第29話生徒と教師の裸のお付き合い
夏休みに入って、私は冴子ちゃんに会えなくなって、寂しくなりながらも、一人で色々やらなくちゃいけない仕事をしていた。
ああ、冴子ちゃんとの放課後の時間がまた来ないかしら。
まぁ、そんな事は今は考えないで、さっさと残りの仕事を済ませて、夏休みを過ごせるようにするべきなんだろうけど。
そうそう、そう言えば夏休みのプールの時に冴子ちゃんが来てくれたら会えるのじゃないかと思ったのだけど、私の担当の日に来るとも限らないし、元々冴子ちゃんはそんなのが苦手って言うか嫌う方だから、来てくれない確率の方が高くて、絶望的だ。
はぁ、何だか私の方が恋する乙女みたいになってる。
冴子ちゃんも私に会いたがってるかしら。思えば、前にキスされて以来、別にそんな素振りもないのだけど、冴子ちゃんはどう言うつもりだったんだろう。
私の事が本当に好きなんだったとしたら、大人としてどう応えてあげるべきかしら。
そもそも応えてはいけないのかもしれないけど、大人になるまでまだ好きだったら、私も成長した冴子ちゃんと仲良くしたいなぁとか思ったりする。
きっと美人になるだろうし、そうしたら私の方が釣り合わないかもしれない。そう考えると、少しだけ胸がチクッとした。
プール授業の担当の日に、それが終わって後片付けをして、職員室でぐったりしていると、冴子ちゃんから唐突にグループメッセージが来た。
な、何だろう。
「静先生、実は銭湯に行きたいと思っているのだが、一緒に行かないか。近所のほら、二丁目にある」
銭湯、か。それって裸になるって事だよね。何だかちょっと恥ずかしいなぁ。
でもそんな変な事する訳じゃないし、お風呂に入るだけ。それに同性じゃないの。
大体、多分冴子ちゃんの方は、お友達がどこかに行ったからとかそんな理由で、羨ましくなって私を誘ったんだわ。
ええ、そうに違いない。
いつでもいい旨を送ると、
「では早速今日行こう。今から銭湯の前で待ち合わせだ!」
と書いてあって、その後にはこんな文面が踊っていた。
「先生の体は綺麗だから、あまり我は自信ないけど、楽しみです」
とあって、その後にハートマークがついていた。
え? 何でハートマーク? 少し期待してしまいそうで、自分の気持ちを抑えるのに忙しかった。
って言うか、今からだと急いで行かないと。何かあった時の為に着替えはあるけど、バスタオルは水泳の時のでいいかな。予備のがあったはずだし。
銭湯は割と近いけど、そんなに行く機会はこれまでになかった。
だって家にお風呂があるのが今は当たり前だし、わざわざ行くとしたらもっと豪華なスパリゾートとかだろうし、どうして冴子ちゃんはここに私を誘ったんだろうか。
でも冴子ちゃんらしいって気もするなぁ。
入り口の前に着いて、キョロキョロと辺りを見回して見ても誰もいない。
あれれ、まだ来てないのかなと思っていると、靴脱ぎ場の所から、一人の女の子が出て来る。
「来てくれてありがと、静先生。こんな恰好で恥ずかしいけど、今日はこれで行けって言われたから。いつのものだとお風呂に入りに行く感じじゃないって」
そう言って冴子ちゃん登場、なのだけど。ジャージ姿である。
それも髪型もいつもの決めている物ではなくて、普通に垂らしているストレート。
いつもの黒くて可愛いリボンでサイドテールにしたり、ツインテールとか色々しているのを見ていると、何だかその素朴な感じに新鮮さを見出してしまう。
いや、単純にそう言うのも可愛い!
「こ、こんな姿見せるの、静先生くらいなんだからな。我、いえわたしはその、えーと、もっとバッチリ決めてたかったんですけどぉ」
ああ、何だか途端に敬語まで喋って、凄く愛らしいわ。冴子ちゃんの意外な一面を見られて、今日はここまで来て良かった。
「ううん。とっても可愛いわよ、冴子ちゃん。それにお風呂に入る時は服なんて関係ないし、早く行きましょうよ」
「うん。いや、はい」
少し恥ずかしがっている冴子ちゃん。
基準が私達とは微妙に違うのだろうけど、でも本人的にはあまりそんなラフな恰好を見せたくないのだろう。それに裸もちょっと恥ずかしいのかな。
でも一緒に行きたかったから、勇気を出してみた、って所なのかしら。そうだとすると、より一層嬉しいじゃないの。
私、頼られてる上に、信頼されてる!
靴脱ぎ場では冴子ちゃんは、十三番を選んでいた。やはりそう言う意図のチョイスなのだろうか。
私は深く考えずに七番にする。あんまりこれって関係ないわよね?
入ってすぐの所でお金を払って、ロッカーに向かうと冴子ちゃんは四番を、私はその上の三番を選択した。すぐ近くの方が何かと良さそうだしね。
そうして服を脱いでいくのだけど、何だかちょっとだけ生徒と裸で顔を合わせるって、微妙な恥ずかしさがあるなぁ。
でも私は大人なんだから、そんなの気にしないでちゃんと脱がなきゃ。
下着に手を掛けていると、冴子ちゃんがポロリと呟く。
「わー、静先生、やっぱり大人っぽい体です・・・・・・。いいなぁ」
別に下着は地味な肌色のブラジャーと白いパンツで、統一感もなく全然気を遣ってないのにそんな言葉をくれるなんて。
冴子ちゃんの方が可愛く青い下着を揃いで着てるのに。
「そんな事ないわよ。私なんてだらしない方よ。ほら、冴子ちゃんもちょっとずつ育って来てるじゃない。今に綺麗になるわ」
「でも、真冬の方が大人っぽい・・・・・・。もっとクールなゴスロリの着こなしで格好良くなりたいのに」
うーん、確かに蕪木さんは大人びてる容姿をしているし、振る舞いも結構しっかりしてる。
でも冴子ちゃんには冴子ちゃんの可愛さがあって、いつもの服だって冴子ちゃんだからこそ最高に似合ってるのに。
しかし冴子ちゃんには理想型があるみたいね。だからちょっとコンプレックスを感じてるんだわ。
「そ、そうね。自分なりの容姿にあった様な、格好いい着こなしとかを考えてみるのもいいかもしれないわよ。その内、メイクとかも出来るようになるだろうし」
冴子ちゃんも服を脱いだので、私達は浴場に入って行く。かけ湯をしてから入るのだけど、冴子ちゃんはまだ私の方をジッと見ている。
「静先生みたいに綺麗になるには、どうしたらいいんでしょうか。私もっと静先生に褒めて貰えるように、自分を高めたいんです」
な、何だろう、この敬語で冴子ちゃんに話をされる感触は。大分、気持ち良くなりそう。
いつものあの背伸びした感じも好きだけど、こんな風に年相応に先生を慕ってくれるって、凄くいい。
もしかして、いつもの服じゃないから、意図的にそうしてるのかしら。そうだとすると、偶に普通の服を着てる冴子ちゃんを見るのも悪くない
。
「わ、私はそんなに言うほどじゃありません。冴子ちゃんこそ、こんなに肌が白くて羨ましいわ」
そう言って私は冴子ちゃんに触りそうになって、うっと踏みとどまる。いけないいけない。いきなり生徒の肌に触れるなんて。
「別に静先生なら、触って貰っていいですよ。その代わり、わたしも触らせて下さい」
そう言って、ふにっと胸を触る冴子ちゃん。
「あっ。そんなとこ、駄目よ・・・・・・。冴子ちゃん・・・・・・」
負けじと腕の辺りを触るのだけど、あちこち触って来る冴子ちゃんに私は為す術がない。
「も、もう。先生に何て事するの。もう洗いに行きますからね」
そう言って、私は浴槽から立って、洗い場の方にさっと向かう。これ以上接触してたら危険だわ。
椅子を持って来て座って、石鹸を泡立ててから、タオルでゴシゴシ擦り始める。
そう、あまり考えちゃ駄目よ。無心で洗うのよ。何でそんなに生徒相手に緊張しなくちゃいけないのかしら。もっと自分を持つのよ、静。
「静先生、綺麗です・・・・・・」
隣に陣取った冴子ちゃんが洗う準備をしながら、私をジッとまた見ている。
あ、危ないわ。そう、そうよ、以前にキスされたからこんなに意識してしまうんだわ。
と言う事はやっぱり冴子ちゃんは私の事が好きなのよね。応えたら駄目だし、応える年齢まで待てる?って聞く方がいいのか。
「あ、あの、ね。綺麗って言ってくれるのは嬉しいんだけど、その先生は先生だから、冴子ちゃんとどうにかなる訳にはいかないのよ。って私ったら何言ってるんだろ。さ、冴子ちゃんはそんなつもりじゃないかもしれないのにね」
空回って自分でも何言ってるかわからなくなっている。ポカンと冴子ちゃんは一瞬して、悟ったようにそうですねと頷く。
う、ちょっと可哀想な気になって来た。そんな切なげな顔されたら、困っちゃうよ。
「わたし、今すぐに静先生と付き合えると思ってません。でもいつまでも好きでいる自信はあるから、いつでもわたしが静先生を迎えに行きます。わ、我の闇の力は永遠の誓いを結んでいるのだぞ! あ、ごめんなさい・・・・・・・」
そっか。そんなに私の事が好きなんだ。
それに迎えに行くって、私の方が迎えられる立場なんだ? でもそれもちょっといいかも。
どうせ恋人なんて出来ないし、冴子ちゃんを待っててもいいかもと思ってしまう。でもその時の私の年齢を考えたら、ちょっと溜め息が出そうで苦笑してしまう。
「うーん、素直に好意を向けられるのは嬉しいけど、でもどうして私なんかを? 冴子ちゃんにそんなに気に入られる様な女かしら、私。ってそもそも私達は女同士だけど、冴子ちゃんはそれは大丈夫な人なの?」
こくんと首肯する冴子ちゃん。その首肯の意図は如何に。
「その、だって静先生はいつも私に優しいし、授業以外でも勉強教えてくれて、他の子以上に良くしてくれるから。静先生の笑顔見てて、優しくされたら、誰だって好きになっちゃいます・・・・・・!」
うーん、考えてたより単純な理由。でもそっか。
子供だから、ううん、子供じゃなくても人を好きになるのに、そんなに深遠な理由なんてそうないよね。私だって冴子ちゃんにドキドキしてるんだもの。
じゃあどこが好きって言われたら、色々言えるけど、でも結局はとにかく好きなの、相手の全てが可愛く思えるの、って所に帰着するわよね。
「それに静先生、私の好意を嫌がってないから。私もレズビアンだから、静先生がそうじゃなかったらって怖かったけど、キスした時の感じでわかるよ。本気で同性を対象にしない人だったら、あんな顔しないもん。我にはお見通しなのである。えへへ」
ああ、そうだわ。ずっとそう言う悩みも持って、私を好いてくれてたんだわ。
じゃあ、本当は今すぐにでも応えてあげたいけど、私達は教師と生徒。それだけじゃなくて、大人と子供だからまだ結ばれる訳にはいかない。
でも、でも。
バシャッと二人して洗い流している中、冴子ちゃんずっとは私を見つめている。
「そうね。それなら、内緒で清い交際をするくらいならいいかもしれないわ。絶対に周囲にバレちゃいけないけどね。それで何もしないって守れるなら、私も冴子ちゃんの気持ちを受け入れてもいいわ」
自分でも勢いでとんでもない事を言ってると思う。でもそれだけ冴子ちゃんの気持ちが痛いほど伝わって来て、私も冴子ちゃんが好きなんだもの。
うっと冴子ちゃんは瞳を潤ませて、私の腕に縋りつく。
「あ、ありがとう、静先生。わたし、早く大人になりたい。キスだけで終わらない関係に早くなりたいです。デートとかももっとしたいし、静先生に色々お洒落な姿とかも見て欲しい。だから、頑張って勉強もいっぱいしますから、これからも教えて下さいね」
「うん、冴子ちゃんはいつも頑張ってるから、心配してないわよ。これからも一緒に頑張りましょう」
そう言って、私達は静かに頭を洗ってから、お風呂に浸かって、冴子ちゃんの色々な話を聞いたりなんかしていた。
自分もやった後、ブオーっとドライヤーを冴子ちゃんに当ててあげている私。お金は安いので私が出しておいた。
別にこれくらいの贔屓は許されて欲しいのだけど、これも駄目かしら。櫛も持って来て置いて良かったと思うほど、梳かしていて凄く綺麗な髪でうっとりしちゃう。
冴子ちゃんは気持ち良さそうにポワーっとしているのが鏡を見ていたらわかる。
「はい、これでいいかしら。髪は自分で結ぶ? 私がやる?」
「あ、じゃあやって下さい。適当でいいので」
そう言う訳にもいかないけど、どうしようかしら。
普段の髪型に結んであげるのがいいのか、私の趣味全開でいいのか。
よし、私好みにしよう。
「それならポニーテールにしてみようかな。いつもの二つ結びとは感じも変わると思うし。冴子ちゃん、いい?」
「はい。お願いします」
何だかさっきもそうだけど、人の髪をいじるのって緊張するな。
それも好きな子なら尚更って言うか、これからは今までとは関係性も微妙に変わるのかもしれないし、少し変な気分にもなって来る。
後ろで結んで上の方で上げると、うなじが見えてドキッとする。
湯上がりだから綺麗に見えるのも当たり前だけど、それ以上に冴子ちゃんが大人に感じてしまいそうになるほど、凄く色っぽいのだ。
ちょっと匂いを嗅いでしまいそうになるほどに。
「はい。それじゃあ、どうする。飲み物も飲んだし、もう帰ろっか。私も家でゆっくりしようかな」
冴子ちゃんを伴って、ようやく帰路に着く。
それでも今日はいつもよりウキウキした気分で家に帰る事が出来そうだ。久しぶりに冴子ちゃんの顔を見られたのが、凄く嬉しかったのかな。
それに一人の教師として、大人としても信用されているのが、とてもありがたく思えて来る。
結構、この年頃の子って大人に対して反発とかあるだろうし、教師を呼び捨てに影ではしたり、色々教師にいいイメージは持ってないんだと思ってたけど、少なくとも冴子ちゃんはそうではないみたいね。
それどころか、私を必要以上に慕ってくれて、そう言う意味でも好きだって言ってくれて、恋人なんかいた事ない私にも春が来たのかって思えるほど、とてつもない感動もあったりして。
とりあえず私は遠回りになるけれど、冴子ちゃんを家まで送っていった。教師だから、家庭訪問とかもしていて、住所は一応把握しているのだ。
そこで、冴子ちゃんはすぐに家に向かわずに、私の服の裾を引っ張って来る。
「? どうしたの、冴子ちゃん」
どこかモジモジした様な、いつもの冴子ちゃんらしくない煮え切らなさだ。どうしたと言うんだろう。
「し、静先生。その出来ればお別れのキス、して欲しいです。わ、我との契約だ。とこしえの愛を誓い合う、永遠の接続された糸の確認。炎の接吻を」
何だかよくわからない言葉が後から続いたけど、ちょっといつも通りに戻って良かった。
ってええっ? キスして欲しいって? そ、それは駄目なんじゃないでしょうか。私はまだそんな事を往来でする勇気はない。
・・・・・・でも冴子ちゃんがここまで勇気を出して、お願いをするのだから、少しばかりご褒美をあげないといけないかもしれない。今日は誘って貰って、リラックス出来たしね。
「しょうがないわね。もうっ、先生は教師なのに。じゃあ、ほっぺにだけよ」
キョロキョロと辺りを見回して、誰もいないのを確認する。そこでかなり私の方が真っ赤になりながら、ちゅっと軽く頬に口づけをする。
わああっ、これ初めてするけど、こんなに恥ずかしいものだったのね。
「感謝恐縮。静先生、ありがとうっ。また今度、さようなら」
そう言って、門を潜ってから、ペコリとこちらにお辞儀をして、扉の向こうに消えていく。
ああ、何だろう、途端に火が出そうになるほど、体が熱くなって来ちゃった。
これはお風呂に入ったからじゃなくて、もう冴子ちゃんの虜になってしまったと言う事かしら。
そうだとしたら、冴子ちゃんって案外、魔性の魅力を秘めているんじゃないかしら。いえ、私はもうそれを見ているんだから、秘められてはいないのだけど。




