2章ー2 ≪夢の中の死人≫
僕の肩に乗っている彼女は、「セリア」という名前らしい。
ここであったのも何かの縁、軽い自己紹介をかわした僕らは、セリアの指示に従って、お茶会会場とやらに向かっているのだが……
「……ねえ、セリア。本当にこっちであってるの?」
「あっている……わよ。多分」
「今多分って言ったよね、大丈夫なのほんとうに!?」
なぜかうっそうとした森の中で迷子になっていた。
大きく成長した木々たちが、森の天井を作っていて、昼間で太陽が出ているのに日光がほとんど入ってこない。すごく薄暗いなか、野生の動物たちの不気味な鳴き声らしきものが、草陰から唐突に響いてくるものだから、ホラー嫌いの僕の心臓はビビりっぱなしである。おまけに、木や草の葉っぱや根っこがかすかにあったけもの道をふさぐようにして生えているものだから歩きにくいことこの上ない。
セリアが「こっちよ」と指示した方向に忠実に従ってきたらこんなとこまできていた。これは明らかに道に迷っている。自身満々に指示していたセリアも、今は意気消沈してしまっている。
「……また、お茶会に遅刻してしまいましたわ」
胸元の時計を見て、セリアが言った。時計は午後三時を指していた。
「君がここまで方向音痴だとは思わなかったよ」
「ほ、方向音痴ではありませんわ!」
「……今この状況を見てそれが言えるのは大した理解力だよ、頭は大丈夫かな?」
長い間うっそうとした森を歩かされた疲れと目的地にたどり着けないイライラが最高潮に達していた僕はつい、きつめに責めてしまった。言ってしまってから、ヤバい、と後悔する。
それでも、僕の言葉を聞いていなかったのか、セリアは顔を曇らせ、語る。
「どうしてかしら、私、毎日招待状をもらっているのに、お茶会に一度もたどり着けたことがないのです。」
「え、一度も!?」
「はい……。それはそれは、仲間から、素敵な招待状をいただきますの。それでも、何度、開催場所に行っても、お茶会は開催されていないの」
「え?開催場所に行けるの?セリアが?」
「毎日開催場所は変わります。その中には、近場だったりで、私が迷わず行ける場所もあるのですわ。馬鹿にしないでください」
肩の上でプンスカ怒られた。小さい手で、肩を殴ってきても、痛くはないけど、ひどくくすぐったい。
「毎日、毎日、繰り返して、お茶会に行こうとしても、何度やってもたどり着けない。それで、一年、二年、……十年もたって、しまいました。」
十年間も毎日、お茶会をやっているのか。暇なお友達なのかもしれない。
「毎日続けているうちに、本当は、お茶会なんて開催されていないのではないか、私のいただいた招待状はすべて、偽物なのではないか、とさえ思えてきましてですね。今日こそは、お茶会にいけると意気込んでいくも、迷ってたどり着けなくて、もしくは誰もいなくて参加できなくて帰る。その繰り返し。最近では、お茶会も、招待状も、私のお友達も、私も、私のいるこの世界も、すべて、すべて、幻なんじゃないか、って。私の存在は、本当は夢なんだ、って。」
セリアはそう呟いた。小さく、消えてしまいそうな声だった。たかが、お茶会に参加できないくらいじゃないかと、このときは、茶化すことはできなかった。
セリアは、今、そのお茶会にいけないことで、きっと、すごく疲弊している。たかがお茶会、と思っていたけれど、それはセリアにとって、とっても重要なことなのかもしれない。
今、僕は彼女に何が言えるだろう。考えてもみろ、僕も、彼女と同じ立場にいないという保証はないではないか。僕は死んだばかりだ。その「記憶」を持って「野崎祐悠」という存在になってはいる。けれど、それがなければ、今の僕はどんな存在なんだろう?生き返った、新たな世を受けた、というのも、通常考えられないことだろう?それこそ、丸々嘘である可能性もあるかもしれない。
「……僕の存在も、幻かもしれない。死者の見た夢の続きなのかもしれない」
「へ?」
セリアが、顔を上げた。顔色は晴れない。それでも、元気づけたいと思った。
「いや、人間って、よくわからないなぁ、って思ってね。」
「私は、あなたのほうがよくわかりませんわ……」
「それもそうだ、なんせ初めて会ったばかりだからね。それでも、こうして話して、一緒に行動しているじゃないか。人生何があるかわからないものだね。」
ふふふ、ははは、二人とも自然に笑いがこぼれた。
「……ふふ、これは考えるだけ時間の無駄、かもしれませんね。」
一息ついたセリアが言った。僕にはその真意はわからない。けれども、彼女のなかで何かが消化されたようだ。頑なになっていた表情が和らいだ。たぶん、本当の美人は、こういう人のことを言うのかもしれない。
「セリアは、将来すごい美人になるね」
「まぁ、そこは今でも十分美しいですね、と言っておくものよ」
そういう彼女は、外見の割には大人びて、ダイヤモンドのように綺麗だった。
「さぁ、時間もないことですし、お茶会に行きましょう。ゆうすけ、連れてってくださいます?」
「それはいいけど、あてはあるの?」
「……はっきりしたものはありません。しかし、私、今ならなんでもできる気がするの。たとえ世界中に広がる砂漠でも、一面を森林に変えることもできそうですわ!」
「どっから湧いてくるんだよその自信は」
「……それは、あなたが……」
彼女が小さくささやいた。その声は空気に溶け込んでいってようで、僕の耳には届かなかった。
「きっと私が望めば、世界なんてどうにでもなるものよ。そうよ、何があるのかわからないのだもの。お茶会くらい、簡単に行けますわ。そう……きっと、目を凝らしてよく見れば、答えはずっと近くにあるはず。」
彼女が目をつぶり、囁くように、けれども、堂々としながら、自分に、世界に何かを宣言している。僕には彼女の心理に何がおこったのかさっぱりだし、全然わからないんだけど、きっと、彼女の瞼の裏には彼女の思い描く世界が描かれているのかな。セリアがお茶会に行っている様子を、想像してみたくて、僕も目を閉じた。
あたり一面に、眩いほどの光があふれた。
「ちょっと……!見て!」
セリアが大声で、僕を呼びつける。僕は目を開ける。
すると、さっきまで僕たちが迷っていた樹海はきれいさっぱり消え失せ、辺り一面に、太陽光が降り注ぎ、花と、若葉のあふれる森のなかに僕たちはいた。
どういうことだ。僕は一切移動していないぞ。なんで急に景色が変化した?戸惑う僕をよそに、セリアが歓喜の声をあげる。
「ゆうすけ!あそこ!」
セリアが僕の耳を引っ張りながら指をさす方向には、森のなかにできたちょっとした草原だ。そこには、白いテーブルに白い椅子、その上にたくさんのお菓子と、紅茶を並べ、談笑しあう人たちがいた。これが、彼女の、ずっと行きたかったお茶会か。
「あら、セリア、遅かったわね。10年の遅刻よ」
テーブルで談笑していたうちの一人が、セリアに気づいて言う。なんというべきか、正統派お嬢様といった格好のセリアと違い、奇抜な色のシャツに膨らんだズボン、そして、頭にウサギの耳のようなものがついていて、セリアがこの世界の基準なのかなと思っていたために、奇抜な格好に少し驚く。あれは……趣味なんだろうか。ちなみに、ほかにも数人いるが、奇抜な恰好は共通要素らしい。また、全員セリアと同じくらいの身長であり、人形ごっこのように見える。
「ごめんなさい。少し、道に迷ってしまいましたわ」
10年分の迷子は明らかに少し、ではないだろう。激しく突っ込みたいのだが、うさ耳の人は対して気にも留めていないみたいだ。
「……そうか、まぁ、やっと来たのだ、10年分のお茶会をしようではないか。」
「ええ……!会えてうれしいわ!」
「ゆうすけ!」
「あなたがいたからここまで来れた、私、すごく感謝しているの、きっと、この恩は必ず返すわ!だから、忘れないでね」
セリアが、僕に向かって、大輪の笑顔を浮かべながら、叫んでいた。本当に、セリアは美人だ。柄にもなく、素直に見惚れてしまった。照れ隠しに少し茶化してしまっても仕方のないことだろう。
「セリアは、めいっぱい笑っているほうが美人だね」
「……馬鹿!」
セリアを含む、お茶会集団は、和やかな空気を残しながら、幻のように消えていった。僕が見ていたのは、何だったのだろうか。夢のような出来事、で片づけていいものか。
とにもかくにも、セリアは無事、目的のお茶会とやらにたどり着けたみたいだ。やっと友人に会えたみたいだし、ここは邪魔をしないように、早々にこの場からお暇しよう。
僕はセリア達から背を向けた。
……あれ、お暇するといっても僕、この後どうすればいいんだろう。どこに行けばいいんだろう。というかここはどこなのだろう。周りは、元通り、薄暗い樹海に戻っている。
―私の存在は幻かもしれない
―忘れないでね、私のことを
姿形は一切見えないのに、セリアの声が聞こえた気がした。