第13話体当たりとなんか盛り上がる人達
時雨がこの頃まともに感じる。何故だろうか。麻痺してる?
いや、どうも変態的振る舞いを見せないのだから、これは必死にいい格好をしようとしてるとでも取ればいいのかな。
むしろ、マルちゃんとかに見せる優しさに、わたしの方が何か変に意識してしまってるのかも。
そう考えると、この間キスをほっぺにしてしまったのが悔やまれる。もしかして、あれやこれやで、わたしが時雨を好きだと勘違いされてるのか。ああ、先走り過ぎたよ。
ううん。だってお姉ちゃんが二人になったみたいで嬉しいって、この間伝えたばかりだもんね。
だったら、これは恋愛的なそれではないと言った様なもんだ。
だったら、普通にしてるのが当たり前だろうから、あの女はそう言う行いをして来そうなものだと予想していたんだけどな。
「行って来まーす」
行ってらっしゃいませと言う時雨の顔をジッと見てから、訝られる前にさっさと学校に行くわたし。
そう言えば、最近何だかまふちゃんのスキンシップが濃くなっている気もする。
どうも出雲ちゃんを意識してそんな事をしているんだろうけど、これにはわたしはドギマギさせられっぱなしだ。
だって、まふちゃんは友達だけど、ある意味憧れの存在なんだよ。
今でこそわたし達を優先して、他の子とあまり交際はしないものの、まふちゃんは元々社交力は高くて、誰にでも優しく出来る子なんだから。
それに美人だし。そもそもわたしと釣り合ってるとも思えない。そんな人気者になれるポテンシャルのまふちゃんが、まふちゃんがだよ。
その子がわたしにべったりになっているなんて、これは夢じゃなかろうかと、頬をつねってみた事もある。それも何もない授業中に。
それを言ったら、笑われてから、まふちゃんはわたしの事が好きだからに決まってるじゃない、そんなにおかしな事かなと微笑んでいたので、どうしたものか。
まふちゃんが優しくしてくれて接触してくれているのは、わたし自身は随分嬉しい事態となっているのだけど、これってどう考えていいのかなぁ。
時雨は何とも思わないだろうか。いや、でもこんなのもロリ同士の百合だとか言って喜んでそうだなぁ。
そうすると嫉妬するとかではないのか。あれ?
だとするとわたしの方が嫉妬深い女じゃないか。それにこれはまさかとは思うけど、まふちゃんと時雨の間で揺れていると、外野から見たら取られてしまうのかも。
そう思い悩んでいながら、今日は本名不詳のあだ名で呼ばれる男子高生が、世界創造の主だと言われる女子に振り回されるシリーズを読んでいたら、ふと冴ちゃんが目についた。
今日はリボンも付けていて、髪はいつもとちょっと違うものの、まぁ今日も長くて綺麗だ。冴ちゃんはこんな格好もしてる事だし、絶対この黒髪を染めない方がいいと思うし、本人も将来的にもそんな意志は働かないだろうな。
何やら今は、深淵を覗いた時深淵もまたこちらを覗いているのだ、とか呟いたりしている。
その人の言葉はどう捉えてもいいかもしれないとは言え、その人にはあまり嵌まらない方がいいんじゃないかなと思うけど、放っておく。
ってこれはわたしが先回りしてお姉ちゃんに言われた言葉なのだけど。大体、その辺りの人の言ってる事なんて、今はまだ難しすぎてわたしにはわからない。
好きだから読んでる小説も、ちゃんと意味が大人と同じレベルで理解出来ていないとも思ってるし。
「ねえ、わたしの気持ちってどうなのかな。冴ちゃんにわかる? わたし自身がわかんなくなっちゃってるんだけど」
まふちゃんがトイレに行ってる間に冴ちゃんに唐突に聞いてみる。
冴ちゃんは普段から、変わった趣向をしていても、ちゃんと言うべき事と見るべき所は押さえている子だし、適確な助言をしてくれたりもするのだ。
「なるほど。小春は自己の感情に逡巡しながら、その予想外の指向性に狼狽しているのだな。だが、真冬もあのメイドさんも素直に君に恋慕しているんじゃないか。我は小春が混乱しすぎて選択する意志を持てないと言うなら、大きく全てを受領してしまってもいいのではないかと思案するな。ほら、どーんと来いと嘯いていたキャラが、アイドルアニメにいただろう」
いやいや、ここまで見通されてるなんて。君はエスパーか何かか。それともそんなにわたしも含めて皆、この子にはわかりやすい人間なの。
それにそのアイドルは寡聞にしてわたしは知らない。それでもまだ疑問に思っている事をわたしは冴ちゃんにぶつけていく。
「でもわたしはこれが、どんな好きなのかもわかってないんだよ。そんな優柔不断なわたしが、二人にちゃんと向き合えるのかな」
はっはっはと少し高笑いする冴ちゃん。心配するなと言う態度に見えて、凄く頼もしい。
「永劫とは言わないまでも時間をかけるんだ。我も自分で悩みの本質が見えない事があるが、そんな時は熟成するまで判断しないで思惟し続ける方がいい。吸血鬼のメイドもいる事だし、我々には闇の始祖の加護がついていようぞ。星なき聖なる暗黒だ。案ずるな、いずれ止揚した先に暫定的であっても、答えが発見出来るはずだ」
うーん、言ってる事が何か深淵なようで、一応悩みまくってれば、その内答えが見つかるかもって言ってるんだよね。だったら、今は悶々とするしかないのかぁ。
それも疲れるけど、自分の事だからしょうがないか。でもそう言う人付き合いが、わたしは最初から根本的に苦手で避けて来た訳で、親しい人でもそんな問題と向き合うのは、凄く怖いんだよ。
そう、だから今日出雲ちゃんが来ない事で、どこか不安に思っていたのかも知れない。
簡単に人間関係と言うものは、ある事件をきっかけに変わってしまうから。まふちゃんが帰って来て、それに言及した時にちょっとチクッとしたから、よりそんなナイーブな意識になってしまうのかもしれないけど。
「そう言えば、今日はあの子いないね。じゃあ、わたしと冴ちゃんがハルちゃんを独占だ。嬉しいなっ」
「う、うん。でもどうしたんだろ。病欠だったら心配だなぁ」
「その件につきましては心配いりません。お嬢さまも小春様と同じでナイーブで臆病になっているだけですから」
「うわぁ」
突然現れる八雲家のメイドさん。カリスマさんは神出鬼没だからちょっと怖いんだよなぁ。
「どう言う事ですか?」
バクバクしてるわたしの代わりにまふちゃんが聞いてくれる。
「それがですね、任されてる私もお嬢さまを危険に晒したのを奥様に叱られたのですが、お嬢さまは時雨さんを巻き込んだので、小春様にとても悪い事をしたと気にしておられるのです。あれはとにかく、私共で控えていた護衛でも無理な強い人でしたから、マルちゃんさんの力を借りられて本当に助かりました。そこもお嬢さまは気に病んでいる所なのですがね」
うーん。そんなに気にしなくてもいいのに。別に出雲ちゃんが仕掛けたのでも、出雲ちゃんが特別にターゲットにされていたのでもないんでしょう。
何だか偶々二人が引っ掛かったから襲ってみた、くらいのノリでしかなかったみたいだし。
だからカトレアさんも反省してるんでしょう。そうじゃなくて頑なな信念があるんなら、あんなに簡単に折れたりしないよ。
「後で出雲ちゃんの所に行って、慰めて来ますよ。ちゃんとあなたのせいじゃないよって言わないと、あの手合いはわかってくれないですからね」
ふ、と少し表情が柔らかくなるカリスマさん。安心したって事だろうか。
「ああ、ありがとうございます。あのお嬢さまがいつもの調子を取り戻してくれませんと、私共も何か変な感じでして」
「ふふふ、元気快活が特上、な覇気を出しておるものな、あの子。何だかよくわからないけど、慰撫してやれ小春」
うん、そうだな。放課後行ってみるか。
ちょっと変な曰く言いがたい顔をまふちゃんがしてるのも気になるんだけど、大方わたしを渡したくはないけど、落ち込んでる相手は気になるって所かなぁ。
授業中も何だかそわそわしちゃって、しょうがなかった。
なんかわたしって、相手の事に囚われすぎてる気がして、色々振り回されてるのにもっと自分の強度を強く出来ないのかなぁ。
ちょっと押して来てた相手でも、弱ってると優しくしようとしてしまう気質なのかも。それで時雨にもあんなに接近しちゃったんだしさ。
出雲ちゃんもこれを機に、もう少しベタベタするのを止めてくれたら、まふちゃんにもそんなに睨まれないで済むのに。
今はわたし達を避けてるって言う、一番良くない状態だから、まずはそれをどうにかしたいな。
三年生がまだいる事を祈って、終わりの会の後、即出雲ちゃんの元に向かったのだけど、出雲ちゃんは丁度帰る所で、ドンピシャのタイミングだったのでは。
「出雲ちゃん。あ、逃げないで」
俯いて、返事をするのも躊躇っている出雲ちゃん。それをわたしは複雑な気持ちで見つめる。
一応、まふちゃん達は置いて一人で来たから、吸血鬼関連の話しちゃっても大丈夫だよね。
「そのちゃんと話したくて。出雲ちゃん、どうしたの。いつもみたいに元気でいてくれる方が、わたしは嬉しいな」
「・・・・・・いえ。わたくし、よく考えたら、鬱陶しくお姉さまに接していたのですわ。お姉さまの気持ちも考えないで、これじゃまるでセクハラですわね。それにわたくしのせいで、お姉さまのメイドを危険に巻き込んでしまいました。わたくしみたいな吸血鬼が傍にいたら、いつお姉さまに危険が及ぶか・・・・・・」
これは相当重傷だな。バシッと言ってやらなきゃ、効き目は薄いから、気合い入れていかなきゃ。
「もう! 出雲ちゃんらしくないよ。それにあれは行き当たりばったりで襲われたみたいなものじゃない。時雨の事はもっとわたしも見るようにするし、カリスマさんも監視を強化するって言ってた。カトレアさんも味方になってくれるから、これからは大丈夫だよ。それにそんなに迷惑って訳でもないよ? そりゃあ、あんまり引っつかれると困っちゃうけど、これからも仲良くして欲しいな。その、姉妹関係って言うのも、ちょっと面白く感じて来てもいたしさ」
そう言って今も項垂れる出雲ちゃんの手を握って、こちらを向かせる。そうすると出雲ちゃんは目を丸くして、わたしを凝視する。
うん、そんなに見つめられると、何だか照れちゃうな。
「あの、お姉さまはわたくしを怒ってはいませんの。わたくし、今まであんなに無神経にお姉さまの気持ちを汲まずにいたのに」
「いや多少は怒ってます。うん、だからそれはこれから変えていけばいいよ。時雨に変な対抗意識持つのもわかるし、わたしが好きだからそうやって周りが見えなくなるんだろうしね。だから、これからはもうちょっと一歩引いた目線を心掛ける事。一度の失敗でジ・エンドなんて理不尽過ぎるでしょ。変えられる事は変えればいいんだから。ゲームだってコンティニューってのがあったはずだよ。それとも何? わたしとはもう付き合いたくない?」
ふるふると首を振る出雲ちゃん。目が赤いのは、随分考えて泣きはらしたんだろう。
「わたくし、出来うる事ならお姉さまともっと仲睦まじくしたいですわ。でもわたくし、友達なんて全然いないし、どうすればいいかわからない。お姉さまを傷つけるかもしれない。それが怖いんですの。心ない言葉は浴びせられて来たので、それをしてしまう怖さは良くわかっているつもりですわ。お姉さまが好きだから、そこに踏み込むのが怖い・・・・・・!」
ああもう、どうしてわたしと一緒で、そう人付き合いが苦手な人って、一歩踏み込むのにそこまで躊躇するのかな。
わたしもそうだから凄くわかるんだけど、それはわたしみたいな人とそんなに付き合う方向性もない人だからいいのであって、出雲ちゃんみたいな愛に溢れた子だときついでしょうに。
まぁ、でもずけずけ言い過ぎるより、それくらい繊細でいた方がいい場合もあるとは思うが、ここはもうちょっと違う攻め方をするべきだろうな。
「だからさ、傷つけない関係なんてあり得ないよ。人は生きてるだけで、誰かを傷つけるし、友達同士だってそれは例外じゃない。仲良しこよしだけで成り立つなんて不可能なんだから、そんな事で二の足踏んじゃ駄目。それはまふちゃんが教えてくれたから、わたしにはとっても良くわかってるつもり。わたしだって出雲ちゃんに嫌な思いさせちゃうかもしれないんだよ」
一呼吸置いて、ずっと聞いてくれてる出雲ちゃんの頭を撫でてあげながら、わたしは言う。
「だから、ね。そう言う時は、何でも言い合うのがいいんだよ。そうすれば、どんどんお互いがわかってくるし、直して欲しい所は言えばいい。それで直るかどうかは別の話だけど、改善する事は出来るでしょ。ね、だからこれからも友達でいよ」
そう言って、ギュッとしてから手を握ると、出雲ちゃんは途端に慌てたように、わたわたする。
「あ、あ。でもお姉さま、そんなに近いとわたくし恥ずかしいですわ。そこまで気の置けない間柄にわたくし達、なれますでしょうか。そうなれたら嬉しいですけど、ちょっとお姉さまの顔も見られないくらい、顔から火が出そうですの・・・・・・」
何だ。これは照れてるんだな。
関係性が変わって、ある意味本当の出雲ちゃんの顔が見えたって感じかな。今までと立場変わってない? それでもまぁ、こう言う殊勝な出雲ちゃんも可愛いかもね。
そうやって慰めてから、帰路に一緒についたのだけど、それはまふちゃん達が気を利かせて先に帰っていたので、わたし達はちょっと近づきながらぎこちなく会話をして帰宅の道を歩けたのだった。
これは出雲ちゃんに教えて貰ったんだけど、やはりカリスマさんはどこからか尾行していて、それが出雲ちゃんのウォッチャー・オブ・ザ・スカイズで探知したらわかったんだとか。
こう言う事はいつもあるそうで、まいたりしている内に、危険な目にあった体験が先日あったので、これからはそのままにしておきますわ、と言っていたけど、まぁちゃんと護衛してくれてるんなら、そうさせておくのがいいんだろうな。
わたしも時雨がドローン撮影してた事を怒ったけど、何かGPSとかで知らせる機能を使っておいた方がいいのかな。
いやいや、別にわたしは襲われる事なんてないから、別に必要ないし。防犯ブザーくらいは持ってるから、変質者がいたら逃げられるよね。
出雲ちゃんは別れ際も何か恥ずかしそうにして、名残惜しそうではあったけど、どこかお淑やかな感じに見えたので、話し方も加味して、何だか住む世界が違う人がわたしを慕ってくれてるのかと思いドキドキしてしまう。
そんな変な心境で、わたしのこの頃はジェットコースターみたいに目まぐるしく心の動きが揺れているのだけど、肝心の時雨はどうも大人しくしているようだから、そっちでは乱されずに済んでいる。
帰って来て出迎えてくれる時も、どこか一歩引いたみたいに、前ほど押して来ないどころか、凄くわたしに仕えるメイドって感じがして、ちょっとわたしも気分が良くなりそう。
まぁそれとは別にわたしは難儀に思ったのは、お母さんとマルちゃんが音楽を掛けながら、何やら談義をしていた事だ。
氷雨さんも傍で見守っているが、どうも平静な気分でもないのではないかと思う。だって流してる音楽が、わたしの趣味とは違ってメタルを大音量で聴いているのだから。
お母さんはいつも起きている時は、集中するのにもそう言ううるさい音楽を掛けて、作画作業をしたりしていて、氷雨さんが手伝いする度に、以前は愚痴をこぼしていたのを覚えている。
「シュヴェーア・メタル・ムジーク!」
何故かマルちゃんが多分ドイツ語かと思う単語で、これも恐らくヘヴィメタルとか言って、盛り上がっている。
「先程までは一応漫画の話なんかをしていたようなんですが、今は音楽の話で意気投合していらっしゃるみたいですね」
時雨の報告でうんざりして、鞄を部屋に戻して来て、手洗いうがいをしてから、時雨が入れてくれる牛乳を飲んで落ち着く。
「ああー、またそんな嫌そうな顔して。別にいいじゃない。格好いいんだから」
お母さんはわたしがそんな音楽を好きにならないのを、不満そうに口を尖らせて抗議する。
いつもそうなのだが、子供より子供みたいな時が、わたしのお母さんにはある。それが漫画を描く原動力なのかもしれない。
しかしそう言われても、わたしにとっての過激な音楽はもっと別のなんだよなぁ。
「やっぱりアンタも変な性格なのは、私の娘よね。方向性が違うだけで。だってアンタジャズとか好きなんでしょ。子供にしては渋いわよねぇ」
こう言う微妙に勘違いをされるから、わたしは嫌なのだ。わたしの好きなジャンルは、細かい事を言ったらジャズではない。
「だからジャズじゃなくて、ジャズ・ロックだって言ってるでしょ。プログレとかフュージョンとかの中にある、そう言うのが好きだって聞いてなかったの? 電化ジャズの良さがわからないなんて、まぁ刺激だけを求めてる人にはわからないでしょうね」
お母さんは大人なので、わたしのこんな挑発にもあまり乗って来ない。が、理解はされないのだ。
「だって変なリズムでずっとテクニック重視でやるだけでしょー。それよりノれる方が気分上がって、原稿も捗るんだから」
原稿にどう影響するかなんて知った事ですか。
わたしにとっては、そんな複雑な展開とか熱いバトルやインプロがある方が、読書の集中度も違うんだから。大体、ジャズ・ロックだってノれるってば。
「何じゃ。小春は、これは嫌いか。どれ。後で小春の趣味も堪能させて貰うとするかの」
マルちゃんは気楽だ。
多分、異文化の吸収って段階だから、何でも新鮮に感じるんだろう。
わたしだって未だに、古い音楽でも聴いた事ないようなのだと、新鮮に思える時はよくあるしね。
それがわたしにはプログレとかジャズ・ロックだとかってだけで。ソフト・マシーンの三枚目なんて、あれ最高だと思うのに、お母さんにはピンと来ないもんだから、氷雨さんとばっかり話してたなぁ。
「ま、いいや。とにかくデス・メタルとかスラッシュもいいでしょ。ゴシック・メタルってのもあってさ・・・・・・」
わたしは気にしない事にして、二人の世界に入る事にしたようだ。
お母さんはまぁ好きな話を延々してる時が楽しいんだろうし、わたしは本の話くらいにしか付き合えそうにもない。
だからこそ、氷雨さんはちょっとああ言う話に付き合わされて気の毒なんだけど。
それにどこかマルちゃんとあんなにも仲良くしてるのを端から黙って見てて、氷雨さんは少し嫉妬してる気がする。
じっと耐えて静かに傍らに座っているけども、心中穏やかじゃないんだろう。と言っても、まさかお母さんをマルちゃんに取られるとかは思ってないだろうけど、もっと理解して傍で話を聞いてあげたいのに、それが自分には出来ない事をしてやれる人間が他にいるのに、少し動揺してると言った所だろうか。
「お嬢さま、氷雨さんの事、良くわかるんですね。全てわかってるって顔してますよ」
そう言う時雨は、何故わたしの心の中がわかるのか。別に何も言ってないし、わたしも黙って氷雨さんを眺めてただけなのに。
相変わらずお母さんは、眼鏡のズレるのも気にしないで、話に熱中してるし。
「いえいえ、何だか穏やかな顔して氷雨さんを見ていらっしゃるなぁと思いまして。私もお嬢さまとそれくらい繋がりたいですけど、もっとお嬢さまの好きな事とかを私が知らないといけませんね」
そうかそうか。そんなにわたしを知りたいのか。じゃあ、ドン引きさせてあげようかな。いや、わたしも嫌われたくはないけど、自分を隠して付き合える人間でもないからさ。
それだから、わたしは文庫本を開きながら、片方のイヤホンを時雨に渡してプレイヤーを起動させる。
「ん。じゃあ、聴いてみてよ。わたしをキモいと思っても後の祭りよ。そんな風に思っても、接し方は変えないで欲しいんだけど・・・・・・」
ニコリと笑う時雨。あれ、こんなに優しく微笑まれたら、凄くいい美人のお姉さんみたいで、普通にしてればかなりいい感じだ。どうしよう。何て思われるかな。
「大丈夫ですよ。お嬢さまを理解する努力の素地はあるつもりです。一緒に色々楽しい事、したいじゃないですか」
ふーん。そっか。わたしに近づこうとしてくれてるのか。
今まで趣味の分野で理解を示された事ってそんなにないから、まふちゃんに貸す本とかも限定的になっていたけど、これは全開にしてもいいと言う話なのかも。
いやいや、でもいきなり全てをさらけ出したら、流れがわかってないキモいオタクだし、どうしよう。
ここに来て、非社交的なわたしの性質が足を引っ張るよぉ。お姉ちゃんとか学校の友達とどう付き合ってるんだろ。
「はい。嵌めて。片方ずつで聴きましょ」
「あら。これって何だか恋人みたいですね。と、済みません」
「・・・・・・いいのよ別に」
ちょっと耳を赤くしながら、わたしはイヤホンを嵌めて近くにいる時雨がいる事で、顔の美しさに意識を奪われそうになりながら、眼鏡を直して、何にしようかとふと思い悩む。
あっちが変な音楽を大音量でハッチャケてるなら、こっちも何かキレたやつにしようかな。良し、じゃあ電化マイルスのライヴ盤だ。
近くで二人が同じ音楽を一つのイヤホンを共有して聴く。
あ、なんか物凄く恥ずかしい誘いをしてしまったんだと、今更ながら気づいてしまう。
しかし、そんな思いを知ってか知らずか、何とも変な所で時雨は驚いている。
「これいきなり十五分とか曲の時間があるんですけど。こう言うのってこんなものなんですか」
やはりそこからか、ライヴだしもっと長いのもあるんだけど、まあ普通にそう言うインプロ的なのを聴かない人だとそうだよね。あ、でもロックでも長尺のインプロもあるのにな。
「そうね。ジャズだと結構あると思う。でもどんな音楽に関わらず、即興演奏やると大抵長くなるわよ。わたしはそれより、これではオルガン弾いてるのが、あのキース・ジャレットなのに驚きだけど」
こんな話をしてしまえば、何だ普通にジャズも聴くんじゃないかと言われそうだけど、まぁそれはそうだ。
でも全然詳しくないし、ギターが入ってる方がわたしの好みだし、キレた演奏が興奮するのも本当なので、白熱したライヴ以外ではオーソドックスなのはあまり聴かなかったりもする。
と言っても、時雨はクエスチョンマークを頭に浮かび上がらせているようだから、今はそんなにあれこれ説明などしないでおこう。
って、いつの間にか氷雨さんも隣に来て、画面を覗いているし。あっちについていこうとするのはもう諦めたのか。
その後、わたし達がこの長いアルバムを聴いてる間も、ずっと何やかんやとマルちゃんにお母さんは布教していて、時雨は何かイヤホンの音楽に相当驚いているみたいだった。
でもわたしとしては、今の流行りのポップスにこそついていけないって感覚なのだけど、まぁそっちにも時雨が詳しいって訳でもないんだろう。
わたしがリアルタイムで追っかけられるのは、アニソンとかくらいで、本当に一般的なポップスなんて極端に無知だから、別にそんなに時雨に尊敬の眼差しで見つめられるほどでもない。
「お嬢さまは凄く渋いですねぇ。何だか小うるさいレコード店の親爺さんとかに近い様な。本の趣味は幅広いですけど、音楽ってそう言えばいつもイヤホンで聴いてらっしゃいますし、どんなのをお好みなのか知りませんでしたね」
「そうだけど、音楽って一緒に誰かと暮らしてたら、そんなに趣味に偏りすぎた物はスピーカーで流せなくない? だって他人が受け付けない好きなジャンルなんて幾らでも浮かびそうだし。誰がジャーマンプログレとか聴きたがるかしら。ジャズでも辛気臭いって思ってる人も多いと思うんだけど」
「うーん、確かに興味のないアイドルの歌なんか頻繁に流れてたら、ちょっとしんどいかもしれませんね。それがお嬢さまの視点では、お嬢さまの聴いてる音楽って事でしょうか。そうしましたら、時々こうやって一緒に聴かせてくれたらいいですよ。ほら、お嬢さまもちょっと元気になられましたし」
う。そうかも。
でもわたしは音楽が鳴ってる間も、時雨の顔を注視してしまっていて、どうにかなるかと思ってばっかりだったのだけど。
だからこう言う聴き方はあまりわたしとしては推奨したくないなぁ。スピーカーで流していいんなら、そうしたいけど時雨が受け入れてくれるといいな。
お姉ちゃんは結構感性が似てるから、昔から変なのを色々教えてくれたっけ。
あのお姉ちゃんだからこそ、わたしみたいなオタクが出来上がったのだとも言えるし、元はと言えば時々接触するお母さんに仕込まれたり、お母さんの蔵書を漁っていたのもきっかけだったんじゃないか。
しかしうるさいな。まだメタル三昧なのか。
別に嫌いって訳じゃないけど、様式美的なのも多くて、遊びの部分とかイカれたインプロ合戦の応酬とか聴きたい時は、そう言うのから遠ざかるのが自然なのよ。
いやそう考えて、果たして出雲ちゃんはわたしともっと仲良くなりたいと、多少奥ゆかしげになって言ってくれたけど、わたしのこの小学生らしからぬ趣味の問題をクリア出来るのだろうかとしばし黙考する。
今に呆れてキモがるのではとも思うけど、でも出雲ちゃんも大概変わってるから、案外時雨みたいに許容範囲が広いかもしれない。
だってまふちゃんとかは、わたしのままで普通に付き合いを続けてくれてるしさ。
まぁ、まふちゃんは意図的にあまり深入りしないで、距離を測りながら、趣味一辺倒ではない付き合い方を考えてくれてるようだから、そう言う趣味が合わない人間でも上手くその感覚を大事にすれば、凄く仲良くなれるとは思う。
尤も、その為に距離の取り方が苦手なわたしや出雲ちゃんは、そう言う所で苦労して上手くいかないパターンに嵌まるのだとも言えるのだが。
でも時雨が普通のメイドさんみたいに、優しい綺麗なお姉さんモードに少しでも変わっていってる気がして、わたしはちょっとホッとしている。
だって変態的な欲望ばかりぶつけられたら、それを受け止めきれるか不安だし、そうしょっちゅうバチバチやってたら疲れちゃうもんね。
適度にドキドキする刺激はあってもいいけど、それのバランスは大切だ。もっと憧れのお姉さんとして尊敬出来る振る舞いを期待してしまうわたしがいる。
だから食事の準備をする時雨に対して、待ってと呼び止めて、
「あのわたしってめんどくさいし、この家の事も大変だけど頑張ってね。応援してる」
と言って、手の甲にキスしてみた。これが精一杯の親愛の情の、わたしなりの示し方だから、その後はちょっとの間部屋に籠ってあああと唸ったり悶えたりしていた。
結局、全然本なんて読めなかった訳ですよ。
帰って来たお姉ちゃんに後から聞いた話によると、時雨は結構な頻度で、手の甲を眺めてうっとりしていたそうだけど、まぁそれくらいならわたしも問題ないと思うほど、もしかしたら麻痺して来ているのかなぁ。




