第24話プールで特訓
ああー、知られてしまった。いや、見られてしまったと言うべきなのか。ううん、あれは見たソーニャさんが悪いんだ。
それは別として、わたしは随分悩んでから、時雨に一緒に一度寝て欲しいと告白したんだけど、あの人は少し迷った末に快く承諾してくれた。
それが嬉しくて、いつもよりずっとくっついて寝てしまった気がする。
お風呂には当然入っているものの、時雨の服の間から発せられる汗の臭いとかが堪らなくいい感じだったので、わたしは満たされて眠ったのだけど、大人だからか時雨は少し興奮して寝づらかったらしい。
だからあんまり時雨の負担になってもいけないから、それからまだ頼んでない。
別に一人で寝られるけど、もっと時雨と触れ合いたいのだ。ビートルズの歌詞ではないけど、時雨に触れていると幸せなんだからしょうがない。
しかし。しかし、である。それはそれとして、今はどうしようと頭を悩ませている問題がある。
「困ったなぁ。今年はどうしよう・・・・・・」
ううーん。困った。
いつも何とかかんとか逃れて来て、成績には悪い事書かれるけど、誤魔化して来たのだが、今年は結構静先生が熱心にやる様な発言をしていたので、このままでは済まされないだろう。ホントに困った。
「どうしましたか、お嬢さま。頭を本当に抱えて。深刻に悩む前に相談して頂ければ、ちゃんと聞きますよ」
うぅー。時雨―。恥ずかしいけど、これ言っちゃって頼んでみようか。
「何ですか、そんな憐れみをみたいな目で見て。お嬢さまが困っていて私に助けられる事なら、何でも私に任せて下さいよ。私達の仲じゃないですか」
そうだ。時雨は恋人。恋人を頼るのは別に恥ずかしい事じゃない。
だって、別に格好つける必要もなければ、素のわたしを受け入れてくれるんだから。
だけども。でも、やっぱり言いづらいのはホントなんだよなぁ。
「ええーと、ね・・・・・・。その、今度プール開きがあるんだけど」
「プール! 少女の水着ですか! お嬢さまの水着姿はさぞやお可愛らしいんでしょうねぇ」
もう話の腰を折らないでよ。そう言う話じゃないんだって。
「水着の話は別にいいのよ。それで困ってるんじゃないの。その、ね。わたし、泳げないの。だから、どうやって切り抜けようか悩んでて」
「? それなら泳げるように市民プールとか行って、私が教えましょうか?」
「ええ? アンタ泳げるの。ってああ、今は屋内プールとか色々あるもんね。日光問題にしなければいいか。って、そう話は簡単じゃないんだから」
首を傾げている時雨。これは普通に目がいい人にはわからないだろうなぁ。
「度入りのゴーグルって酔わないように、いつもの眼鏡より度を弱くするの。勿論、学校はゴーグル禁止なんてアホな事言わないわよ。でもね、そのせいか全然泳げる気がしないの。それに前に進むのにどれだけ苦労するか」
ははあ、お嬢さま運動苦手でしたね、とか納得するメイド。
でも別に問題にはしてないので、何かスポ根精神みたいなので鍛えられる怖れがあるのだけど。
別に泳げなくてもいいけど、でもちょっとだけ時雨に手を引かれて教えて貰うのはいいかも。
「それなら余のファンタスマゴリアの中に、水泳プールとやらを作ってやろう。この間、大会の様子とか何かで見たから、どんなのか大体はわかるぞ。確か子供用のだと、二十五メートルでええんだよな」
「え? そんなの出来るの。それならプールの費用も節約出来るか。確かに助かるけど。あ、だからまだ泳げるようになりたいって言ってる訳じゃないのに」
強情になるわたしを心配げに、顔を覗き込んで来る時雨。う、そんな顔されると断りづらいじゃない。
「でも学校の授業をすっぽかす訳にはいかないでしょう。恥をかくより、格好いいお嬢さまを見せてあげればいいじゃないですか。全力でお手伝いします!」
そ、それならお願いした方がいいのかな。静先生にこれ以上体育が駄目な生徒だと思われたくないし。
「じゃ、じゃあ。二人ともお願い。ファンタスマゴリアの中って安全なんだよね。なんか異空間の力で思い通りになったりしないのかな」
「大丈夫かご主人。あまりに悲観して現実を見失っておるぞ。大体、その現実の学校でちゃんと泳げんと意味ないであろうが。余が手助けするのは、施設を開放するだけだ。後は時雨に任せたら安心だ。そう言えば、夜の水泳クラブに一時期通っていた時期が時雨にもあったかなぁ。あれもでもすぐに辞めてしまったか」
「もう、ご先祖様。そんな昔の話はいいんですよ。とにかくお嬢さまとプールなんでしたら、私張り切って水着選んで来ます。一緒に探します?」
赤くなったりうきうきしたり忙しいな。
「いや、わたしは普通にスクール水着だから。そんな水着でお洒落なんてガラじゃないし」
ふむふむ、と納得するのだが、何か別方面からの納得の仕方な気がする。
「そうですねぇ、お嬢さまのスクール水着って言うのもいいかもしれません。この頃の胸が膨らみかけの少女の水着姿は貴重なので、写真にも撮って置かないといけませんよ。はい、では準備を早速しますね」
そう言って、うきうきしながら、お味噌汁のお味噌溶きに戻る。
うーん、まぁわたしも時雨の水着姿には興味はあるし、わたしもプールで一緒に遊んだりするのは悪くないなって思うけど。
でも泳ぎの練習が地獄なんだよなぁ。それにそんなに胸を気にされたら恥ずかしいんだけど。だから男子とは別で授業をするのに。
しばらくすると完成したと言うので、行ってみる事に。
ファンタスマゴリアの中への行き方なんて知らないから、時雨に付き添われて何だか庭に黒くなってる空間があったので、そこに突っ込んで行く形で入る。
微妙に怖い気もしたけど、これまでの事を考えたら、麻痺していたのかそれほど危険にも思わなかった。
さて、そこでプールに併設されてる更衣室に入ると、中は普通のプールと似通っており、もしかして実地に調査でもして来たのかと思ったけど、あれこれ資料をネットとかで探していたんだとか。
ロッカーに荷物を入れて、早速水着に着替えようと思う・・・・・・のだけど。
「あの、向こう行ってくれる。見られてたら恥ずかしいし」
「そんなぁ。一緒にお風呂も入った仲じゃないですか。それに私達は恋人ですよ。裸だって見ても別にいいじゃないですかぁ。あ、お着替えのお手伝いとかしましょうか」
恋人になったからか、プールで水着だからか、これまで抑えて来ていただろうテンションが解放されてしまっている。
やっぱりロリコンの変態だから、小学生の着替えを見たいのか。
「いいから、向こう行って! お風呂には一緒に入ってあげるからぁ。最近大人しいと思って見直してたのに、もうエッチなんだから」
ぎゅうぎゅう押して別のスペースにやる。それからカーテンがあったので、その中で着替える事に。
いや、最初からそうすれば良かったんだろうけど、視線があると嫌だしね。
着替えを済ますと、時雨がメイドとして来るちょっと前くらいからやっと着け始めたブラジャーとパンツを、ロッカーに入れるのだけど、やはりここでも時雨に対して警戒はしないといけないから、ちゃんとセキュリティを重視して鍵を閉める。
「終わったよ。そっちはどう?」
わたしが時雨を呼ぶと、時雨ははーいと返事をする。
「あ、はい。私も今出来ました。じゃーん、どうですかこの水着。お嬢さまの為に気合いを入れましたよ!」
なんかうきうきしてるけど、こっちは少しばかりドキドキしちゃって、どこに視線を注げばいいのかわからない。
だって、向日葵とか花柄のビキニがいやに眩しい。大人らしく、そしてスタイルはいい方だと思う、出る所はそれなりに出ていて、引っ込む所はちゃんと引っ込んでいる。
しかし、わたしみたいにそんなに痩せている訳でもない。
「・・・・・・はー」
「どうしました、お嬢さま。ボーッとこっち見て」
「綺麗・・・・・・」
言葉を失っていたわたしは、ポツッと本音を呟いてしまう。それに反応して、時雨は赤くなる。でも嬉しそうだ。
「ええ? そうですか? ありがとうございます。ちょっと焼けなさすぎな体なので、不健康に見えないか心配だったんですけど、お嬢さまに褒められると特別嬉しいですね。ええ、しかしお嬢さまのスクール水着もとてつもなく似合っております。眼鏡を外した姿も、目つきが少し鋭くなって素敵です! やはり少女の膨らみかけの胸っていいですねぇ。お嬢さまのブラジャーもあんなに小さいサイズなの可愛いですし。ああでも、裸眼が新鮮でそっちがいいですかね・・・・・・」
語り出した。逆にこっちが褒め殺しにでもしないと、延々と変態的にこっちの美点を挙げていくんじゃないか、この人。
って言うか、目が見えづらい時の目つきって、凄く人相も悪くなってるだろうに、わたしなら何でも良さそうだよ。あんまり素顔を見られるのも恥ずかしいんだけどなぁ。
「さ、もうそれくらいにして、早く行こ。ソーニャさんも待ってるんだよね」
「ええ、そうみたいです。ご先祖様はバカンスの予行演習だ、とか言ってましたが」
プールでどんなバカンス気分が得られるのかは疑問だけど、作ってくれた人も楽しんでいるようで何よりだ。
「さあ、お嬢さま。シャワーを浴びましょうね」
うわー、これ嫌なんだよね。
プールサイドに行くまでにあるこのシャワー。冷たいし、痛い時もあるし。でもしょうがないから、浴びながら渡って行く。
それでプールサイドに行くと、どうも擬似的な太陽が光っていて、それは眩しさの様なリアリティはあるものの、全然暑くなくて最高の気分。
これ、多分焼けたりもしないんだろうから、一石二鳥だ。時雨も能力をフルに使わなくていいしね。
そう、時雨は外のプールだとえらく疲れてしまうのではないだろうか。オン・リフレクションを使って、とにかく気にしまくらないといけないし。
「おー、よー来たの。余は泳げはするが、ここのテントの中で優雅にトロピカルフルーツでも飲んでおるよ。さあ、早く出すんだティナよ」
ホントに泳げるのかなぁ。ソーニャさんは小さい体なのに、繋がっていながら肌を晒す箇所の多い水着を着ている。
おへそとか丸見えなんですけど、どうして魔族ってこうも露出していくスタイルなのかな。
「はーい、マスター。刺激的な食事には刺激的な体験。また色々してあげましょうかー?」
「や、今は結構だ。こんな人の目があるとこではいかん。ま、まぁお前のテクニック凄すぎるから、そろそろ下半身も許してもええかとは思っておるんだが。いや、しかし。恥ずかしいのぉ・・・・・・」
イチャイチャし始めた。しかも子供に聞かせたらいけない会話じゃないの、これ。頼むからこんなわたし達がいる所で始めないでよね。
ティナさんはと言うと、ワンピース型の水着を着用している。
赤い水着で派手なソーニャさんと違い、白で清楚なイメージになりそうな似合った格好だ。
まぁ、今の会話から推測したら、この二人爛れた生活してそうなんだけどさ。
「マスター、あたしも泳いでいいですかー。水の中がどれだけ気持ちいいのか、お風呂だけじゃわかりませんからー」
「もう仕方ないのー。それならちょっとだけ泳いで来い。余は疲れる事はせんからな。ビーチでのんびり休暇を楽しむのだ」
ビーチってテント建ててるプールサイドなんだけど。でも寝転べる寝椅子はあるから、そうやって楽しむ気満々だ、この人。
「あ、ティナさん。飛び込んではいけませんよ。冷たい水にいきなり入ったら、心臓にも悪いですからかけてからでないと。それに準備運動もちゃんとしなくては」
ここら辺がちゃんと保護者らしい所か、って言う面倒見の良さを見せる時雨さん。頼もしくて信頼しても良さそうと、ちょっと見る目が回復。
そうね、わたしもプールは嫌いだけど、準備運動しないと足攣ったりするから、いつもしっかりする事にしてる。
時雨の指導で全身の運動をしてから、ティナさんは早速パシャパシャかかって、きゃーとか言って入って行く。
「冷たくて気持ちいいですー。これがプールなのですね。さー、泳ぎましょー」
そう言うが早いか、すいすい泳いでいくティナさん。ああ、スペックの高い人は違うな。いいな。羨ましいな。
そんな視線が目に入ったのか。時雨が笑いながら、わたしを促す。
「さあ、お嬢さまもまずは水に浸かってみましょうか。どこから出来ないんですか?」
もうなんかそんな小さい子に対するみたいなのやめて欲しい。
ハッ。それで温かい眼差しで笑っていたのか。むきー。
・・・・・・でも実際、顔つけるのも怖いんだよね。でもゴーグルがあるから、まだマシか。
「そうですか。落ち着いて鼻から空気を吐き出して、固くならないようにしたら、割と水中も楽しいものですよ?」
うぅー。簡単に言ってくれるじゃない。
「さ、やってみましょう」
そう言って手を握る時雨。ってこの手は何なの。別にそこまでビビってなんかいないんだから。やってやるわよ。顔を見ずに浸けるくらい。
ごぼごぼと最初は目を瞑りながら、ちょっとおっかなびっくりやってみる。それから恐る恐る目を開ける。
そうしたら、作りたてだからか綺麗なプールの中が目に飛び込んで来る。それに見とれている間に、段々苦しくなって来た。
ぷはーっと顔を出すと、時雨が
「いいじゃないですか。潜るのは大丈夫そうですね。まぁ、ちょっと怖々ですけど」
と言って褒めてくれる。やだ、苦手な事褒められるのって、ここまでやる気になるものなの?
それとも好きな人にこんなに親身になって、教えを受けようとしているから?
「じゃあバタ足とかもやってみましょうか」
あー、嫌だな。時雨に手取足取り教えられるのはいいんだけど、それで泳がないといけないのが大変だ。
それでバタ足? どんなになっても知らないわよ。
とりあえず時雨が手を持ってくれている。そこでわたしは顔を浸けて、バタバタとやってみる。
これがまたちゃんと進まなくて、息継ぎもしんどいし、全然泳ぎになってないって所が難点なんだよね。
「うーん、ちょっと止まって下さい、お嬢さま。これは多分、足の蹴り方が問題なんですよ。慌てすぎって言うか、沈まないようにして、余計に沈みそうな泳ぎ方になってるとでも言いますか・・・・・・」
うー、だって怖いんだもの。どうやったら落ち着いて綺麗なフォームで泳げるのかしら。息継ぎだってもうあっぷあっぷだし。
「じゃあ、あちらのスロープでバタ足のトレーニングしてみましょう。ちゃんと蹴れたら進みますから」
そう言われて、わたしはそのスロープの方に向かう。スロープを掴んで、それで蹴ればいいのかな。
バタバタやろうとしたら、足を掴まれて、
「こんな感じでここをこうして、足の先をイメージして蹴るんです」
ちょっと触られてくすぐったいけど、それで足先が大事なんだと伝わる。ぐちゃぐちゃに蹴るんじゃなくて、綺麗に蹴ってみる。全体で頑張ろうとするんじゃなくて、足先に集中する。
しかし息継ぎをしようとすると、途端にバラバラになって、泳ぎ続ける事が出来ない。
「ああ、やっぱり。お嬢さま、平泳ぎとかも苦手でしょう。それなら横から息継ぎするとかどうですか。こんな風にクロールする時はするでしょう」
「わかってるじゃない。だってそんなに上手く出来ないんだもん。そのクロールのやり方も苦手だし」
「円を描く感じでやってみて下さい。いや、扇形かな? とにかく落ち着いて型を意識するんです」
うーん、それも難しいなぁ。やってみても、やはり沈んでいく。ぼこぼこぼこ。
「それなら、片方の空いてる手を頭の方に添えて、こんな風にですね」
そう言って、手本を見せてくれる。
やはり言うだけあって、時雨のフォームは綺麗だ。バタ足の方もそんなにバタバタしていない。
最小限の動きだけで蹴っている様だ。これがわたしに出来るだろうか。運動音痴って言うのは、頭で理解していても体がついていかないから、それを中々脱する事が出来ないのだ。
それを皆笑うけども、本人にとっては笑い事じゃないんだよ。
バタバタやるのは少しマシになっただろうか。これならちゃんと進むかな。
で、息継ぎを言われた通りにやると、多少安定するけど、息を吸うのが怖くてまともに吸えないで咽せそうになる。
「息継ぎは慌てて一気に吸おうとするんじゃなくて、スッと吸うだけでいいんですよ。頻繁に息継ぎすればいいんですからね」
こんな駄目なわたしにも丁寧に教えてくれる時雨。ありがたいけど、どうも中々その感覚を掴めないままだ。
「うーん、どうしても息を吸うのは苦手みたいですね。一呼吸で吸う方が、泳ぐ時も安心なんですけど」
うわー、駄目な生徒だ。わたしはこれまで散々先生に迷惑掛けて来て、今も時雨に迷惑掛けてる。
しかし、時雨は根気良くやってくれるな。普通は学校では匙を投げるパターンとか、頑張りましょうとかの根性論で片付けられる事もあるのに、馬鹿丁寧なくらい基本を教えて貰っている感じだ。
まぁ、静先生とかみたいに学校で教える立場だと、クラス全員を見る必要があるから、全員を一人ずつ丁寧には指導出来ないだろうし、それを出来る限りやってもわたしみたいに出来ない人間は取りこぼされる訳で。
「ああ、段々いい感じになって来ました。足の方もまだぎこちないですけど、大分ちゃんと蹴れて来てますよ」
ああ、それなら良かった。マシになってるんだよね。
「それじゃあちょっとやってみますか? 手は持ってますから、片方離して息継ぎしながらやってみましょう」
うん。頑張ろう。
そう思って時雨の手の感触を確かめながら、それ以上は意識出来ないくらいわたしは必死になっていた。時雨が期待してくれてるんだもん。出来るようになりたい。
バタバタやると前よりホントに進んでる感覚になっていた。おお、これはかなり感動だ。
でも上手い人よりは多分型も酷いだろうし、スピードも遅いんだろうな。
勿論、そんな事はどうでもいいからと、息継ぎもやってみる。もしかして、ある程度は出来るようになってる? これなら十五メートルくらいなら泳げたりしないかな。
「はい、いいですよ。ちょっと休憩しましょう。必死になりすぎて、お嬢さま、大分息あがってますからね」
言われてはたと気づく。かなりぜいぜい言ってるよ、わたし。そりゃあ運動不足だし、運動は苦手だし、こうなるよね。
時雨に手を引かれながら、プールから上がって、ぺたんと座る。
はあ、これがまたずっと続くと思ったら嫌だなぁ。夏はそれでなくても暑いのに、どうしてこんな必死こいて汗をかかないといけないんだろう。水の中で遊んでるだけなら楽なのに。
「やはりお嬢さま、論理的にやってみるといい感じですね。今までは泳ぎの型をあまり理解してなかったんじゃないですか。手本見たり、直接的な指導で随分上手くなりましたよ」
そう、なのかな。確かにイメージする型の方法とか、バタ足の蹴り方のやり方なんかも足を持って指示してくれたから、かなり助かってるかも。
これはある意味、女性同士だから出来る特別な指導方法だよね。
「ねえ、もう今日はこの辺で勘弁してくれない? もう疲れたよ。時雨と遊ぶ時間も作ろうと思ってたけど、もう無理しんどい。これであがろう?」
「そうですね。確かにお嬢さまにしては、かなり無理しすぎたかもしれません。運動嫌いっていつも言ってますもんね。お嬢さまは座学がやはり似合います」
何それ、褒めてるつもりなのかな。まぁ、勉強の方が苦痛はないし、本読むのは至福の時間だから、それはそうなんだろうけど。
大体、眼鏡掛けなきゃいけない視力で、運動を目一杯やろうって言うのが無茶なのよ。眼鏡のキャッチャーとか一握りしかいないでしょ。
「何だ、ひ弱だなぁ、ご主人は。こんな体力のなさで、我らのご主人の威厳を保てるのか」
む。ソーニャさんが煽って来る。しかし、別に無理なものは無理なので、反論もしない。って言うか、その気力も今はない。
「あー、駄目ですよーマスター。ご主人様だって頑張ってるんです。出来る人の論理から、出来ない人を責めるなんて大人げないんだからー。偉い偉いって言ってあげなきゃ」
ああ、ティナさん優しい。
ソーニャさんが造ったとは思えないほど、出来た人だ。これでまだ学びながら色々世界に触れてる途中だって言うんだから、大した物だ。
「とにかくもう出るから。ここにシャワーってあるの?」
「ああ、それなら更衣室の手前に作ってある。使うといい」
それならもう出よう。ぐったりしてるから、もう無理。今日は早めに寝よう。でもこれからの授業の事考えたら気が重いなぁ。
時雨と一緒にプールを出て、シャワーの個室に入る。
頭を洗う為のシャンプーとか石鹸なんかも置いてあるので使わせて貰う。これ、どこから調達して来たんだろう。ウチから持って行ったんじゃないよね。
ざーっと流していると、不意に隣は今、時雨が使っているんだと気づく。
いや、落ち着け小春。時雨とは一緒にお風呂にも入った事あるんだし、裸は見てもどうって事ない。
ううん、やっぱり裸を見たり見られたりは恥ずかしい。どうしよう。この隣に、一糸纏わぬ時雨が。ってわたしも今裸だ。まさか、覗いたりしないわよね?
「あの、時雨。いる?」
「え? お嬢さま、どうかしましたか。もしかして体洗いたいから、タオルが欲しいんですか」
や、そう言う事ではなく。体はまたお風呂に入った時に綺麗にするからいいよ。そうじゃなくて、そこにいるのを確かめたかったんだけど。
「ううん。そうじゃないの。そこにいるのを確かめたくて。先に行っちゃわないでね」
シャワーが流れていると言うのに、ふっと時雨が笑った様な気がした。
「はい、わかってます。お嬢さまの頭拭いてあげますよ」
うう、それはありがたいけど、今はなんかそう言う接触って凄く照れくさい。でも感謝の言葉は口にしっかりして置かないと。
「あの、今日はありがとう。これで多分、授業も何とか乗り切れると思う。もうちょっと練習した方がいいだろうし、また付き合って貰いたいんだけど」
「ええ、構いませんよ。幾らでもお嬢さまの為になる事でしたら、是非私を頼って下さいね」
ああ、凄く優しくされて、わたしこの頃どうもおかしいみたい。
こんなに他人から優しくされるのも、こんな満たされた心になるのも、あんまり今までなかったと思う。
お姉ちゃんへの気持ちは、こう言うのとは微妙に違っているし。
シャワーをキュッと止めて、バスタオルを巻いて、外に出る。
そうすると、時雨も同じように出て来る。やはりタオルを巻いていても、胸がしっかりあるのが見える。
いいなぁ、大人はそう言う体の部分でやっぱり子供と違う。
「ほら、もう一枚タオル出しますから、頭をちゃんと拭きましょう」
わしわしとしながら、優しく拭いてくれる時雨。どっちにしろ、後でドライヤーで乾かさなきゃ。それもやってくれるかな?
「勿論。乾かさないと風邪引いちゃいますからね。お嬢さまのお体が、何よりも大切ですから」
むにゃむにゃするなぁ。どうしてこんなにわたし第一で考えてくれるんだろう。恋人と言っても、随分わたしを優先しすぎじゃない。
「ねえ、何かして欲しい事ってないの。いつもあなたがわたしにしてくれるばっかりで、わたし何も返せてない。だから何でも頼み聞いちゃうわよ。勿論、変な事でなければだけど」
えー、そうですかー、と言いながら思案しているらしい時雨。ああ、ちゃんとそれ考えてくれるんだ。
「でもお嬢さま、時々私の作った服を着てくれるじゃないですか。それだけで充分満足ですよ。魔法少女のコスプレみたいなのでも、そんなに嫌がらないで着てくれますし」
「あ、あれは恥ずかしいんだよ? でもちょっと興味もあるし。それに時雨が似合うって言ってくれるから。他の子にはそんな風に思われないのはわかってるけど、時雨にとってはそれってお世辞じゃないって言うの伝わるし。眼鏡でもいいって言ってくれたでしょ」
そう、眼鏡でも可愛いって言ってくれる。痩せているのもそんなに問題にしない。
読書したい時は相手しなくても、文句は言わない。美味しい食事や飲み物を作ってくれる。
わたしはそんな時雨に何が出来るだろう。そんな服着てるだけで満足なんて、要求のレベルが低すぎやしないだろうか。
「ねえ、何か他にないの。もっと考えてみてよ」
更衣室でロッカーから着替えを出して、着替える。
当然、時雨は一つ向こうにいる。向こうから声が聞こえて来るけど、こっちを見てる気配はないから安心だ。
「うーん、本当に私はお嬢さまが傍にいてくれるだけで、他に何も望まないのですけど。・・・・・・ああ、そうですね。じゃあ、デートしましょう。お洒落して、可愛い格好でどこかに出かけませんか。当然、私もちゃんとメイド服以外の服を着て行かないといけませんが」
そ、それは願ってもない提案だ。可愛い服を着た時雨なんて最高ではないか。
只でさえフリルの付いたメイド服が似合ってると言うのに、お洒落な姿なんて見たらどうなるのか。
「う、うん。じゃあいつがいいかな。わたしが付き合える場所なんてあるかな。わたしが遠出する場所なんて、大きい本屋とか古本屋くらいだし」
ポンと打つ音が聞こえて、また時雨が提案してくれる。
「それなら、その本屋デートと行きましょう。他にも計画立てられますけど、まずはお嬢さまが目一杯に楽しめる所がいいですしね」
それはわたしは確かに嬉しいけど、時雨はいいのかな。ホントにあなたはそれ楽しい?
「大丈夫です。色々本を読む楽しみも最近わかって来ましたし、ちょっと大きい本屋でどんなのが売られているかチェックしてみたいなって思ってたんです。お嬢さまが熱中してる姿を見るのも、それはそれで眼福ですしね」
「そ、それじゃあ別にそれでいいわ。そうしましょう。ありがとう、またわたしに合わせてくれて」
「いえいえ。あ、着替え終わりました?」
ヒョイと覗き込んで来る。
わ、もう終わってたからいいけど、まだだったらタオル掛けてるとは言え、いけない行為だぞ。
「じゃあ、もうこの空間から出ましょうか。あっちに行けばいいみたいですから、さあ手をどうぞ」
まるでエスコートされてるみたいで、ちょっと変な気分。
でも手を握るとやはり温かい気持ちになるし、子供でいる特権はここにあるのかも、とか思ったりする。
そう言えば、プールにも入らないのに、ソーニャさんはあれでバカンス気分になれているんだろうか。
まぁ本人の楽しみ方に文句はないから、好きにしてくれていいけど。でもティナさんもあれだけ泳ぎ回れて良かったな。
ティナさんには、わたしが思うに、もっと外とかでも遊ばせてあげられたらいいのになとも思っていたし。
ファンタスマゴリア内で色々出来るのなら、それに越した事はない。危険もない訳だしね。
さあ、わたしはしんどいから昼寝をしようかな。もうくたくたで、とても読書に移れる体力の状態じゃないんだよね。




