第8話 イケメンと美少女との出会い。
「うーむ、114kgか。三日で6kgとなれば、まぁまぁの成果だな」
「すごいわね、6kgも減ったんだ………」
パンツ一枚の俺が体重計に乗ると、ブラとパンツのサキが体重計に乗る
「あ、私も2kg減ってる」
「俺は日中も全力で動いているからな。倍以上効率が違う」
「学校行けニート」
「断る。だが、サキもよく頑張ったな。この短期間で2kgも体重が落ちるのは根性がなければ叩き出せない記録だ」
「それは、あんたが全部管理しているからでしょ」
すこし照れくさそうに俺から目を逸らすサキ。
がんばっているのは認めよう。
だが、これから先が大変だ。
お肉ばかりの食事は調整して野菜を中心になるようにしてあるし、分量も全体的に少なくする
腹減りゲージが溜まってきたら、分食だ。小さなサンドイッチを一個だけ食べる。
むしろ腹が減るくらいの量だが、数分もすれば血糖値が上がり、空腹感がいつの間にかなくなってくれる。
摂取カロリーよりも消費カロリーの方を大きくしないことにはダイエットは始まらない。
こまめに水分を取って、食物繊維を食べてお通じをよくすることにより、より代謝を高めてダイエットを促進させる。
いきなり食事を抜くような無茶なダイエットはできない。だが、効率よく痩せるための分食と、栄養バランスと、摂取カロリーを計算すれば、おのずと痩せる道筋は見える
「さあ、もっと痩せるぞ、痩せれば人生は変わるからな!!」
「………」
☆
「筋肉痛も収まった、5日目の夕方だ」
ダッシュを続けることで、肉体の方もダッシュになれて、肺は爆発しそうになるものの、足の方は順調に筋力をつけることができるようになっている
この頃には、ノブタカの肉体の重量では物足りなく感じるようになり、腰と足と腕に重りをつけて120kgを維持できるようにして過ごしている。
イケメンであるシノブが痩せていく肉体では運動量に不満を感じているのだ
せめて重量だけでも依然と同じにしようとして、しかし痩せなくてはならないから、腰と足と腕に2kgずつの重りをつけてしまったのだ
いや、しかし足の骨格を曲げないためにはまず痩せるべきか。筋力を伸ばすために120kgになれておくべきか………どっちがいいんだ?
イケメンとはいえ、わからないこともある。
「そんなことして大丈夫なの? あんた、ただでさえ運動音痴だし、デブだから重いのに」
「ふん、これは俺の減った分の脂肪だ。もともとついていた脂肪の分、の重みが増えたところで、何が変わるというのか。以前と同じ状態になるだけだ。いや、むしろ8kg今の体重よりも増えたところで、運動していなかった以前よりも筋力はついているから、50mを全力で走っても120kgの時と今の8kgのウエイトを纏った時でもウエイトを纏った時の方がいい結果が出せるはずだ」
「そんなものなのかな………」
「知らん。だが、最近は少し体重が軽くなって運動に物足りなさを感じてな」
「ま、体を壊さなかったらそれでいいよ」
パワーリストが邪魔で動きにくいが、それでもやらないよりは効果はあるだろう。
足の骨格が悲鳴を上げたら、その時に矯正しつつ、重りを外せばいいか。
もちろん、パワーリストをつけているのは普段の生活の時だけ。
運動するときは外すさ。
「では、これから買い物に行ってくる」
「てらー」
☆
「イケメン自転車にまたがり、イケメンはスーパーまで行くのだ」
ギコギコとサドルが悲鳴を上げるが、俺のイケメン自転車は根性がある。
なんせ120kgの俺の体重を支えているのだから。
立ち漕ぎを意識しつつ、ペダルに力を込めていると、ふわりと天使のサクラが目の前に現れた。
『どう見ても豚が芸をしているようにしか見えないね』
そのまま、プスプスーっと口元に手を当てて笑いながら辛辣なコメントをよこしてくれた。
「余計なお世話だ」
『それにしても、こんなに頑張って8kgも痩せたのに、本当に見た目の変化はなんにもないね』
サクラが首を捻りながら自転車にまたがる俺に並走し、腰回りをプニプニし始める
運転中なんだ、やめてくれ。
「もともとが120kgだからな。デブがデブになったところでデブには変わりないから、変化なんか判るわけがない」
『あんなに頑張ってるのに、見た目に現れないってのは辛いね………ダイエットってこんなにつらいんだ』
贅肉をつまみながら、俺の努力をすべて知っているサクラはしみじみと呟く。
「誰しも楽してお前みたいなわがままボディでいられるわけではないからな」
『うらやましいか、このこの』
「ふん、もし俺が美少女だったら、サクラよりはナイスバディであることは間違いない」
『いったなこの野郎、次は女に憑依させてやるからな!』
「望むところだ」
そんな天使に宣戦布告しつつ、自転車でぎーこぎこ
「到着だ」
スーパーに到着すると、まずはタオルで汗を拭いて、石鹸の香りの香水をシュッとする。
不用意にフルーツの香りなどをつけないことがミソだ。
石鹸の香りは清潔感が漂う。『あのひと香水強すぎ』と言われるよりも『石鹸のにおいがする』と思われた方がいいに決まっている。
イケメンは、小さいところにもこだわるものなのだ
『………毎度思うけど、自転車に乗って近所のスーパーに来るだけで汗だくだよね』
「当たり前だ。ノブタカがどれだけの脂肪をため込んでいると思っている。120kgだぞ」
こまめに水分補給しているとはいえ、きちんと代謝をよくして脂肪を燃焼させなければ痩せるなど夢のまた夢。
喉が渇くが、それは脂肪を燃やしてくれた証だ。
ペットボトルに入れた薄めの塩水を口に入れて口内を湿らせる。
『本当、どうしてそんなに太れるのか、気になるくらいだよ』
サクラが腕を組んでじっと俺の腹を見つめてきた
「消費カロリーよりも摂取カロリーの方が多ければ、必然的にそうなるさ」
『そっかー。………つまり、摂取カロリーよりも消費カロリーの方が多ければ必然的に痩せるということ?』
「極論を言えばその通りだ。ただし、食事はしっかりととらないと、カロリーを消費するための体力が持たなくなる。何事もバランスが大事なんだ。こんなブヨブヨになると、元に戻すのが特に大変だ」
『そうだねー。摂取カロリーを減らして、しかも全力で運動しないといけないんだから………』
スーパーの自動ドアが開いて、ひやりとした空気が心地いい。
「さて、今晩のご飯は野菜炒めだ。もやしたっぷりでいくぞ」
もやし一袋14円。おお、これは安い。
地産地消を謳うキャベツも1玉50円だと。これは買い時だ。
おっと、形の崩れたキュウリが一本10円! もやしより安い。これは買いだな。
つまみを作って最後に酒をくいっと行きたいところだが、さすがに未成年の肉体での飲酒は控えた方がいいだろう。
ああ、酒を飲みたいな。
特売の野菜を買い物かごにポイポイと放り込む
そんな時だ
「あ………おにい、ちゃん」
俺の足元からか細い声が聞こえてきた。
何事かと思って視線を下に向けてみると
「ん? おお、ゆりかちゃん。元気だったかい?」
以前、俺が友達の作り方を伝授してあげたゆりかちゃんが、お菓子の箱を両手で大事に握りしめて、こちらを見上げていたのだ
俺はゆりかちゃんに視線を合わせるようにしゃがんで笑顔を向けると
「う、ん」
こっくりと頷くゆりかちゃん。
人見知りする子なのだろう。
まだ、どうやって話したらいいのかもわからないのだろう
それでも、勇気を出して、俺に声をかけてくれたゆりかちゃんに称賛を送りたい
「そっか。お友達とは仲良くしてる?」
「………うん」
「そっか、それはよかった」
小さくうなずくゆりかちゃんの頭にポンと手を乗せて撫でてあげる。
俺のイケメンハンドにかかれば、幼女を笑顔にするなどたやすい。
俺のイケメン力で鍛えに鍛えたナデポハンド。
幼女の気持ちいいツボを押さえたゴッドナデナデをとくとご覧あれ。
「ちょっとあんた! 人の妹になにしてんのよ!!」
なんだ、人がせっかく幼女を笑顔にしていたというのに。
いったい誰だ。
「おや、この前の」
そこにいたのは、この間レジでお金をぶちまけてしまった少女だ
切れ長の目にストレートの黒髪をポニーテールにまとめている、運動少女という言葉がよく似合いそうな少女だ。
「あんたみたいなデブが友梨佳に触んな!!」
バシッとはたかれてゆりかちゃんの頭から手がどかされる
「友梨佳、大丈夫? へんなことされてない?」
「おねーちゃん! 平気だよ!」
心配そうにゆりかちゃんの頭を撫でる少女
おお、ゆりかちゃんがしっかりと受け答えしている。
家族だと問題なく話せるんだな。
それにしても、ゆりかちゃんはこの少女の妹だったのか。
性格は似てなさそうだな。
「おねーちゃん、あのね、このおにーちゃんがね、ゆりかのおともだちなの」
「は?」
「このおにいちゃんが、おともだちのつくりかた、おしえてくれてね、そしてね、みーちゃんとれんくんとおともだちになれたの」
「あんたが………?」
いぶかし気にこちらを見る少女
「はて、なんのことやら。ゆりかちゃんが勇気を出したからだよ」
そんな彼女の視線を受けても、イケメンは動じない。
首をすくめて返すだけだ。
だが、ゆりかちゃんはまだきちんとお礼を言えていなかったことを思い出したのか「あ!」と声をあげ
「おにいちゃん、このまえはありがとう!」
「どういたしまして」
にっこりと満面の笑顔とともに、幼女のハグを受け取りました。
それだけで満足だ。
「えへへ、ふかふかー。いいにおい………」
「ふむ、やはり石鹸の香りにして正解だったな」
ゆりかちゃんは俺の腹に抱き着いて、やわらかな俺の腹に顔をうずめる
汗のにおいを消臭しておいてよかった。
『きっと腐った豚のにおいだもんね』
うっせ
「こら友梨佳! そんなのに触っちゃダメ!」
「えー、でもこのおにいちゃんやさしいよ?」
「それでもダメなの!」
ゆりかちゃんを引っ張るが、むぎゅう! と俺にしがみついて離れないゆりかちゃん
どうやら俺の太っちょボディを気に入ってしまったようだ
だが、少女からの視線が恐ろしいのでそろそろ離れてもらおうと思う
「ゆりかちゃん、おにいちゃんは買い物の続きをしないといけないんだ。そろそろ離れてもらってもいいかな。それに、美人のお姉ちゃんも困っちゃってるよ。お姉ちゃんみたいな美人の女の子になりたいんだったら、お姉ちゃんの言うことはちゃんと聞くんだよ」
俺がそう声をかけると、むぅーっと口をとがらせる。
かわいい。頭を撫でてあげよう。
ゆりかちゃんは俺のイケメンハンドに目を細めて頭を擦りつけてから
「………はぁい」
と返事が返ってきて、ようやく離れてくれた
「いい子だ。それじゃあ、おにいちゃんはもう行くね。またおにいちゃんと遊んでくれるかな」
「うんっ!」
「ありがとう。じゃあね」
「えへへ、ばいばい」
笑顔で手を振るゆりかちゃん。
天使。
『ん?』
お前じゃない。
「………なんか、あんたのおかげで、友梨佳が元気になったらしいわね。一応、礼を言ってあげるわ」
「受け取っておこう。さっきも言ったが、それはゆりかちゃんが自分で勇気を出した結果だ」
素直じゃない少女は、ポツリとつぶやき、ゆりかちゃんと手をつないでスーパーの奥の方へと歩いて行った。