第23話時雨のキス。クリスティーナ爆誕。ティナと呼ぶソーニャさん
はぁ。あの晩未遂に終わって、中々キスして貰おうとする機会がなくて困ってる。
いや、もう一回頼むのが恥ずかしいだけでもあるんだけど、どうしたもんか。
そんな時に辞書をパラパラ捲っているマルちゃんがふと呟いて、ハッとする。
「ふうむ。付き合うと言うのは、人との関係構築や行動を共にするだけではなく、恋人としての交際にも言うのか。うむ、儂も少しは細かい部分にも日本語に通じられるようになって来たようじゃ」
いや、待って。
そう言えば、わたし達ってまだ付き合ってないじゃん。それなのに、キスしてとかキスしたいとか、わたしはどれだけエッチな子供だったの。
いいのか。それはいいのか?
「なんか慌ててる子がいるけど、マルちゃん爆弾放ったみたいだよ。お母さんも吃驚だなぁ。交際もしないのにキスが常態化する若者の事情は。キス友とか呼べばいいのかな」
「あああー、言わないで。わたしもホントはもっと手順を踏むつもりだったんだけど、ソーニャさんが儀式だ何だで、キスせざるを得ない状況だったから」
「まぁ、事情はそれぞれだわね。でもそれなら、これから筋通せばいい話だよ。時雨が買い物から帰って来たら、ちゃんと話すんだよ。ってそのソーニャちゃんは何やってんの。絵?」
お母さんは受け入れてくれているみたいだけど、未だにわたし自身が衝撃を禁じ得ない。
そう言えば、お母さん達はどっちから告白とかしたのかな。どっちがするのも想像つかないなぁ。
「中々素人にしては上手ですね。尤も、焚火さんには遠く及びませんが」
氷雨さんって実は結構、お母さんを崇拝してるくらい褒めちぎるんだよね。
そんなソーニャさんの落書きにプロの絵を張り合わせなくてもいいのに。って確かにそもそも何でソーニャさんは絵なんか描いてるんだろうか。
「うむ。伴侶のイメージを構築しているのだ。部下にもなって貰う予定だしな。回復も割と順調だから、ファンタスマゴリアの力もそれくらいなら使えそうだしな。だって、早く誰かと愛し合いたいではないか。もう余はうずうずしておるんだ」
はー、なるほど。この前の妄想を形にしようと努力してる訳か。
「ふーん。それなら、何かアイデア出してくれたら、私が描いてあげよっか。理想像なら上手い絵の方が、実際に作るのにも参考になるでしょうし」
おお、お母さんが珍しく仕事以外のお絵かきに熱心だ。こんなのってあんまりない事だよ。氷雨さんもそれを察したのか、釘を刺す。
「焚火さん。あんまり無償でそんな事ばかりやらないように言ってるじゃないですか。知ってるんですよ。ネットに趣味の絵を割と頻繁に上げてるの。只でさえ仕事が忙しいのに、もうちょっと自分の体を労って欲しいですよ」
「ははは、大丈夫だって氷雨。管理はしっかり出来てるつもりだよ。ここ何年かダウンした事、全然ないでしょ私。丈夫なのも取り柄だから、心配しないで。でもありがと」
見つめ合う大人二人。
だからそれ別の所でやるようにって、お母さん言ってなかったっけ。自分達は固有空間形成しちゃってまぁ。
いやそれにしても、お母さんがそんなに仕事以外の絵を頻繁に描いてるとは思わなかった。
アカウントとかフォローして置いた方がいいのかな。相変わらず氷雨さんは、お母さんを良く知ってるよ。
「それなら、幾つか案を出してみたメモ帳を見てくれ。この設定を細かく相談しよう」
何やら盛り上がるソーニャさん。楽しそうでいいな。こっちはそれどころじゃないよ。
マルちゃんは既に別の箇所を眺めていて、そんなに辞書が楽しいのかな。いや、今度はなんと百科辞書を見てる。
あれって結構参考になる事もあるし、簡単に知りたい時は便利だよね。ネットで見たら真偽が不明の箇所があったり、変にリンク辿りまくりになって大変だったりするし。
あ、でも百科辞書もあちこち関連項目があるんだよね。これはこれで面白いんだけど。
さて、わたしも読書に戻ろうかと思っていると、時雨が帰って来て、冷蔵庫に入れたり引き出しに仕舞ったり、テキパキとこなしていくのがわかる。
どうしよう。終わってからでいいかな。それともこの後もまだ色々用事はあるよね。
じゃあ、どうしよう。時間ちょっとだけ割いて貰いたい。
買い出しの収納は終わった様なので、わたしは時雨の所にちょこちょこと行って、メイド服をちょこんと引っ張る。
「お嬢さま? どうしましたか。おやつには早いと思いますが、それにお嬢さまはそんなに食いしん坊じゃないですしね。それじゃあ、何でしょう」
「その、ちょっと部屋に来て」
手を取って、顔を伏せながら部屋に連行するわたし。こんな有無を言わせずで良かったんだろうか。
「あの、それでどうしたんですか、一体」
部屋のクッションを渡して、それを胸に抱き締める時雨に対して、対面に座らずに横に座ってジッと見つめるわたしに、時雨は少し戸惑い気味だ。
やっぱり押しに弱いのに、どこか気後れする所があるよ、この人は。そう思うと、最初は逆に相当テンパってて、裏目に出るほどやり過ぎたのかな。
「あのね。その、わたしと付き合って欲しいの」
わあー。単刀直入に言い過ぎた。こんなにストレートに言ってしまって、恥ずかしいよ。
「いいですよ。どこについて行けばいいですか?」
がくっ。そうじゃないでしょ。ってこれってよくある勘違いかな。
「そうじゃなくて、そうね。こう言う時どう言えばいいのかな。だから、その、正式に交際としてお付き合いをして欲しいの。こう言う事、言ってなかったなのに、キスとかしたりお願いして悪かったなって」
ぱあっと顔を輝かせながら、恥じらいの顔も見せてくれる時雨。
この人、結構こう見てたらホントに可愛いな。わたしの行動一つで、ころころ表情が変わって、わたしはもっと喜ばせてあげたくなる。
「それは嬉しいです。私もお嬢さまの事は大好きですし、それなら女子同士の交際をしましょう。私達、これから彼女って事なんですね」
そ、そっか。彼女、なんだね。それは無茶苦茶照れるなぁ。
でもそれだけじゃなくて、今はもっとこの頃のわたしの頑張りを参考にして、わたしから押していかなきゃ。時雨は押しに弱いんだから。
「じゃあさ、今日こそ時雨からキスしてよ。いいでしょ」
見上げるわたしに、うぅっとたじろいで、そ、そうですねと言いながら、困った顔をする。そんなに自分からするのって難しいのかな。
「お、お嬢さまのお願いなら聞きますけど、これまで交際ってした事なかったから、どう言う距離感でいればいいかよくわからないんです。それにしてもお嬢さまは、引っ込み思案な性格の割に、打ち解けた相手にはぐいぐい来ますね」
いやいや、これは時雨だからなんだって。
だって、まふちゃんとかにもそんなにずけずけとは何でも話さないもん。それだけ気を許してるって事だと思って欲しいなぁ。
「そ、そうですか。それならいいのですが。でもまだそんなに期間は経ってませんけど、一生懸命尽くして来て良かったです・・・・・・。お嬢さまの信頼を勝ち得たって、そう言う事でしょう」
うん、感動してくれて何より。それより、早くして欲しいなぁ。
「ねえ、時雨。早く、して?」
「うっ。お嬢さま、うるっとしてこちらを見つめるの反則です。可愛すぎですよ。い、いいんですね。優しくするように心掛けますから、目を閉じて下さい」
時雨に言われて、わたしは目を閉じて、少しキスをねだる様な口の形をして、静かに待っている。
そうすると、緊張した雰囲気が伝わって来そうで、中々してくれないのに焦れてしまう。
と思っていたら、ふとそっと丁寧に口づけをされて、口の感触が満たされる気分になった。
これってやっぱり時雨とするから特別なんだ。まふちゃんの時もドキドキしてまた違う感動があったけど、時雨は大人だからちょっと背伸びしながら、わたしもする感じがして、それが秘密の出来事みたいでもあって、それが特別なんだ。
「あの、あんまりそう言うお願いばかりしないで下さいね。私参ってしまいます。もうちょっと冷静にご奉仕を普段から出来るように、普通に接してくれる方が私も気軽にお嬢さま萌えとか言えますので」
うーん、結構複雑だなぁ。自分からは可愛いとか色々したいけど、相手からの攻めは困ると。
「ふうん。時雨もわたしと同じで、割と面倒な性格なんだね。そんな一面も可愛いね。もっと色々な時雨が知りたい」
それがキラーワードだったみたいに、
「わー、お嬢さま。そんな言葉どこで覚えて来るんですかー。わ、私が可愛いだなんて」
「だって時雨って肌も白くて綺麗だし、凄く可愛いよ。若くも見えるしさ」
「そ、そうです、か? それは嬉しいですけど、そんな風に意地悪はあまりしないで下さいー」
やはり自分への褒めは照れてしまう様だ。それも可愛いと言うのがわかって、もっと照れさせたくもあるけど、ここら辺りで勘弁してあげよう。
「意地悪じゃないんだけどなぁ。まぁ、いいや。ほら、向こう戻ろう。ソーニャさんの冷やかしも面白いよ。何だかこの前の妄想を本格的に形にしようとしてるんだって」
手をまた取り合って、わたし達はより近づく事が出来た気分に浸りながら、日常にまた帰って行く。
この前から少しずつ焚火と相談しながら、色々案を考えて備えて来た。もう我慢出来んのだ。
あの二人イチャイチャイチャイチャしおって。しかも吸血をせんじゃないか。それでは余の回復に繋がらん。何の為にパイプを繋げたと思っておるのだ。
そして焚火とあれこれやっておっても、もう一人のメイド、氷雨と言ったか。
あやつが何やら焚火を褒めちぎるのはいいが、それを契機に焚火もデレデレするんだ。どこもかしかもカップルだらけで、寂しいのよ余は。
昔の伴侶がいてくれた頃はまだ良かった。封印空間でもそれを見て慰めていたさ。
しかし外部と接触出来ない時は、その封印空間で子孫のあれこれを見続けるのは結構辛かったぞ。
話せるようになってからは、寝物語に会話をしてくれる奴らばかりで嬉しかったから、ある意味で子孫には恵まれておるんだろうが。
時雨には悩み相談なんかもされて来たが、あまり力になれなかったのは、能力の弱い魔族の悩みをどう解決すればいいかわからんかったからでもある。
それがついに幸せを手に入れたのはいいが、余の事を忘れすぎじゃないか。
だからもっと余の伴侶になってくれそうな、部下にも相応しいおなごを作り出さねばならんのだ。
と言う訳で、一週間うんうん考えて、スケッチが完成した。
それを元に我がファンタスマゴリアの中で、ゴーレムを作るかのように、概念から魔力で編んだ魔族を作るのだ。
まだまだ力のある魔族を作るまでにはいかんが、作った奴に血を吸わせたりなんかしている内に強力になるって寸法だ。
ふふふ、我ながら長い道のりを来たものよ。
これから余らのパラダイスを作れる野望の日々が始まるのかと思うと、笑いが止まらん。わっはっはっは、とやってしまうくらいに。
さて、ファンタスマゴリアに引き籠もる事を宣言しておいて、余は夜中の内にやってしまおうと準備を整えてから、儀式を開始する。
ふふふ、ついにだ。愛が成就するのだぁ。
儀式の魔方陣がピカッと光ってから、その上に形成されていく人間の形。多少、その経過はグロいかもしれんが、こんなのは余は見慣れておるから平気だ。
そして、どんどんその姿が見えて来る。おおっ。いいぞいいぞ。
パッと出て来た少女。その髪は栗色で艶やかであり、目がパチッと大きくくりくりしておる。
これは凄く美少女と言うのではないだろうか。それにそのあどけなさの残る幼い顔形とは打って変わって、肉体はしっかり成熟している。
「ふわー。マスター、製作してくれて誠にありがとうございますー。マスターのお世話はあたしにお任せ!」
そう言って、こやつ抱きついて来おる。
って! 裸だ、裸! そりゃあ生まれたばかりだから当然だが、何か着る物を概念で纏わなくてはいかんだろう。余が小っ恥ずかしいわ。
「ええー、じゃあマスターがパパッとやって下さいよー」
どうも気の抜けた奴だな。まぁ、良い。ささっと腕を振って、服を着せる。
あまり現代の衣装には通じていないので、余は時雨を参考にした。メイド服、である。
「わー、可愛いですねー。こう言うのがマスターのお好みですね」
いや、そう言う訳ではないのだが。・・・・・・それにしても名前を考えんと不便だな。ふむ。そうすると、こう言うのでどうだろうか。
「いやいや、とりあえず便宜的にそれを着ておいてくれ。後でまた色々考えるわ。それより余のネーミングセンスはどうか知らんが、お主に名前を与えてやらんとな。そう、クリスティーナと言うのはどうだろう。良し、余はティナと呼ぶ事にするぞ」
「ふむふむ、クリスティーナ、ティナですか。はい、気に入りました。マスターとお揃いの外国名ですね」
うーむ、外国名なのは、元々余がヨーロッパの人間だからと、そう言う元型でティナを作ったからなのだが。まぁ、それはいいか。
「おや、これは何ですか。何かしてます」
む? こ、これはパペッツでまだ隠れて見ていた時雨とご主人ではないか。
むむむ、一緒に寝ておる。これは多分、この間の事から、時雨が添い寝をしておるんだな。
くぅー、羨ましい。余も安心して寝るのに、苦労して来たから、優しく抱かれて眠るのには飢えておるぞ。
じゃなくて、これは黙っておるように言っておかなくては。
「ああ、うむ。実は余ともこいつらは関係が深いから、しっかり観察しているのよ。だからこれはこやつら、特にご主人の小春には内緒で頼む」
「ふーん? いいですよ。ってそうでしたね。この女の子が、あたし達のご主人様なんですよね。グランドマスターのマスターも形無しですー」
うう、確かに余の権威は失墜した。別に時雨に義理立てせずともいいが、とりあえず従って置いた方が都合は良さそうだしなぁ。
しかし、ティナを見ると目を開いてその二人をジッと見て何やら興味深げだ。
「なるほどー。マスターはこれをして欲しいんですね。あたしにして欲しい事があったら、何でも言って下さいね。教えて貰わないといけない事も沢山ありますし」
そうだなぁ。とりあえず血を吸う相手でもいればいいんだが。
それ以外では、余がやっているクアドロフェニア出版への出資とかその辺の事業を手伝わせる訳にはいかんし。
とにかく余はこのティナで、癒やされたいのだ。
「そうか、そうだな。では余をまず褒めるがいい。お主を創造してやったんだからな!」
胸を反らして自慢気にする余に対して、この少女、あろう事か頭を撫でおった。
な、何と恥ずかしい行為をして来るんだ。余は子供じゃないぞ。
「よしよしー。マスターは苦難の時は長きに渉って堪え忍んで、こんな小さな体なのにずっと頑張ってて偉いですよー。孤独は人の心を荒廃させます。これからは、あたしが傍にいてあげますからね。ギューッとします!」
むぐっ! 胸に締め付けられる。
こいつ、ハグは好きなようだから、それはいいのだが、もうちょっと顔を圧迫しない方向で出来ないものか。でも柔らかい感触は素直にええのぉ。
「もうー。何だかスケベさんみたいな顔してます。もう少し小さい子らしく喜んだらどうなんですかー?」
「何だと?! 余は子供ではない。体が小さいのも力を失っておるからでだな。どいつもこいつも容姿だけで人を判断しおって。いいか、余は偉大な大魔族。お主らの頂点に君臨する長なんだぞ。もう少し年長者を敬ってだな」
ふふー、と悪戯っ子みたいな表情をするティナ。何だ。反抗でもする気か。
「いやー、でもマスターは子供っぽいとデータにはありますよー? 以前は一人で寝られない。辛い物が駄目。甘えん坊な所がある。ほら、このファンタスマゴリアのデータベースに」
な、な、な。何を見てるんだ、この女。
確かにここには余のプライベートが全て保存されていて、逐一記録しているから、いつでも閲覧出来るようにはしてあるが、他人が見ていいと言った覚えはない!
「み、見るな~! 余は精神だけは弱いんだー。そこを突かれて封印されたのは反省しておるが、メンタルトレーニングなんかしてもそんな簡単に強くなるもんじゃないって。だから余はもたれ掛かれる優しいパートナーが欲しかったのに、お主はそんな意地悪をするんか~?!」
「ああー。泣かないで下さいよ、マスター~。悪かったです。あたしはマスターを支えますからー。ほらよしよし、よしよし」
「うぅ~、泣いておらんわい、ぐすっ。それから子供扱いはいかんと言っとるだろうが。撫でられるのは嫌いではないが・・・・・・」
「はいはい、素直になりましょうねー。マスターはあたしがちゃんと一人前に育ててあげます!」
子供じゃないと言うておるのに。どうして余はこんなに子供に見られるんだ。
これは実は容姿もしっかり大人だった昔からそうだったから、ずっと疑問だったんだが、もしかして余って皆の玩具にされてる?
嫌だー、余の権威はどこに行ったんだー。
むにゃむにゃと寝ぼけながら、傍らに人間の体温を感じて、安らぐ気持ちに包まれる。
これだ。余が求めていたのはこれなんだ。
そう言えば、昨日はいつファンタスマゴリアから出て来て眠りについたか。もう部屋の中ではマルが眠りこけていた気がするが。
ティナはあれから、色々学びたがり、その為のツールをファンタスマゴリアの力で作ってみたのだが、これが現代機器に近い様な形状に出来たのが余の自慢だ。
勿論、余の能力の中にあるデータベースとかにしかアクセス出来んが、膨大な記録と様々な学習プログラムは入っているから、飽きなければずっと使い続けられるくらいだろう。
それで余は目を擦って覚醒しようとすると、こちらを覗いている目が二つ。黒髪の少女だったから、これはマルだな。・・・・・・何を見ておるんだ。
「なるほど。これもおねロリと言うもんか。またトリッキーな形式じゃが、ソーニャらしいわい」
「待て! 誰がロリだ。寝ぼけるのも大概にせい。余は断じて子供ではないぞ」
ははあと興味深げにこちらを尚も覗くマル。何が言いたいんだ。
「寝ぼけておるのはお前じゃないかの。じゃから儂は、そのお主の生まれたての人形がロリだと言うたんだが。自分でもロリの意識はあると言う訳かい。体に引き摺られるのじゃな。ああ、そうだとするとお主は婆さんであったか」
ぐぬぬ・・・・・・。あれこれと愚弄してくれるわい。
しかし、言ってる事は確かなのか。余をお姉さんのポジションに置くと言うのなら、許してやらん事もない。
「はよ起きて来い。儂は起こすように言われて、面倒じゃなあと思っとるんじゃからな」
そうか、こいつに起こされるより早く起きるようにせんとな。・・・・・・それでこの娘はいつまで寝る気だ。
「おい、ティナ。起きろ。皆に紹介するんだから、とにかく支度をせい」
余はティナに対して、ぺちぺちと頬を叩く。
何気に見れば、こやつ余と同じ服装をしておる。どうやって作ったのか。ああ、真似を出来る能力が備わっているんだったな。
多少、この娘には露出度が強い刺激的な衣装だが、これは後で時雨に相談した方が良いかもな。
「むー? マスター、おはよう、ござい、まーす。良く眠れましたか。あたし、役に立ったんでしょうか」
「う、うむ。そりゃあ、寝心地は最高だった。お主がいてくれると、ホントに助かる。しかし、服装はまた考えねばならんな。良し、小春の来てた様なティーシャツを着せて置こう。それを脱いでこれを着なさい」
ティーシャツと長めのスカートを渡して、事なきを得る。いやまだだ。
この少女の胸ではブラジャーがいるんだな。後でファンタスマゴリアの力で作る前に、細かくサイズを測らないといかんな。
とにかくそれで余とティナはダイニングに向かった。そこには朝食が用意されているが、当然ティナの分はない。
そりゃあそうだ。弁明して置いて、今日は余の分を分けてやろう。
「済まんが、これから一人分多めに作ってくれ。時雨の負担を増やしてすまんのう」
「ええ、いいですけど。その方がこの前言ってた、創造するパートナーですか?」
「うむ。クリスティーナと名付けた。それだからティナと呼んでくれ。ほら、挨拶せんか」
そう余が振ると、ティナはぺことお辞儀をして、愛嬌を振りまく。
「ティナでーす。よろしくですー。えーと、あなたがあたしのマスターのご主人ね」
訝しげな目をしているご主人。何かこれは追及されるのじゃないか。そわそわ。
「そうだけど、なんかわたし、いつの間にその大魔族の一族のトップに据えられたのかしら。あなたにもご主人って言われるのね。それと、ソーニャさん。これ以上、食費とか増えすぎたら、お母さんの収入が大分多いって言っても結構厳しくなるんだけど、どうするんですか」
ああ、それは確かに考えていた。こればっかりは、この家にそんなに負担は掛けられん。
「うむ。余とティナの分、生活費はキチンと余の収入から入れるわい。それはキチンと筋を通さんとな」
「え? 収入、あったんだ。まぁ、それならいいけど。って、何?」
ああ、こら。そんなにご主人をジロジロ見てはいかんぞ、ティナ。変に言いがかりをつけられては余が困る。
「ふーん。マスターよりは大きいようですが、ご主人様も甘えん坊なのですね。時雨さんと一緒に寝ていました」
「な?! 何でそれを? ちょ、ちょっと待って。皆、これは違うのよ。ハッ。ソーニャさん!」
ほー、と面白そうな反応をしている焚火とマル。しかし余は少しばかり青い顔になってしまう。や、ヤバい。何とか言い逃れなくては。
「まさか、またパペッツって言うので、覗き見してたんじゃないでしょうね。あれだけ止めてって言っておいたのに。どうやらお仕置きが必要みたいね」
ひええ。ご主人が怖いと時雨が言ってたのは本当だ。
この威圧感、小学生でここまで出せる人間が果たしておるか。し、しかし。踏ん張り所だ、ソーニャよ。
「あ、あれだ。余はセキュリティの為に、色々気を配っておるのだ。ご主人の部屋の防犯の為にも、な」
わなわな震えるご主人。あかん。これは逆効果だったか。
「これ以上、何かしたら、マルちゃんに頼んで、ソーニャさん達の事も撮っちゃうんだから。それをあちこちにばらまかれたくなければ、もう止めるように!」
ふ、ふふふ。そんな脅しに屈すると思うのか。余は大魔族だぞ。それならバレないようにやるまでよ。これからはティナをもっと教育してな!
「わー、美味しいですー。時雨さんはお話に聞いてる通り、料理上手ですねー。マスターの子孫の中でも格段の腕前じゃないですか」
「おや、ありがとうございます、ティナさん」
ああ、何故ほとんど食べとるんだ、こやつは。もうええ。時雨にキッと目をやって。
「大体、お主らは何で血を吸わないでイチャついてばっかりなんだ。これでは余が食べる分がない。時雨! お主の血を吸わせよ。それで許してやる」
「いや、ちゃんとご先祖様の分も追加で作りますけど・・・・・・」
「ちょっと! 誰がイチャついてばっかりよ。そ、そんなに惚気てばっかりじゃないわよ!」
時雨は若干引いていて、ご主人は赤くなっているが気にしない。
飛びかかって、首筋に噛み付く。あっとか声が聞こえるが、余は知らんぞ。ふっふっふ。久しぶりの吸血行為だ。満足だわい。
ホントはご主人のが欲しいと思うが、怒り狂っているご主人のなんか貰えないし、時雨にしか吸わせないくらいの気持ちでおるだろうしなぁ。
身体測定をとりあえずしてから、合うようにブラジャーを作ってやる。
ティナは、パンツの方は自分で作っていたみたいで、安心だ。ノーパンだとこっちが気が気でないからな。
それでご主人の機嫌が収まるのを待って、説教タイムだ。
「何故、余の力を回復させようと、血を吸わんのだ。この際、血族なら木の葉でも焚火でもいい。もっと吸わせよ。余にも快楽を!」
むにっ。また、小春が余をむにむにしおる。こやつ~。余を年少者のように扱いおって。
「な、何をするんだ。余は吸血鬼としての当然の権利を」
「そんなもん、どこにもない。大体、お姉ちゃんもお母さんも忙しいんだから、血なんか吸ったら倒れちゃうでしょ。わたしは小学生だし、そんなに頻繁に吸っていい訳ないから」
むきーっとなっている。これは手がつけられんな。
「まぁまぁ、小春。お姉ちゃんは、ちゃんと栄養補給するから、血を吸わせてあげてもいいわよ。今まで時雨さんも我慢してたんでしょうし、吸血鬼が血を吸わないのって結構辛いと思うのよ」
おお、いい事言う。これだ。この機に乗じるのだ。
「そ、そうだ。禁断症状が出てなぁ。時雨のを吸ったりして、ループ的な循環を利用してもいい。誰も倒れるまでやるとは言ってないだろう。なぁ、ティナ。お前も吸ってみたいだろう」
ほえ?と余を見つめるティナ。あんまりわかってない感じの目だなぁ。
「血って美味しいんですかー? あたしはこの紅茶って言うのが飲みたいなぁ」
呑気なもんだ。紅茶じゃ魔力は回復せんのだぞ。
まぁ、非常に優れた飲み物であるのは確かだし、アレンジ次第で様々な楽しみ方があって、美味しいと言うのは同意だが。
「そうしなよ、ティナさん。血なんかより、紅茶が絶対いいって。いや、それよりわたしは牛乳が栄養も高くてお勧めだな。カルシウム取ったら、魔力も回復したりするんじゃない」
そんな訳なかろう。それなら、魔力量の多い人間の体液でも飲んだ方が、なんぼか力になるわ。
「あー、そう言ういかがわしい真似はご遠慮願いますよ、ご先祖様。私もそこまではしてませんので」
時雨に先に釘を刺されてしまう。ええもん、それならティナとしてやる。
「マスターのエッチー。何考えてるか丸わかりですよー。子供の前でいっけないんだー」
そんな悪戯っ子を咎めるみたいな口調で諭すんじゃない。
ティナよ、お主やはり余を子供と思っておるな。見ておれ、全回復した時、どれだけ余が美貌の吸血鬼かと言うのに気がつくだろう。
ってご主人は余の本来の姿を知っているんじゃなかったのか。なら、何故敬意を示さん。
「だって、なんかソーニャさんって、悪巧みしてばかりの悪ガキって感じだもん。わたしより大人だって言うんなら、しっかりした所見せてよね。盗撮する様な人じゃ、そんな信用もないけど」
うぅ。このガキャあ。下手に出ていれば、言いたい放題。余は泣くぞ。こんな仕打ちで。
「あー、マスター泣いてるー。泣き虫なんだから、あんまりいじめないであげて下さいよー。打たれ弱いのを知って置いてね、ご主人様。ほら、拭いてマスター」
ティナが涙をティーシャツで拭いてくれる。うー、ぐすっ。優しい奴だ。こいつをパートナーに選んで良かった。小春みたいな鬼が相手で、余は時雨が不憫になるぞ。
「ちょっとそれは聞き捨てなりませんね、ご先祖様。お嬢さまはとても寛大なお優しい方ですよ。それに私達はお嬢さまに仕える身だと言うのを忘れてはいけません。本当なら、私以外の人は居候に過ぎないんですからね」
「そ、そんなぁー。時雨よ。この娘にぞっこんなのはわかるが、余は家族だぞ。ちょっとは味方してくれてもええじゃないか」
ぐすぐすと鼻を啜るとティナがすかさず拭いてくれる。案の定ティーシャツなんだが。
「はいはい。ちゃんと時雨には定期的に血は提供するから、ソーニャさんの完全復活は亀の歩みだと思って、首を長くしていてね。それからお姉ちゃんにはあんまり迷惑掛けない事」
「はい、わかりました。くぅー、悔しいー。ええい、もうええわい。行こうティナ。時雨、服の事で相談があるから、ちょっと来い!」
そう捨て台詞を吐くものの、素直に従ったようでもあり、余は敗北感に打ちひしがれていた。こんな小娘が余らのご主人でほんに良かったのか。
とりあえず服の案を色々聞いてから、可愛らしいのを考えてもくれたので、試作したりしながら余はファンタスマゴリアで作った物を時雨に見せたりなんかしてから、修正していってティナに着せていた。
本人、着せ替え人形みたいにされても、えらく喜んでいる。
「ふー、とりあえず今日はこのワンピースを着ていればいいだろ。余には服のセンスなんかないから、どんな服を着せればいいかわからん。時雨がいてくれて助かった。ちょっと趣味が偏っていたかもと疑いもあるのだが」
「大丈夫ですよ、ご先祖様。趣味のフリフリは極力抑えました。お嬢さまでもそんなに喜々とは着てくれませんしね」
「そ、そうか。うむ。それなら良い。ありがたく存じる。時雨ももっと魔力があがれば、コネクションを作ったから、余のファンタスマゴリアの恩恵を受けられるのになぁ」
ふふ、と笑う時雨。今でもう充分ですと言うように。本当にいい子孫だ。
「マスター、ありがとうございます。こんなに幸せ与えてくれて、あたしは感謝の気持ちでいっぱいです。ぎゅー!」
わわ。やはり抱きつき癖があるティナ。しかし甘い匂いがするようで、余は悪い気はせんどころか、くらくらする様な多幸感に包まれる。
「さーさー、一緒に色々しましょう。してあげますよー」
抱っこされる余。おい、何する。時雨、止めんか。
「ごゆっくり。大人ですし、ちゃんとコントロールは出来るでしょうし、ティナさんもまぁ勉強して下さい。部屋かファンタスマゴリアの中でやって下さいね」
は?と思っている内に、ファンタスマゴリアの中に入っていくティナ。そこで贅沢にも天蓋付きのベッドになだれ込む。
おい、ちょっと待って。ステイ!
「ちょちょちょ、ちょっと待て。何をする気だ。余はまだそんなの心の準備がだな。それにほら、余の場合濡れるとは言え、一応子供の体。色々マズいんじゃないか」
「大丈夫でーす。性器ですか、そこには触れないように愛撫してあげますからー。はい、脱ぎ脱ぎしましょうねー」
わー、待て待て。待って。これ余がネコ側じゃないか。どうしてこうなる?!
余の権威はどこに行った。余はお主を可愛がる為に作ったんだぞ。余が可愛がられてどうする!




