3章ー2 さいきょうの魔法使い
「ひどい目にあった……」
視界がフェードアウトしてから、約一時間、このイケメンに看病されていた。
先ほどまでいた薄暗い森とは違い、ここは、建物の中である。床壁天井すべてが木で作られた木造の古びた建物ではあるが、窓から見える風景が、どうもかなり地上からかなり離れていると思われるので、結構な階数があるのかもしれない。体感的には、地上10階にいる気分である。部屋の中には、テーブルと、イスと、ベッドと、クローゼットと、最低限のものしかない。そして、僕は、そのベットに寝かされていた。
「すまん、お前がそんなに酔いに弱いとは思っていなかった」
「ちょっと、って言ってじゃないか!嘘つき!イケメン!」」
そう、僕は、ついに僕の世界の人類でおそらく初めての、「瞬間移動」を体験したのである!!ただ、その弊害として、三半規管を思い切り揺らされ、荒れた海を渡る船と高速道路を走る車と超高速ジェットコースターに同時に乗ったとしても味わえないような酔い方をして、グロッキー状態になったのであった。キモチワルイ。一時間でだいぶ回復したことのほうが驚けるレベル。瞬間移動をしたんだと気付いた時には、感動もあったが、コレを経験するくらいなら、もう瞬間移動なんてしたくない。
「なんだ、イケメンとは。それよりも、体調は良くなったか」
「お、お陰様で……というか、ここはどこなのですか?」
「どこ、というと、ここは俺の住む部屋である」
……救世主様の部屋だと。いくらなんでも物が少なすぎではないか。全然居住している感じがしない。住んでいるというよりは、ビジネスホテルに来たばかりと言われたほうが納得するレベルで生活感が感じられない。それよりも、なぜ、僕はイケメン救世主様の部屋に連れ込まれているんだ!?
三半規管と同様に混乱しきった頭で必死に言葉を紡ぐ。
「全然生活感が感じられません……」
「ほとんど、寝るためだけの部屋だからな」
「寝るため……」
「先に自己紹介をしておこう。俺はレオという。ファミリーネームはない。レオと呼んでくれ。敬語も必要ない」
イケメンがそう名乗った。僕はベッドに腰かけたままであるが、イケメン……レオは、先ほどまで着ていたロングコートを脱ぎ、数少ない家具であるクローゼットに仕舞った(その時に、ちらりと中身が見えたのだが、同じような黒い服しかなかった……)。レオは、同じく貴重な家具である椅子に腰かけ、長い足を器用に組んでいる。そしてそれがまた絵になる。うらやましくなんか……うらやましいです。あんな足をもって生まれたかった。
「僕は、野崎祐悠といいま……す」
とりあえず、命の恩人でもあるし、何かと看病してくれたし、名乗っておく(看病の原因を作ったのもそいつのせいではあるが……)。いきなり敬語はいらないといわれてもすぐには対応できないのはご愛嬌。
「ノザキユウスケ……長いな。ユーと呼ばせてもらう」
「たった七文字しかないですけど!?」
「細かいことは気にするな。さて、早速連れまわして悪いが、俺は、ユーに興味がある」
「き、興味!?」
「そう、興味。例えるならば、今すぐ意識を失わせて服を脱がせ、全身を解剖して調べまくりたいほどの興味」
……こちらを睨んでいるイケメンは、なんだか危ない気がした。言葉はどこまで本気かわからないが、目が本気である。ライオンに食べられるかと思った矢先に、イケメンに食われそう。精神的に。僕は、判断を誤ったらしい。これは、完全について行ってはいけない人だったかもしれない。
「僕は、三時のおやつじゃありませぇぇん!!」
半べそをかきながら布団に丸まっていたが、無理やり引っぺがされた。急いで、部屋から出ようと扉に走る。まだ酔いは残っているのだから、まともにまっすぐ歩けないものの、ふらふらになりながら到達した扉は無情にも動かない。鍵はそもそも存在しないのに、開かない。逃げられない。そもそも、扉が扉ではなく、壁であるかのように、ピクリとも動かない。それをまるで蟻が動くさまを観察する小学生のように動じない目で見ているだけのレオ。レオから逃れるように混乱する頭で這いつくばっていたら、いつの間にか、部屋の隅に追いやられていた。
「何を言っているのかわからん。俺がユーに聞きたいのは、ただ一つ。『お前は何者か』、以上だ」
レオは、先ほどまでの僕を看病してくれたときの温厚さをどこにやったのか、肉親の敵を殺しに来たかのような眼光を放って、僕をひと睨みする。いやだ、怖い。怖い。怖い。でも、開かない。逃げられない。
「返答次第では、容赦はしない」
レオはどこから取り出したのか、左手に白銀の光を放つ刃を持っていた。
こ、殺される……!!
「僕が誰かなんて知らない!僕は野崎祐悠、こことは違う世界から、世界を移動してやってきた、この世界については何も知らない、ただの人間だ!」
「お前……」
レオが、僕の胸ぐらをつかむ。殺される!!そう思ったときに。
「あらぁ~、お邪魔だったかしら?私、退散しておこうかしら~」
真の抜けた声が、物のない部屋に響き渡った。