5章ー20 脚本家は嘲笑う
「化け……もの……?」
「ユー、どうした」
「レオ……僕って、化け物なの?」
「は?」
「一度、死んで、生き返った、僕って……化け物なの?僕はもう人間じゃないの?」
ぐ、と言葉を詰まらせるレオ。
そうだ、あんなにロマーナに警戒した手前、『死んで生き返った』と聞いている僕のことを否定することはできない。
「……きっと、ユーは、死んでいなかったんだ。俺はもともと、ユーの話自体はそこまで信用していない」
とってつけたように、つまった言い訳をするレオ。優しく気遣う視線をよこしてくる。さらりと僕の話が信用されていないと宣言された、だが、そんなことはどうでもいい。
僕が死んでいないって?ありえない。僕は確かに死んで……自称神様のアイツに生き返らせてもらって……
僕は、死んで……
あれ、僕はどんな死に方をしたんだっけ?確か、車にひかれたは……ず……なの……
車にひかれた、だって?
思い出そうと、必死に頭を働かす。
僕は、確かに、死んだはず……
【6】
【「ぼ、僕は……」いざ、決心しても、なかなか声帯が震えて音を紡ぎだしてくれない。「何?」と、聞いてくる彼。なんで、あんな、単純なことがどうしても照れくさくて言いにくいんだろう。僕はうるさくわめき続ける心臓を落ち着かせようと、深く肺に酸素を送り込む。都会の空気はまだ、冬の冷たさを持っていた。
その時だった。一台の車が、暴走して走っていた!車線を無視して、アクセル全開で走っている。ハンドルさばきもおぼつかない。ブレーキを踏む様子もない。そして、その車は、悲鳴を上げて逃げ惑う人々を撥ね飛ばしながら、間違いなく僕らに向かってきている!
ウソだろ?僕の脳は一瞬フリーズした。
残りあと数十メートル。まわりはまだ、暴走車の存在に気づいていない。いや、異変は感じているが、あまりのことに脳が、体が追い付いていない。おい、あと数秒でぶつかる。そうしたらどうなる?間違いなく死ぬ。そんな、死ぬのは嫌だ。汗が全身から吹き出す。わずか数秒のことが一分にも、一時間にも、一日にも長く感じられる。そうか、これが、死に際の人間の限界能力。今はそんなことどうでもいい。死にたくない。死にたくない! 僕の悲鳴に気づいて、振り返る。どうも、脳が状況把握を拒否したらしい。固まって、完全に動かなくなった彼。このままじゃ二人とも死んでしまう。あと数メートル。必死で突き飛ばす。車の来ない方向へ。
「―――!!」】
僕の中にとどまる記憶の断片。どうして、いままで気にも留めていなかったのだろうか。
自分が死んだことは、自分に何度も言い聞かせていた、はずだった。
その時のこと、鮮明に、はっきりと覚えていたはずなのに、本当は、覚えていなかったというのか。僕は何を覚えていたのだろうか。
こんなにも、「彼」の記憶だけが欠落している。
足元が崩れ落ちる感覚がした。その先は、出口などない奈落の底。僕は、僕を形作っていたはずの一番大きなピースを失っていることにやっと気づいた。
僕は、誰と会話をしていたの?僕は誰のために身を投げ出した?僕は、最期になんて声をかけたのか?
「彼」は誰?
僕は、いったい、何をしていたんだ?
思い出そうと、記憶を探ろうとすると、頭にズキズキと激痛が走る。頭が割れてしまいそう!あまりの痛さに立つことすらできない。
痛みは徐々に大きくなっていく。痛い、痛い、助けて。考えると、痛い!どうして!どうして、「彼」のことだけ、思い出せない!
頭が痛い……死んでしまいそう……。頭を抱え、うずくまっている僕に見かねたレオが声をかける。
「どうした、大丈夫か、ユー、頭が痛いのか」
「記憶が……思い出そうとすると、頭が痛い!なんで、僕は死んだの!なんで僕は、ここで生きている!」
「ユー落ち着けって、まずは」
「痛い!思い出せない!僕は、誰といたんだ!」
「ユー、お前自分で言っていただろ。交通事故で、ヒロという人を守って死んだって。人生の意味だって」
「ヒ、ロ?」
未知の、聞きなれない単語に、耳を疑う。
僕が、ヒロを守って死んだ?
「……ヒロ?」
「……まさか、そこもわからないのか?はっきりと言っていたぞ、お前が。ヒロは幸せになれたなか、って」
意味がわからない、という顔をしている。そんなの、僕が一番言いたいことだ。
「そんな……僕、そんなこと言っていない……」
「いや、確かに言っていたぞ」
レオは嘘を言っている顔ではない。本当に、何を言っているのかわからない、と言っている。だが、僕は知らない、覚えていない。誰だ、ヒロとは。
覚えていると思っていたのに。全然覚えていない。その人のこと、僕の、その言動。
思い出せない!ヒロとは、誰だ。「彼」なのか。僕は、どうしてしまったんだ!誰が、レオに、ヒロという存在のことを話した。僕なはずがない。僕はそれを知らない。どうして知らない!
記憶の一部への不信は、瞬く間に、他へと広がる。それは、僕の生の根底すら揺るがす。
――消えてくれよ、化け物。頼むから。
ハルさんの言葉が、深く深く胸に突き刺さっている。
【僕】は何者なんだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!痛い!痛い!」
「ユー、どうしたんだ、何があったんだ」
「わからない!わからないんだよ!僕が!記憶が!僕自身が!気持ち悪い!わからない!どうして死んだの、僕は本当に死んだの!どうして、記憶が、ぐちゃぐちゃで!」
「落ち着け、ユー!」
「どうして覚えていないんだよ!僕は車に曳かれて死んだって、そう『記憶して』いたはずだろ!?どうして、今になって、それすら疑わないといけない!ヒロって一体誰なんだよ!」
「ユー、落ち着け」
声の限り、叫ぶ。そうしないと、大事なものが消えてしまいそうだったから。
興奮していくにつれ、体中から光があふれてくる。竜巻のように、渦を作っていく。彼の精神状態を的確に表すように。
『リライト』は、『力』は、彼に共鳴している。
「知らない、知らない、知らない。覚えていない。記憶していない、こんな記憶知らない、知りたくなかった!どうして、違う、違う違う違う、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
二人、光に包まれた。光が消える頃には、その世界から忽然といなくなった。質量など、感じさせずに。
道(Lord)は続いている。次の世界へと。
早く、僕のもとへおいでよ。