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第6話 イケメンと分食。


「ただいまー」

「………ただいま」

「おかえりなさい。あらあら、二人ともシャワー浴びてきなさい。ドロドロじゃない!」


 全力で走り通し、フラフラと帰宅すると、母さんが目を剥いて風呂を指さした


 そうか、汗だくで校庭に寝ころべばそれはドロドロになる。

 しかし、そこまでせねば、この不細工はイケメンにはなれないのだ。



「サキ。お前は学校があるだろう。先にシャワー浴びて学校の準備を済ませろ」

「わかった」

「その間にスムージーを作っておいてやる。今度は飲めよ」

「………わかってるわよ」


 あいた、あだだだだ………全身の筋肉が「もうやめて!」と悲鳴を上げる

 しかしやめない。


 マッチョイケメンというのは、そろってサドでマゾなのだ。


 自分を苛めて虐め抜く。

 いじめ切ったその先に見えてくるマッチョを想像し、その痛みにも快感を得るのだ。


 筋肉痛は肉体が強くなる証。イケメンにクラスチェンジし、それを維持するためには、脂肪を燃やし続けてくれる『貯筋肉』が必要なのだ


 たとえば、そうだな。

 一日100回。正しい腹筋をする。それを一か月も続ければ、おそらくは腹筋は割れる。


 そうすれば、およそ半年は怠惰に生活をしても、蓄えた筋肉が脂肪を勝手に分解してくれる。


 そこから先は自己責任だがな。


「ノブちゃん。今日、学校は?」

「あん? どうせ今まで行ってなかったんだ。当然、行かないな」

「そう、残念ね………」


 辛そうに眉を寄せる母上殿。

 そんな顔をしないでくれ母さん。美人が台無しじゃないか


「学校に出向くのは1週間後だ。とにかく、この1週間は時間を有効に使って無茶してでも痩せるために」

「本当!? 学校に行ってくれるの!? うれしい!」

「ああ。それまで、迷惑をかける」


 負担を強いるから、こちらの負い目もでかいのだ

 主に金銭面でな。俺が憑依しているうちに返してやらないと。


 イケメンに不可能はないから、そのくらいはできるはずだ。



「サキが学校に行っている間はプールに行くから、プールの3か月分の定期券………3000円ほど小遣いが欲しいのだが。」

「思ったよりも安いわね」

「スイミングだけなら一回500円しないから」


 プールに何度も行くことが決定しているなら、定期券や回数券を買う方がお得なのだ。

 定期さえあれば、何度でもプールに行ける。


 プールは全身運動、有酸素運動。脂肪を燃やすにはうってつけすぎる環境だ


「プールかあ。お母さんも行ってみようかな」

「では一緒にスイミングをしようではないか、マイマザー」

「そうね、マイサン。でも水着も買わないといけないわね………」



 負担をかけてしまい申し訳ありません、マイマザー

 しかし、この体重では全力疾走すると、関節への負担が半端ではないのだ。


 間接への負担の少ない有酸素の全身運動は、水泳が一番効果的。


 春先だが、温水プールは開いている。

 幸い、近く(10km圏内)には温水プールがある。そこまで走りか自転車で行って、スイミングして帰ってきて、体を休めつつストレッチ。


 お使いに出かけ、サキが返ってきたら晩飯前にもう一度イケメンダイエットメニューだ。


「シャワーあいたよ」


 と、ここで脱衣所からタオルを巻いたサキが現れた。

 サキもまだまだドラム缶ボディだな。胸と腹と尻が逆転しているぞ。ボン、ボーン、ボンだ。

 まあ、俺も人のことを言える体型ではないがな。

 しかしイケメンに不可能はない。


「ふむ、では今度は俺がシャワーを浴びよう。妹よ、今度は嫌がらずにスムージーを飲め。飲みやすいように果物が多めだ」

「………ありがと」


 ミキサーに果物を皮ごと、そして氷と牛乳を一緒に入れているから、火照った体によく染みる。


「あー、お母さんものむー」

「うむ、三人分作ってある。ほら、母さんの分だ」



 便乗して母さんがスムージーをご所望のようなので、手に持ったスムージーを母さんに渡してから、自分の分もジョッキにそそぐ。


「では、いただきます」



 ドロ、ゴクリ。


「あ、おいしい………」

「口当たりがさわやかだろう。砂糖菓子や揚げ菓子ではなく、なるべくこういったもので腹をごまかすのだ」


 朝の時の野菜感満載ではない。フルーティなスムージーだ。


「小腹がすいたら、俺に一声かけろ。すぐに作ってやろう。菓子を食うよりも万倍マシだ」

「………そうだね」

「サキが帰ったら、朝のメニューをもう一度こなすから、覚悟しろ」

「ま、マジで?」

「マジだ。正直、俺もキツイ。やめてしまいたい。だが、ここでくじければ俺たちは一生痩せない。まずは“今日だけ”。地獄のダイエットだ」

「………。がんばる」



 サキは今日だけという言葉を聞いて、覚悟を決めた表情でうなずいた。




               ☆


「さて、イケメンがさわやかに風呂からあがってさっぱりしたぞ」


 ドライヤーで髪を乾かして髪を整え、涼し気な服に着替えて階下に降りる。


 母さんが用意した朝ご飯は、ご飯(大盛)・目玉焼き(一人3個)・ハンバーグ(ゲル化剤を混ぜているので、肉汁が外に出ない)


 くぅ、朝からノブタカの腹が食わせろと悲鳴を上げる。

 全力で運動した後だから胃も拒否するのではと期待したが、デブニートを極めたノブタカの胃はその程度では屈しなかったか。


 全力でイケメンになる邪魔をするつもりらしい。


「母さん、ご飯の量を減らしてくれ。目玉焼きも、一人1個。ハンバーグはそのままでいい。あと、赤と緑を足してくれたら完璧だ」


「あら、せっかくダイエットを決意したのに、お母さんがいつもの分量で作っちゃった。ダメね、ちゃんと協力しないとって決めたのに」

「次から気を付けてくれたらいいさ」


 自分の失敗に気付いて落ち込む母さんを宥めつつ

 俺は目玉焼きと千切りキャベツをさっと耳を落としたパンにはさんでからラップで包むと



「サキも朝食の量を減らせ。代わりにこれを持っていくんだ」

「朝食を食べなかった分? でも、間食ってダイエットにはダメなんじゃないの?」

「これは間食じゃない。分食だ。一回で食べる量を減らし、その分回数を増やすというダイエット。もちろん、カロリー計算ができないと難しいダイエットだが、いきなり朝食を少なくしたら授業態度に影響が出る。2時間目と3時間目の間に食え。その時間はおそらく、人間が最も腹が減る時間だ。『飢餓スイッチ』がオンにならないように気を付けて間食を取るのも、立派なダイエットだ」


 首を捻りつつも、サキはサンドイッチを受け取る


「『飢餓スイッチ』って?」


 む? 飢餓スイッチを知らないのか。ジェネレーションギャップか?

 まあ、そういうこともあろう。


「人は、空腹を覚えると、体がエネルギーをため込むために、次に食べた物を脂肪として体に備蓄しようとしてしまうんだ。この状態が、『飢餓スイッチが入っている』という。お相撲さんなんかは、これを使って脂肪を蓄えるために朝飯を抜いて一日2食。食べるときはドカ食いして体を大きくするんだ。忙しいからと言って朝食を抜いたりすると、すぐに太るから気を付けろ」

「お相撲さんの話を出されると説得力がちがうなあ………。わかった、これはちゃんと食べる」

「よろしい」


 サキは俺の言葉の説得力に押されて、カバンにサンドイッチをインした。


「すごいわね、ノブちゃん。そんなことまで知ってるなんて」


 ほめたたえてくれる母親には悪いが、このくらいの知識はイケメンには必須の項目だ。

 ネットにもちょっと調べたらダイエットの方法なんてわんさかある。


 それを全力でやることがダイエットなのだ。


「伊達にネットの海をサーフィンしてないからな」

「痩せないサーフィンだけどね」

「その通りだから否定はしない。」


 サキの軽口もうなずいて返す。

 サキも昨日と比べてだいぶ話を返してくれるようになったな。


 以前までなら『死ね』『豚』しか言わなかっただろう。

 それが軽口を言ってくるようになったのだ。


 一日そこらで妹との仲を改善。

 よかったな、ノブタカ。一つ目の願いは達成したぞ。


「全身が筋肉痛で痛いし、すごくダルイけど………行ってきます」

「うむ。頑張ってこい」



 ポンとサキの頭に手を乗せる。

 バシッとはたかれた。


「調子に乗んな、豚」



 うむ、ナデポはまだ早かったようだな。

 減量も始まったばかり。見た目の変化は望めない。


 だが、何度も言うが、イケメンに不可能はないのである。


「ふん、デレる日は近いぞ、妹よ」

「死んでろ。帰ってから運動したくないとか言い出したら、ぶっ飛ばすから」

「ほう、決意の固いイケメンに対する宣戦布告か? いいだろう。朝の1.2倍のメニューを覚悟しておくことだな」

「っ………いってきます」



 妹のデレ期は、近い。




                    ☆



「汚い汚い自室に到着したぞ」


 そういや、ノブタカはどこにお金があるのだろうか


 こちらが自由に使えるお金があった方がいいのだが、いつまでも母上殿に頼るわけにもいかないし、お年玉の隠し場所くらいは見つけておきたい


「サクラ」

『はいはーい』


 脳内に直接響く天使の声と、栗色の髪、背中には純白の翼を携えた、神の御使い、天使のサクラが姿を現す。


「ノブタカのお年玉はどこにある?」

『銀行だよん』

「カードは?」

『お財布だね』

「暗証番号」

『サキちゃんの誕生日マイナス一日』

「残高」

『およそ3万』


 ………。



「一応聞くけど、なんでわかるんだ? ダメ元で聞いたら全部答えが帰ってきてびっくりしたぞ」


 まさか応えてくれるとは思わなかった。

 物理的なサポートは無いにしても、金を勝手に使うことを天使のこいつが許可するなんて


『そりゃあ、被験者のことは調べないといけないからねえ。そのくらいのサポートならできるよ。あと、どうせ肉体はノブタカくんの物だし、シノブくんが勝手に使っても問題ないでしょ。それに、シノブくんがおかしなことにお金を使うとも考えられないしね』


「まあ、そうなんだが。とにかく助かった。1万ありゃあ自転車が買える。それだけで十分だ」


『でも、お店が開くまで時間がかかるよ? プールの解放も10時からだから、あと3時間くらいは待ちぼうけになるはず』

「あー、そうだったな」


 店が開く時間までは時間がある。

 しかし、朝の運動、そして昨日の筋肉痛が残るこの状態で再び運動するのは、関節に負荷がかかりすぎる。


 イケメンである俺はドローイングで腹筋に力を込めて抜くを無意識に繰り返すことができるから、平常時でも、果ては睡眠時でも脂肪の燃焼は継続させることができる。


 ならば今できることといえば―――


「………断捨離するか」

『お部屋の片づけだね。ノブタカくんの大事なものがいっぱいあるはずだよ、えっちなアニメのDVDとかそういうの。勝手に捨てちゃまずいでしょ』

「それもそうか。だがまぁ、この汚部屋をどうにかしなければ、捗るもんも捗らないだろ」

『そうだね。じゃあ頑張ってね、シノブくん。私は応援することしかできないから!』




 そんなことは知っている。


 最初から期待はしていないさ。



「掃除ってのも結構な運動になるしな。ちゃっちゃとやっちまうぞ」

『あいさー!』


 だからお前は何もしないだろって。



                     ☆



 床に散らばるゴミをすべて捨て、ダイエット中のイケメンには不要のゲーム類は解体して箱に入れる。

 テレビにケーブルがつながったままなのはダメだろう。


 ゲーム機に入っていたソフトも、専用ケースの中に入れる。

 中には専用ケースが紛失している場合もあったが、チラシを使って見つかるまでの間は簡易CDケースのようなもので代用しておいた。


 エロ本なんかも大事そうにベッドの下に保管してあったから、丁寧にジャンル別に仕分けておいた。


 サキの言った通り、ロリに傾いていたな。

 もちろん俺はイケメンなので、全ジャンルに精通している。


 とりあえず、地面には物が落ちていない状態にしたところで


「吸引力が変わらないコードレスの掃除機なのはいいけど、電気の食いが激しいんだよなぁ」

『コードがつながったままだったらそのまま掃除を続けられるのにね』


 掃除機をかけたはいいが、

 10分ほどぶっ続けで掃除機をかけ続けたら、電源が落ちてしまうのはいかんともしがたい。


「でもま、これでだいぶ片付いただろう。あとはカーペットなんかをコロコロで小さいごみを取り除けばいいか」


 このコロコロ、正式名称でコロコロって言うんだっけか。

 なんか昔参加したクイズで言ってた気がするな。



 地にはいつくばってコロコロを転がす。


「………ん?」

『お、卒業アルバム?』



 散らかっていたのと、目立たなかったので気づかなかったが、漫画棚の下に、本が倒れないように本棚を傾けるためのかませとして、中学校の卒業アルバムが挟まっていた


 ためらうことなくそれを引き抜き、中を確認する。



「なるほどね、昔からずっと太っていたのか」


 個人写真では、目立つほどに一人だけ太ましい。

 しかも、集合写真は周囲から一歩引かれ、体が傾けられている。


「………嫌われ者なのね、ノブタカくん」

『そうみたいだねー』

「学校行ったら速攻絡まれるだろうが、イケメンの俺には関係ないな」



 卒アルの最後辺りのページには寄せ書きできる場所がある。


 殴り書きのように『死ねデブ』『臭い』『キモイ』などと書かれていた。


 いじめられる原因、その第一位。『他と違うものを持っている』


 ノブタカの場合は体重、体系そこらだな。

 時間が解決するようなものではなくても、例えばそれは、魂が入れ替わるような大きな出来事が起きれば、いじめられる側の意識が替われば、思いのほか簡単にリセットできる。



 思えば生前、俺も小学生の時はガリガリのチビでいじめられていたことがあった。

 当然、当時は胸を張ってイケメンだと言い張れるような頭のおかしな人間ではない。



 体力もなく、勇気もなく、やり返せる力もない。

 増長して大きくなるいじめ。泣き寝入りする自分。



 小学生のいじめなどは自覚がない部分もあるし、感情的な部分も多く含まれるため、性質タチが悪い


 だがな、俺はそれを乗り越えたからこそ、イケメンになれたのだ。


 己の弱さに心を折れるのではなく、立ち向かった。

 物を隠されれば先生に言いつけ、殴られれば殴り返し、言われたら言い返す。


 最初の頃はどんなに震えたことだろう。それだけのことにどれだけの勇気を出しただろう。

 だが、それを経て、知った。



 人が変われば見る目は変わる。

 見た目の問題じゃない、性質の問題だ。



 昨日のサキがいい例だ。



 今までの豚のノブタカなら、サキに罵られてもきっと黙ってうつむいていただろう。

 だが、そこにいるのは『自分のことをイケメンであると信じて疑わない豚』だ。


 当然、言い返せるし、努力などの行動で示せば、罵っていたはずのサキが運動後にマッサージをしてくれるようになった。

 デレ期突入だ。


 たった1日でこれだけの成果がでるのだ。


 “他と違う”? 上等。だったら他を上回って見返してやれ。


 簡単なことではない。もちろん、俺だって簡単にはそんなことは言えない。

 だから努力するのだ。諦めないのだ。


 そしたらほら、ガリガリのチビはイケメンになれた。



 ピザのノブタカが努力する姿を見せれば、サキはデレた。

 努力の結果は出る。


 ピザデブでも、コミュニケーションと行動次第では相手に受け入れてもらうことはできるのだ。


「安心しろ。ノブタカ本人がこうすればできた、ということを、本人の肉体を使って証明してやるよ」


 お膳立てはしてやる。俺の用意したリア充ルートを突き進めばいい。


 ………ノブタカのコミュ力も鍛えなければならないな。




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