3章ー1 さいきょうの魔法使い
【さいきょうの魔法使い】
【1】
やくさいのたねはめぶきはなをさかせる
だれともつながらないひとりがいる
せかいにつながらないひとりがいる
ふたりがひとりとなるとき
ひとりはせかいをはめつぼうにみちびき
ひとりはへいおんをかなえるだろう
ねがわくば、とわのあんねいを
ねがわくば、えいえんのねむりを
ひととしてのしを
「……森が、おびえている」
そうとしか言いようのない感覚に、俺は、その森へ急いでやってきた。特に荒らされているわけでもなく、いつも通りに木が生い茂り、川は流れ、魔物たちは命を燃やす。いつも通りに。なんだ、何も起きていないじゃないか。いや、何かすでに起こっている。両方の感情が体中を駆け巡る。どういうことだ。
異変は、すぐにわかった。感じたことのない、……この世界のものでない存在がある。
あれは、間違いなく、この世界に対する異物、である。
この世界に、害をなすものか、そうでないか。早急に確認する必要があるな。そして、害をなす場合は、すみやかに処分しなければならない。
それが俺の求められていること、だから。俺の存在意義だから。
俺は急いで、存在のもとへと向かった。
……ど、どういうことですか!
こんにちは、どうも、主人公の野崎悠佑です。さすがにまだ、忘れてはいないよね?ね?
さて、僕は、人生始まったばかりですが、また絶賛ピンチです。死に際の車の事故以来のピンチです。そして、ピンチが到来する周期が短い気がするんだけど、そういうことを考えている暇もないくらいにピンチです。
僕の目の前約10メートル先には、2階建ての建物くらいの大きさのある、ライオンみたいな動物……というか怪物というほうが正しい。それが、ああ、三時のおやつだ、と心待ちにしたご様子で天にまでとどく勢いでつりがった目をらんらんに光らせている。
……喰われる!絶対に食われる!もう大きさから半端ないからね!ここが異世界であることを痛感せざるを得ない。
……そんなことはどうでもいい。誰か、た、助けて!僕は三時のおやつじゃない!せめてランチにしてよ!!いやランチも嫌だよ!
巨大ライオンが、グルルと吠える。いただきます、と言った気がした。あぁぁぁ、やめてくれ。僕は、またこんな形で死にたくない。今度こそ、ちゃんとあったかい布団のなかでまだ見ぬ愛する人に看取られながら死んでみたいんだ。
絶対絶命と悟ったその時、ザシュゥ、と空気が震えた。グギャァァ、とライオンが吠える。ライオンの体から、液体が噴水のようにあふれ出る。赤い、あれは……血?
「大丈夫か」
ライオンが、血しぶきをあげながら、倒れていった。開いたままの眼には輝きが消えうせていた。そんな目の前の急展開に頭がついていかない。さらに、どこにいたのか、人の姿まで現れるんだから、もうパニックになるのは仕方がない。
「え、あ、う……うぇ?ぐぇ?!」
「ちゃんと言語を話してくれ。大丈夫か、怪我はないか」
人影はライオンの背後にいたのだろう。こちらへ向かって歩いてくる。生い茂る木によって作られた影で、容姿は見えない。
「え……あ、はい。怪我はないです。食べられてもいないです。たぶん」
しどろもどろになりながらも、僕は答えた。どうやら、やっと頭がまわるようになったらしい。巨大ライオンは、「三時のおやつ(僕)」を食べる前に殺された。なんということだ、あの人は、僕の命の恩人じゃないか!助けてくれてありがとう!ああ、神様、仏様、勇者様。世の中には、こんなに素晴らしい人もいるのですね。
「なら、よかった。それで、少しお前に聞きたいことがある。」
足音立てずに歩いてくる僕の命の恩人。光のもとにその御姿が顕になる。
僕の命の恩人は、膝まで長さのあるロングコート(というよりは魔法の世界でいうローブ、といったほうが正しい)、そのなかに黒のズボン、黒のラフなシャツをまとう。恰好は全身真っ黒で適当そのものであるが、ズボンの上からでも細いけども、しっかりと筋肉のついた長い脚と、素人の僕でも見てわかるくらいに筋肉のついた腕がよくわかる。日ごろからかなり鍛えているのだろう。ただ、その筋肉もあくまでさりげなく見えるだけで、身長が高く全体的にモデル体型であるため、全身黒ルックでもファッションモデルとしてパリコレの舞台をウォーキングしてもおかしくなさそうである。
これだけでも女の人にモノスゴクもてそうだが。ここまでカッコいい人ときたらお約束ともいえるが……ローブのフードから垣間見えた顔が物凄くイケメンでした。男性を形容するのにふさわしいかはわからないが、色白の透き通った肌に、風になびくさらさらの黒髪、青と緑の中間の色(初○ミク色、と言ったら伝わるだろうか)をした瞳が、太陽光を受けて発光しているように見える。イケメンは皆ジゴクニオチロ。
……は、いかん、いかん。現実世界でイケメンを見るたびに呟いていたせいか、ついつい、命の恩人に暴言を吐いてしまった。
「助けてもらい、ありがとうございます!このご恩、忘れません!」
ジャンピングからの、滑り込み土下座。頭は地面から15㎝の高さ。誠心誠意心からの謝罪の表れである。僕の命の恩人に対する最大限の感謝の表明だ。これは、僕の必殺技であり僕はなかなかしない。少なくとも現実世界ではしたことがない。
「礼はいい。そんなことより、聞きたいことがある」
僕の土下座は華麗に無視されました。くそう。というか、僕は違う世界の人でも言葉が通じるみたいだな。楽でよかった。
「お前、どこから来た、何者だ、答えろ」
問われて、明確に言葉に詰まってしまった。
異世界から来た、野崎祐悠と申します。ちょうど世界移動してきた直後に巨大ライオンに出くわし、食べられそうになりました。とでもいえばいいのだろうか。
そもそも、僕の「世界移動」は、他の人に話して信じられるものなのだろうか。わかりやすく言うと、僕は地球の外から来ました宇宙人です、とか、こことは違う世界線から来ました、と言われているようなものだろう?
僕自身は、一度死ぬという経験があったからすんなりと受け入れてはいるけど、もし知らない人が急に僕の面前に現れるなり「俺違う世界から来たんだ」とか言い出したら、頭おかしいのかと疑って容易には信用しないね。まともに関わらないようにするだろう。
状況的には、僕は、不審者だと疑われている。それなのに、一瞬でも言葉に詰まるのはよくない。空白の時間が長くなるだけ余計に不信感を抱かせてしまう。早く、応答をしなければ。
ここは無難に記憶喪失で誤魔化すのが最善か。そうしたら、この世界について知識がないのもなんとかなる気がする。僕の演技力が試されるけどね。そう思った僕は、その場を切り抜けるために必死に嘘をつこうとした。
「えっと……何と言いますか、その難しいところでして」
「まさか、ありえないとは思うが、お前、違う世界からやってきた、とでも言わないよな」
「えっ」
「えっ?」
「……」
「冗談だって……冗談……まさか、本気にするわけないだろ……」
「……」
「おい、何とか言え」
僕と、全身黒づくめ男の間に、互いに相手の出方を探るような空気が漂う。
どうしよう。完全に出鼻挫かれたよ。しかも、核心と突いてきたよこの人、どんだけ勘がいいんだよ。そんなこと冗談でも真っ先に出て来るわけないだろ!!頭おかしいのかこの人!イケメン!
とにかく、今はこの場をどうするか、だ。記憶喪失のふりで行くつもりであったが、案外これは好機かもしれない。「違う世界」という概念があることで、世界の移動を重ねていく僕の理解者になってくれる可能性がある。変人扱いされるリスクは高いが、その時は冗談だと言って突っ撥ねよう。そして記憶喪失のフリに移行する。記憶喪失なら、せいぜい、町の警察とかに突き出されるか変人だとみなされ、見捨てられるのがオチだ。その前に、このイケメンが、「世界」という概念を持ち出した以上、それを用いてたわいない会話をつなげて、知らない場所に放り出される前に、できるだけこの世界の情報得るしかない。
「え……と、はい。そのまさかだったりしちゃったりするかもです」
「え、するのか?」
「あはははは……」
「……」
そっちからふった話題だろ!な、何か反応してよ!!気まずいだろ!!
黒づくめイケメンの顔はローブに隠れて見えない。この空気に耐えられなくなった僕は、作戦パターンBに移行することに決めた。
「じょ、冗談ですよぉ……そんなはずないじゃないですかぁ~。僕、なんだか知らないうちにこの森に迷い込んでいたみたいで……」
苦し紛れに記憶を喪失した人間を演じてみるものの、調子が完全に狂ってしまったために、なんともあどけないものになっている。これは、誤魔化しきれるか?先ほどから、イケメンはうんともすんとも言わず、何かを考えているのか黙り込んでいる。口元に手をあてて熟考する姿も絵になることなること。くそ、うらやましくなんかないんだからな!
「お前、ちょっと、俺について来てくれ。拒否権はない」
「へ?」
「悪いな、ちょっと、めまいがするかもしれない」
何か結論を出したのか、イケメンが急に僕の腕を掴んだかと思うと、視界がいっきにフェードアウトした。何を言っているかわからないだろうが、そもそも僕もわかってないが、本当なんだ、信じてほしい。
「うわぁああああ!」
そして、僕はしばらくの間、ひどいめまいと吐き気に苦しめられることとなる。