第19話本当のファーストキスがしたくて
あまり眠れなかったので、今日も休みの日で助かった。何だかあのキスを肯定的にした時から、ずっと時雨の事を考えている。
目覚めなかった時は本気で心配したし、あんなにあいつの為になる事をしようと決心した後に、あいつの事こんなに好きだったんだとわかって、どんどんその気持ちが強くなっていってる。
誰か分析する人には、気の迷いだとか吊り橋効果だとか言われるかもしれないけど、それがどうであれ、今わたしは時雨に恋しているのだ。
そして乙女の悩みはこの前のキスなのである。
それはあの唇の感触が忘れられないと言うもの。
ああ、あのお姉さんあんなに柔らかかったんだとか、キスってこんなにいいものだったんだ、とか。
そんな事をあれこれ思っていて、こんどこそ本当に愛の籠もったキスをしてみたいと悶々としている。
じゃあどう切り出せばいいかとか難しくてよくわかんない。して、なんて言えないし、コミュニケーションが苦手なわたしはどうやってその行為にまで進めればいいのかな。
そうやって難しい顔しながら、居間で青森若葉と言う奇天烈な作家の本を読んだりしながら、時雨の仕事ぶりを見て、ソーニャさんと話したりしているのを見ていたのだが。
お嬢さまにキスされて舞い上がるのは、あまり得策ではない様な気がします。
あれは儀式でした事ですし、嫌ではないとは言っておられましたが、好き好んでまたしてくれる訳もないですしね。
それから、実際に会ってみて、やっぱり小さい力を回復していないご先祖様は可愛いです。何度見ても飽きません。
ご先祖様は尊大な態度を取るものの、どこか無邪気な所があるので、年相応ではない外見に合致した人格のように見てしまうのです。だから思わず抱き締めてしまいます。
「ああ、うっとうしい。時雨の子供好きにも呆れたもんじゃ。余はこんなナリじゃが、婆さんとか言う次元じゃないほど年を食うとるんだぞ?」
「ロリババア結構じゃないですか。ほら、肌だってこんなにつやつやだし、素晴らしいですご先祖様。これです。家族だからこれは大丈夫な領域。家族の愛の勝利です!」
「わかった。わかったから。・・・・・・ハッ。待て、時雨よ。余は今、後ろから何やらとてつもない殺気を感じたぞ。今のはお前のご主人ではないか?」
え?と私は後ろを振り向くと、お嬢さまがわなわなとしていらっしゃる。
それも尋常じゃない怒り様に見えます。相当怒ってらっしゃる。ヤバい、先走りすぎたと反省。
「アンタ、やっぱり子供なら誰でもいいのね。・・・・・・ちょっとわたしの部屋まで来てくれる?」
ああお仕置きされてしまいます。
こう言う時のお嬢さまは凄く怖いんだから堪らない。しぶしぶ恐れながら、私は後についてお嬢さまの部屋に入ります。
可愛い女の子向けキャラのクッションが置かれてあるのが、また年頃の女の子らしくていいですね、いつのも事ながら。
「そこ座って」
大分壁際にクッションを放り投げて、そんな命令が下ってしまいました。
ここは素直に従っておいた方が良さそうなので、正座してキチンと座ります。
「あ、あのお嬢さま。別に私はそこまでやましい気持ちがあった訳では・・・・・・」
そのお嬢さまがグッと近づいて来て、ぎゅっと私の胸に抱きついて来ます。
こ、これはどうした事でしょう。展開がいきなりすぎて、私はついていけませんよ。
しかも壁ドンならぬ、壁ぐちゃとでも言うのでしょうか。グッと押しつけられてしまいます。
ひええ、逃げられない。
「本当に時雨は誰でもいいロリコンなの? わたしだけを見てくれるんじゃなかったの! せっかくわたしにも能力がわかって、先々には対等に守って貰うだけじゃなくなると思ったのに。もっとわたしにだけ求めてよ。わたしだけを見て! だって、わたしだけが血をあげてて、わたしだけが時雨の特別なんでしょう? 時雨が目を覚まさなくなって不安だったの。それでどれだけわたしがアンタを好きかもわかったんだからぁ。わたしがアンタを助けてあげたのよ」
お、お嬢さま・・・・・・! 時雨は超感動の嵐に巻き込まれております。
これほどまで慕って頂けていたなんて。はい、私も本当はお嬢さまだけをお慕いしているのですよ。ただ目移りしてしまうだけで・・・・・・。
しかし、お嬢さまがここまで独占欲が強くて、嫉妬深い性格だとは。浮気したら殺すと言わんばかりの気迫ではなかったでしょうか。
って言うか、私達ってまだ付き合ってませんよね。もうそれは期待していいのでしょうか。
いけませんよ、いけません。少女がそんな誘惑をするなんて!
「ねえ、本当にわたし、時雨が好きなの。好きで好きで堪らないの。だから、わたしだけを好きでいて欲しい。ねえ、いいでしょう?」
うう、そんな潤んだ目で見つめられたら、クラクラして来そうです。
そこまで言われたら、もう覚悟を決めなくてはいけないほど、かなり押して来られていますよ?
「だから、あの、していいかな」
「はえ? そ、それは、どう言う・・・・・・」
「目つむって」
ああ、私これは何かいけない事をされちゃうのではないかと思いますよ。
しかし、お嬢さまにして頂けるなら本望です。自分からいくよりどこかセーフな気もしますし。私が出来る事は血を吸うくらいの事ですからね。
「あ、あの。小春様? 目は閉じてるんで、塞がなくてもいいのではないですか」
「駄目。恥ずかしいもん。こうさせてよ」
小春お嬢さまがそう言うのなら、もう全ては仰せのままに。イエス、マムと言う心境。
「じゃあ、するね。ん・・・・・・」
あ、何ですかこれ。
柔らかい唇がそっと当たって。スッと離れていく。
これほど一瞬のキスが心地いいものだとは。やはりこれは小春様の子供ながらの精一杯のキスだからなんでしょうか。
私、興奮しすぎてヤバいくらいですよ。
目元から手が離れて、目を開けてもいいのかとふっと細目を開けると、滅茶苦茶真っ赤になってモジモジしながら恥じ入って、ついにやる事をやってしまってもうこれからはいつでもいいからね、みたいなメッセージを含んだ瞳で見つめてくるではありませんか。
ああ、小春様―!
「じゃ、じゃあ。ちょっとの間、そこにいて。出て来たら怒るからね。今顔見られないから!」
そんな風に言い置いて、素早く扉を開けて去って行ってしまいました。
すかさず扉を閉めた所を見ると、追って来るなと言う事ですよね。
で、いつまで私はお嬢さまから離れなければいけないのか、と少しの間自問してしまいました。
う、うーんと目を覚ます。何でここで寝てたんだっけ。
居間でうたた寝していたら、他の人の目があるから、ちょっと良くなかったかな。でも睡魔には勝てないよね。
とふと動こうとしたら動けない。上を見ると、何だか衣装チェンジした時雨が乗っていた。おい。
デジャブ・・・・・・ではないな。これは一番初めに会った時だ。そうやって血を吸われたんだ。
しかし、今の時雨は凄く扇情的な格好をしているのだけど。
「って何その服。お腹とおへそは見えてるし、足もほぼ丸見え。胸の所だって、ほぼ覆いなんてないじゃない。ソーニャさんの真似でもしてる訳? 何でそんなエッチな格好してるの!」
えーこれですか?と立ち上がってクルッとターンする吸血鬼。
ああ! お尻もほぼ見えてるし、どこの拘りか尻尾みたいなのも生やしてる。
「小春様の期待にお応えして、私も特上のご奉仕をさせて頂きたく、こうして待機していたんですよ。勝負下着みたいな物と思って頂けたら結構ですよ。さあ、小春様」
ああ、何だか名前で呼ばれるだけで、こんなに快感が襲って来て、どうも出来なくなっちゃいそう。
ってか、あそこにいるのは何だ。ぞろぞろと。
「ちょっとギャラリーになってるんだったら、止めてよ。アンタら楽しんでるでしょ」
ソーニャさん、マルちゃん、そして木の葉お姉ちゃん。
うん、そりゃあね。わたしは時雨に告白したよ。
でもそう言う事はヒッソリと部屋とかでやるもんじゃないかしら。集団が見守る中でされるなんて、どんなプレイよ?
「ふふふ、余は気にせん。幾らでも続けてくれ。ご主人にいい気持ちになって貰いたいと、此奴張り切っていたぞ」
「ふうむ。人間とはこの様に交尾をするのか。昨日よりも面白そうで、興味深いな。吸血鬼と人間と言うのが、儂にはやはり未知のカテゴリーでますます興味をそそる」
うん、君らやっぱり人の事遊びのように見てるね。じっくり見るつもりみたいじゃないか。
そして、更にお姉ちゃんはお約束なのか、手で目を覆っているのに、その隙間からバッチリ覗いているなんて仕草をしている。あれはあれで盛り上がってそう。
「こ、小春がお姉ちゃんより先に大人になるなんてね。でもお姉ちゃんは、小春を応援するわよ。どんどん好きに愛し合って下さいな」
ああー、どうしてもっと秘めやかにやってくれないんですかね。わたしにもムードを大切にしたいって気持ちがあるんですけど。
大体、何する気なの。性的な事ってまだしたらいけないんじゃないの? ホントにわたし、どうされちゃうの。
「さあ、小春様。お墨付きは頂きました。最高に快感を伴うように、わたしが誠心誠意を込めて吸血行為をしますからね。ぺろっ」
「あひゃっ。何で首を舐めるの。ああんっ。ペロペロしたら駄目だったらぁ。まさか、ここから吸うつもりなの。あっ、ああっ。そんな、舐められるだけで何でこんなっ」
どんどん変な感触が襲って来る。この攻めに抗える訳ないじゃない。こんなの気持ち良すぎるよ。
「ほほお。官能を感じるように成分を放出しているんだな。考えたな。余も今度誰かにやってみたいな。確か余にも出来るはずだが」
「小春様。いいでしょう。許して下さいますね? 私も貴方が好きすぎてどうにかなりそうなのですよ。ええ、小春様がいい年齢になったら、もっと進んだ事もしましょう。パートナーシップ制度でも結婚でもいたしましょう。さあ、まずは貴方にも私にも官能を・・・・・・」
ちゅうーっと吸われて、気が遠くなりそうなほど変な感じ。
大人はエッチな事したら、皆こんな感じになるんだろうか。それを大きくなったらしようって?
でもそれまで待ってくれるのかな。言葉にならないほど、不安に感じながらも快感を味わっている時間は、まさしく永遠に時が止まったかの様だった。
おかしいな。凝固の能力は使ってないのに。ストーン・コールド・クレイジーはまだ使えないし。
「はい。じゃあ休憩したらちゃんと栄養補給しましょうか。小春様、愛してますよ」
ああ、わたしもどれだけ愛してるか。チュッと頬にキスされて、顔がまた熱くなる。でもやっぱりほっぺたなのね。
それでもボンヤリして返事が出来ない。わたしはそのまま涎をタラーンと垂らしてしまうのを、すかさず時雨は拭いてくれる。
こう言う所は、いつものメイドらしく、しかもお姉さんらしい態度で、しっかりとわたしを助けてくれるのが頼もしい。
何だか気恥ずかしすぎる。これからどう向き合っていけばいいの。
別に恋人になった訳でもないのに、完全に愛を確認し合ったみたいになっちゃったじゃない。
それにやっぱりさっきの吸血が気持ち良すぎて、まだ足りないと思っちゃう。もう一度キスしたい。
しかしわたしはその裏腹な気持ちを誤魔化す為に、何故か変に過激な曲を流していたのである。
例えば、深海生物の孤独の歌とか。それから探索して破壊する、それを告発する社会から忘れられた少年の叫びの歌とか。
自分はアンタの傍を歩きたくない、何でお前は傍を歩くんだ、ってなパンクの歌とか。
極めつけは、女王陛下は人間じゃないと言って、お前には未来はないと言い切る過激な作られたバンドの曲だったりを聴いていた。
更に朝から読んでる青森若葉の『笑うもの、壊れる世界』なんて本を読んでいたものだから、何かおどおどして時雨がわたしを伺いながら話をして来る。
「あのう・・・・・・やっぱり先程のはやり過ぎだったでしょうか。怒ってらっしゃいますよね。それなら謝りますから許して下さい。すみませんお嬢さま」
ああ、何でこう気持ちが伝わらないのかな。
そう言う時雨はもう着替えていて、お風呂上がりだからパジャマだ。しかもこの前の夢で見たイチゴ柄のだ。リアルに見ても凄く可愛い。
流石に今日はこんな事があったから、一緒にお風呂は入ってないけど。
「あのね、別に怒ってる訳じゃないの。わたしの今の率直な気持ちわからない? 乙女は複雑なのよ」
ソファーの横に座っている時雨を上目遣いで見つめて、ジッと凝視する。
それに少しあわあわした様子を見せながら、時雨は困りましたとポツリと呟く。いや、聞こえてますけどね。
「私もあまり人付き合いが上手な方でもないし、人にそれほど好かれて来た経験がないもので、どうすればいいのかわからないのです。だからお嬢さまが何だか怖目な曲とか聴いて、ムッツリしていらしたら、それは怖いんですよ。私どこかで間違えたんでしょうか。もっとお嬢さまを理解しなくてはいけないのに」
そっか。時雨も人見知りではなくても、距離の取り方とか難儀してるんだ。それなら一緒だ。どんどん親近感も沸いちゃう。
「わたし達、似てるのかもね。コンプレックスがあって、それで仲良くなりたいのに自分を素直に表現出来なくて、やり過ぎちゃったり躊躇したり。でも、ね。わたしは時雨ともっと親密になりたいし、その・・・・・・もう一度してみたいの」
わたしは言ってから、時雨の頬を両手で押さえる。心なしからわたしの目も潤んでいるが、時雨もちょっと怯えているみたいに見える。
「ふえっ? お嬢さま、一体どうしてしまわれたんですか。そんなに積極的なお嬢さま、素敵すぎて、私もう我慢出来なくなっちゃいますから、勘弁して欲しいんですけど」
「駄目! するの! 時雨とは契約を結んだんだから、わたしの言う事は聞いて貰うわよ。・・・・・・ああ、そんなのが言いたいんじゃなくて、本当は只ちゃんとしたキスをまたしたいの。ファーストキスはあっさりやりすぎたわ。だからちゃんと感触があるようにさせて。・・・・・・駄目?」
お願いする眼差しで時雨を見つめる。
顔が近いけど、わたしは必死で時雨を見つめ続ける。時雨もたじろぎながら、でもこくんと頷いてくれる。
「わ、私はお嬢さまのメイドです。だからお嬢さまの好きにしてくれていいんですよ。私は求めて頂ける事に喜びの感情しかありません。小春様、お慕いしております。さあ、して頂けるのでしたら、甘く優しい口づけをお願いしますね。私もこう見えて乙女心は持ち合わせているものですから、ちょっと恥ずかしいです」
うぅ、名前で呼ばれるのまだ慣れないなぁ。でも凄く嬉しい。小春って呼ばれるだけでこんなに胸がときめくなんて思わなかった。
「じゃあ、するわね。時雨さん、好きです」
せめてこう言う時は、相手が年上なのを思い出そうと、敬語で語りかけてみる。
それでこれ以上見つめ合い続けていたら保たないから、その柔らかい唇にこちらの子供の唇を重ねていく。
今度はちょっとその感触を確かめるように、向こうも楽しめるように、長めにその状態を維持していって、ポーッとなりそうになった所で、静かに離れて、わたしらしくもなくちょっとはにかんだ微笑をして、さっとまた目を逸らしてしまう。
だってこんなに長く好きな人の顔を見ているなんて無理だよ。
わたしは冷静を装う為に、年取る前に死にたいとか何とか歌う曲を流して、本は読めないから、クッションで顔を隠してうぅーっと悶えていたのでした。眼鏡が痛い。
時雨も感極まったようにわたしを見つめていたんだけど、どうも尋常じゃない感激の模様で、それからしばらくしてから部屋に消えるまでボンヤリしていたと思う。
そしてマルちゃんはもう寝ていたのかいなかったけど、ソーニャさんとお姉ちゃんはほうーっと溜め息を吐きながら、二人でこそこそ何やら盛り上がっていたのをわたしは横目で見ていた。
この二人も囃し立てる事はしないなら、まぁ別に家族なんだし、必要以上に見せなくてもいいとは思うけど、見られても嫌な相手じゃない事は確かだったりするから、まぁいいかと思う事にした。
ああ、今夜も時雨を思って寝られないのかしら。それとも満たされて眠れる?
とにかくわたしは、急激な変化に対応するどころか、舞い上がってしまったみたいに突飛な行動をしてしまったのを少し反省しながら、そうだわたしってそんなにあれこれ考えてる割には、思慮深い行動なんて前から出来てなかったなと、少し自己分析しながら眠くなっていったのがその日の記憶の最後だった。




