第15話吸血されたい注意報
時雨があの時以来、と言うのはカトレアさんが来た日に血を吸って貰ってからだけど、そうあの日から血を吸ってくれない。
いいよと言うのを仄めかしても、遠回しに直接に色々な形で遠慮されてしまうのだ。
何でだろうと思っていると、最近青汁とか飲んでいる。やっぱり我慢してるんじゃない。
しかも何故吸血鬼が緑系のを飲んでいるのか。それなら普通、王道はトマトジュースとかでは。と言ってもトマトジュースも野菜ジュースではあるか。
それなら牛乳を飲めばいいのにとか思ったりもする。コーヒー牛乳にフルーツ牛乳にと、色んな飲み方がある。
いやいや、問題はそこではなく、何か気を遣っている感じなのだ。
この前から嫌われないように配慮しようとしているみたいな事言ってた気がするけど、あの遠慮がなかったのが幸いして、わたしも少し心を開いていたのに。
それともやっぱり子供だから、本当の意味ではそう言う興味はないのかな。遊びだったって事?
なんかムカついて来た。
普段通りにあっちは接していて、美味しい料理にお菓子、飲み物も色々な物を入れてくれるけど、でももっと他の接触がわたしは今もう欲しいんだから。
そう言う訳でわたしは少しイケない事に手を出してみる事にした。
何をしたかと言うと、これは出雲ちゃんの協力あって出来る類の話なので、出雲ちゃんを人気のない校舎裏に連れて行って切り出した。
ここまで連れて来るのも、出雲ちゃんは最近の恥ずかしがりマックスでおどおどしていたが、何とか引っ張って行って話をしたんだな。
「出雲ちゃん。久しぶりにわたしの血を吸ってみない?」
そうわたしが言うと、目をグルグル回しているかのように、出雲ちゃんが慌て出した。
「お、お姉さま? 一体それはどう言う誘惑ですの・・・・・・? わ、わたくし、あまりお姉さまには迷惑をかけたくありませんし、吸血鬼的な振る舞いは控えるようにお母様にもきつく言われてるんですの。以前は羽目を外しすぎましたわ。淑女たるもの、お姉さまに恥ずかしくない付き合い方と言うものを・・・・・・ひゃわっ?!」
ちょっと聞き分けがないので悪戯してみる。耳をはむっとしたのだ。
「いい? あの時はわたしも痛かったし、正直に言うと出雲ちゃんは時雨よりも吸い方が雑だし上手くないし、こっちを気持ち良くしてくれないけど、でもちょっとわたしは今ロックな気分なの。大人に反抗するのよ。それには出雲ちゃんの協力が不可欠な訳。出雲ちゃんだって、本当はいずれ来る時に備えて、もっと吸血の仕方を訓練するべきだと思うな。実際、ほとんどそんなのした事なかったんでしょ」
はむはむはむ。
「ひゃわあ! ああっ。いけませんお姉さま。お姉さまが何故そんなにわたくしにそんなにも構うんですの? わたくしはあれほどまでにお姉さまに鬱陶しい存在だったはずなのに。ええ、わたくし承知しておりますわ。わたくしはウザ絡みしていました。あんなコミュニケーションの取り方はございませんものね。でもそんなにお姉さまに優しくされて、こんな事までされたら、わたくしどうにかなってしまいそうですわ・・・・・・」
うーむ、何だかこうまでしおらしい出雲ちゃん、凄く可愛いな。
年下だからか、嗜虐心とでも言うべき感情が掻き立てられそう。
わたしひょっとして、本当に悪い子デビューしちゃいそう?
「よし、ならわたしからのアプローチはこの辺でおしまいにしておこう。これ以上やると、出雲ちゃんが大変な事になりそうだからね。はい。じゃあ、腕からでも足からでも吸ってみて」
はわーっと口元を押さえる出雲ちゃん。
相当感激しているのに、それは本当にいいのか、しかもそんな行為を今更恥ずかしく思っている気持ち、他にも複雑な乙女心が入り組んでいるある意味でコンプレックスとでも言うべき感情が、その表情から何となく読み取れる。
「い、いいんですの。でも痛くしてしまいますわよ? わ、わたくし、本当に小春お姉さまに受け入れられているんですの? ハッ。これはまさか夢なのでは? うっ、痛い。痛いですわ。ウサギさん、やりすぎですわ!」
出雲ちゃん、錯乱しているよ。ウォッチャー・オブ・ザ・スカイズで自分にゆるっと攻撃してるし。って、そのスピリット能力って加減とか出来たんだ。
「夢じゃないよ。わたしももっと出雲ちゃんと仲良くなってみたいって思ってるんだから。なんかこの頃の出雲ちゃん見てたら、こんなにシャイな妹ならいても悪くないなーって感じててさぁ。さ、どっちがいいの」
「うぅ。じゃあ、あまり背徳的でない腕の方で・・・・・・」
そう言って、んと指し示すわたしを熱っぽく見つめて、腕と交互に情熱的で且つ羞恥の籠もった眼差しを向ける。
おや、今更ながらわたしも若干恥ずかしくなって来たぞ。そんなにエッチな事とも思ってなかったけど、時雨を誘うのとはまた別の危なさがあるのかな。
出雲ちゃんが決心して歯を突き立てる。うっ! やっぱり激痛とまではいかないけど、少し痛い。でもこの前の衝動的に吸われた時に比べて、優しい感触な気もするなぁ。
「あ! あ、あぁ。や、やっぱりお姉さまの血液は、わたくし達吸血鬼には極上ですわ。いけません。こんな顔は見せられませんわぁ。変な感じになっちゃいますぅ」
うーん、これやっぱりエッチな表情だよねぇ。キスとかしたらこんなんなるのかな。
と言ってわたしは時雨としてる連想をしてしまって、もう何でこんな時にあいつが出て来るのよ、と少し動揺する。
でも出雲ちゃんを見ていたら、好きな人の血液はこれほどまでにいいものなんだな、そりゃあ吸血鬼としては幸せだよなぁと思う。
だからこそ、時雨はどうしてあれほどまでに遠慮するのか。もうちょっとこっちの気持ちも考えてくれないと。
吸血行為って相互の関わりであって、餌と捕食者の関係なら一方的かもしれないけど、こっちは提供者なんだから、提供したいって時には素直にそうさせて欲しい。
その点では出雲ちゃんは大変素直でよろしい。
落ち着くのを待っていると、涙目で出雲ちゃんがわたしを見上げて来る。
わたしは立っていて、出雲ちゃんはその髪の毛を振り乱しそうにしながら、うずくまっているのだ。
「あの、お姉さま。これからもまた懇ろな関係を所望してもよろしいのでしょうか。わたくしを妹として傍に置いて頂けますかしら?」
えー、どうも意図を汲むと大分気持ちは発展しすぎな気がするけど、まぁ概ね了解してもいいんではないかなぁ。これでちょっと時雨に反撃する事も出来る訳だし。
いや、でも出雲ちゃんを出汁に使っているのは、少し心苦しいのでその事にはわたしは今一切触れていない。
「うん。そうだね。また吸ってもいいよ。だから徐々に吸うのも上手になろうね。行く行くはわたしも気持ち良く感じさせてくれなきゃ」
「はうあっ! お姉さま・・・・・・スケベですわ。お姉さまの方から、そんな誘惑して来るなんて・・・・・・。わたくし達はまだ小学生ですのに。やはり一つ年上なだけで、こうまで大人な人格が形成されるんですのね・・・・・・」
また誤解があるようだけど、もうこれは訂正しないでいいか。ちょっとそう言うのにも興味がある年頃なのは本当だし。
そうすると、やはりわたしはあの時雨の吸い方が忘れられないので、出雲ちゃんとの関係は維持していながら、もう一度時雨にも吸わせてやりたいのだけど。
ってそれじゃ、なんかわたし悪女とか二股かけてるみたいだなぁ。
って言うか、恋愛関係に正解はないから、本人達がバチバチやらない限りは、こう言うのはもしかして大丈夫なのだろうか。
「じゃ、じゃあとりあえず安定して来たんなら戻ろっか。秘密の関係は誰にも言っちゃいけないよ。いや、カリスマさんとかには言ってもいいけど、わたしも時雨を挑発するのに言うと思うし」
「そ、そうですわね。この幸せの絶頂をカリスマやカトレアとも共有しましょう。お姉さま、これからも仲良くして下さいね。この八雲出雲、嬉しくて爆発してしまいそうです」
そう言って、一緒に戻ろうと思ってたのに、さささっと駆け出して、先に行ってしまう出雲ちゃん。
うーむ、よくよく考えたら多少後ろめたい事をしているって感じなのかもしれない。まふちゃん達にも、出雲ちゃんが吸血鬼だって言っておくべきなのかな。
まぁ、本人が言うまでわたしは言わないでおく方がいいかなとも思うので黙っているけど。後、時雨の事詳しく言わなかったから大丈夫だよね。変に勘ぐる子じゃなくて、本当に助かったなぁ。
何となく何かを察したのか、変な目でまふちゃんに見られていた様な気がする。給食の時間もどうも視線が痛かった。
時雨に挑発するのはいいけど、まふちゃんの事を忘れてたよぉ。誠実な態度をするなら、まふちゃんには打ち明けた方がいいのかな。
しかしそう言う訳にもいかないので、わたしは冴ちゃんと静先生の話に耳を傾けている事にしていた。今日はわたし達の班に先生が来る日なのだ。
そうやって聞いていると、しかし本当にこの二人はほのぼのしていて仲良さそうだなぁ。時雨も冴ちゃんを思いやる先生みたいにしてくれたらいいのに。
その点先生は、生徒の事をどうすればいいか考えて接してくれるからいいな。お姉ちゃんとは違った意味で、成熟した大人の魅力を備えてる気がする。
まぁ、わたしは別に冴ちゃんの先生を取ろうとは思わないし、それならむしろお姉ちゃんの方がいいお姉さんだと思ってるけどね。
先生も若い教師だけど、若さではお姉ちゃんが勝っている。
お。時雨でどっこいくらいだろうか。
「ねえ、今日微妙に元気なくて顔色悪いけど大丈夫?」
ぶっ。気を抜いていたら、まふちゃんからストレートなツッコミが入る。
そうだ。血を吸わせていたので、ちょっと貧血気味なんだな。でも牛乳と給食で元気回復だと思ってたけど、そうではないみたい。
「何か隠してる事があるんじゃない。それで悶々としてるとか」
図星だ。どうして皆そんなに鋭いのか。
うーん、これはいつまでも隠しておく訳にはいかないぞ。それなら時雨が吸血鬼なのは知ってるし、言ってしまった方がいいか。
いやいや、出雲ちゃんに秘密にしてようって言ったのはわたしだぞ。それを破る訳にはいかない。本音も言って誤魔化さないと。
「うん。まぁ、ちょっとあってね。時雨にムカついてるのよ。まふちゃんが慰めてくれたらなぁ」
ちょっとわたしにしては勇気を出している方だ。
出雲ちゃんに対してアプローチしているのでも褒めて欲しいくらいなのに、憧れのまふちゃんにも仕掛けている。
結構、最近のわたし凄くないかな。もしかしてこれも時雨のお陰かと思うと、嬉しい気持ちと腹立たしさとがない交ぜになる。
「ええ? でも最近上手くいってたんじゃないの。もしかして喧嘩でもした? それならちゃんと謝らないと。ハルちゃんって時々思い込みで行動しちゃう時あるから、そう言うとこ心配だなぁ。勿論、慰めてあげるのは構わないけど」
そう言って、頭をなでなでしてくれる。あ、これ癒やされる。
と言うか、どうもまふちゃんはわたしの事わかりすぎてて、こう言う相談はやりにくい。
しかも暗にわたしが悪い事になってない? それって友達としてどんな対応なのかしら。
「あ、あのさ。こう言うのも変だけど」
そこでこの話題は先生に聞かれるのもマズいから、耳に近づいてこしょこしょとやる。
「最近、時雨が血、吸ってくれないんだ。だからなんかあるんじゃないかと思って」
はあと溜め息を吐くように、わたしの頭を今度はわしわしとする。
うわわ、そんなにされたらグシャグシャになっちゃうよぉ。
「あのね、ハルちゃん。やっぱり思い込みであれこれ突っ走っちゃってるよ、ハルちゃんは。ちゃんと時雨さんに聞いてみないと。何か遠慮してるのかもしれないし、この前からちょっと変なのは何かあったんでしょ。だから、ハルちゃんの体に悪いと思ってしないようにしてるのかもしれないし。安全な範囲で吸って欲しいんなら、ちゃんと口に出してそう言うんだよ」
うぅ。それが出来たらすぐに言うよ。でもそうだなぁ。
「別に吸って欲しいって訳じゃないし。あっちが吸いたいんでしょうに。それなら、この前みたいにまふちゃんにキスして貰う方がどれだけ嬉しいか」
え?と顔を真っ赤にして、顔を隠しながら牛乳を飲んでパンを囓るまふちゃん。
まふちゃんでもそんなに恥ずかしい時あるんだ。わたしの強がりにツッコミも入らないし。
「って言うか、わたしもまふちゃんにキスしてみたいな。してもいい?」
「いやいや、あれは弾みでしちゃっただけだから。そんなのハルちゃんにされたら恥ずかしいよぉ。そう言うのは時雨さんにしてあげてよ」
うーん、そんなに否定しなくてもいいのに。
「でもわたし、まふちゃんの事好きだよ?」
うぅと今度はまふちゃんがなる番。あれれ、わたしってこんなに攻めていくタイプだったかな。なんか最近性格の変化のブレが大きいじゃなかろうか。
「そりゃあ、わたしもハルちゃんは好きだけど・・・・・・。でもそんなに軽々しくキスするものじゃないの。もっと大事にハルちゃんの分は取っておいて」
「うーむ、小春はやはり無自覚だな。自意識過剰系なのに、無自覚とは何とも罪深い」
「随分進んでるのねぇ・・・・・・。それに冴子ちゃんもそんな言い方しちゃいけないわよ」
納得と言った顔で冴ちゃんが頷いている横で、先生がこの子ら子供が何の会話してるんだと若干引き気味で聞いている。うわぁ、聞かれてたのか。
先生、別にこれはわたしの恋愛事情とかそんなのじゃないんです。ってか、冴ちゃんは言いたいように言ってくれるな。
「そんな事言って、冴ちゃんだって先生にべた惚れじゃない。わたしの事言えないよ。見てない所で、どんな妄想してるか」
「そうなの、冴子ちゃん?」
「な、何を言っているのだ小春。我がその様な不埒な妄想をしている訳・・・・・・。ただ静先生ともっと懇ろになりたいな、とか思惟黙考してるだけで・・・・・・」
その懇ろって言葉が語るに落ちてる気がするんだけど、まぁこっちに矛先が向いてもいけないから、もうそっとしておこう。
何にしろ、わたしちょっと人間関係が最近複雑になって来てるのに、結構対応出来てるとかさっきは思っちゃってたけど、いやあれ違ってた。無理。
わたしの許容量越えてます。もっとわたしに皆優しくして。甘やかして。わたしにイニシアチブを握らせないで下さい。もっと受け身な主体なんだから。
そう。わたしは人見知りだし、内向的な眼鏡女子なんだから。そこの所の基本線を忘れて貰っちゃ困るんだよ。
カリスマ店員とかみたいにぐいぐいいくのが間違いだったんだ。
そうして給食は黙々と食べて、回復に努めてゆっくりしてから、午後の授業に臨む。
しかし、時雨にどう切り出せばいいかとか、まふちゃんの気持ちにどう向き合っていくべきかとか、いやいや出雲ちゃんのあの感じだと受け身になるのは難しいぞとか、冴ちゃんは勝手に静先生と仲良くなればいいさ、なんて考えてて授業に身は入らないのであった。
やはり家に帰ると、即座にうがい用の水を入れてくれるし、それが済むとわたしの気持ちを察したようにいちご牛乳などが用意される。
ランドセルはとりあえず自分で部屋に持って行って、テーブルの上に置かれたチョコレートケーキとそのいちご牛乳を頂く。
何て言うかいつも通りだ。わたしはちょっとドキドキしながら、攻撃してみようかと思っている。
さっきも思っていたけど、やはりわたしはネコタチで言うとネコの方ではないかと思うので、どうしても自分から仕掛けるのには向いていない。
積極性に欠けるから、必死に自分からのアプローチをするのもしんどいのだ。
「ねえ、時雨」
平静を装って、何でもないかのように話しかける。内心、呆れられるかキレられるかとかバクバクだ。
「何でしょうか、お嬢さま。今日は生チョコを乗せてみたんですけど、お気に召しませんでしたか?」
「いや、そうじゃないのよ。これは美味しい。うん。やっぱり時雨は凄いよ」
「お褒めに与り光栄です」
ああ、なんか言いにくくなって来た。
ううん。頑張るのよ小春。出雲ちゃんを誘ったのと同じ様なもんじゃない。
「じ、実はさ。今日学校でね。出雲ちゃんに血を吸って貰ったんだぁ。出雲ちゃん、凄く美味しそうにしてたなぁ」
「いけません!」
わっ。なんか凄く食いつかれた。なになに。これが嫉妬ってやつ?
結構、満更じゃない気分じゃない。もっとわたしがモヤモヤしてた分、イライラするといいんだわ。
「そうではなく。お嬢さま、体は大事にしないといけませんよ。吸血鬼と言ったって色々いるんですから、お嬢さままで仲間にされるタイプだったらどうするんですか。それに出雲様は確かあまり吸い方がお上手ではなかったと記憶しているのですが」
ふ、ふーん。そう来る訳。中々上手くいかないなぁ。でも負けるもんですか。
「別に痛いのなんて平気よ。それに出雲ちゃんの練習になるんだから。アンタには関係ないでしょ」
自分から言っといてそれはないだろう、みたいな切り返しをしてしまった。
どうしようか。考えていた事の半分もちゃんと言えない。
しかもなんか時雨ってば、怪訝な顔でこっちを見てるし。わたしって翻弄するの向いてない?
「お嬢さま・・・・・・。何か私、お嬢さまの気に障る事でもしてしまったでしょうか。お嬢さまが私に対してお怒りな気がするのですけど」
微妙にしゅんとしている時雨。しかも鋭い。で、でもそんな風に返されたら、どうしたらいいか真っ白になりそうだ。
「う、うるさいわね。自分の胸に手を当てて考えてみなさいよ。わたしがどれだけの気持ちだったか」
「うぅ。お嬢さま・・・・・・本気で心当たりがありません。何もお世話する上では失敗していないつもりですし、嫌がる行為もここの所自重しているのに。これもお嬢さまにもっと信頼されたいからこそですのに・・・・・・」
うわー、どどどうしよう。
ここまで殊勝な態度で聞かれたら堪ったもんじゃない。わたしが悪いって言うのかしら。
う、うーん。これはキチンと言わないといけないか。何だか負けた気分だわ。
「だ、だから! アンタこの前カトレアさんが来た日以来、わたしの血を吸ってくれないじゃない。そんなんだから、出雲ちゃんに走っちゃうのよ。これからも約束しちゃったじゃない。アンタさえ、わたしを満足させてくれたら、こんな事にはならなかったのにぃ・・・・・・」
涙目になるわたし。あれ、何で泣いてるんだろ。ムカついてたはずなのに、急に悲しくなって来ちゃう。
「ああ、泣かないで下さいお嬢さま。そう言う事だったんですね。でもお嬢さまの事を労って、あまり吸わないでいようと思っていましたのに。お嬢さまはそんな風に思ってくれているとは。お心を汲めずに申し訳ありません」
あー、何て丁寧な謝罪だろうか。
わたし、もうこれだけで許しちゃう。こんなに軽い決着で本当にいいの?
別に面倒くさくすればいい訳じゃないけど、これじゃわたしただの自縄自縛じゃない。自爆とも言うかもしれない。
「じゃ、じゃあ、抱き締めて頭も撫でて・・・・・・。ぐすっ。それからどこでもいいから、気持ち良くなるように吸ってよ。吸わせてあげるからぁ」
そうやって泣きじゃくるわたしを、時雨はこっちに来て、ちょっと立って下さいと言い、言われた通りにすると、優しい手つきできゅっと抱き締めてくれた。
メイド服の清潔な匂いがする。ちょっと時雨の匂いも混じってるかも。
いい匂い・・・・・・。安心する。
頭を撫でて貰った所から、ほわーっとしてしまい、そのまま抱き上げられてソファーの方まで連れて行かれるのも抵抗する事も出来なかった。する気もなかったんだけど。
マルちゃんが興味深そうにわたし達を見ていて、煎餅を囓りながら、
「ふうむ、人間の少女とは複雑なようでいて、案外単純じゃのう。いや、時雨が扱いを把握しておるだけかの。儂の様な生物にはわからん事じゃ。吸血鬼に吸われるのがそんなにいいのかの。儂も一遍、誰かに試してみてやろうか」
不穏な言葉も聞こえるけど、今はぼんやりしていて気にならない。
マルちゃんに見られていても、あまり気にならないのは、地球の人間じゃないからかな。こんな事言うと失礼かもしれないけど、犬とか猫が傍で見ているみたいな感覚かも。
「お嬢さま、今日は出雲様にも吸われたのでしたら、少しだけにしておきますが、夕食はたっぷり召し上がって下さいね。お嬢さまが倒れないかが私心配です」
うるんだ瞳で黙って見上げるわたし。微妙に頷いただろうか。
少し時雨がたじろぎ、ぎこちない感じで、わたしの腕を捲って舌を這わせる。これってよく考えると、注射の前に濡らすみたいなもんかしら。ぞわっとして少し心地良さと寒気が同時にする。
時雨は何やら今日は年頃の女の子みたいにモジモジして、憂いを含んだ表情になっているように見える。
それで優しく歯が立てられて、快感が襲って来る。
こんな気持ち、小学生で知るのは早すぎるかもしれないけど、もう後には戻れない。
性的な遊びをしてるんじゃないから、いいよねと自分に言い訳して、吸血鬼とのどこか倒錯的なのかもしれない関係に溺れてしまう。
そんなに吸われた感じはしなくて、気持ちいい瞬間も短く、その時間は終わった。
時雨は顔を紅潮させながら、お嬢さま・・・・・・と溜め息を吐いてから、わたしを抱き締める。
こうなったらソファーの下でわたしは無抵抗にギュッとされているだけしか出来ない。
「し、時雨。ごめんね。わたし、意地悪だったかも。でもわたしそんなに綺麗な心じゃないから、素直になれないの。だから振り回しちゃうかもしれないし、迷惑かけるかもしれないけど、わたしの傍にいてくれる? 後、怒らないでくれる?」
少し離れて時雨がわたしを見つめる。少しだけ彼女も目を潤ませている。
「もちろんですお嬢さま。お嬢さまの全部を愛していますから、全然苦になりませんよ。それよりお嬢さまが悲しまれる方が、私は悲しいです。だからして欲しい事があったら、遠慮なく何でも仰って下さい。私で出来る事なら、全力でご奉仕させて頂きますので」
「おー、熱々じゃのう。これが人間の愛欲か。煩悩の火とやらが燃えまくっとるわ」
マルちゃんの茶化しも気にならないくらい、わたしは愛の告白まがいの言葉をかけられて、顔から火が出そうになる。
相手を直視出来ない。
でも動けないので、固定されたまま時雨の顔が近くにあって、視線を逸らすくらいしか出来ない。
しばらくわたしの様子を見つめてから、時雨はどいてくれて、
「さあ、お菓子の続きを召し上がって下さい。甘い飲み物もまだ沢山入れますからね」
などと優しい声で甘えても良さそうな、以前から比べてわたしの好きそうなお姉さん像に近い態度だ。
まさかわたしの好みを把握して、マイナーチェンジとかフォームチェンジして、わたしをこれまで以上にメロメロにするつもりかな。
そうだとしたら、もう戦略に嵌まっている。わたしはこう言うのに弱いし、それに抗えない。
お姉ちゃんとは違う安心感と高揚感が、わたしの心臓をドキドキさせてしまう。
だからわたしは何も言えずに、俯いているばかりで、ケーキを食べた後は、ミルクティーを注いでくれたので、それを飲みながら、気を振り払うかのように、架空の書評集と言う体の海外の本を読んでいた。
その時に気分を変える為に、凄く有名なバンドの、満足出来ないと歌う物とか、黒く塗りたいとか言うのとか、そんな類の曲を聴いていたら、時雨は変な顔をして、
「まだお嬢さまはご機嫌ナナメなんですかね。中々思春期の少女は難しいです・・・・・・」
なんて呟いているので、絶対に誤解してる。
でもそれを訂正してもまた誤解の嵐になりそうなので、もうそのままにして置く事にした。
わたしはわたしで、更にお前には未来はない、と歌うパンクなんかを聴いたりもしていた。




