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この街に帰るその日まで

作者: 長澤雄一

『出会いがあれば、別れもある。』


『悲しいときや辛いときは、それが顔や態度に出てしまう。でもそれじゃあダメ!』


小学生の時の同級生が、転校間際の俺にくれた言葉。

忘れてはならないと思っていた。


でも、俺は、再度訪れた『転校』のときですら思い出すことができず、また、同じ後悔をする―――






中3の12月のことだった。

年末に引っ越しをする、と父親から告げられた。「またか」という思いと「なぜこの時期に?」という驚き。

 

高等専門学校を進学先に考えていたところを、両親の反対で、家から通える範囲の中から、自分なりに目的を見出だした希望高校。

そこへの進学すら断念させられ、引っ越した先の地元の高校への進学だけが許された。

 

 

勉強は嫌いではなかった。

だが、母親の言う「より良い高校」に進学するために塾に行かされ、文武両道と呼ばれる高校への合格ラインを越える学力を身につけた。

 

 

それなのに!

 

ただ家から通えるという理由だけの高校に進学しろ、と言う。

 

だが、それに逆らうには俺は非力過ぎた。

高校生が親からの援助なくして、一人で生活していくことができるとは思えないし、覚悟もできなかった。

 

 

 

転校を告げた時の担任は、驚きと悲しみの表情を浮かべていた。

先生は、俺の『悔しさ』を理解してくれている。

それだけで、少し気が楽になった。

 

転校することは、最初に最も親しい友人のAにだけ伝えた。

「あの時」と同じで、別れの辛さから逃げるため、だ。

 

 

また、あの時と同じ、か。

 

 

だけど、Aはそうさせてはくれなかった。

 

 

Aは、隣の中学の仲間を集め、友人Jの家で別れのパーティーを用意してくれた。

別れは寂しいが、俺のことを思ってくれる友達がいることに、嬉しくて、切なくなった。

 

また、Aから話を聞いた友人Rや友人Hらも集まって、また同じように別れを惜しんでくれた。

 

 

転校があと数日と迫ったある日の夕方。

一人、家でぼんやりしているところに、チャイムが鳴った。

玄関のドアを開けると、同じマンションの階下に住む、同級生の女の子Eが不機嫌そうに立っていた。

彼女は俺と同じ志望校を目指し、高校に入ったらテニス部に入るんだ、と言っていた。

俺も同じ様にテニスをやるつもりでいた。

テニスの魅力を教えてくれたのは彼女だった。

 

「なぜ転校することを黙っていたのか」

 

と彼女は責めるような目で問い掛けてくる。

俺はしどろもどろに、適当に応えた。

 

一緒の志望校を目指して互いに頑張っていた彼女には、言い出しづらかったからなのだが。

 

俺の言葉に彼女は表情を暗くし、俺の目を見つめなおして、手に持っていた紙袋を差し出した。

 

「餞別よ……」

 

と言って、彼女はそのまま階段を降りて行った。

俺には彼女にかける言葉が出てこなかったけど、見えなくなった彼女の後ろ姿に「ありがとう」とつぶやいた。

 

餞別の品はマフラーで、一緒に手紙が添えられていた。

 

『一緒の高校に通えなくて残念。。。転校のことを教えてくれなくて悲しかった。向こうに行っても風邪をひかないよう頑張ってね』

 

彼女の優しさが、心に染みた……。

 

 

2、3日後の夕方にも、俺を訪ねてきた『人たち』がいた。

それは、俺が数ヶ月だけ所属することになった委員会のメンバー、約20名。

委員長を筆頭に、ほぼ全員が階段の途中まで並んでいる。

驚いている俺に、一つ年下の後輩が色紙を持って前に進み出た。

その後輩は、俺達3年生にとって妹のような存在で、俺に対してもよく慕ってくれていたと思う。

彼女はちょっと寂しそうに笑うと、色紙を差し出し、握手を求めてきた。

俺はそれに応え、笑顔で握手を交わし、来てくれた全員と同じように握手していった。

 

みんなが帰ったあと、自分がこれほど慕われていたことに気づき、嬉しくなると同時に、別れが近づいていることが辛く、悲しかった。

 

 

転校の前日の夜。

友人Rから電話が来た。

 

『あの子には転校することを伝えたのか?』

 

と。

俺は「いや」と答えた。

『あの子』とは、俺の片思いだった女の子Tのことだ。

 

彼女は隣の中学校の生徒で、中2の時のクラスメートだった。

夏休み中に告白したのだが、返事をもらえないままの状態であり、返事がないのはNGってことだと思うことにしていたから、今更なにを、と俺はRに言った。

 

「……未練はないよ」

 

本当は今でも好きだ。

でも、もう遅いじゃないか。

 

 

 

終業式の日。

クラスメートに別れの挨拶。

放課後になっても帰るのが寂しくて。

気を利かせてくれた担任が、体育館の使用許可をとってくれた。

クラスメートや、他のクラスの連中まで混じって、時間を忘れてバスケをした……。

みんなの気持ちが嬉しくて、感謝の言葉を伝えたかったけど照れ臭くて。

笑顔で最後の時間を過ごしてくれたみんななら、わかってくれているような気がした。

 

 

 

翌日。

引っ越しの準備は昼過ぎに終わり、両親は近所に挨拶しに出かけて行った。

 

ガランとした部屋を眺めていたら、チャイムが鳴った。

ご近所さんかと思ったら、クラスメートの二人がいて、

 

「ちょっと一緒に来てほしい」

 

と言った。

連れられてやって来たのは、近くの市立図書館。

ロビーに入ると、たくさんの同級生が集まっていた。隣の中学校の連中も。

 

『最後のお別れだ』

 

と友人Rが告げると、みんなが俺のまわりに集まってきた。

一人ひとりと握手、一言二言、言葉を交わしていく。

 

胸が急激に熱くなった。

 

みんなにお礼を述べたあと、

 

「俺はいつか必ずこの街に帰ってくるから」

 

と決意した。

 

 

そろそろ戻る時間が近づいたので、図書館を後にしようとしたところで、Rに引き止められた。

 

まだ、お別れをしていない人がいる、と。

 

ロビーを見回すと、入口から息を切らして入ってくる女の子。

 

 

動機が激しくなる。

 

 

Rの顔を見ると、憎らしいほどの笑顔。

俺は、してやられた、ということらしい。

Rはあの日の電話の後に、俺の片思いのあの子に連絡していたってことだ。

 

彼女は呼吸を整えて俺の前に立つ。

俺は、緊張しすぎてなんとも言えない顔になっていただろう。

 

「なぜ教えてくれなかったの? 急だったからこんなものしか用意できなかったけど……。中身は来年になったら開けてね」

 

手渡された封筒を受け取り。俺は彼女と別れの挨拶を交わした。

彼女はこれから塾の講習会に行かなければならなくて、『元気で』というと去って行った。

 

 

体の力がどっと抜けていくのを感じ、まだ未練があったんだと自覚する。

 

 

今度こそ、本当にこの街とお別れだ。

でも、俺は必ずここに帰ってくる!

そう誓いなおし、図書館を後にした。

 

 

 

 

 

大晦日の夜。

紅白歌合戦が終わり、新しい街での新しい年が始まった。

 

約束通り、あの子からもらった封筒を開く。

そこには年賀状と手紙が入っていた。

年賀状はいたって普通の内容だった。

転校のことを知る前に書いたのだろう。

 

手紙には、こう書かれていた。

 

 

―――――

 

さっき、あなたが転校する知らせを聞きました。

年賀状を出す前でよかった。

なぜ教えてくれなかったのかな?

でもそれは私のせいかもしれないよね。

あの夏の夜、花火大会の帰りに告白された時、とても驚きました。

そして、返事を聞かせてほしい、と言われた時も、答えが出せず、待ち合わせの場所に行けませんでした。

ごめんなさい。

あの頃、私には好きかもしれない人がいて、でもあなたのことも気になってしまって、自分の中で心の整理ができませんでした。

後悔しています。

遠く離れてしまうけれど、手紙のやりとりができたらいいな、と想います。

よかったら返事くださいね。

元気でね。

 

―――――

 

 

俺の片思いは成就しなかったのかもしれないけれど、ひとつの区切りがようやくついた。

彼女とは今後も友達としてつきあっていけるのだ。

俺は、さっそく返事を書くことに決めた。

 

 

『手紙、ありがとう。いつかまたあなたに会える日を楽しみにしています……』


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