ輝かせています。
そんなに私の事が知りたいだなんて、何だか照れくさいですけど嬉しいですね。
でも昔はそれほど明るかった訳でもないし、正直あまり人生に対して肯定的な気分ではなかったので、複雑な気持ちです。
今はだから逆説的に、お嬢さまが光を与えて下さっているので、毎日満たされているのですから、本当にお嬢さまには感謝しなくては。
「もぐもぐ。うむ、あの頃の時雨は荒れてこそおらんかったが、かなり心が冷えておったからのお。余も夢の中で相手してやるのに苦労したわい。行動が体の調子で制限されるのは、辛いもんだしな。それでお主の様な華のある人間がおったのは、ある程度救いになっただろう。余も今日会ってみるまで、これほど強力なチャームの力を持っておるとは思わんかったが」
「ふふ。確かに時雨ちゃんには影があって、それが惹きつけられる要員にもなっていたね。どこか守ってあげたくなる様な、儚げな壁を作っている気配もあって」
「えー。そんな時雨も見てみたかったなぁ。でも今の時雨があるのは、そうやって皆が助けてくれてたからなんですね。わたしからも改めてお礼を言わなくちゃ。大島さん、ソーニャさんも。ありがとね」
うわー、私の昔の様子がどんどん暴露されていきます。
真冬様は黙って察してくれる様な目線を下さいますが、他の皆様は何も頓着せずに、楽しそうです。ああー、顔から火が出そう。
とにかく私はいてもたってもいられないので、この場から離れて用事をする事にしました。お米も磨いで晩ご飯の準備も始めなくてはいけませんし。
そうっと離れようとすると、仙さんが呼び止めます。
「主賓がパーティの席から離れるのは頂けないな。君からも何か私の事を離してくれても構わないんだよ?」
えーと、そのあなたの話が困るから、退場しようとしてたんじゃないですか。大体、あなたに私は恋してたんですよ?
それを今、お嬢さまのいる前で、何を語れと言うのでしょうか。
「いえ、別に私はこれと言って何も。仙さんはよくおモテになった様なんで、私の事なんて忘れてるかと思ってたくらいですから」
少し意地悪でそう言うのだけど、仙さんははははと笑って軽く受け応える。
「そんな訳ないじゃないか。私は女の子の事なら忘れようと思っても、そんな仕打ちはとてもじゃないが出来やしない。君の事も長い間心配して、お母さまに様子を尋ねたりしていたんだよ。苦労はしていても、社会生活をとりあえず送っている様だったから、あまり口出しやお節介はしなかったんだけど」
母から話を聞き及んでいたとは。
それでは、今の環境も実は知っていたのではないでしょうか。
そう思えば、かなり悪質です。お勤め先の家の方々を魅了してしまうとわかっていて、野次馬的に私に声を掛けて来たんですから。
「何言ってるんだい。この頃は、君のお母さまには会っていなかったから、ここに仕えているなんて知らなかったさ。それに時雨ちゃんが人と積極的にコミュニケーションを取る仕事をこなせるなんて、とても考えられなかったからね。それくらい君は、冷めていたんじゃないかい」
「うーん。ますます昔の時雨って謎だわ。幾らわたしが気に入ったからって、よくウチに来ようなんて思ったわね。でも思い返せば、確かに時雨って自分でも言ってたと思うけど、コミュニケーションの取り方とか距離感とか慣れてなくて、あまり得意じゃないって言ってたわね」
「そうか。君がこれほどまでに、時雨ちゃんを明るくしてくれたんだね。私からも感謝の言葉を述べなければいけないね。ありがとう。小春ちゃん」
「い、いえ。わたしは別に何もしてませんけど」
お嬢さまが少し引いていらっしゃる。そうでした。
お嬢さまは初期の私と同じで、グイグイ来る方が苦手と言う性質がありましたもんね。
今では心を開いて下さっているから、失念しそうになりますけど、そうです、お嬢さまはあまり社交的ではないご主人様なのでした。
それなら、仙さんはかなり面倒な相手でしょう。
私も昔はあの能力にやられていたとは言え、時々壁を作ったりして、私自身が面倒な対応をしていた時もありましたし、あまりに距離感が近い人って、どう接すればいいか微妙にわかりませんよね。
「さて、それじゃあそろそろお暇しようかな。私もまだ予定があるのでね。時間に少し余裕があったから、立ち寄らせて貰ったんだよ。でも、また来られたら来たいね。時雨ちゃん、またね。小春ちゃん達、可愛い仔猫ちゃんも元気でね」
「また会える時を楽しみに待っておるぞ」
一番名残惜しそうなのはご先祖様でした。
本当に大魔族だったのか疑わしくなって来そうなほど、術に掛かっているじゃないですか。大丈夫なんですか。
そのお茶会の間、何も言葉を発さず、おやつの割り当てが少なくなった事を悲しく思っていたのでしょう、少ししょんぼりしながら、黙々とゆっくり味わって食べていたのが、PFM様でした。
この方は、最初からイケメン女子だとか、そう言うのに宇宙人だから興味がないんでしょうね。
そんな所もでも、実はちゃんと観察はしているのかもしれません。だって、調査の依頼でえらく難儀しているみたいでしたから。
仙さんが帰って、何とかいつもの落ち着きを取り戻しました。
お嬢さまも普通に戻っておられますし、真冬様も特に追及される事もなくお帰りになられました。
ご先祖様は大変残念がっていると言うか、再会を待ち望んでいる気配ですが、ティナさんにかなり叱られていました。
ティナさんからしたら、初めてああ言う面白くない嫉妬体験をしたんですから、当然ですよね。
ご先祖様も悪気はないんでしょうが、もうちょっと一途な所も見せてあげるべきです。
寝る時間になって、お嬢さまの部屋にいつも通り向かいます。
夏だと言うのに、お嬢さまが一緒に寝たいと聞かないので、私も内心欣喜雀躍しながら、快諾した次第です。
しかし、夏でもエアコンを適度にかけているので、それほど暑い思いもしないで、快適な睡眠が得られています。
お嬢さまがかなりくっついて寝るので、それが少し最初は心理的に窮屈な気がしましたが、それも段々慣れていきました。
「時雨ってば、結構寂しがり屋だったのね。凄くあの人を見る目が寂しそうだったわよ」
そう言って微笑むお嬢さま。
そこには嫉妬心なんてない様でしたが、どこか自分の知らない私を発見している事に、何かの感情が刺激されているのは確かです。
「これからはいつもわたしも一緒だし、全然寂しくないわよ。こうやって一緒に寝たりも出来るし、お買い物もデートも出来るんだから。ね。寂しくないでしょ」
そしてお嬢さまは私の頭を撫でてくれます。ああ、小春お嬢さまは何てお優しいのでしょう。
自分も不器用で傷つきやすいから、他人の傷にも敏感で、それ故に人一倍優しい気持ちを持っていらっしゃるんですね。それが私には相当の救いになっています。
「その、立場逆転してませんか、お嬢さま。私みたいな大人がされる事ではないと思うのですが」
「そんな事言わないの。大人だって癒やしが必要だし、子供がなだめたって構わないんだよ。いつでもわたしばっかりが守られてるなんて嫌って言ったでしょう。わたしも時雨の心を守りたいって」
じーんとしてしまった、ギュッとお嬢さまを抱き締めます。布団に横たわっているので、抱き締めやすいポジションです。
「もー、苦しいよー。でもそうやってわたしにもたれてくれていいんだからね。わたしも時雨の事、頼りにしてるし」
「はい。お嬢さまともっと信頼関係を築けるように頑張りますね。お嬢さまに更に私を好きになって貰いたいですし、私もお嬢さまを今以上に好きになりたいです。支え合いましょう」
「ん」
私の決意にそうお嬢さまは軽く返事をして、リモコンを操作して電気を消します。だから、もう今日はこれで寝るつもりなのでしょう。
お嬢さまが途端に恥ずかしがっているのが丸わかりです。いつもなら、傍に置いてはいても、リモコンではなくスイッチの方にまで行って、電気を消すのに。
でも私はそれを言う事なく、「おやすみなさい」とお嬢さまの額にキスをすると、お嬢さまも「おやすみなさい」と言って私達は共に寝入るのでした。




