第25話デートの最後はどうしたい?
どうしようと思って、お姉ちゃんに相談してみた。
何って、着ていく可愛い服なんてほとんど持ってないって事。そうしたら、お姉ちゃんが昔着てた服を出してくれて、それを着ていく事にした。
黄色い花柄のワンピース。赤とか白の花が黄色の布地の所に咲いているって感じかな。髪型は当日に三つ編みにしてくれるらしい。普段、纏めてるだけだから、髪型だけでも素敵にしてくれるのは嬉しいな。
それよりも本屋デートさせるなんて、と今更ながら思ったけど、普通に考えて女子っぽくないよね。
わたしが女子っぽさなんて少ない訳だし、どうやって本屋でデートなんてするんだろう。
わたし、本屋に行ったら夢中であちこち隅々まで見て、周りが見えなくなっちゃうんじゃないかなぁ。ああ、時雨に少し同情する。
わたしみたいな、文学少女と言えるかどうかは怪しいけど、本ばっかり読んでるオタクな女と付き合ってしまったばっかりに、陽の当たる場所に行きたいだろうに、じめじめした関係しか作れないんだもの。
それにしてもどうしよう。ちゃんと出来るかな。これを機に嫌いになったりしないかな。失敗しないようにしないと。
って言うか、よくよく考えてみたら、わたしって大分年下なのに、時雨に対して凄く失礼じゃないかしら。
もっとちゃんとした言葉遣いの方がいいかなぁ。時雨さんとか初めみたいに呼んでみる? ううん、そんなの逆に恥ずかしくてとても出来ない。
そうこうしている内に当日に。お姉ちゃんに色々やって貰って、準備が出来て時雨が着替えているのを待っていると、扉がガラリと開く。
「わ・・・・・・凄く素敵・・・・・・」
そこにはいつものように後ろで纏めて、それでだよ、ダークブルーのブラウスに赤いカーディガンを羽織った時雨の姿が。心なしか薄く化粧もしている。
普段はそんなにバッチリメイクとか決めてないのは、家事をしないといけないし、子供の相手をわたしだけじゃなくてソーニャさんとかも含めてしないといけないからだけど。
とにかく、美人、なのだ。
それに下はロングスカートを穿いている。良かった、ミニスカートじゃなくて。いや、年齢的にはまだまだ時雨は大丈夫だと思うけど、わたしが他の人に時雨の綺麗な足を見せたくないから。
それにあまり露出した恰好だと、陽の光を遮るのも大変だろうし。能力ってどれくらい自然に出来るのかな。
「ああ、お嬢さま。そのワンピース凄く可愛いです。眼鏡に合っています。三つ編みにまでして、何てキュートなんでしょう。眼鏡少女的には正しいコーディネートですよ!」
「ふふーん。時雨さん。私がそれやってあげたのよ。小春ってば、お洒落に無頓着だから困ったって私に泣きついて来て、しょうがなかったんですよ。こう言う時に、地味な服装ばかりで固めている弊害が出るでしょう、小春」
うぅ、褒められるのは嬉しいけど、そんなに見つめられると恥ずかしい。それにお姉ちゃんも痛い所を突いて来る。そんなに暴露しないでもいいのに。
「それでしたら、普段の服とかも色々作ります! お嬢さまをもっと可愛くする計画を立てましょう。私にお手伝い出来る事が色々あって嬉しいですねー」
ああ、じゃあそうして貰おっかな。勿論、学校にやたら目立つ恰好なんかはしていかないけどね。
とにかく、ちょっとは余所行きの服もないと、こんな時に困るってわかったから。
「じゃ、じゃあ行こっ。ほら、早く」
「はい、お嬢さま。慌てなくても、時間は充分ありますよ」
外に出ると、時雨がニッコリしながら手を差し出して来る。
「さ、お嬢さま。手を繋ぎましょう」
「う、うん。いや、はい・・・・・・」
何だか敬語になってしまう。
こう言う時大人なら、もっとスマートにデートに行けるんだろうか。そんな憧れもありながら、でも何度も言うようだけど、こうやって自然に手を繋いでも周りの人にも変な目で見られないでいられるのは、わたしが子供だからなのよね。
その恩恵はもっと色々被りたいと思っているから、他に何かないかなぁとか考えてみたりするけど、そんなにすぐに考えてる時には思いつかないもので。
時雨はやっぱり綺麗だ。
今日は薄くだけど、化粧してより何かシャープになった気がして、やっぱりお姉さんだなぁと思わせられる。
こんな「いい」人に、こんなに尽くして貰えるなんて、わたしってば恵まれすぎなくらい。
「お嬢さま、緊張してます?」
汗ばんでいるのが悟られたのか、固くなっているのは見ればわかるのか、やはり時雨は良くわたしの事を見ている。
「う、ううん。そんな事ない、ですよ。嬉しすぎて、ちょっと浮かれてるのかな」
「何かいつもと違いますね? もうちょっといつも通りにしてくれていいんですよ。デートは非日常ですが、私達の関係はいつもと同じでなくては意味がありません。背伸びしようとする気持ちはわかりますし、初デートって確かに緊張するものですしね。私も少し固くなっているかもしれません」
そう言われれば、微妙に時雨も笑顔に緊張が走ってる様な。やっぱり大人でも自然でいられるばっかりじゃないんだ。わたしとおんなじなんだな。
「はぐれないようにしましょうね。少し広い所に行くのですし、お嬢さま今日はお金を結構持っていらっしゃるから」
む。わたしがはぐれて泣き崩れるとでも言う訳。ちょっと反発心感じちゃう。
「別にはぐれたら連絡取ればいいでしょ。それよりずっと傍にいる時は手を繋いでればいいんだから」
「あはは。そうですね。うん、いつものお嬢さまらしくなって来た。それに手を繋いでいてくれるのは、私もとても嬉しいです」
あれ、それってわたしを平常心にしてくれようとしてたのかな。
それに大人しいわたしより、変に突っ張ったりするわたしの方が、時雨はいいんだろうか。素直になったら変かなぁ。いや、素直とは少し違うかもしれないな。後、時雨も手を繋ぐのが好きみたいで安心した。
電車に乗って、席が空いているので、二人で隣に座る。
話すでもなく、わたしは電車に揺られながら、時雨の顔を眺めていた。それから衣装も。全然飽きない。
綺麗だし、凄くうっとり出来るほど引き込まれる魔力が全身から出ている。これが吸血鬼の魅了ってやつかしら。
いやいや、でもわたしにしか効かないとか、そう言う恋の病的なアレなのかも。
「どうしました、そわそわして。そんなに私を見て満足して頂けるのはありがたいですけど、やっぱり何だか照れくさいですね・・・・・・」
はにかむ時雨。ああ、少し口が動いて表情が変化するのが、堪らなく可愛い。
口紅を塗っている口元がまた堪らなく魅力的で、キスしたくなるほどジッと見つめてしまう。
「時雨さん、大好き。今日はよろしくね」
遅まきながら、こそっとわたしは時雨に囁く。
こうやって少し仕掛けてみるのも戦略の一つなのかな。ささやき戦術だ。視線集中攻撃も追加で。
はわーっとなって、喜びを噛み締めている時雨の綻んだ顔が印象的だ。
こんな幸せそうにしてくれたら、わたしも恋人でいる甲斐があるってもんだ。わたしの存在で幸福を噛み締めて貰えるなら、これ以上ないほどわたしも嬉しいんだ。
だって、わたしも時雨に幸せを与えて貰ってるから。
電車を降りて、本屋に向かう。勿論手は繋いでいる。
幾分か高揚しているものの、緊張は次第に解けたようで、うきうきしている気分。単純に本屋に久しぶりに行けるのが嬉しいのもある。
だって、こうやって電車に乗って行かないといけない書店には、大人について来て貰わないといけないから、以前はお姉ちゃんの予定の合う時しか無理だったし。それが時雨となら、いつだって来られるのよ。最高じゃない。
書店に入ると、自然とわたしは勝手にふらふらと書棚の方に行ってしまう。だって、やっぱりリアル書店で本を選べるのは、至福の時だからだ。
どれだけでも時間潰せるくらい、いつも来たら隅々まで眺めている事が多い。普段は積んでいる本のストックが無くなって来たら、ネットの古本屋とかでめぼしい物をリストからカートに入れて、纏めて購入してとかして、新刊本は出来るだけ買える時にこれもネットか近所の本屋で購入しているので、見逃している本を大きな都会の本屋だとかなりの数見つけられるのもいい点だ。
まずは文庫の棚から始める。ああ、あれ出てたんだとか、こんな作品あるんだとかを裏表紙のあらすじを見たりしながら、確認していく。
実は表の表紙にあらすじがあるレーベルもあるのだが。それで背表紙だけで推測したり判断したりする物もあれば、抜き取って確認する物、平積みになってるのを手にとって見たり、それぞれの出版社の文庫の棚ごとに並んでいるのを、順番に物色していく。
こう言う大規模な書店ならではの品揃えは、何より岩波文庫が大量に置いている事だったり、マイナーな出版社の文庫でも結構揃えてくれていたりする事だ。
普通に小さい本屋だと、SF系とかなんて全然ないしね。って言うか、周りにSF読んでる子なんてのが稀少なんだけど。
いやそれだけではなくて、小説以外の文庫なんかも色々置いているのを見るのは楽しい。
割と科学解説とか社会科学とかそう言うのを出しているレーベルもあるし、結構専門的な本も出たりしているから。
まぁ、わたしにはまだ早いと言われる様な内容のも多いし、理系の本は小学生では太刀打ちできないので、手はあまり出していないのだけど。
新書なんかもかなりの数あるので、飽きずに眺める事が出来る。
これも科学解説系のレーベルはまだわたしには時期尚早なのだけど、歴史だとか文化的な内容だとか、幅広いテーマを様々なレーベルが扱っているので、それはもうそれだけ読みまくっても終わらないんじゃないかってほど沢山出ているので、選別に困る事もあるほどと言えるかも。
勉強になる内容なのに、お手頃なページ数のがほとんどで、入門にも最適だし、一冊で大まかにそのテーマを学べるのも凄くいい。
この文庫と新書を見るだけでかなり時間が掛かると思う。
絶対にわたしは読まないジャンルの棚は結構流し見みたいにささっと見ているのだけど、結構他の本で言及される様な名著だとかも、難しい本の中にはあるので、それを将来的に読めたらいいなってリストに入れていたりする。
お姉ちゃんなんかはそんなのも読んでいるようだから、色々また教えて貰いたいけど、説明されてもまだわからなかったりする内容も割と頻出していたので、今は我慢している。
ライトノベルの棚なんかも実はチェックする。どんなシリーズがあるのかなとか、ベストセラーになってるのはどんなのなのかなとか見たりもするし、知らない作品が偶に発掘出来たりする事もあるからだ。
だってライトノベルって余計にどんなのが出ているか、探すのが難しいんだもの。
新人賞とかの作品とかでも沢山あるし、何が何だかわからなくなって来る。結構な人がアニメ化した物を買ったりするくらいで、後は自分の好きな作家買いとかに限定されてしまう様な気がする。
で、そう言う棚を見ていると、傍に立つ人の気配があったから、ふと振り返ると時雨がいた。
あ、またやっぱり自分の世界に入って、一緒に来た人を無視する形になってしまった。
「ごめん、時雨の存在を全く忘れてた。もっと色々話しながら見た方が良かったよね」
「いえいえ、お嬢さまが夢中になられるのはいい事ですよ。それにそうなるのは木の葉様に前もって教示されていましたから。ですから、はい。これ受け取って下さい」
そう言って、小さい袋に入った何かを渡される。
何だろう。って言うか、いつの間にこんな物を?
「実はそう言う事を予想して、この間にプレゼントを買っておくのを木の葉様に勧められたんです。迷子になったりしないか、ちょっと心配でしたけど、大丈夫で良かったです」
「あ、そうだったんだ。・・・・・・開けてもいい?」
「どうぞ」
にこやかに応答してくれる時雨が凄く眩しい。こんなにわたしの事を思ってくれているのに、わたしはもう自分だけの世界に没入してしまって、恥じ入るばかりだ。
やっぱりいつも時雨の方がわたしを思いやってくれている。
それはわたしが狭量なのか、まだ成長している途中で、もっと大人になれば相手の気持ちを一つ進んで汲んで行動出来る、とかそう言う事だろうか。
いやしかし、今日はデートなのだから、自分の欲望を満たしてばかりのわたしは、恋人としていけない振る舞いだろう。
もっと時雨も楽しめるようにしないといけなかったのに。
開けて見ると、それは星形の髪留めだった。二つ入っている。両方を留められるようにと、そんな考えなのかな。
どうしよう、凄く嬉しい。
「ありがとう、こんな所でなんだけど、凄く嬉しいわ。ありがとう」
素直な感情を漏らしたので、二回感謝の言葉を述べてしまう。でもそれを握っていると、
「さ、仕舞って置いて、後で付けた姿を見せて下さればいいですよ。引き続き、本を検分されては如何ですか」
ああ、そうだった。
もうライトノベルの棚はここまでにしようと思っていたんだっけ。それでちょっと思案して、幾つか手に持っている本と、これから何かまた見つけた時の事を考えて、こう告げる。
「じゃ、じゃあさ。提案なんだけど、今日買う本は一緒に読む本にしよう。それで先に読んでいいから、それをわたしからのプレゼントって事にしてくれない。他に何もプレゼントなんて思いつかないし」
「わー、いいですね、それ。お嬢さまのセレクトで、私も読書が出来るのですね。この上もない喜びです」
推薦は偶にしているから同じ様なものかもしれないけど、何やらかなり喜悦の顔をしているので良しとしようか。
じゃあ、と一緒に単行本とかの棚を見て回る。
結局、幾つか話をするものの、大方わたしが一人で話してるみたいになってて、時雨は静かに聞きながら時折相槌を打ったりしているのだった。
それでじゃあこれ買う?とか言うと、少しは意見を言ってくれるのだけど、基本的にはわたしが選ぶのを尊重するってな応答の仕方だったように思う。
会計してから、じゃあどうしようかとなって、
「どうしますか? 古書店の方にも寄ります?」
と聞かれたけど、一度にあんな眺めてばっかりな時間を過ごさせるのも悪いし、また今度連れて来て貰おうと思った。
「ううん、あんまり立ちっぱなしでも足が痛いしね。どこかでちょっとゆっくりしない」
「それならそうしましょう。お嬢さまの為に、色々お店は調べて来てますよ」
そう時雨が言うので、それならとスイーツのお店に行く事にした。そこで買った本を少し見てみたり、またあれこれ他の事も含めて話をしよう。
何やら入り慣れないお洒落な店に入店する。時雨は平気なんだろうか。こんなとこ、しょっちゅう来る訳じゃないだろうに。
「私は大人ですからね。お嬢さまに喜んで貰う為なら、たとえ不慣れな事でも、キチンと出来なくては。それがメイドと言うものですし、エスコートする恋人ってものでしょう」
うわー、凄く格好いい。こんなのがやっぱり大人なんだ。慌てたりしないで、不慣れな事でも落ち着いて対応出来る。流石だ。憧れるなぁ。
「さあ、注文しましょう。何でもいいですよ。奢りますから」
そんなの悪い様な気もするけどなぁ。プレゼントも貰っちゃったし。でも結構本を買って、あんまり財布にお金は残ってないし。
「う、うん。じゃあ、このチーズムースとベリーソースのパンケーキって言うのを。どんなのかなぁって思ってたから、メニュー見て混乱してるけど、とりあえず今日は目についたので。じっくり選んじゃうと、沢山ありすぎてどれ選べばいいか、わかんなくなりそうだし」
「はい。じゃあ、私は紅茶ミルクパンケーキにします。すみません、注文お願いします。あ、お嬢さま。飲み物はどうしますか?」
「あ、えと、わたしはレモンティーで」
そう言うと手早く注文していく時雨。自分はアイスコーヒーを頼んでいる。
わたしはその間に、今日買った本をちらちら眺めたりして、そうだと思って時雨に貰った髪留めをまたしげしげと見つめる。
「あ、それいいですよね。是非付けて頂ければと思います」
「うん。今つけようかな」
わたしは今つけてるのを外して、その星形の髪留めで髪を整える。三つ編みが変にならないように気を遣いながら。
自分ではわからないけど、ちゃんと位置はずれてないかな。
「わー、素敵です。星がアクセントになって、お嬢さまの可愛らしさが非常に引き立ちます!」
えー、そんなに褒められたら恥ずかしいなぁ。
でも新しいのつけるのも、それが時雨にプレゼントされた物なのも、凄く嬉しい。
それ以上に語る言葉を持たないほど、とにかく満たされてる。
「ああー、これを付けて着る衣装のアイデアも色々湧いて着そうです。眼鏡の美少女と言うのもポイントですから、そこを活かす物にしたいですし」
何だか時雨も自分の世界に入っちゃった。今日はわたしもそうだったし、しばらく妄想に浸らせてあげようかな。
それで可愛くしてくれるのなら、別にそれはわたしもちょっとは歓迎出来るし。でも美少女は言い過ぎだよ、そんなに可愛い顔してない。
そうこうしている内に、料理と飲み物が届いた。美味しそうな見た目と香り。
ナイフで切ってから、ちょっと物欲しげに時雨を見つめてみる。
「? どうしました? 召し上がらないんですか?」
察しが悪いって言うと、またわたしの暴走になっちゃうんだよね。これは勇気を出して言わなきゃだよね。
「その、あの、ね。だから、その。えーと、一口だけでも食べさせて欲しいの。あーんってしてみたくて。後、わたしもやりたい」
ポンと手を打つ時雨。今気づいたとばかりに、ニヤニヤしている。
「まー、お嬢さまお可愛らしい。そんな子供らしい所も凄くいいですよ。そうです、ちゃんと子供らしく甘えてくれていいんですからね。ささ、じゃあしてあげますよ。あ、お嬢さまもしてくれるんですよね」
そう言って、フォークを手に取って、あーんとして来る。
「はい、お嬢さま。あーん」
何だか周囲でチラッとこっちを見ていた人が、あれ姉妹かな、妹の方可愛いねーなんて言ってる。誰も大人の方がメイドだとは思ってないようだ。
そうか。わたし達、姉妹に見えるんだ。
あーんとかしてても、やっぱり恋人には見えないよね。だから、早く並んで恋人に見えるようになりたいと強く思った。
でも今だからこそ、こうやって甘えられるのだ。
ちょっと恥ずかしく思いながらも、差し出された物をパクッと食べる。んー、美味しい。
甘くて、ソースの甘さとチーズムースの香りがミックスされて、極上の味になる。こんなにお店で食べたら美味しいんだ。
あれ? でも色々と普段時雨が作ってくれるのは、それに負けず劣らずもっと美味しい様な気もする。
でもやっぱりどっちかどうとかではなくて、どちらもとにかくやたらと美味しいし、甘い物って大好きだなぁ。
「はい、じゃあわたしもやってあげる。口開けて。あーん」
「何だか照れますね。大人がやると、変じゃないですか?」
「いいからいいから。時雨にもしたいんだからさぁ」
そう言うと、時雨があーんと口を開いたのを見て、わたしはパンケーキを運ぶ。もぐもぐとやるのはわたしと同じだ。当たり前だけど。
その後も、飲み物を飲みながら、少しずつ味わいながら食べて、わたしは時雨がせがむのであの本がこの本がと、今日見た本屋での収穫と、購入した本を出したりしながら、何だかんだと結構な時間話していたかと思う。
それに対して、独り相撲になって退屈させないか不安だったけど、適切に言葉を時雨は挟んでくれてるし、笑顔が絶えなかったので、多分同じ気持ちを共有出来ているのだと、少し安心した。
こんなに嫌な顔されないで、本の話を家族以外と出来るって、いいなぁ。
時雨がわたしに関心持ってくれて、ホントにありがたいよ。そうでなかったら、普通趣味の事まで知ろうとしてくれないからね。
帰る時にそうだと思いついて、提案してみる。
「そう言えば、今日は都会の方の古本屋ほ行けなかったけど、実は凄い古本屋ってうちの街にもあるんだけど、今度行かない。一緒に行きたいなぁ」
はて、と言う顔をしている綺麗なお姉さん。手は繋いでいるので、片方の手で、頬を押さえている。
「そんな品揃えのいい所なんてありましたか。郊外の方にはチェーン店の大型店がありましたが。近頃は本屋も中々やっていけなくて、少なくなっていますし、古本屋はそう言う街でないと難しいんじゃないんですか」
そう、そうなんだよね。
小さな書店が売れなくて閉店するなんて結構前からある事だよね。海外だと人口が結構いる街でも書店が一軒もないなんて事態になってたりするらしいし。
でも、結構変な店はあるもので。
「それがね。マンションの経営やってる人が、趣味でやってるの。〈悪童書店〉って言うんだけど、一階が丸々古本屋なんだ。ネットでも売り買いしてるみたいだから、それで売り上げも売る為の本の収集も結構出来るらしいし。それにここって掘り出し物もあるし、何より大型の所よりも安いのよ。それでも買い取りは色々なサービスでポイントとか高価買い取りとかもあるし、皆採算とかどうなってるんだろうって言ってるくらいで」
ふんふんと聞いている時雨。家の前までついたので、鍵を差し込んで扉を開けて貰う。
家に入ると、どうだったとか何やら聞き出そうとするソーニャさんと、興味津々なティナさん。
そして、いつもの如く傍で聞きたいのに素知らぬフリをするお姉ちゃん。
しょうがないから、一部始終を語ると、一同不満げ。デートってそんなんじゃないだろ、ロマンが足りないとか言う始末。
擁護してくれたのは、楽しそうーと漏らしてくれたティナさんだけ。お姉ちゃんでさえ、小春の悪い癖が出ちゃったわね、なんて呟くくらい。
何よ、わたしだって反省してるわよ。でもああ言う場所に行ったらしょうがないの。
それに時雨は嫌がってないんだし、寧ろわたしとの時間を楽しんでくれたんだし、いいじゃない。本人達の問題でしょうに。
だから唯一、スイーツを食べた下りだけ満足して貰えたようで、今度また古本屋に行く予定を告げると、ソーニャさんはこう切って捨てた。
「お主ら、家の中での方がよっぽどイチャついとるわ。小春の書痴にも困ったもんだな。やはり母親が書き手だとそうなるんかな。時雨も苦労するなぁ」
いや、別にお母さんは関係ないでしょう。
それに漫画家の娘なら、もっと漫画を読みそうなもんだけど、わたしは自分勝手に活字の本を読んでるんだし。
いやまぁ、漫画も割と読むけどさ。ソーニャさんに勝手な事言われたくないから、もうあっちで話そと時雨をわたしの部屋に連れて行く。
そこでさっき言った掘り出し物って言うのは、セドリ屋とかが安い本を買って高く売る様な類の本じゃないのよ、と釘を刺しておく。
わたしの言うそれは、ワゴン品とかみたいに安くなってるけど、実は読んだら凄く内容がいい本の事を言ってる訳。
何故わたしがそんな事を言うかと言えば、本は読んでなんぼだと思ってるからなの。
プレミア本とかサイン本とか、そりゃああれば欲しいけど、それを読まないで置いておかなきゃいけないでしょ。
それなら、百円の本でボロボロでも読めれば幾らでも買えるし、次々に読めるから凄くお得でしょ、と言う訳。
新刊で買っても、読んで面白くない二千円くらいの単行本もあれば、百円で買った昔のボロボロの本でももう感動してどうにかなってしまうくらい凄い本もあると思う。
そして読めない稀覯本を集めるよりは、読んで面白い本を沢山買い求めたいのがわたしなのだ。
それを説明すると、時雨は大層納得してくれた。曰く、こうだ。
「お嬢さまは読書が本当に好きなんですね。だからそれを弄ぶ様な真似は出来ないんでしょう。読みもしない本を、横流しのようにお金儲けに使いたくないのではないですか。読む為に、本を買う。ここに本懐があるのでしょう」
何と的を射た纏め方。
そう、わたしは別に古本で儲ける事など頭になくて、ただ読みたいだけ。
大体、小学生なら読むだけで満足するのが普通でしょう。誰だったか、有名な人で学校の図書館の本を読み尽くしてしまったとか言ってた人もいたと思う。
そこまではわたしは出来ないけど、でもとにかく一冊でも知らない世界に触れたい。その想いだけなのよね。
それを時雨がこんなに適確に理解してくれて、嬉しい。
と言う訳で、わたしは嬉しかったので、ご飯を食べた後、今日は時雨と一緒にお風呂に入った。
それで背中とかを洗いっこして、時雨の綺麗な体を更に羨ましく思っていたりもした。
そこでもまだまだ、何やらわたしは話していたと思う。飽きないものだと呆れられる事もなかったから、それはもうお風呂の時間はたっぷり話をした。
それで、今日は遠出もしたので、お風呂から出てソファに寝転んでいたら、多分うとうととして、いつの間にか眠り込んでしまっていた。
また、一緒に行くのが楽しみで、それに関するいい夢が見られたらいいな、と思っていたかどうかは定かではない。
いや、そんなの恐らく考えてなかったかな。
結局、デートの最後はいつも通り帰って来ただけだったな。
本来なら、今日はありがととか言って、キスの一つでもするべきだったんだろう。良し、それなら今度こそそうしよう。
いつもやろうと思ってても出来ない事や、当日になって忘れてる事ってあるよね。それが一番の反省だなぁ。




