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第2話 イケメンは憑依する


 ステップ1・憑依する



 憑依するにあたって、被験者には同意が必要だ。

 そういうわけで作り出された利用契約書(必読)


 これから彼らの青春を少しの間いただくのだ。許可は当然必要となる。



 ステップ2・痩せる


 イケメンである俺に不可能はない。どんなにデブでも、1週間でシェイプアップ。2週間でさらにシェイプアップ。1か月でスッキリポン。2か月でスリム体系。3か月で筋肉質に。半年でマッチョマンに仕上げられる。


 ステップ3・アフターケア

 すべてのダイエットプランの終了時

 意識を失っている間に勝手に痩せるのだから、それが報酬だ。むしろ感謝してこちらが報酬をもらいたいくらいだ。

 詳しくは利用規約を見やがれ。




『シノブくん。準備はいい?』

『ああ、やってくれ』

『極楽浄土からの初めての人間界への干渉、がんばってね!』

『任せろ。イケメンに不可能はない』



 サクラが用意した憑依魔法陣の上に立つと、足元から光が集まり、そして俺の意識は途絶えた―――




               ☆




「ふむ、これが俺の新たな肉体か。不細工と形容するにふさわしい容姿だな」



 ベッドの上で携帯をいじっていたのだろう、左手には応募ありがとうございますと表示されたスマホが握られている。

 なるほど、このアホなメールを開いて痩せたいと答えた、この肉体の持ち主がPN.スマホカバーに保護フィルムが引っかかるくんだな。


 ふむ、たしかにスマホ画面の保護フィルムがカバーに引っかかっている。


>んなななななななな! なんじゃこりゃあああ!!!



 脂まみれの指でスマホをホーム画面に戻すと、脳内でやかましい悲鳴が聞こえてきた



「うるさいぞ、スマホカバーに保護フィルムが引っかかるくん」


>なんで!? 体が動かない! どういうことだコレ!


「どういうことだって、貴様が俺を呼んだだろう。だから身体を借りたのだ。楽して痩せるのだ、感謝しろ、スマホカバーに保護フィルムが引っかかるくん」


>ふざっけんな! 俺の身体を返せよ! 訴えるぞボケェ!!


「ふむ、訴える? どこにだ? どうせ貴様の身体の自由は効かない。それに、コレを望んだのはお前自身だ。お前自身が望んだのに、どうしてお前が切れているのか、理解に苦しむな」


>はあ!? 望んでねえよ、ぶっ殺すぞ! 人の身体勝手に使いやがって!!



 やかましい不細工だ。

 容姿だけでなく、内面まで不細工とは、救いようもないな。


 俺以外ならな。



「だが安心しろ。絶対に貴様の身体をスリムにして返してやる。利用規約は読んだな。期間は半年。その間、この肉体は俺のものだ」


>読むかよそんな長ったるいもん、さっさと身体を返しやがれ!!


「ふむ、では利用規約(必読)読んでいないのに利用規約に同意した貴様に過失があるな。諦めろ」



 ぎゃんぎゃんと頭の中でやかましいこいつにも、一応選択肢をくれてやるか



「楽して痩せたいのだろう?」


>………ああ、そうだよ


「よし、こうしよう。今から1週間の初回プランだけのサービスだ。お前の意識を眠りにつかせる。それから決めろ。どうせ引きこもってうんこを生産する作業しかしていないんだろう。その間にどれだけ痩せたのか、その身をもって確かめろ」



>はあ、何言って―――




 ブチン。



 と、脳内でやかましく騒いでいたスマホカバーに保護フィルムが引っかかるくんがおとなしくなる。


 そういや、ペンネームだけで、名前を知らなかったな。

 まあいい。


「さて、まずは鏡のチェックからだ」



 俺は重い体を揺らして階段を下りる



「ふぅ………ふぅ………これはキツイな」



 おデブの身体になるのは初体験だ。

 デブならではの苦労もあったのだな。


 イケメンスリムな俺には無縁のなやみだった。

 だがそれは自堕落な生活をしてきたものに振ってくる、自業自得の種だ。



「洗面所は、ここだな」



 バンと扉を開くと―――



「え?」

「む?」


 目の前には、中学生くらいの全裸の女の子が居た。

 洗面所は脱衣所を兼ねているようだ。風呂から上がったところだったのだろう、湿った髪と濡れた肌が目に映るが、体系はぽっちゃり。頬も胸も腹も臀部もふっくらとしている。


 この子も、案外太い子だな。冷静にそう思っていると



「ふむ、お前が俺の妹か」

「うわああああああ!!! なんでいきなり入ってくるの!? 死ね豚! 変態! あっちいけ!!!」



 顔を真っ赤にしたかと思うと、なにやらいろいろと投げつけてくる

 普段の俺なら軽やかにかわすことができただろうが、あまりにも体が重い。


 俊敏な動きができないのは辛いな。

 甘んじて受けよう。


「これは済まないことをした。まさか先客がいるとは思わなかった。後で俺にできる礼があるなら全力で応えよう」


 最敬礼で頭を下げてから脱衣所を後にする。


「死ね――!!」




 脱衣所から聞こえる声に心から謝罪をしながら脱衣所を後にする。

 あの頃の年の娘は気難しい。


 もっとスリムになってから、一緒にお風呂に入れるくらいまで痩せてみるか。



 時刻を確認すると、夕方6時を回っている。

 とりあえず、脂まみれの指を洗いたくて、キッチンにやってきた。


 そこには、俺と同じくふくよかな体系の女性が忙しなく作業をしてた。

 今夜の晩御飯はトンカツの様だ。

 おかずのラインナップは、トンカツ、トンカツ、唐揚げ、そして味噌汁(濃い味)

 全部茶色だ。

 なるほど、スマホカバーに保護フィルムが引っかかるくんが太るのもうなずける。


 おそらくは、このふくよかな女性が俺の母親に当たる人だ。


「あら、信孝のぶたかちゃん。下りてきたのね」

「ああ」


 そして、ここにきてスマホカバーに保護フィルムが引っかかるくんの名前が発覚。

 俺の名前は○○信孝。ノブタカくんか。


「んん? 信孝ちゃん、あなた、なんか雰囲気かわった?」

「そうかもな」


 さすが母親だ。俺がノブタカではないと気付いたわけではないだろうが、ただ一言だけで、雰囲気の違いを察したようだ


「母さん、聞いてくれ」

「なあに?」


 ふくよかな体系だが、この母親からはたしかな愛情が感じられる。

 ふん、いい母親を持っているじゃないか、ノブタカくん。


「ちょっと、本気で痩せようと思ったんだ」

「あら、あらあら、どうしちゃったの、ノブちゃん。熱でもあるの!?」

「いたって普通だ。ただ、このままじゃ、俺はただのうんこ製造機になってしまう。それではいけないと思ってな」


 腹に手を当てて、母親の眼をじっと見つめる


「あっはっはっはっは! うんこ製造機、確かにそうね、今のノブちゃんはただのうんこ製造機。言いえて妙ね、それ」

「だろう、変わりたいんだ」


 カラカラと笑う母親。

 俺は真剣に母親を見つめると、ドンと胸を叩いて母親は大きくうなずいた



「いいよ、協力してあげる」

「ありがとう」

「でも、どうしたらいいのかしら? 母さんにできることってある?」


 首を捻りながら聞いてくるが、そんなのは簡単なことだ


「いや、今日から、俺の晩飯は、俺が作る」

「えええ!!? ノブちゃんが!? ノブちゃん、包丁を握ったこともないでしょう!?」

「大丈夫だ。イケメンである俺に隙はない。任せてくれ」

「だ、大丈夫かしら………」


 心配そうに俺を見つめる母親。

 イケメンに不可能はない。


 キッチンで石鹸をつけ手を洗い、冷蔵庫を開いてみる


「母さん、野菜がないじゃないか」

「だってノブちゃん、お野菜嫌いでしょう?」



 なんだって? ノブタカこの野郎、野菜が嫌いだから喰わないなんてクソみたいなことしてやがったのか


「………買いに行ってくる。」

「あら、信孝が外に出るなんて何週間ぶりかしら。じゃあ一緒に炭酸ジュースも買ってきてもらおうかしら。冷蔵庫の在庫が切れていたのよね」


 なんだと、そんな不摂生をしていたのか、ノブタカこのやろう

 当然と言えば当然だが、ペットボトル症候群は糖尿病のリスクを高めるんだぞ!


 いや、もはやこの肉体は糖尿病かもしれない。


「なあ母さん。話を折るけど、俺っておたふくかぜにかかったことってある?」


 血糖値を上げるホルモンは数あれど

 血糖を下げるホルモンはインスリンしかない。

 インスリンは膵臓の中にあるランゲルハンス島のβ細胞からしか生成されない。

 もしそこが壊れていたら、糖尿病のリスクが高まる。


「あるわよ、小さいころだけど。はい、お金。おつりで好きなものを買ってもいいわよ」

「それならよかった。」


 どうやら俺の膵臓は頑丈なつくりになっているようだ。

 おたふくかぜは、ほぼピンポイントでβ細胞を攻撃するウイルス。これ豆な。


 身体が大きくなってからおたふくかぜにかかるとβ細胞は壊れるし、生殖機能もブチ壊れる。それだけはあってはならない事態だからだ。


 完治しているのなら、これ以上膵臓を悪くすることはないだろう、たぶん。


 母親からお金を受け取る。


「あ、そういえばさっきサキちゃんの悲鳴が聞こえてきたけど、なんだったの?」

「ああ、脱衣所に入ったら、風呂上りのサキとばったり会ったんだ」

「ああ、それで………。もー、昔みたいに一緒にお風呂に入ったらいいのにね」

「まったくだ」


 妹の名前はサキというのか。なるほど。

 ただ、妹は俺のことを豚と蔑んでいる。一緒にお風呂はまだ難しいだろう


「お母さん! ふざけたこと言わないで! 豚と一緒にお風呂なんて行くわけないでしょ!」


 と、ここでバスタオルを巻いた妹が登場した。

 裸はダメなのに、バスタオルはいいのだろうか。


 きっと、そういう日常なのだろう。サキは自分の部屋で着替えるタイプの女の子だな。


「もー、サキだって、昔はお兄ちゃんにべったりだったじゃない」

「昔の話よ!」


 なるほど。もともとはお兄ちゃんっ子。デブでヒッキーなノブタカには愛想を尽くしたといったところか。

 上等。下克上を果たしてやろう。


 妹よ。お前は俺に惚れさせてやろう。

 イケメンな俺には、それが可能だ。


「洗面所が空いたか。では、イケメンの顔を拝んでくる」

「豚の間違いでしょ」

「否定はしないな。今の俺は、ただのうんこ製造機であると同時に、豚だからな」


 ふんと鼻を鳴らして自分が豚であると宣言すると、妹は目を丸くして俺を凝視した。


「………あんた、なんか変わった?」

「そう思うのなら、サキの見る目が変わった証拠だ。じゃあな、風邪ひかないように早く着替えろよ」



 そう言い残して、俺は洗面所へと向かった。


 脱衣所の扉を開けてみた。

 ふと体重計が目に映ったので、それに乗ってみると


「120.8kg 身長は、視線の高さからして165㎝くらいか。BMIは体重÷(身長×身長)で44.37。これはいかん。」


 これはメタボなどと生易しい言葉では言い表せない。ただのデブだ。

 鏡を確認すると、そこには醜い一匹の豚が居た。

 顔は死んでいるし、不潔だし、ニキビにまみれているし、ニキビをつぶした痕まである。


「ふむ、スマホの画面でも確認したが、鏡で見ると、いっそう不細工だな。髪もボサボサ。不潔極まりない。一度風呂に入ってから出かけるか。人に見られる姿ではない」


 そんな豚に宣戦布告するように、ビシッと指を突き付ける


「見ていろ、依頼通り、貴様には最高のリア充生活をプレゼントしてやる!」




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