第5話 イケメンスムージーと全力ダッシュ
夜間に突然の空腹に襲われたが、イケメンの根性に不可能はない。
気力で抑え込んだ。こりゃあ空腹に負けてられないな。今度から炭酸水を用意して胃をごまかそう。
そんなこんなで翌朝
「おはよう妹」
「んんぅ………おはよう………」
俺は、早朝6時に妹の部屋に忍び込み、妹のふっくらしたほっぺをツンツンする。
「ぐんもーにん妹」
「んんー………」
それでも起きない妹のほっぺをモミモミする。
それでようやくぼんやりと瞼を開いた妹に、俺はあるものを差し出した。
「とりあえず、このスムージーを飲んでくれ妹」
「んゅ………」
何が何だかわからずに、言われるがままスムージーを口に含む妹
「ん、なにこれ!」
「なにって、野菜ジュースだ」
口の中に果物のフルーティな味が入ってきてようやく覚醒したようだ。
「なんてものを飲ませるのよ!」
「なんてものって、スムージーに決まってるだろ。入っているのは、昨日のキャベツの千切りで使ったキャベツの芯。そしてニンジン一本。キウイとバナナ、最後に氷と牛☆乳だ」
ビシッとポーズを決める。
イケメンには必須技能だ。
しかし、ポーズには無関心のサキは眼を開いた
「キャベツの芯!?」
「ミキサーにかければ問題ない。ちなみにキウイとバナナは皮ごと入っているぞ」
「んなもん飲めるかああああ!!!」
ドロッとしたスムージーの入ったコップを力任せに押し返された。ドロドロだからこぼれる心配はない。
そんなに怒ることだろうか。スムージーってのは皮ごとミキサーするもんだろう?
それに、果物は皮に、野菜は芯に栄養があるもんだ。そこを捨てるなんてMOTTAINAI。
「ふむ、豚には飲めたのに人間には飲めないとは、おかしな話だな。知っているか、養豚所の豚の餌ってのは、実は人間よりもいいもん食ってたりするんだぞ。バウムクーヘンとか」
「え、そうなの!?」
「一部高級な黒豚なんかそうらしい。昔、なんかのテレビで見た気がする。豚は人間と食べるものはほとんど変わらん。豚が一気飲みできた物を、人間様が一気飲みできないわけがない」
「う………」
俺のセリフに思わず言葉が詰まる妹。ふらりとスムージーに手が伸びそうになる妹の手を制して
「しょうがない。これは俺が飲もう」
「あ………」
俺は一気にスムージーを飲み干した。
「残念だったな妹よ。俺はお前を超えてゆく。今からランニングだ。準備しろ」
「ほ、本気なんだ。わかった、付き合ってあげる………って、いたた、おなかが痛いんだけど!」
少し残念そうに飲み干されたスムージーを見送ると、体を起こそうとした妹は自分の体に起きた痛みに顔をゆがめる
「当然だ。昨日、慣れない腹筋を30回も頑張っただろう。筋肉痛だ」
「あんたは平気そうね」
「平気なわけがないだろう。俺だって全身筋肉痛だ。豚を舐めるな。俺みたいな豚は、筋肉痛だから収まるまで運動しない………雨だから今日は運動しない、となったら一生動かん。『今日だけはしない。』『明日する』では何も変わらん。やるなら今しかないのだ。時間を有効に使え」
「ぬう、豚の癖に正論を………すぐに着替える」
俺を見下していても、根は真面目なのだ。
俺は妹の部屋を出て運動できる服に着替えてリビングへ。
「おはよう母さん。それじゃ、俺はランニングに行くから」
「ええ、行ってらっしゃい。お母さんうれしいわ。ノブちゃんが外に出るようになって」
「っふ、イケメンに不可能はない」
「しかもこんなにナルシストになっちゃうなんて」
「イケメンに産んだ母さんのせいだな」
「あらあら、言うようになったわねえ、サンドイッチ作ったから、走る前に少しだけでも食べてね」
クスクスと笑いながら見送ってくれる。
案外ノリのいい母さんだな。
そんな母が「そうだノブちゃん」と俺を呼び止める
「残ったスムージーはお母さんが飲んじゃったけど、大丈夫だった?」
「ああ、構わないよ。おいしかったか?」
「うん、あれなら毎日だってのめるよ」
「そっか。じゃあまた作ってあげよう」
「まあうれしい!」
ポンと両手を合わせて喜ぶ母を見ると、また作ってあげたくなる。
いくらでもやってあげるさ。イケメンに、不可能はない。
どうやらノブタカやサキの好みに合わせて料理を作っているようだが、母親には好き嫌いはあまりないのかもしれないな。
そうこうしているうちに、サキが二回から降りてきた。
「おはよー」
「降りてきたな。走る前に、母さんがサンドイッチを作ってくれたから、これ喰ったらすぐに行くぞ」
サキがスポーツウエアに着替えてきたので席に座ってサンドイッチを手に取る。
これは昨日俺が食べなかった分のカツ。カツサンドだな。
ありがたく頂戴しよう。
「いただきます」
手を合わせて口に入れると、一晩おいていて水分を吸っているおかげか、カツ特有のカリッとした感はないが、肉のうまみがギュッとつまったそのカツが全身に力をくれる。
この母上殿、茶色系の料理ばかりだが、料理の腕は相当なものだな。
ノブタカの胃が『もっとよこせ』と訴えかけてくるが、たかが豚ごときが調子に乗るな。
イケメンは、過剰に脂分を摂取しない。
俺が一つ、噛みしめて平らげる頃には、妹は二つ平らげていた
「サキ、そのくらいにしておけ。今から走るのだ。横っ腹が痛くなるぞ」
「う………わかった」
もう少し食べたくなるその気持ちはよくわかる。
イケメンである俺がもう少し食べたいと思ったくらいだ。
後は意志の力でねじ伏せる。ダイエットするには、それが大事。
「では、行ってきます」
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい♪」
母に見送られ、家を出てからスタートだ。
「サクラ」
『はいはーい』
俺は家を出て、天使を呼んだ。
ゆるふわ茶髪に純白の翼。おっぱいも大きい。
そんな彼女にサポートをお願いする。
「ここから5km圏内に運動ができる場所があるか」
『うーんとね、ここからまっすぐ行った先に、サキちゃんの中学校があるよ』
「ふむ、朝練なんかは?」
『弱小みたいだね、どこも朝練はしていないよ。HR開始が8時10分だから、7時半くらい、早くても7時まで先生たちも来ないと思う。校門も常に開錠してるみたいだね』
「ならちょうどいい」
天使のサクラとの会話を、不思議そうに首を捻るサキ
「どうしたの? いきなり独り言なんて………」
「む? 俺の脳内彼女に道案内をお願いしただけだ」
「うわ………」
ドン引きの妹。
しかし案ずるな。お兄ちゃんは正常だ。
当然ながら、サキにはサクラの姿は視えない。
人成らざる存在だからだ。現世には普段現れるはずのない存在。天使。
隠すつもりはないが、適当に言い訳をつけておけば、サキにも俺の独り言が受け入れやすくなるだろう。
「妹よ、今から中学校まで行くぞ!」
「ええ!? なんでよ!」
「そこが一番運動をしやすいスポットだからだ!」
いちにっ、いちにっと足を踏み出して肉を揺らしながら走る。
……………
………
…
走ること10分。
今にも肺が爆発しそうなほど呼吸が乱れているが、何とか中学校まで走ってくることができたようだ。
「はぁ、はぁ、つらい、つらいよ………」
「ぶひゅる………じゅる………なに、をい………う。俺の、ほう、が。ごふっ、つら、い。ぞ………ぶじゅる」
「げほっ、はぁ、はあ、キモ………」
顔中から汁という汁を垂れ流す醜い豚の姿と、息を整える子豚がおりましたとさ。
「コォ―――カハッ………すぅ……はぁ。よし。」
「はぁ、けふ………うそ、もう………息が整った、の?」
「息吹という呼吸法だ。酸欠状態でも無理やり息をゆっくりとすべて吐き出し、無理やり呼吸を整える。もともとは空手の呼吸法だったかな」
「へぇ………。コフ―――………すぅ。はぁ………」
サキが見様見真似で腹―丹田のあたりに両手を添えて息をすべて吐き出し、深呼吸をする。
「あんま、変わった気がしないけど………、確かに楽になったかも」
「思い込みも大事だ。あと過信は禁物。身体が冷えないうちにストレッチ行くぞ」
「うん」
サキと協力して体をほぐす。
もちろん、イケメンの俺は本格的なストレッチを行ったが、長いので割愛する。
「さて、本番だ。今からダッシュを往復10本。死ぬ気全力気力で走り切れ。当然、俺もする」
「わかった」
「この25mを往復し、俺が戻ってきたと同時にサキがスタート。インターバルは俺が走っている間だけ。できるな」
俺が走っている間にサキが呼吸を整え、サキが走っている間に俺が呼吸を整えることになる。
25mを往復する50mなんて、全盛期の俺だったら7秒程度だろう。
しかしこの肉体では25mだけで6秒以上かかるだろう。
つまり、サキのインターバルはおよそ13秒。サキも同じくらいのスピードだとしたら、俺のインターバルも13秒。全力疾走した後に、13秒しかインターバルがない状態で、また走らねばならない。
つまり―――
「休憩時間なんてないってことね」
「その通り。短期間で痩せるためには『楽して痩せる』なんて甘っちょろいことは言ってられないからな。その点、このメニューについて来ようとするサキは、それだけでノブタカ以上だ」
「………」
「始めるぞ。ダッシュの最後は不格好に走ることになるだろう。それでも、最後まであきらめずに遅くなってもいい。とにかく『全力』で走り切れ」
まずは俺から全力でダッシュする。
全身の筋肉痛も相まって、10歩程度で肺が爆発しそうになる。
『全力』を出しても、途中で減速してしまう。だが、減速しつつも、『全力』だけは出し切って往復すると、サキが手を挙げて待っていた
「………って、こい」
「うん!」
俺も何とか腕を持ち上げて、サキにハイタッチ。
その手がサキに触れると同時に、サキは『全力』で走り出す
その間に『息吹』で呼吸を整え、手を挙げてサキを待つ。
「ぜえ、こう、た、い」
「まかせるぉ」
そして、ハイタッチと同時に今度は俺が走り出す。
足の乳酸が抜けない。
だが、止まるわけにもいかない。
呼吸も整ったわけでもない。
だが、休む暇などない。
弾む肉と、汚い汁を飛ばしながら、俺は走る
「こ………た」
「もう………くそっ!!!」
まだ、たったの2往復しかしていないというのに、息も絶え絶えでサキが走る
だが、これを継続しなければ、痩せる未来など無い
『がんばれシノブ! ゴーゴーサキちゃん! わぁあああ!!』
空中で空虚な応援をするサクラにも、微力ながら力をもらった。
声援の力ってのは大事だな。
駅伝で周りからの声援は力になるって今気づいたよ
顔面蒼白で今にも死にそうなデブが手を挙げて呼吸を整えながらサキの帰りを待つ
「い、け」
「pkjl」
そして、サキの手がふれた瞬間。もはや人間語ではない未知なる言葉を発しながら、不格好な走りで出発する
くぅ、キツイ、きつすぎる
こんなメニュー、ケロリとこなせたイケメン時代は化け物だ
しかもその後に筋トレや基礎トレーニングをしていたとなると、もはや人外。
よくそんな状態で動けたな。
「kdjg」←豚
「………sldk」←子豚
サキの方も人間語がしゃべれなくなっているだが、負けるな。これは自分との戦いだ
しかし、すぐにサキが返ってくる。
自分が走っているときはあまりにも長い15秒。
呼吸を整えている時にはあまりにも短い15秒
「wっこf」←子豚
「………ごふっ」←豚
4往復目。
まだ、4往復目。 半分も、超えて、いない………!
負けるな、走り切れ。
『イケメンに不可能など無い!!!』
☆
「……うげぁ……ばぁ、ぜぃ、ぶじゅるあ」←豚
「ぜい、ぷるぅふ、ぷるぅふ、ぷるぅふ」←子豚
やり遂げた
全力ダッシュを10本
やり遂げたんだ
二人してグラウンドに倒れこむ
もはや『息吹』も効果をなさない。
「ぜひゅ、ぜひゅ………じゅる、やりとげたな、我が妹」
「そ………う………ね………ゴブッ、げほ、ゲホッ!」
「大丈夫、か………」
「………(フルフル)」
どうやらサキも俺も、肉体の限界を超えて肉体を酷使したようだ。
肉離れを起こしていなければいいが、若いし大丈夫だろう。
「そこを、動くなよ………」
息が整ってきたから体をおこし、倒れる妹の足をマッサージする。
「あ゛あ゛ぁ~~~~~」
おっさんのような声を上げる妹。
それは女の子が出してはいけない声だぞ
「どうだ…………?」
「ぎもぢぃ………」
「そうがぁ………あとで換われよ………」
「善処する………」
「なんだその玉虫色の回答は………」
このやろう、それダメな奴じゃねえか………!
突っ込む体力もねえ………
妹の、肉のつまったふくらはぎを入念に揉んで乳酸を溶かし、太ももとて同じように入念に揉んでやった。
「おい、尻も揉むぞ」
「あ゛あ゛~~~~っ、うひぅ!?」
太ももからそのまま尻も揉まれて困惑するサキ
しかし、残念ながらそこで起き上がる体力がなかったのか
「ばかやめろぉ、へんたい、しねえ………」
動いたのは口だけだった
「安心しろ………俺は子豚の尻を揉んで興奮する変態ではない」
「ぐぬぬ………そういやこの豚、ロリコンだった………」
え、ノブタカのやろうロリコンだったのかよ。
救いようがねえな。
まぁ、日本人の半分くらいはロリコンだから、そんなもんかね。
「あぁ………もう無理………マッサージチェンジ」
サキの腰までマッサージしたところで、豚がうつぶせに倒れる
「ったく、変態の世話が焼ける………」
そういいながらも、重い体を叱咤して、俺のマッサージをしてくれるサキは、実は優しい子なのだ。
サキに下半身に溜まった乳酸を分解してもらい、のっそりと立ち上がる
とはいえ、これはサキには言わないことだが、ダッシュは『無酸素運動』ランニングは『有酸素運動』
筋肉を鍛えるためには『無酸素運動』が効果的。
だが、ダイエットに効果的なのは『有酸素運動』の方だ。
ではなぜダッシュをしたのか?
もちろん、理由はある。ダイエットを行う上で、筋力も当然、必要不可欠な存在だからだ。
それに、ダッシュすることも当然カロリーを消費する。
無駄にはならないし、無駄にはさせないぞ。この体重というナイスな重りを。
「これから家の半分くらいまで軽くジョギングして帰るぞ」
「………うん。最後は歩き?」
「そうだ。あるいて乳酸を分解させる必要がある。」
サキは根性がある。なにせイケメンのメニューをこなしたのだ。
今までやらなかっただけで、やればできる子なのだ。
ノブタカのように『楽して痩せる』などという方法はとらない。
この子は、間違いなく美人に化ける。