第34話通信回復。マルちゃんの転機
最近夏だとは言え、エアコンで家の中は涼しいし、結構必死目にせがんで、時雨に一緒に寝て貰ってる。
何だか傍にいると安心するし、どうやら夜中に目が覚めたりする時にわかるんだけど、いつの間にかわたしは時雨に抱きついているらしい。
それで今日はまふちゃんが泊まりに来ていて、その話を目ざとく聞いていたまふちゃんは、じゃあ今日はわたしと一緒に寝て欲しいと言って来た。
なので時雨相手以上にドキドキしながら、わたしはまふちゃんとベッドを共にしたのだけど、先に寝てしまったまふちゃんの寝息が聞こえるわ、横で寝ている寝顔が可愛すぎるわ、手は無意識に握って来て困り果てるわで、あまり熟睡出来なかった。
同年代の憧れの子と一緒に寝るのが、こんなに平静に悪いとは思わなかった。時雨に対しては、時雨が大人だからわたしは安心して身を委ねる事が出来ているのだろうか。
それとも好きの質が微妙な差異として違うのかもしれない。
そう言う訳で、わたしは布団の中で寝ているまふちゃんを起こさないようにしながら、顔を洗って牛乳を飲もうと居間の冷蔵庫を開けていると、起きて来たマルちゃんがとことこと歩いて、ガラリと戸を開けてから庭に出ようとする。
ちょ、ちょっと待って。確かマルちゃんも吸血鬼になっちゃって、日光の下には出られないんじゃなかったっけ。最初の時、かなり酷い傷を負っていた気がするけど。
でもそうわたしが慌てているだけで止められないでいるのに、平気で庭に降り立つマルちゃん。あれ? 大丈夫なのかな。
「ふふ、小春よ。儂も時雨と同じ事も出来る様になったのじゃ。もうちょっと色々試行錯誤すれば、太陽光も克服出来るじゃろうて。さて、そう言う訳で通信も出来ておるだろうが、どれ通知はあるかの」
わたしも庭の方に行くと、どこから出したのかホログラフィックみたいなのが出現して、マルちゃんは何やら操作をしている。
そこから動画が再生されて、映像にはマルちゃんと同じくらいの小さな女の子が映る。
マルちゃんみたいな老獪な感じじゃなくて、清楚なキチンとしたイメージの長髪の幼女だ。
いや、わたしも何言ってるのかわからないけど、佇まいがピリッとしてるって言うのかな。
「通信を聞いていてくれるといいのですが、何かトラブルに巻き込まれた様ですね。支援が必要な場合は、必要な事柄を申告して下さい。PFMさんにはこれから新たな任務も与えられるのですが、一応こちらもその辺りに行った時に、PFMさんの報告は受け取りましたから」
丁寧な口調が、声の質もそうだけど、どこか大人の落ち着いた声に聞こえる。
まぁ、この人達は母性ではちゃんと大人なんだろうし当たり前なのかもしれないな。でも少しギャップにわたしは戸惑ってしまう。
「こいつがELPじゃ。エレパとでも略してやるかの」
はぁ。別にマルちゃんの星の情報を教えて貰っても、わたしにそれを活かせる機会は訪れないと思うけど。
でもまぁ、何となく仲間の姿を見て、ホントにマルちゃんが宇宙人だったんだって実感が得られたかも。
通信はまだ続いている。
「とりあえず貴方の報告で、危険も伴う生物的多様性があるとあったので、もう少し知的生物を中心に情報を収集して頂きたい。それから知的生物の発達段階や、その星固有の文化の性質なんかも、今後の参考にする為に、色々体系的に調べて、報告書を作成して頂きます。どれだけ大部になっても構いませんし、そちらの言語の解析も出来て来ているので、その星の歴史学の本などを転送して貰ってもいいでしょう。それではまた何かありましたら、通信しますね」
ふうむ、何とも面倒じゃのう、とマルちゃんは呟いている。
えーと、何か調査報告の様な物を仕事にしなきゃいけないのかな。そりゃあ大変そうだ。
文化なんてありすぎるくらいあるし、歴史から追っていくなら膨大になりそうだから。
「ああ、そうじゃ。それなら、小春の家の蔵書とかを頼ればええのか。のう、小春。焚火の持っとる記録や歴史だとか文化についての考察なんかが書かれている本、そう言う本を大分貸してくれんか。これは時間掛けねばならんが、少しずつ今日から手をつけていかんといかんしの」
なるほど、マルちゃんは母性の仕事には真面目だったんだ。
それでもわたしはどう言う本を渡せばいいのかわからないし、お母さんの本ならお母さんに聞かないといけないと思うし。
「それならお母さんに色々聞いてみれば? 色々揃ってるだろうし、どんな本がいるか言えばそれなりには出て来ると思う。それからない本なんかでお母さんの情報にあるのなら、図書館で探してもいいしね。あ、外に出られるんなら、蜜柑さんの所にお邪魔して調べるのもいいかも」
「ほう、バベルの図書館みたいな所があるんじゃったな。データベースを最大化して網羅する施設は、やはり必要だからな。記録が破棄されたら、過去の事がまるでわからん様になってしまうしのう。キチンとこれまでに出た出版物とか書類の記録は残しておかんとな」
うん、じゃあお母さんが暇な時に話してね、とわたしは言って部屋に戻って牛乳を入れる。
そうしていると、時雨が居間に戻って来た。
「あら、お二人でどうされたんですか? それにマルさんは日光に当たっても平気になったんですね。羨ましいです」
「時雨の能力を応用して、遮ってるらしいわよ。それでその後でマルちゃんの星の人の仕事依頼があって、かなり大変な仕事を任せられたらしいの。わたし達も手伝ってあげたいけど、ちょっと無理そうだし」
まぁと言ってる時雨。多少、オン・リフレクションがコピーされた事に驚いているらしい。
そこでわたしは今わたしのわかってる範囲で、何が必要かとかどう言う仕事かとかを時雨に言う。
ふむふむ、なるほどと聞いていた時雨は、わかりましたと言い、
「それでは、私が焚火様には伝えておきますよ。それからお嬢さまと蜜柑さんの家に行くのも楽しみでしたが、それならマルさんにも有益な遠征になるんじゃないですか。木の葉様に聞いておかないといけませんね」
と頼もしい言葉だ。うん。それはそうと牛乳が美味しいな。
「それじゃあ、小春のコレクションでも使えそうなのを貸してくりゃれ。誰の手でも借りたい気分じゃからな」
「あ、うん。本棚来てくれたら、あれこれ教えてあげられそう。後でピックアップしに行こっか」
そう言う訳で、わたしはマルちゃんのサポートを出来る限りしてあげる事になったのだった。
やれやれ、ソーニャさん達と何かプロジェクトを立ち上げるとか言う話もあったと思うけど、小学生にこんな事色々任せられるのは困ったもんだ。
それからお母さんに話を通して、色々資料集めなんかもして、それなりにしてから、お姉ちゃんにも頼んで、事情を蜜柑さんにも説明して貰って、図書館を使わせて頂いたりもした。
マルちゃんは電子媒体を使って、驚くべきスピードで調べ物をこなしていたらしい。
わたしは時雨とこんな本があるとか盛り上がっていただけなので、全然関与していないのだけど、お姉ちゃんと蜜柑さんが驚いていたからそうなんだろう。
そこで家でも整理していて、まだ色々書いたりする所まではいかないらしいけど、幾つかの本をピックアップして、安く手に入る本なんかは向こう側に送ったりするのをお母さんは許可していた。
それはいいのだけど、マルちゃんはそうか性行動についても実地で調査せねばいかんのか、とか言い出して更にはこんな事まで言う始末。
「のう。小春達のイチャつきぶりをもうちょっとよく観察させてくれ。色々と恋人がする様な触れ合いを儂の前でしてくれればええから」
うわー。それは恥ずかしい。
どうしたものかと思って、時雨と横に座って、好きだよとか言ったり、ほっぺにちゅーをしたりしてみたのだけど、マルちゃんはあまり満足しない。
「なんかぎこちないんじゃよなぁ。もうちょっと以前のように赤裸々に恋人らしくは出来んのか」
「そんな事言ったって、見られてるの意識したら固くなっちゃうよ。それならソーニャさんにもインタビューとかしてみたら」
「そうじゃなぁ。あやつでも参考になるかいの。しかしサンプル数は大いに越した事はない。色々と小春の知り合いに調査してみるか」
そう言っていると、まふちゃんはマルちゃんこうだよと言って、わたしの顎をくいっとやってから、唇を近づけて来る。
「こうやって、ハルちゃん愛してるよ、柔らかい唇にわたしは吸い込まれそう。さあ、目を閉じて、って感じでやるの!」
どうもノリノリの所悪いんだけど、そんな事された覚えは今までないんだけど。
でもそう言う変なロマン小説の様なシチュエーションは悪くないとは思っているので、ちょっとドキッとしながら目を閉じてみる。
そうすると唇が重ねられた。
そして乱暴にする訳でもなく、優しく合わさったまま数秒が経過する。離れるまでわたしは永遠の時間がある気がしたけど、すぐに離れたのだろう。
まふちゃんは、ふふ乙女なハルちゃんにはこんなのもいいでしょと笑ってくれる。
微妙に最近のまふちゃんはわたしを戸惑わせる。もっと大人の雰囲気だとか、丁寧な性格だとかだった以前と比べて、少し悪戯っぽい部分が増えて来たように思う。
でもそれはまふちゃんにとってもいい事なんだろう。だって、わたしがいるから、もっと明るく普段通りに振る舞えるって事だから。
「ふうむ。それならそう言う感じの小説とかも読まんといかんかな。儂にはわからん世界じゃから、色々と学ぶ必要がありそうじゃし」
「ああ、それなら焚火様のコレクションで、百合もヘテロもBLも込みで様々な恋愛小説とか官能小説とかたっぷりある棚がありましたから、それも貸して頂けばいいじゃないですか」
と時雨が言う。そうか、お母さんそう言うのも豊富に資料として持ってたな。
いや、それなら漫画とかも含めばもっと色々そんな文化には触れられるんじゃないのかな。
「いいわよいいわよ。どんどん使ってくれて。元々、資料に使うつもりで買ってるんだから、その用途で正しく使ってくれるんなら、娯楽本も違う意味で報われるってもんよ」
そこにいたお母さんはそんな風に軽く返事をする。
しかし、倉庫にある分も大量にあるけど、本ばかりが置かれた部屋もあって、ホントにお母さんが売れっ子漫画家で広い家に住んでて良かったなと思う。
こればかりはわたしは非常に恵まれている。一番の良かった事は、時雨が雇われたって事実だけどね。
「よし。それなら今日はその資料を読み漁って、明日以降から小春の知り合いに色々聞こう。そうじゃ、中にはこの間までに読んだ物もあるんじゃないかの」
「そうね。漫画とかなら、あるかも。わたしが勧めた物も結構あったしね」
なんて言いながら、大量に積んだ本を高速で消化していくマルちゃんを見ていると、ここまで速読出来れば、読める本の数は収入で買える本を軽く上回って、違う意味の苦労も背負い込む事もあるんじゃないかな、とか変な考えになってしまった。
何やらバタバタしていたマルちゃんの周り。
わたしは最初の協力だけちょっとやって、少し距離を置いた。
理由はやっぱりゆっくり一人で本が読みたかったからだけど、あんなしんどい作業の手伝いなんかしてたら、勉強の本とかも沢山読まされそうで、それも少し敬遠してたり。
夏休みももうすぐ終わるので、慌ただしく宿題をやる事もないけれど、どうも名残おしい様な気もして来た。
時雨ともっと色んな事が出来たんじゃないかとか、やりたい事、読みたい本は尽きないで、次々にリストは増えていくばかりだ。
そう言う訳で、わたしはまた居間でぼんやりと今日は、友人との何気ない単語についての会話を交わしているだけで事件が解決すると言う、そんな真に見事な表題作の短編集を読んでいたのだけど、何だか今日はまふちゃんも来ていないし、時雨は一人で用事やら何やらしているし、凄く静かだ。
こんな穏やかな一人きりで読書に励める日って、そう言えばどれだけこの頃最近はあっただろうか。
別に何でもない日でも、わたしの方の気持ちで穏やかじゃない時だってあったし、ここしばらくは嵐の様な心持ちだっただけに、今日は凪みたいな日にも感じてしまう。
そうは言っても、わたしが色々な事から心が離れた訳ではなくて、マルちゃんの事があって、少し恋愛的な事から一時的に落ち着けたのだと思う。
純粋に読書を楽しむ為に、またお姉ちゃんに蜜柑さんの家に連れて行って貰うのもいいかもしれない。
そう言う意味では、この前も時雨とはしゃいで本の話が出来たのは良かったかな。今度はマルちゃんを気にせずに、更に読書漬けの会話を楽しみたいものだ。
お母さんは原稿で忙しい中、氷雨さんとリストを作ってくれたり、あれこれ本を出してくれたりしている様で、マルちゃん的には随分助かっているんだろうな。
でもその中には、わたしの読んだ事もない様な本も沢山混じっていて、わたしも多分に漏れずかなり偏った読書をしていて、まだまだ知らない世界がこんなにも広がっているんだなと、思い知らされる。
でもだからこそ、これからの読書の楽しみは更に楽しみにもなろうと言うものである。
だって読んだ事ない本を読むのはそれだけで至福の一時だと思うから。
いやでも再読の楽しみもまた格別のものではある。
最初には気づかなかったりスルーしていた部分に引っ掛かったりして、新鮮な読後感がある物もあるし、再体験して面白い本を複数回楽しむ機会にも恵まれたりするんだよね。
これはもっと大人になった時に読み返す本なんかも、また違った感想が出て来るのではないかと思うし、実際そう言う声もよく聞く。
それに自分の興味のある分野なら、知識を増やしてくれる本なんかも凄く楽しいのよ。
これは出雲ちゃん辺りにはあまりわかって貰えないだろうけど、オタクってタイプはそうやって好きなジャンルにはとことんのめり込んで、あれこれ情報を得ていくのだから、まぁ周りから見たら変な人達に見えるんだろうな。
でもその道のプロになったりする人とか、編集者とか作家には凄く広範な知識を持っている人も多くて、それだけにそう言う事で仕事が出来る人には憧れる。
自分ももっと見聞を広めて、読書や活字に関わる仕事が将来出来たらなと思わずにはいられない。
だからと言って、作家になんてなれるだろうか。
わたしは読むのは好きなのだけど、あまり想像力を広げてお話を作るってな妄想はあまりやった事がないから、その手の事は向かないのかもしれない。
やってみるともしかしたら出来るのかもしれないけど、でもわたしはそう言う人達を助ける仕事とか、色々な作品をもっと世間に広めたりするなんて事により魅力を感じているので、そっち方面で何かしたいなとか漠然と思っていたりもする。
そう言う意味では、もっと注意深くマルちゃんの仕事は見守らないといけないのかもしれない。
わたしにとっては、そう言う総括して分析するって言うのは必要な事だろうし、マルちゃんのやる仕事をどの程度精確に為されているかを判断する能力をこれからつけなくてはいけないんだろうから。
そうやって紅茶を飲みながら、うーんと考えに耽っていたら、ふと傍に時雨が立っていた。
「紅茶のおかわりは如何ですか。それに少し休憩されてはどうでしょう。ケーキがありますよ」
何とも優しい時雨さん。タイミング良すぎである。
読書はずっとやっていても面白いけど、目と体が疲れて来た時に、休むのも必要だし、その時のタイミングが凄く適確なのだ。
「うん、ちょうど疲れたなって思ってたとこ。さっきレモンティー入れてくれてたでしょ。今度はミルクティーにしてくれる?」
「かしこまりました」
時雨が用意してくれたおやつを食べて飲んでいる間、時雨はいつも向かいに座って見ていてくれる。そこが気配りの利いている証拠ではないか。
わたしは眼鏡を外して、目を揉んでいると、時雨が一言。
「後で目薬差しましょう。お嬢さまは目も悪いですし、目は疲れやすいでしょうし」
「いい、いい。自分でやるから。あの凄く効くやつ、冷蔵庫に入れてくれてるよね」
「ええ。ちゃんと常備してありますよ。お嬢さまの指定の物を」
ああ、ありがたい。
時々目薬を差したり、お風呂でお湯に浸けたタオルを目に当てたりするのが、わたしには至福なんだよね。
だって、やっぱり目がしんどい時にそう言う事をすると、凄く気持ちいいんだもの。
生チョコの乗ったチョコレートケーキを食べてから、紅茶をちびちびと飲む。やっぱり時雨は何作らせても美味しく作るし、店の物と遜色ないどころか、下手したら職人さんよりも上手いのではないかってくらいの技術を持っているので、ホントにメイドに時雨がいるのはありがたい事だ。
しかもその時雨は今や、わたしの恋人でもあるんだから。
そして目薬を差す。しかしわたしは寝転ばないと差せない人間なので、素直に寝転んでする。そうすると時雨がクスッと笑う。
「何、おかしい。寝ないと差せないのがそんなに恥ずかしい事なの」
「いえ、別に。可愛いなと思いまして」
何だか子供扱いどころか、微妙に駄目な人間を笑ってる雰囲気がある様な気がしてしまって、ホントは時雨にそんな気などないのだろうけど、少しわたしは膨れてしまう。
そう言うわたしを見て、何とも幸せそうに笑うので、まだ何かとあるので先を待つ。そうすると時雨はしんみりとした感じでこう言う。
「本当にお嬢さまは読書が好きですねぇ。目も悪いのに、そこまで嵌まり込む理由は何かあるんでしょうか」
「そりゃあ、気づいた時には読んでたからだけど、それ以外にも好きな物はあるわよ。音楽とか。BGMになるしね」
今も大人しめのキーボードプログレを流している。でもやっぱり本当に中毒と言えるほどに好きなのは、読書なのかもしれない。
「うーん、でも確かにわたしの好き度は、読書習慣のない人からしたら引く様な度合いかもしれないわね。でもわたしとしては、年間に活字の本を一冊も読まない人がそれなりにいるって言うのが信じられないのよね。何も難しい本を読む訳じゃなくて、楽しい娯楽本とかでも読めばいいじゃない。それをしないって、相当に面白い作品を見逃してしまう事になると思うのだけど」
わたしが読書好きからの意見を言うと、時雨は苦笑する。
「でもその活字を追うのが苦痛な人が沢山いるんですよ。国語の時間とか嫌いな人も多い様ですし。だから映像化した作品が売れても、それほどその作家の別のシリーズが人気になったりしなかったりするんじゃないですか。作家の作品が沢山映像化されたら、また話は変わって来るとは思いますが」
国語の授業嫌いは、また今の学習指導要領とか、授業を行う教師の質とかにもよるだろうとは思うけど。
「そっか。だからあんなに漫画は売り上げが減ったって言っても、平気で沢山売れるのに、活字の本は一部の話題の本以外は、こんなに売るのに苦労するのね。でもネットであれだけ文字は追いかけてるのに、活字の本を嫌うなんて不思議ねぇ」
「そう言うお嬢さまが少し特別なんですよ。大抵の人は他に楽しみも色々あるでしょうしね。物語中毒になる人もそういないんじゃないですか」
えー? そんなの信じられないな。
「それって、そんなに物語の世界に憧れないほど、現実が充実してるって事? それともそんなに嵌まる趣味が他にいっぱいあるって事なの? うーん、本は文庫本なんかで読んでるだけなら、凄くコスパもいいし、例えば貧乏な人だって古本とかも利用すれば、時間潰しにもお金の節約にもなると思うけどなぁ」
ふふ、と時雨は笑う。またわたしはおかしい事を言っただろうか。
「今は、見放題サービスとか、聴き放題サービスとか、凄く安いですからね。勿論、読み放題の電子書籍サービスなんてのもありますが、本を買うよりコストパフォーマンスで言えば、もっと安く趣味を楽しめる物もあるんですよ。映像の方が情報量は多いですしね」
あ、とわたしは思いついた事を言う。
「そう、それよ。情報量って意味では、電子書籍なんて凄くいいじゃない。漫画はそりゃあ結構容量食うけど、活字の本なんて凄く小さい容量よ。それなら大量に保存出来るし、音楽とか映像を保存したりすると、かなり圧迫するんじゃないの」
「まぁそうですねぇ。だから配信サービスが主流になるんでしょうか。後は、物はあまり家に沢山置けないって所も、本を沢山集める所までいかないんですかね。それで古本の回転率も一定量確保されるとでも言いますか。CDが売れずにダウンロード販売に流れたりもしていますし、これはそっちの方が音質を良く出来たりもするみたいですしね」
ははあ。なるほど。
そうなると、わたしみたいな紙の本をその手触りや装丁なんかも見て、愛おしく思いながら大切に読んでる層は、絶滅危惧種なんだろうか。
ってそう言えば何の話をしてたんだっけ。そうだ。目が疲れてるって話だった。何故ここまで本の話に変わったんだろう。
「とにかく、お嬢さまはお休みもちゃんと取らないといけませんよ。あんまり本ばかり読みすぎて、お疲れになった為に、学業に支障が出てもいけませんし。それとPFM様のお手伝いをするのに努力したいって言うのとは、別の話ですからね」
「はーい。気をつけまーす。でもちょっとでも時間があったら、すぐに本を手に取っちゃうんだよね。ああ、これがだから活字中毒か」
「そう、そう。そうですよ。それだからこそ、またお嬢さまは魅力的なんですけどね」
うーん。そこまでわたしのこの偏屈な趣味を褒めてくれる人もそういないので、それが恋人である時雨にそう言って貰えるのは、ホントに嬉しいと言うか、そう言う特性を承認して貰えるのは幸せと言うか。
とにかく、わたしは恵まれてるんだろう。
ああ、だからもっと時雨にわたしの事を知って貰いたい、時雨にも本の面白さを知って貰いたいって思うのか。
そして、だから出雲ちゃんにも勧めたりしてしまったのか。出雲ちゃんには悪い事しちゃったかもしれない。出雲ちゃんは、そんな本を読むのが苦痛に思う層なのかもしれないから。
まぁ、でもわたしはわたしのスタンスを変える必要はないよね。それでわたしをそのまま認めてくれる時雨みたいな人もいるのだから。
それだから元々、孤独に暮らしていても、誰かに阿るつもりもないけど、より一層ますます自分らしく自分の好きな事は好きでい続けよう、それを否定する人とは付き合わないでもいいや、とかそんな事を思うのであった。
だから、マルちゃんにも何か力を貸してあげたいし、マルちゃんが得た物もわたしに還元してくれないかな、とかも考えていたりするのだった。
そうして、わたしはまたこれだけ短いのに鮮やかに、事件を解決するこの短編集を凄く面白いなぁと思いながら、全然時雨の忠告など聞かずに、また読書に戻るのだった。




