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第10話 イケメンとピザデブ


「イケメンが制服を着てみたわけだが、似合ってるか?」

「ダボダボになってるじゃん」


 俺は、制服を来て一回転。

 ぶよんと腹の肉が揺れた


「ま、それだけ痩せたってことだ。たとえ15kg程度しか減ってないとしても」

「15kgって相当だよ、一週間で1kgでもすごいと思うのに、あたしでさえまだ5kgなのに………」


 そういって、サキは自分のおなかをプニプニと揉む


「ふむ、家で携帯をいじる時間を減らし、その時間をダイエットに回した成果だな。サキの脂肪も順調に減っているようで何よりだ」

「たしかに、一週間で5kgってのはすごいよね。自分でもこんなに早く成果が出るとは思わなかったから、びっくりしてる」

「初期ボーナスもさることながら、真面目についてきてくれたからな」

「豚のあんたが根を上げないのに、かろうじて人間のあたしが諦めるわけにはいかないんだから」

「そうか………。ところでこんなことわざがあるのを知っているか。『豚もおだてりゃ………』」

「あたしは豚じゃねーっつの!」


 ゲシッと腹を蹴られた。


「『豚もおだてりゃイケメンになるための努力は怠らない』ってな。」

「ねーよ」

「俺はイケメンなんだ。豚界の超絶イケメンである俺が人間のイケメンになる努力を惜しむわけがない。サキは先に学校に行ってていいぞ。俺は少しだけやることがあるから」

「ほんとに今日から学校に行くんだ。って言ってもあんたは高校だから、道も別々だけどね。せいぜい頑張りなさいよ。あたしは学校行くまであと1時間くらい余裕があるからいい。」



 すでに毎朝の日課になっている早朝ランニング&全力ダッシュでへとへとであるにもかかわらず、一度家に帰って汗を拭いてから再び同じ学校に向かわねばならないサキに、スムージーを手渡して、俺は一度脱衣所に入ることにした



 さて、サキもスムージーを飲んでしばらくはリビングに居ることだろう。


 今日は俺がノブタカに憑依してから1週間。

 それは、約束の日だ


 ノブタカの意識を無理やり眠りにつかせ、この一週間のダイエットの成果をノブタカ自身に見せる時が来たというのだ。



「サクラ」

『はーい。ノブタカくんの意識を目覚めさせるんだね?』


 一言天使のサクラを呼べば、俺の目の前にぬっと現れて、要件を言うまでもなくすべてを理解してくれる


「そうだ。頼むぞ」

『シノブくんの頼みとあらばしかたない。ノブタカくんの意識を遮断した時と同じように、回復もできるのですよわたしは』



 そう、極楽浄土に住まう一介の幽霊でしかない俺ではノブタカの意識を遮断することなどできない。

 そんなことができるのは、極楽浄土でも特別な階級に属する天使であるサクラくらいなものだ。

 人間にはできないサポートだ。

 彼女がいなければ、ずっとノブタカが脳内でやかましかったことだろう。大助かりだ



『ではー、目覚めろ魂! てや~!』


 何とも気の抜ける掛け声とともに、サクラが俺に念を送ると



>………あ? ああ!!? 体が動かねえ!! ってかなんで起きたら立ってんだよ!


「意識が戻ったようだな、ノブタカ」


>俺の声………ってことは、やっぱりまだ俺の身体を乗っ取ってやがったな! 死ね!!


「言葉遣いがなっていないな。このまま一生俺がお前の肉体を使い続けてやってもいいのだが、それでもいいならその汚い言葉を発し続けることを許そう」


>………。


「よろしい」



 意識が覚めた途端にこれだ。ノブタカは正真正銘のクズだな。

 怠惰に生活し、甘やかしてくれる親の脛を齧り、自分の思い通りになると思い込んでいる


「さて、楽して痩せたいと言った自分の願いは覚えているな? 痩せれば変えられる、と」


>………痩せたんだろうな


「痩せたさ。元の体重は覚えているな?」


>………118kgだったかな


「違うな。俺が体重計に乗ったときは120.8kgだった。体重計に乗らないうちに太っていたようだな。怠惰な生活はすぐに体重を増やすことになる。」


>………その割には、見下ろしたときに見えた腹に今までの違いがねえみたいだが、そこんとこはどうなんだよ。痩せるんじゃなかったのか、契約違反じゃねえか


「ふん。そう急くな。120kgあったお前の体重だが、約束の1週間でどれほど痩せたのか、身をもって知れ」


 俺は体重計に乗ってその体重をノブタカに見せてやる


 カラカラと体重計の針が指す数値が動く。

 そして、安定した数値が目の前に。


>105kg………なんだ、楽して痩せるとか言っておいて、100kgも切ってねえじゃねえか



 ノブタカが覚えている限りでも、118kgから105kg………目に見える成果のはずだ。

 だというのに、舐め腐ったこの態度………


「殺してやろうか、貴様。自分の力で痩せる気もないくせに、よくそんなことが言えるな」


>………っ


「俺は今ここで、剃刀で手首を切り裂いてもいいのだぞ。死ぬ前に意識を切り替えれば俺は痛みを感じないからな。」


 サクラの天使の力で、苦痛のみをノブタカに与えることはできる。


>………ごめん


 死ぬと脅されれば謝るか。本当に腐ってるな、性根が。


「安心しろ、俺はそんな卑怯なことはしないさ。まあ、俺はうんこ製造機くんに楽痩せを依頼されてやっている立場なわけだし? うんこ製造機くんがこの先どんな道を進もうと知ったこっちゃねーわけだし? サービス期間中の1週間が過ぎて、自力で痩せる気もない奴が、俺抜きで痩せられるとも思わねーからよ。今から契約破棄でも良いわけ」


>だったら―――


「――たったの一週間、それだけでお前から見た限り13kgもうんこ製造機くんからなくなった。13kgを一週間で消すのは相当な運動が必要なんだ。」


 『だったら体を返せ』そう言いたいのだろう。俺はそれを遮って言葉をつづける



「お前、変わりたいんじゃなかったのか?」


>―――っ!


「痩せたら変われる。そう思ったから、藁にも縋る思いであんな怪しげなメールに返信したんだろうが。それを手放していいなら、もう勝手にしろ。サクラ、この依頼は失敗だ」

『ざーんねんだねー』



 天使のサクラが俺の目の前でふよふよと浮遊している

 俺が憑依していることによって、ノブタカはその姿を視認することができるようになっている。

 現実味に欠けるその光景に思わず目を疑うノブタカ。


>んな、なんだこいつ!


「これは天使だ。残念だったな、お前は物語の主人公にはなれなかったようだ。なにせ性根が腐っている」


>………


 自分がゴミクズである自覚があるのか、押し黙ってしまった。

 黙っていれば解決すると思うなよ


「なあ、ノブタカ。芥川龍之介の『蜘蛛の糸』って話を知っているか」


>………学校で習った


「まさしく、その天から垂れた糸を、お前は掴むことすらやめた、そんな愚か者だ」


>………


「痩せたら変われるというお前の言葉を信じて、俺も痩せてやろうと思ったのだが、これは痩せても性根がとことん腐りきっているから、痩せてもダメだな。閻魔様と神様からの依頼で来てやったというのに、申し訳ないことをしたな。地獄に一匹の豚が迷い込んじまうことになったわ」


>地獄行き、なのか? 俺は


「当然だろ、うんこしか作ってないんだ。家族になんかしてやった記憶があるのか? 迷惑かけるだけのクソやろうなんか、極楽浄土に置いておくスペースはないんだよ」


>………


「で、どうする? 言葉を改めてダイエットを続けてもらうか? それとも、このまま自堕落なニートの生活を続けて死んだ後に地獄に落ちてみるか? 俺は別にどっちでも構わねーぜ。地獄を見学したことあるけど、ありゃあお前の想像の5千倍はやべーとこだぞあれ」


 黙るノブタカを鼻で笑いながら脅すと、ノブタカがポツリと呟いた。


>………俺は、変わりたい


「だろうな」


>………1週間で12kgも痩せたなら、1月あればどれだけ痩せられますか?



 おっと、なんか急に口調が変わったぞ。

 脅したのがよかったんだろうか。


 天使、憑依、閻魔、地獄行きなどの現実味のない言葉だが、目の前に存在する不思議を否定できないノブタカは、それを飲み込んで理解したようだ


「初回サービスが終了したからな。これからは痩せるスピードが落ちるが、とりあえず80kg代にはなるだろう」


>………おねがいします


「なにをだ?」


 真剣に頭を下げるノブタカの魂。

 それに対して、俺は意地悪に返す


>俺に、チャンスをください。痩せられる、チャンスを!


「ふん。では、今日はお前の感覚を俺にリンクさせる。『楽して痩せる』ことなど不可能と知れ。サクラ」

『はーい。感覚リンクキャノン発射!』



 サクラがかめはめ破でも打ちそうな構えでなにやらビームを出すと、俺の肉体にそのビームがふれる


 別にそんなことしなくても念じるだけでいいだろうに。演出にこだわる奴だ。



>いで、いでででで!! なんだこれ! 全身が、痛い!!!



「わかるか、これは筋肉痛。なまった肉体に鞭を打って、運動して、脂肪を燃やして今がある。そして、お前が感じているその激痛は、常時俺が受けていた痛みだ。お前は何の努力もなんの苦労もしなくていい。なんの苦痛も受けずに済む。その苦労はすべて俺が肩代わりしているからこそ、『楽して痩せる』のだからな」


>わかった、わかったから! 俺の痛みだけでも消してくれ!


「ほう、自分で乞いたチャンスとやらを自らの手で破棄するか。なかなかにいい根性だ」


>………っ


「極楽浄土に帰るぞ、サクラ」


『いいの?』


「コイツは二度も蜘蛛の糸を手放した。これはうんこ製造機自身が望んだことだ。おためしの初回プランが終わってその成果を被験者が確認できなかったようなので、利用規約に基づき、俺たちは天界に帰るとする」


『うーん、たしかにそうだね。あーあ。残念だねノブタカくん。シノブくんが本気を出せばものの半年でイケメンリア充生活が手に入ったところなのに。でも本人が拒否したんじゃしょうがないか』


 そういってサクラが手をノブタカの肉体に向けると


>まて、待ってくれ! 俺は、変わりたい。お願いします。俺を、痩せさせてください



 ………こいつ………! とことん………


 まぁ、いい。

 ぐっと拳を握って感情を押し殺し、サクラはノブタカに向けた右手を下ろす。





「つまり、契約続行ということでいいな?」


>………はい


 はじめから素直に認めとけばいいんだ。舐めた口を利かずにな。


「ところで、今日、俺は学校に行こうと思っている」


>は?


「お前はそのまま学校での様子を見ていろ」


>どういうことだよ、それ!


「どうもこうも、変わるためには学校に行かねばなるまい。まさか、痩せていきなり学校に行けば人の方から寄ってくるとでも思っていたのか? デブの癖にうぬぼれるなよ」


>………


「本来、体型がどうとか、そういうのは友人を作るのには関係のないことだ。多少はあるだろうが、学校という一定の閉鎖空間では誰とでも友人になれるチャンスはある。『いじめられる』というのなら、それは被害者にも原因があるとわきまえろ。お前がデブでいじめられたとしても、それを卑屈に捉えて縮こまっているからだ。堂々と胸を張れば、デブであってもそうそういじめられたりするものではない」



 前世の俺は超絶イケメンだった。

 イケメンゆえに友好範囲は広く、友人の中には不細工もおデブもいた。


 そういうモノたちは、たいていプラスの思考をしている。おデブでもノリがよくひょうきんで人気者になれば、おデブは個性にできる。


 不細工でもトークでお茶の間をにぎやかにできれば人を笑顔にできる。


 大事なのは、メンタル。そして性格だ。



「行くぞ。出発でっぱつだ」





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