【警備開始その4】
事件が起きたのは広場で複数の店がある場所だった。
揉めごとが起きていると通信機で通報があっておれたちが駆けつけると、男1人が店の店員らしき人に詰め寄り胸ぐらを掴んでいた。
「はいそこ動くな!」
「ちっ!」
それを見ていち早く駆け出して止めに入ろうとするミオ。
腰に差している短剣を抜けるようにして、男性に向かって駆け出すが、声に振り返ってミオを見た男が舌打ちをする。
「通報があったんだけど何してるわけ?」
「うっせ! 邪魔だ!」
鬱陶しそうに近付いたミオを手で振るが、
「あっそ、じゃあこっちも遠慮しない」
その手首を取ると逆関節で曲げてそのまま体重をかけて投げる。
普通の女の力なら大したことにはならないが、今の動きは相手の力も利用した技。
「はっ!」
「ぐっ」
おれはそれを冷静に捉える中、ミオの逆関節からの投げ技は見事に決まる。
そのまま男は大した抵抗もできず、ミオの技にまんまと嵌まった。
「おわっ!? がぁっ!!」
男は不様投げられ背中から地面に落とされると呻き声を上げる。
なんとか起き上がろうとしたが、手首を決められた状態のままヘタに動くことができない。
「じっとしないと大変なことになるけど……いいの?」
「く、くそぉ……!」
さらに体重を手首どころか腕を折られそうになり毒吐く男。
まだ抵抗ができないわけではないが、ミオの力加減からして不用意な行動を少しでも見せれば即座に折られると思ったのだろう。
眼力もとんでもなく鋭く男は横目からだが、その目を見ただけで肩を震わせた。
そして空いている手の方をゆっくりを見せるように上げて振り、降参の意思を示した。
「わ、分かったから、言うことを聞くから、や、やめてくれ頼むっ」
「…………そう」
怯えた様子で強張った声で言う男にミオは少しだけ警戒を緩めて、決めている腕の力を落とす。
なんとも情けない者でも見るような眼差しであるが、必要以上にやり過ぎるのはよくないと注意はしつつ腕を離そうか考えた。
「───!!」
しかし、男の狙いはそこにあった。
弱々しそうに見せたが、男は少しも懲りておらず惨めにも体を地面に押し付けさせた女への復讐を狙っていた。
「あめぇんだよ!!」
「っ!!」
僅かにも緩んだ彼女の手から素早く自身の手を滑らすように外すと、裏拳の要領で油断した彼女の顔を───
「はいそこまで」
「ガブッ!?」
裏拳を打つ際に上体を起こしたところをおれの蹴りが男の顔面に飛ぶ。
ミオに遅れてリアナちゃんと共に様子を見ていたが、相手の感情を認識できるおれには彼の狙いは透き通るように読めていた。
そして男が狙っていたようにその顔をボールを蹴るように蹴った。
衝撃で男の口から歯が何本か抜けるか折れたか出てきたが、おれは構わず呆然としているミオを無視して男の両手をいつも持っている手錠で拘束した。
「どうして分かったの?」
「なにが?」
「っ、男の攻撃っ! どうして気づけたのかと思って……」
暴れた男を後から来た憲兵に預けて再び見回りに入ろうとしたが、不意にミオからそんな質問をされる。……若干言いづらく怒っているように見えるのは悔しいからか?
「完全に油断していた。こっちは腕を押さえているし、周囲の目もあるからもう動けないって」
「まぁ、普通はそうかもな。けど、あの男は後のことよりもお前にやられた屈辱の方をどうしても晴らしたかったみたいだ」
「そう、だから拘束から抜けられた。───でもあんたは待ってたように蹴りを入れた。周囲の人も気づいた様子もない状況でためらわず」
そこが引っ掛かっているのだそうだ。
たとえばもし、彼女が殴られてから遅れておれが動いたのならまだおかしくはない。反応が遅れてもしょうがない状況だったのは間違いなし、周囲の人もその後に動いて男を拘束したかもしれない。
だが、おれが動いたのはちょうど男が抜け出した直後だ。
明らかにタイミングが早すぎる。言いたいことはそんなところだろう。
「た、助かったことには、感謝している。けど、どうやったか、気になって……その」
本人も油断していたので助かったのは助かったが、周囲にいた人や側にいた自分でも気づかなかった不意打ちを、どうしておれが気づいたのか気になるようだ。
けど、おれのことを敵視しているから反発気味で言いづらいようだ。
ん、というか、
「カインから聞いてないのか?」
「え、何を?」
どうやら聞かされてないらしい。
別に秘密にしてくれと言っている訳ではないが、ギルドの方での一悶着あった所為かもしれない。あの時も面倒になるから黙秘したしな。
……ここは、
「これでも勘が良くてな。動くだろうなぁーって見張ってたんだ」
「勘って……魔法も使えないって聞いたし、そうなるか」
どこか腑に落ちない部分があるが、他に説明がつく要因がないこともあり、若干感引っ掛かりながらもこの話は終わりを迎えた。
───のだが、ここからおれの仕事ぶりをミオに見せつけることになってしまう。
「───!」
初めに捕まえた一件からすぐ、おれは能力を使って周囲を警戒している。
さっきまでは消耗を抑えること考えて無意識程度に見えるレベルで能力を使っていた。
しかし、今度は違う。昨日の件で温存でしておこうと思っていたが、なにやら嫌な予感がしていた為、察知能力でも強力な感覚強化スキル───“カウンター・センス”を常時限定的に発動させることにした。。
といっても全開には程遠い。限定的にと付け加えた通りスキルに制限を加えておいた。
まずあんまり範囲を広げて片っ端から能力を使用すると頭が痛くなるので、目と耳だけで識別する方法へ切り替えることにした。
簡単にいうなら視認した中に怪しいのが映ってないか、雑音の中に妙な音はなかったなど軽く調べる程度のものだ。正直これでどこまでやれるか判断はつかない。しかし、長時間これを続けるのならこれぐらいがベストだと判断したのだ。
そしてその成果は割とすぐにきた。
反応したのは視界。目に映っていたモノの中に不審なモノがおれには見える。
狡がしい悪意の色が。
「あそこか」
「え……なに? ───って、どこ行くの!?」
戸惑うミオを無視して駆け出す。置いてくのは昨日の二の舞になるかもしれないが、こちらが優先順位だ。
だが、以前のように無茶なことはせず駆け足程度。そのスピードを維持して人混みをかけ分けそこへ。
「はい、そこの人。ちょっとポケットに入れた物を出してください」
「いっ!! は、はぁ? いったいなんのこ───」
「はいはい、お金はちゃんと払おうか」
「あ、ちょ、いてててっ!? か、かたぁぁぁぁ!?」
肩を掴んで止めた男が何か言う前に煌気で強化した握力で肩を強く掴んで黙らせてポケットに入れた品を確保。
以外にも万引き犯を2人確保。この男と同じように惚けたことを言って逃げようとしたが、手厚く歓迎してご同行頂いた。
「やらかしたか」
近くを通っていた憲兵の人に引き渡してあっさりと済んだが、遠くからおれを見つけたミオからの驚いたような視線がある。
男を憲兵に引き渡しているところを見ればおれが捕らえたのも理解してしまう。信じられないといった表情に変わるが、仕事だと流して無視することにした。
まだ動くことになってしまったからだ。
「あの店の方か」
次に見つけたのは臨時で建てられた店の前だった。
これについては能力など使わなくても見つけやすいと苦笑しながらおれはそこへ。
「まぁまぁ落ち着きましょうよ、お2人とも」
昼間から飲んでいる酔っ払い同士の喧嘩に割り込んだ。
2人とも相当酔っているようだ。すぐに睨んできて殴りかかろう───
「うっせ! 退いてろっガキ───ゴホっ!」
「な! 今なにして───ガク!」
煌気術───“震撃”による鳩尾への掌底と首元を狙った手刀の一撃ずつ。
得意とする煌気術と能力を使い急所を的確に射抜くことで暴れた2人を鎮圧。もちろん外傷はない。後遺症も……たぶんない。
他にも酔っ払いや揉めごとを起こしている連中はたくさんいた。
大半はすぐに近くの憲兵、見回りの冒険者が取り押さえたが、中にはそれでも暴れるバカもしくはまだ誰も来てないところで問題を起こしている者も混ざっていた。
「また……しかも多い」
おれはそんな連中をいち早く見つけ強引ではあるが抑えていくことにした。
「酔ってるようなので水でも飲んだらどうですか?」
「な、なんだてめぇ───うぷっ!!」
昼間から飲んでいる中年男性を眠らせたり、
「てぇ───」
手刀、掌底、手刀、手刀、手刀、手刀……───以下略で鎮圧していきバタバタと倒れていく人を見て周囲の人も些か戸惑ってはいたが、面倒な者たちが大人しくなったのだと安堵する人の方が多かった。
こうして無事に終えた端から憲兵たちに引き渡していった。
迷惑行為を受けていた店や客、憲兵の人たちにも感謝されておれとして満足のいく結果だった。
「本当に何なのあんたは!?」
「落ち着けよ」
そこまで驚かれるとこっちも戸惑うんだが。
「これが落ち着いていられる!? あんた短時間で何人捕まえてるの! ていうか、なにあの瞬殺技は! いったい何処の暗殺者!?」
……やっぱりマズったかな。後ろにいるリアナちゃんも苦笑しており反論しようとしないところを見ると彼女も。
いや、でもおれはただ出てきた端から捕まえていっただけだし。相手の大半も乱暴な連中だったからいいよな。
にしても問題起こしている連中も確かに多いな。酔っ払いの揉めごとも時間がズレて夜とかに起きるなら複数起きても分からなくないが、今回はほぼ同時で他の件もあると。
……ちょっとアーバンさんに聞いてみるか?
とミオが混乱した様子で喚く中、同時にたくさん発生した問題に少し疑問を覚えていた。まるで何か人の手が加えられたような違和感を。
『あ、ヴィットか? 調べていた件分かったぞ』
とそんな時、手首に付けていた通信機からおれにだけ聞こえるアーバンさんの知らせが届いた。先ほど分かれる前にあることを調べていたのだが、思ったよりも早く調べがついたらしい。
焦った声と質感からするとおれの予想は、
『まさか、お前に言われた通り調べたのが当たっていたとは……!! 信じ難いがもしこの情報が確かなら狙いは───』
「だとしてもまだ時間はあります。それに確認がしたい」
的中通りでしかも思ったよりもヤバそうだ。
おれはその報告を直に聞きたいと、とある場所に集合するようミオたちにバレないようにアーバンさんに伝えた。
アーバンさんは来られるのか危惧してすぐに動くべきだと口にしたが、良い策があると言い集合場所へ必ず行くと口にして通信を切った。